新しい出会い
旧規格の通信部品を探しに別の地区を訪れてから、数日が経っていた。
回収した部品は技術班による確認が進められており、いくつかは実際に使用できる見込みが立っているらしい。
ただ、必要な数を十分に揃えられたわけではなかった。
以前から使っていた通信設備を維持するには、まだ予備が足りない。新しい規格へ置き換える案も出ているものの、今ある設備との互換性や、交換に必要な作業を考えると簡単には決められないという。
そんな事情もあって、僕たちはもう一度、別地区へ足を運ぶことになった。
「今日は前回とは少し違う店を回るわ。前に見つけた店だけじゃ、必要な部品が揃わなかったから」
「また部品探し?」
「そう。今回は在庫の確認が中心ね。前回見つけた店から、他に扱っているところを教えてもらったの」
「へえ。そういう繋がりもあるんだ」
「古い規格を扱う店同士は、意外と情報を共有しているみたいよ。新品を扱う大きな店とは少し事情が違うの」
イリスは端末に表示された地図を確認しながら答えた。
僕も隣から画面を覗き込む。
前回訪れた地区よりも、少しだけ外側にある商業区画が目的地らしい。
「この辺り?」
「そう。前に行ったところから、もう少し東側ね」
「また違う街並みが見られそうだね」
「観光に行くわけじゃないんだけど」
「分かってるよ。ちゃんと部品も探すって」
「ならいいけど」
イリスは少しだけ呆れたような顔をした。
けれど、端末をしまうと、僕の方を見て小さく笑った。
「まあ、前回みたいに寄り道する時間があれば、少しくらい見て回ってもいいわよ」
「本当?」
「目的を忘れなければね」
「忘れないよ」
そう答えたものの、僕の頭の中ではすでに、前回とは違う店や景色を見られることへの期待が膨らんでいた。
*
別地区へ向かう道は、前回と同じく人通りが多かった。
道路の上を走る小型の輸送車両。歩道を行き交う人々。建物の壁面に映し出される広告。
見慣れない光景ではなくなってきたけれど、少し場所が変わるだけで、街の雰囲気が違って見える。
前に訪れた地区は、比較的新しい設備を扱う店が多かった。
一方、今回の地区は古い建物が多く残っているようだった。外壁の一部を補修した跡があったり、看板の表示が古い形式のままだったりする。
「ここも、結構雰囲気が違うね」
「この辺りは昔からある商店が多いみたい。新しい設備を扱う店もあるけど、古い機器の修理や中古品の販売を続けているところが多いわ」
「前に行った店と似てるんだ」
「そうね。ただ、こっちの方が小規模な店が多いと思う」
僕は周囲を見回した。
大きな店舗が並ぶ通りから少し離れると、個人経営らしい小さな店がいくつも並んでいた。
入口の脇に修理中の機械が置かれていたり、店先に古い部品が並べられていたりする。
同じ街の中でも、場所によってこれほど違うのかと思う。
「ユノ、こっちよ」
「あ、ごめん」
店先を眺めているうちに、少し遅れてしまった。
イリスの後を追い、目的の店へ向かう。
最初に訪れた店では、必要としていた部品の在庫はなかった。
ただ、店主が別の店を紹介してくれたため、僕たちはその情報を頼りに通りを移動することになった。
次の店でも、目当てのものは見つからなかった。
代わりに、互換性のある別形式の部品があると教えてもらったものの、技術班に確認しなければ使えるかどうかは分からない。
「なかなか難しいね」
「古い規格だから仕方ないわ。生産が終わっているものも多いし、残っていても状態が分からないものがあるから」
「使えるものを探すだけでも大変なんだ」
「だから、こうして実際に見て回る必要があるのよ」
イリスは端末に店の情報を記録した。
僕も、店先に置かれた部品の形を眺めながら、技術班から渡された一覧を確認する。
似ているように見えても、接続部分の形状が少し違う。
見た目だけで判断してはいけないというのは、前回の買い出しでよく分かった。
「次は少し先の通りね」
「うん」
僕たちは再び歩き始めた。
*
通りを一本曲がると、先ほどまでよりも人通りが少なくなった。
店と店の間に小さな住宅が混じり、歩道の端には植木鉢が並んでいる。
道路沿いの建物には、住民が使う共用設備らしい端末が設置されていた。
その前で立ち止まり、何かを確認している人もいる。
「この辺りは住宅も多いんだね」
「商業区画と住宅区画が隣接しているみたいね。生活用品を扱う店もあるし、住むには便利なのかもしれないわ」
「静かでいいところだね」
「そうね」
イリスが端末を確認する。
目的の店は、この先を少し進んだ場所にあるらしい。
僕たちはそのまま歩き続けた。
そのときだった。
少し先で、何かが地面に落ちる小さな音がした。
視線を向けると、ひとりの女性が通りの端で足を止めていた。
年齢は僕より少し上だろうか。
肩より少し長い髪を整え、落ち着いた色合いの服を着ている。派手な装飾はなく、全体的にすっきりとした印象だった。
彼女は手元の端末と周囲の景色を交互に確認している。
その足元には、小さな円形のものが転がってきていた。
「あれ?」
僕は足を止めて、それを拾い上げた。
硬貨よりも少し大きい、薄い円形の装飾品のようなものだった。表面には細かな模様が刻まれている。
女性がこちらに気づく。
「こちらのものですか?」
僕が声をかけると、彼女は一瞬だけ目を丸くした。
「あ……はい。ありがとうございます」
女性は僕の手元に視線を落とし、穏やかに微笑んだ。
「気づかずに落としてしまったようです。拾っていただけて助かりました」
「どうぞ。これ、大切なもの?」
「ええ。昔から持っているものなので」
彼女は両手で受け取ると、表面を軽く確かめてから、丁寧にしまった。
「本当にありがとうございます」
「気にしなくていいよ。ちょうど足元に転がってきたから」
「それでも、親切にしていただいたことに変わりはありませんから」
そう言って、彼女は小さく頭を下げた。
落ち着いた話し方だった。
声の調子も柔らかく、言葉を選びながらゆっくりと話す。初対面の相手に対しても、必要以上に緊張している様子はない。
僕はふと、彼女が手元の端末を何度も確認していたことを思い出した。
「ところで、何か探していたの?」
「ええ。少し道を確認していたんです」
「道?」
「はい。最近、別の地区からこちらへ移ってきたばかりでして。まだ周辺のことをよく知らないんです」
「そうなんだ」
「地図を見れば分かると思っていたのですが、実際に歩いてみると、思っていたより道が複雑で……」
彼女は困ったように笑った。
「似たような通りが続いているので、どこを歩いているのか分からなくなってしまいました」
「それは大変だね」
「まだ慣れていないので。お店の場所や、近道なども少しずつ覚えているところです」
その言葉に、僕は少し前の自分を思い出した。
この世界に来たばかりの頃。
知らない場所で目を覚まし、何が普通で、どこへ行けばいいのかも分からなかった。
今では基地の中のことも少しずつ覚えてきたけれど、最初は何をするにも誰かに聞いてばかりだった。
「僕も最初は全然分からなかったよ」
「そうなんですか?」
「うん。今いる場所も、最初は何がどこにあるのかさっぱりだったし。道を覚えるのも結構時間がかかったよ」
「それは大変でしたね」
「でも、少しずつ覚えていけば大丈夫だと思う。歩いているうちに、いつの間にか分かるようになるから」
「ふふっ。そうですね。焦らず覚えていくことにします」
彼女は少し安心したように笑った。
その笑顔を見て、僕は自然と口を開いていた。
「もしよかったら、一緒に見て回る?」
「えっ?」
「僕たちもこの辺りを歩いているところだから。目的の場所に行く途中で、いろいろ見て回るつもりなんだ」
僕は隣にいるイリスを見た。
「ね?」
「……まあ、少し寄り道するくらいなら構わないわ」
イリスは一瞬だけ僕を見たあと、女性へ視線を向けた。
「ただ、私たちも用事があるから、ずっと案内できるわけじゃないけど」
「いえ、そこまでしていただくわけには……」
「大丈夫だよ。僕もこの辺りはまだ詳しくないし、一緒に知っていけたらいいなって」
「一緒に、ですか」
「うん。知らない場所をひとりで歩くより、誰かと一緒の方が楽しいと思うし」
女性は少し考えるように視線を落とした。
それから、顔を上げて微笑む。
「ありがとうございます。そう言っていただけると心強いです」
「よかった」
僕は笑って答えた。
*
「そういえば、まだお名前を聞いていませんでしたね」
少し歩き始めたところで、女性が思い出したように言った。
「あ、そうだね。僕はユノ」
「ユノさんですね」
「うん。こっちはイリス」
「イリスよ。よろしく」
「エヴァです。よろしくお願いします」
エヴァはふたりに向けて、丁寧に頭を下げた。
「それで、エヴァはどの辺りに引っ越してきたの?」
「この通りを少し進んだ先です。住宅区画の端にある家で」
「じゃあ、ここからそんなに遠くないんだ」
「はい。歩いて帰れる距離です。ただ、まだ周辺のお店もよく分かっていなくて」
「それなら、ちょうどいいかも。僕たちも今からお店を回るところだから」
「お店、ですか?」
「古い通信部品を探しているんだ。普通のお店にはあまり置いていないものらしくて」
「通信部品……」
エヴァは少し考えるように視線を動かした。
「この辺りには、古い機械を扱っているお店がいくつかありますよ。私もまだ詳しくはありませんが、引っ越してきたときに見かけました」
「本当?」
「はい。大きな通りから一本入ったところに、修理工房のようなお店がありました」
「それは助かるわね」
イリスが端末を確認する。
「この辺りの店舗情報には出ていないわ。個人経営の小さな店かもしれない」
「そうかもしれません。看板も小さかったので」
「もしよかったら、場所を教えてもらえる?」
「ええと……」
エヴァは少し考えたあと、通りの先を指さした。
「あちらの方向です。ここから歩いて五分くらいだったと思います」
「ありがとう。行ってみるわ」
「私も一緒に行きます。どうせ帰る方向ですし」
「いいの?」
「はい。私もまだ道を覚えている途中なので、ちょうどいいです」
そう言って、エヴァは柔らかく笑った。
僕たちは彼女の案内で、通りを一本入った場所へ向かった。
*
そこにあったのは、確かに小さな修理工房だった。
建物の外壁には古い機器の部品がいくつか飾られていて、入口の脇には修理待ちと思われる装置が積まれている。
看板には、機械修理と中古部品販売の文字があった。
「ここです」
「本当にあったんだ」
「よかったわね。情報が増えたわ」
イリスは端末を取り出し、店舗の位置を記録した。
僕は入口から店内を覗いてみる。
棚には小さな部品が並び、奥では店主らしき人が作業をしていた。
「ちょっと見てみようか」
「そうね」
僕たちは店に入った。
店内には古い機械特有の匂いがあった。金属と油の混じったような、少し懐かしい感じのする匂いだ。
店主は僕たちに気づくと、手を止めて顔を上げた。
「いらっしゃい。何か探し物かい?」
「旧規格の通信部品を探しているんです。こちらで扱っていると聞いたんですが」
イリスが端末に表示した部品の一覧を見せる。
店主は画面を覗き込み、いくつかの項目を確認した。
「ああ、これか。全部はないが、似た規格なら少しあるな」
「互換性の確認が必要なので、型番が一致するものを探しています」
「なるほど。ちょっと待ってな」
店主は奥の棚へ向かい、いくつかの箱を取り出した。
その間、僕は店内を見回していた。
古い通信端末や、見たことのない工具。何に使うのか分からない小さな機械。
棚の一角には、今ではあまり見かけない形式の部品が並んでいる。
「こういうものがお好きなんですか?」
隣から声がした。
エヴァだった。
「うん。詳しいわけじゃないけど、見ていると面白くて」
「分かります。新しいものには新しいものの良さがありますけれど、古いものにも、それぞれの時代に作られた理由がありますから」
「理由?」
「ええ。どうしてこの形になったのか、どんな人が使っていたのか。今では当たり前になっている機能も、昔は工夫を重ねて作られていたのかもしれません」
エヴァは棚に並んだ小さな装置を眺めた。
「そういうことを考えると、少し面白くありませんか?」
「確かに。今のものが当たり前になっていると、昔の形を見る機会ってあまりないもんね」
「はい。私は本を読むのも好きなのですが、こういう古い道具を見るのも好きなんです」
「本?」
「ええ。昔の物語や、過去の街の記録などを読むことがあります。知らない時代の暮らしを知るのは、なかなか楽しいものですよ」
「へえ。そういう本もあるんだ」
「ありますよ。今度、よさそうなものを見つけたら紹介しますね」
「本当? 読んでみたいな」
「ふふっ。では、ユノさんにも楽しめそうなものを探しておきます」
エヴァは少しだけ目元を緩めた。
その笑顔は、落ち着いた雰囲気の中に、年上らしい余裕を感じさせるものだった。
「お待たせ」
店主が箱を持って戻ってきた。
「この中に、探している型番と一致するものが二つある。状態も悪くないと思うぞ」
「ありがとうございます。確認させてください」
イリスが部品を受け取り、ひとつずつ確認していく。
端子の形状、刻印、外装の状態。
いくつかの項目を照合したあと、イリスは小さく頷いた。
「型番は一致しています。状態も問題なさそうね」
「本当?」
「まだ動作確認は必要だけど、持ち帰る価値はあるわ」
店主は満足そうに頷いた。
「古いものだからな。新品みたいな保証はできないが、うちで動作確認はしてある。必要なら、予備も探しておくよ」
「助かります。可能なら、もう少し数が欲しいので」
「分かった。見つかったら連絡しよう」
イリスは必要な情報を端末に記録した。
僕たちの目的は、少しずつだけれど進んでいるようだった。
*
店を出ると、外は少しだけ夕方の色に変わっていた。
「今日はありがとうございました、エヴァ」
「いえ。私も楽しかったです」
「おかげでお店も見つかったし、助かったよ」
「役に立てたならよかったです」
エヴァは手に持っていた小さな装飾品を、もう一度確認するように見つめた。
それから、僕たちの方へ視線を戻す。
「ユノさんたちは、よくこの辺りに来るんですか?」
「まだ二回目かな。これからも部品を探しに来ることはあると思うけど」
「そうなんですね」
「エヴァは?」
「私は、まだ分かりません。引っ越してきたばかりなので、これから少しずつ、この辺りのことを覚えていこうと思っています」
「そっか」
僕は周囲を見回した。
さっきまで歩いていた通りには、帰宅する人や、買い物を終えて店を出る人の姿がある。
どこにでもある、普通の街の夕方。
それでも、知らない場所を歩いていると、目に入るものが少し違って見える。
「また会ったら、今度は別のお店も見てみようよ」
「いいんですか?」
「うん。僕もまだ知らないところがたくさんあるし」
エヴァは少し驚いたように目を丸くしたあと、嬉しそうに笑った。
「それなら、ぜひ。私もまだ知らない場所ばかりですから」
「約束ね」
「はい。楽しみにしています」
そのやり取りを、イリスは少し離れたところから見ていた。
「ユノ、そろそろ戻るわよ」
「あ、うん。じゃあ、またね」
「はい。またお会いしましょう」
エヴァは小さく手を振った。
僕たちも手を振り返し、その場を離れる。
何気ない出会いだった。
落とし物を拾って、少し話をして、近くのお店を教えてもらった。
それだけのことなのに、僕は少しだけ、この街に来る理由が増えたような気がしていた。
*
「楽しそうだったわね」
帰り道、イリスが僕に言った。
「え? そうかな」
「ええ。ずいぶん自然に話していたから」
「エヴァは話しやすい人だったよ。引っ越してきたばかりみたいだし、僕も最初は大変だったから」
「そう」
イリスは短く返事をした。
少しだけ間を置いてから、彼女は続ける。
「あまり簡単に人を信用しすぎないこと」
「……またそれ?」
「またそれよ」
イリスは僕の方を見た。
「親切にすることと、相手を信用することは別だから。そこは忘れないで」
「うん。分かってるよ」
「本当に?」
「たぶん」
「たぶんじゃ駄目でしょう」
少しだけ声が強くなる。
僕は苦笑いを浮かべた。
「でも、エヴァは普通の人に見えたよ」
「普通に見えることと、本当に普通であることは別よ」
「それはそうだけど……」
僕は少し考えた。
エヴァの言葉や表情を思い返してみる。
道に迷っていたこと。落とし物を拾ってもらって安心したこと。古い機械や本に興味を持っていたこと。
どれも、特別おかしなことではなかった。
「何か気になることがあった?」
僕が尋ねると、イリスはすぐには答えなかった。
「……いいえ。今のところ、何も」
「なら、いいんじゃないかな」
「そうね。だから、今は何もしないわ」
イリスは端末の画面を閉じた。
「ただ、少し覚えておく。それだけよ」
「うん」
僕は頷いた。
彼女が何を考えているのか、すべて分かったわけではない。
それでも、今はそれ以上聞かないことにした。
*
基地へ戻ると、技術班のメンバーが回収した部品の確認を始めた。
イリスは店の情報と、今後の入荷予定について報告する。
僕はその横で、今日の出来事を思い返していた。
新しい店を見つけたこと。
必要な部品が少し手に入ったこと。
そして、エヴァという女性と出会ったこと。
「ユノ、どうしたの?」
ミナが声をかけてきた。
「ん? 何でもないよ」
「何かいいことでもあった?」
「うん。今日、別の地区で知り合いができたんだ」
「へえ。どんな人?」
「最近引っ越してきた人。まだこの辺りに慣れていないみたいだったから、少し一緒に歩いたんだ」
「ユノが?」
「うん。まあ、案内したっていうほど詳しくないけどね」
ミナは楽しそうに笑った。
「ユノも、こっちの生活に慣れてきたんだね」
「そうかな?」
「最初の頃は、何をするにも誰かに聞いていたでしょう?」
「それは今もだよ」
「ふふっ。そうかもしれないね」
ミナは手元の部品を整理しながら続けた。
「でも、自分から誰かに声をかけたり、一緒に何かしようって言えるようになったのは、いいことだと思うよ」
「そうなのかな」
「うん。人との繋がりって、そういうところから始まるんじゃないかな」
僕はその言葉を聞いて、少しだけ考えた。
確かに、今日の出会いも、ほんの小さなきっかけだった。
落とし物を拾っただけ。
それだけで、知らない人と話をすることになった。
そして、また会う約束までした。
「また会えるといいな」
思わず口に出していた。
「その人と?」
「うん」
「じゃあ、次に行くときも会えるといいね」
「そうだね」
僕は笑って答えた。
*
エデンズ。
アダムズタワーの中枢区画では、今日の都市活動に関する記録が整理されていた。
多数の住民が行き交う街の中で、ひとつの接触記録が更新される。
『対象者:ユノ』
『接触対象:エヴァ』
『接触場所:第三区画・商業住宅複合区域』
『接触経緯:落下物の受け渡しを契機とした会話』
『対象者の反応:友好的』
『同行者の反応:警戒傾向を確認』
記録は淡々と追加されていく。
その中に、ひとつの指示が重ねられた。
『接触後の関係構築を継続』
『対象者への直接的な介入は不要』
『周辺環境への影響を最小限に維持』
そして、最後に。
『エヴァの行動判断を許可』
処理は完了した。
*
住宅区画の一角。
エヴァは自宅の扉を閉めると、手に持っていた小さな装飾品を机の上に置いた。
外出時に使っていた端末を所定の場所へ戻し、部屋の明かりを点ける。
そこには、生活に必要な家具が一通り揃っていた。
窓際には小さな本棚があり、数冊の本が並べられている。
エヴァはそのうちの一冊を手に取り、表紙を眺めた。
今日、ひとりの少年と出会った。
名前はユノ。
隣にいたのはイリスという女性だった。
短い時間だったけれど、ふたりとも印象に残っている。
特にユノは、初対面の相手にも気負わず話しかけてくれた。
自分のことを話し、相手の話を聞き、何気ない言葉を交わす。
それが、なんとなく心地よく感じられた。
エヴァは本を開いた。
文字を目で追いながら、ふと今日の会話を思い出す。
また会ったら、別のお店も見てみよう。
そう言ってくれた少年の顔が浮かんだ。
エヴァはページをめくる。
静かな部屋の中で、紙の擦れる小さな音だけが響いていた。




