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人間を管理するAIに追われた僕は、反逆者の少女と空を飛ぶ  作者: 紺野 翼
知られざる街の息吹

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10/18

新しい出会い


 旧規格の通信部品を探しに別の地区を訪れてから、数日が経っていた。


 回収した部品は技術班による確認が進められており、いくつかは実際に使用できる見込みが立っているらしい。


 ただ、必要な数を十分に揃えられたわけではなかった。


 以前から使っていた通信設備を維持するには、まだ予備が足りない。新しい規格へ置き換える案も出ているものの、今ある設備との互換性や、交換に必要な作業を考えると簡単には決められないという。


 そんな事情もあって、僕たちはもう一度、別地区へ足を運ぶことになった。


「今日は前回とは少し違う店を回るわ。前に見つけた店だけじゃ、必要な部品が揃わなかったから」


「また部品探し?」


「そう。今回は在庫の確認が中心ね。前回見つけた店から、他に扱っているところを教えてもらったの」


「へえ。そういう繋がりもあるんだ」


「古い規格を扱う店同士は、意外と情報を共有しているみたいよ。新品を扱う大きな店とは少し事情が違うの」


 イリスは端末に表示された地図を確認しながら答えた。


 僕も隣から画面を覗き込む。


 前回訪れた地区よりも、少しだけ外側にある商業区画が目的地らしい。


「この辺り?」


「そう。前に行ったところから、もう少し東側ね」


「また違う街並みが見られそうだね」


「観光に行くわけじゃないんだけど」


「分かってるよ。ちゃんと部品も探すって」


「ならいいけど」


 イリスは少しだけ呆れたような顔をした。


 けれど、端末をしまうと、僕の方を見て小さく笑った。


「まあ、前回みたいに寄り道する時間があれば、少しくらい見て回ってもいいわよ」


「本当?」


「目的を忘れなければね」


「忘れないよ」


 そう答えたものの、僕の頭の中ではすでに、前回とは違う店や景色を見られることへの期待が膨らんでいた。


     *


 別地区へ向かう道は、前回と同じく人通りが多かった。


 道路の上を走る小型の輸送車両。歩道を行き交う人々。建物の壁面に映し出される広告。


 見慣れない光景ではなくなってきたけれど、少し場所が変わるだけで、街の雰囲気が違って見える。


 前に訪れた地区は、比較的新しい設備を扱う店が多かった。


 一方、今回の地区は古い建物が多く残っているようだった。外壁の一部を補修した跡があったり、看板の表示が古い形式のままだったりする。


「ここも、結構雰囲気が違うね」


「この辺りは昔からある商店が多いみたい。新しい設備を扱う店もあるけど、古い機器の修理や中古品の販売を続けているところが多いわ」


「前に行った店と似てるんだ」


「そうね。ただ、こっちの方が小規模な店が多いと思う」


 僕は周囲を見回した。


 大きな店舗が並ぶ通りから少し離れると、個人経営らしい小さな店がいくつも並んでいた。


 入口の脇に修理中の機械が置かれていたり、店先に古い部品が並べられていたりする。


 同じ街の中でも、場所によってこれほど違うのかと思う。


「ユノ、こっちよ」


「あ、ごめん」


 店先を眺めているうちに、少し遅れてしまった。


 イリスの後を追い、目的の店へ向かう。


 最初に訪れた店では、必要としていた部品の在庫はなかった。


 ただ、店主が別の店を紹介してくれたため、僕たちはその情報を頼りに通りを移動することになった。


 次の店でも、目当てのものは見つからなかった。


 代わりに、互換性のある別形式の部品があると教えてもらったものの、技術班に確認しなければ使えるかどうかは分からない。


「なかなか難しいね」


「古い規格だから仕方ないわ。生産が終わっているものも多いし、残っていても状態が分からないものがあるから」


「使えるものを探すだけでも大変なんだ」


「だから、こうして実際に見て回る必要があるのよ」


 イリスは端末に店の情報を記録した。


 僕も、店先に置かれた部品の形を眺めながら、技術班から渡された一覧を確認する。


 似ているように見えても、接続部分の形状が少し違う。


 見た目だけで判断してはいけないというのは、前回の買い出しでよく分かった。


「次は少し先の通りね」


「うん」


 僕たちは再び歩き始めた。


     *


 通りを一本曲がると、先ほどまでよりも人通りが少なくなった。


 店と店の間に小さな住宅が混じり、歩道の端には植木鉢が並んでいる。


 道路沿いの建物には、住民が使う共用設備らしい端末が設置されていた。


 その前で立ち止まり、何かを確認している人もいる。


「この辺りは住宅も多いんだね」


「商業区画と住宅区画が隣接しているみたいね。生活用品を扱う店もあるし、住むには便利なのかもしれないわ」


「静かでいいところだね」


「そうね」


 イリスが端末を確認する。


 目的の店は、この先を少し進んだ場所にあるらしい。


 僕たちはそのまま歩き続けた。


 そのときだった。


 少し先で、何かが地面に落ちる小さな音がした。


 視線を向けると、ひとりの女性が通りの端で足を止めていた。


 年齢は僕より少し上だろうか。


 肩より少し長い髪を整え、落ち着いた色合いの服を着ている。派手な装飾はなく、全体的にすっきりとした印象だった。


 彼女は手元の端末と周囲の景色を交互に確認している。


 その足元には、小さな円形のものが転がってきていた。


「あれ?」


 僕は足を止めて、それを拾い上げた。


 硬貨よりも少し大きい、薄い円形の装飾品のようなものだった。表面には細かな模様が刻まれている。


 女性がこちらに気づく。


「こちらのものですか?」


 僕が声をかけると、彼女は一瞬だけ目を丸くした。


「あ……はい。ありがとうございます」


 女性は僕の手元に視線を落とし、穏やかに微笑んだ。


「気づかずに落としてしまったようです。拾っていただけて助かりました」


「どうぞ。これ、大切なもの?」


「ええ。昔から持っているものなので」


 彼女は両手で受け取ると、表面を軽く確かめてから、丁寧にしまった。


「本当にありがとうございます」


「気にしなくていいよ。ちょうど足元に転がってきたから」


「それでも、親切にしていただいたことに変わりはありませんから」


 そう言って、彼女は小さく頭を下げた。


 落ち着いた話し方だった。


 声の調子も柔らかく、言葉を選びながらゆっくりと話す。初対面の相手に対しても、必要以上に緊張している様子はない。


 僕はふと、彼女が手元の端末を何度も確認していたことを思い出した。


「ところで、何か探していたの?」


「ええ。少し道を確認していたんです」


「道?」


「はい。最近、別の地区からこちらへ移ってきたばかりでして。まだ周辺のことをよく知らないんです」


「そうなんだ」


「地図を見れば分かると思っていたのですが、実際に歩いてみると、思っていたより道が複雑で……」


 彼女は困ったように笑った。


「似たような通りが続いているので、どこを歩いているのか分からなくなってしまいました」


「それは大変だね」


「まだ慣れていないので。お店の場所や、近道なども少しずつ覚えているところです」


 その言葉に、僕は少し前の自分を思い出した。


 この世界に来たばかりの頃。


 知らない場所で目を覚まし、何が普通で、どこへ行けばいいのかも分からなかった。


 今では基地の中のことも少しずつ覚えてきたけれど、最初は何をするにも誰かに聞いてばかりだった。


「僕も最初は全然分からなかったよ」


「そうなんですか?」


「うん。今いる場所も、最初は何がどこにあるのかさっぱりだったし。道を覚えるのも結構時間がかかったよ」


「それは大変でしたね」


「でも、少しずつ覚えていけば大丈夫だと思う。歩いているうちに、いつの間にか分かるようになるから」


「ふふっ。そうですね。焦らず覚えていくことにします」


 彼女は少し安心したように笑った。


 その笑顔を見て、僕は自然と口を開いていた。


「もしよかったら、一緒に見て回る?」


「えっ?」


「僕たちもこの辺りを歩いているところだから。目的の場所に行く途中で、いろいろ見て回るつもりなんだ」


 僕は隣にいるイリスを見た。


「ね?」


「……まあ、少し寄り道するくらいなら構わないわ」


 イリスは一瞬だけ僕を見たあと、女性へ視線を向けた。


「ただ、私たちも用事があるから、ずっと案内できるわけじゃないけど」


「いえ、そこまでしていただくわけには……」


「大丈夫だよ。僕もこの辺りはまだ詳しくないし、一緒に知っていけたらいいなって」


「一緒に、ですか」


「うん。知らない場所をひとりで歩くより、誰かと一緒の方が楽しいと思うし」


 女性は少し考えるように視線を落とした。


 それから、顔を上げて微笑む。


「ありがとうございます。そう言っていただけると心強いです」


「よかった」


 僕は笑って答えた。


     *


「そういえば、まだお名前を聞いていませんでしたね」


 少し歩き始めたところで、女性が思い出したように言った。


「あ、そうだね。僕はユノ」


「ユノさんですね」


「うん。こっちはイリス」


「イリスよ。よろしく」


「エヴァです。よろしくお願いします」


 エヴァはふたりに向けて、丁寧に頭を下げた。


「それで、エヴァはどの辺りに引っ越してきたの?」


「この通りを少し進んだ先です。住宅区画の端にある家で」


「じゃあ、ここからそんなに遠くないんだ」


「はい。歩いて帰れる距離です。ただ、まだ周辺のお店もよく分かっていなくて」


「それなら、ちょうどいいかも。僕たちも今からお店を回るところだから」


「お店、ですか?」


「古い通信部品を探しているんだ。普通のお店にはあまり置いていないものらしくて」


「通信部品……」


 エヴァは少し考えるように視線を動かした。


「この辺りには、古い機械を扱っているお店がいくつかありますよ。私もまだ詳しくはありませんが、引っ越してきたときに見かけました」


「本当?」


「はい。大きな通りから一本入ったところに、修理工房のようなお店がありました」


「それは助かるわね」


 イリスが端末を確認する。


「この辺りの店舗情報には出ていないわ。個人経営の小さな店かもしれない」


「そうかもしれません。看板も小さかったので」


「もしよかったら、場所を教えてもらえる?」


「ええと……」


 エヴァは少し考えたあと、通りの先を指さした。


「あちらの方向です。ここから歩いて五分くらいだったと思います」


「ありがとう。行ってみるわ」


「私も一緒に行きます。どうせ帰る方向ですし」


「いいの?」


「はい。私もまだ道を覚えている途中なので、ちょうどいいです」


 そう言って、エヴァは柔らかく笑った。


 僕たちは彼女の案内で、通りを一本入った場所へ向かった。


     *


 そこにあったのは、確かに小さな修理工房だった。


 建物の外壁には古い機器の部品がいくつか飾られていて、入口の脇には修理待ちと思われる装置が積まれている。


 看板には、機械修理と中古部品販売の文字があった。


「ここです」


「本当にあったんだ」


「よかったわね。情報が増えたわ」


 イリスは端末を取り出し、店舗の位置を記録した。


 僕は入口から店内を覗いてみる。


 棚には小さな部品が並び、奥では店主らしき人が作業をしていた。


「ちょっと見てみようか」


「そうね」


 僕たちは店に入った。


 店内には古い機械特有の匂いがあった。金属と油の混じったような、少し懐かしい感じのする匂いだ。


 店主は僕たちに気づくと、手を止めて顔を上げた。


「いらっしゃい。何か探し物かい?」


「旧規格の通信部品を探しているんです。こちらで扱っていると聞いたんですが」


 イリスが端末に表示した部品の一覧を見せる。


 店主は画面を覗き込み、いくつかの項目を確認した。


「ああ、これか。全部はないが、似た規格なら少しあるな」


「互換性の確認が必要なので、型番が一致するものを探しています」


「なるほど。ちょっと待ってな」


 店主は奥の棚へ向かい、いくつかの箱を取り出した。


 その間、僕は店内を見回していた。


 古い通信端末や、見たことのない工具。何に使うのか分からない小さな機械。


 棚の一角には、今ではあまり見かけない形式の部品が並んでいる。


「こういうものがお好きなんですか?」


 隣から声がした。


 エヴァだった。


「うん。詳しいわけじゃないけど、見ていると面白くて」


「分かります。新しいものには新しいものの良さがありますけれど、古いものにも、それぞれの時代に作られた理由がありますから」


「理由?」


「ええ。どうしてこの形になったのか、どんな人が使っていたのか。今では当たり前になっている機能も、昔は工夫を重ねて作られていたのかもしれません」


 エヴァは棚に並んだ小さな装置を眺めた。


「そういうことを考えると、少し面白くありませんか?」


「確かに。今のものが当たり前になっていると、昔の形を見る機会ってあまりないもんね」


「はい。私は本を読むのも好きなのですが、こういう古い道具を見るのも好きなんです」


「本?」


「ええ。昔の物語や、過去の街の記録などを読むことがあります。知らない時代の暮らしを知るのは、なかなか楽しいものですよ」


「へえ。そういう本もあるんだ」


「ありますよ。今度、よさそうなものを見つけたら紹介しますね」


「本当? 読んでみたいな」


「ふふっ。では、ユノさんにも楽しめそうなものを探しておきます」


 エヴァは少しだけ目元を緩めた。


 その笑顔は、落ち着いた雰囲気の中に、年上らしい余裕を感じさせるものだった。


「お待たせ」


 店主が箱を持って戻ってきた。


「この中に、探している型番と一致するものが二つある。状態も悪くないと思うぞ」


「ありがとうございます。確認させてください」


 イリスが部品を受け取り、ひとつずつ確認していく。


 端子の形状、刻印、外装の状態。


 いくつかの項目を照合したあと、イリスは小さく頷いた。


「型番は一致しています。状態も問題なさそうね」


「本当?」


「まだ動作確認は必要だけど、持ち帰る価値はあるわ」


 店主は満足そうに頷いた。


「古いものだからな。新品みたいな保証はできないが、うちで動作確認はしてある。必要なら、予備も探しておくよ」


「助かります。可能なら、もう少し数が欲しいので」


「分かった。見つかったら連絡しよう」


 イリスは必要な情報を端末に記録した。


 僕たちの目的は、少しずつだけれど進んでいるようだった。


     *


 店を出ると、外は少しだけ夕方の色に変わっていた。


「今日はありがとうございました、エヴァ」


「いえ。私も楽しかったです」


「おかげでお店も見つかったし、助かったよ」


「役に立てたならよかったです」


 エヴァは手に持っていた小さな装飾品を、もう一度確認するように見つめた。


 それから、僕たちの方へ視線を戻す。


「ユノさんたちは、よくこの辺りに来るんですか?」


「まだ二回目かな。これからも部品を探しに来ることはあると思うけど」


「そうなんですね」


「エヴァは?」


「私は、まだ分かりません。引っ越してきたばかりなので、これから少しずつ、この辺りのことを覚えていこうと思っています」


「そっか」


 僕は周囲を見回した。


 さっきまで歩いていた通りには、帰宅する人や、買い物を終えて店を出る人の姿がある。


 どこにでもある、普通の街の夕方。


 それでも、知らない場所を歩いていると、目に入るものが少し違って見える。


「また会ったら、今度は別のお店も見てみようよ」


「いいんですか?」


「うん。僕もまだ知らないところがたくさんあるし」


 エヴァは少し驚いたように目を丸くしたあと、嬉しそうに笑った。


「それなら、ぜひ。私もまだ知らない場所ばかりですから」


「約束ね」


「はい。楽しみにしています」


 そのやり取りを、イリスは少し離れたところから見ていた。


「ユノ、そろそろ戻るわよ」


「あ、うん。じゃあ、またね」


「はい。またお会いしましょう」


 エヴァは小さく手を振った。


 僕たちも手を振り返し、その場を離れる。


 何気ない出会いだった。


 落とし物を拾って、少し話をして、近くのお店を教えてもらった。


 それだけのことなのに、僕は少しだけ、この街に来る理由が増えたような気がしていた。


     *


「楽しそうだったわね」


 帰り道、イリスが僕に言った。


「え? そうかな」


「ええ。ずいぶん自然に話していたから」


「エヴァは話しやすい人だったよ。引っ越してきたばかりみたいだし、僕も最初は大変だったから」


「そう」


 イリスは短く返事をした。


 少しだけ間を置いてから、彼女は続ける。


「あまり簡単に人を信用しすぎないこと」


「……またそれ?」


「またそれよ」


 イリスは僕の方を見た。


「親切にすることと、相手を信用することは別だから。そこは忘れないで」


「うん。分かってるよ」


「本当に?」


「たぶん」


「たぶんじゃ駄目でしょう」


 少しだけ声が強くなる。


 僕は苦笑いを浮かべた。


「でも、エヴァは普通の人に見えたよ」


「普通に見えることと、本当に普通であることは別よ」


「それはそうだけど……」


 僕は少し考えた。


 エヴァの言葉や表情を思い返してみる。


 道に迷っていたこと。落とし物を拾ってもらって安心したこと。古い機械や本に興味を持っていたこと。


 どれも、特別おかしなことではなかった。


「何か気になることがあった?」


 僕が尋ねると、イリスはすぐには答えなかった。


「……いいえ。今のところ、何も」


「なら、いいんじゃないかな」


「そうね。だから、今は何もしないわ」


 イリスは端末の画面を閉じた。


「ただ、少し覚えておく。それだけよ」


「うん」


 僕は頷いた。


 彼女が何を考えているのか、すべて分かったわけではない。


 それでも、今はそれ以上聞かないことにした。


     *


 基地へ戻ると、技術班のメンバーが回収した部品の確認を始めた。


 イリスは店の情報と、今後の入荷予定について報告する。


 僕はその横で、今日の出来事を思い返していた。


 新しい店を見つけたこと。


 必要な部品が少し手に入ったこと。


 そして、エヴァという女性と出会ったこと。


「ユノ、どうしたの?」


 ミナが声をかけてきた。


「ん? 何でもないよ」


「何かいいことでもあった?」


「うん。今日、別の地区で知り合いができたんだ」


「へえ。どんな人?」


「最近引っ越してきた人。まだこの辺りに慣れていないみたいだったから、少し一緒に歩いたんだ」


「ユノが?」


「うん。まあ、案内したっていうほど詳しくないけどね」


 ミナは楽しそうに笑った。


「ユノも、こっちの生活に慣れてきたんだね」


「そうかな?」


「最初の頃は、何をするにも誰かに聞いていたでしょう?」


「それは今もだよ」


「ふふっ。そうかもしれないね」


 ミナは手元の部品を整理しながら続けた。


「でも、自分から誰かに声をかけたり、一緒に何かしようって言えるようになったのは、いいことだと思うよ」


「そうなのかな」


「うん。人との繋がりって、そういうところから始まるんじゃないかな」


 僕はその言葉を聞いて、少しだけ考えた。


 確かに、今日の出会いも、ほんの小さなきっかけだった。


 落とし物を拾っただけ。


 それだけで、知らない人と話をすることになった。


 そして、また会う約束までした。


「また会えるといいな」


 思わず口に出していた。


「その人と?」


「うん」


「じゃあ、次に行くときも会えるといいね」


「そうだね」


 僕は笑って答えた。


     *


 エデンズ。


 アダムズタワーの中枢区画では、今日の都市活動に関する記録が整理されていた。


 多数の住民が行き交う街の中で、ひとつの接触記録が更新される。


『対象者:ユノ』


『接触対象:エヴァ』


『接触場所:第三区画・商業住宅複合区域』


『接触経緯:落下物の受け渡しを契機とした会話』


『対象者の反応:友好的』


『同行者の反応:警戒傾向を確認』


 記録は淡々と追加されていく。


 その中に、ひとつの指示が重ねられた。


『接触後の関係構築を継続』


『対象者への直接的な介入は不要』


『周辺環境への影響を最小限に維持』


 そして、最後に。


『エヴァの行動判断を許可』


 処理は完了した。


     *


 住宅区画の一角。


 エヴァは自宅の扉を閉めると、手に持っていた小さな装飾品を机の上に置いた。


 外出時に使っていた端末を所定の場所へ戻し、部屋の明かりを点ける。


 そこには、生活に必要な家具が一通り揃っていた。


 窓際には小さな本棚があり、数冊の本が並べられている。


 エヴァはそのうちの一冊を手に取り、表紙を眺めた。


 今日、ひとりの少年と出会った。


 名前はユノ。


 隣にいたのはイリスという女性だった。


 短い時間だったけれど、ふたりとも印象に残っている。


 特にユノは、初対面の相手にも気負わず話しかけてくれた。


 自分のことを話し、相手の話を聞き、何気ない言葉を交わす。


 それが、なんとなく心地よく感じられた。


 エヴァは本を開いた。


 文字を目で追いながら、ふと今日の会話を思い出す。


 また会ったら、別のお店も見てみよう。


 そう言ってくれた少年の顔が浮かんだ。


 エヴァはページをめくる。


 静かな部屋の中で、紙の擦れる小さな音だけが響いていた。

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