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人間を管理するAIに追われた僕は、反逆者の少女と空を飛ぶ  作者: 紺野 翼
自分で選ぶということ

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4/14

知らない世界を歩く


 基地での生活にも、少しずつ慣れてきた。


 朝になれば食堂へ行き、出された食事を食べる。空いた時間には基地の中を歩き回り、気になった機械を眺めたり、作業している人たちに話しかけたりする。


 もちろん、まだ知らないことばかりだ。


 それでも、ここに来た初日と比べれば、ずいぶん落ち着いて過ごせるようになったと思う。


「ユノ、そっちの箱取ってくれる?」


「これ?」


「そう、それ。ありがと」


 整備区画で機械をいじっていたミナが、差し出した箱を受け取る。


 箱の中には、大小さまざまな金属部品が入っていた。見た目は似ているのに、ミナに聞くとそれぞれ違う役割があるらしい。


「これって何に使うの?」


「搬送機の駆動部品。こっちは予備で、こっちはもう使えないやつ」


「へえ……。じゃあ、こっちは?」


「それは使える。見た目だけじゃ分からないでしょ?」


「うん。全部同じに見える」


「慣れれば分かるようになるよ」


 ミナはそう言って、部品を手際よく仕分けていく。


 僕も真似してみたけれど、三つ目で早速間違えた。


「あ、ごめん」


「いいよいいよ。最初からできる人なんていないし」


 ミナは笑って、間違えた部品を元の箱に戻した。


 こういうところは、少し不思議だと思う。


 以前の僕なら、分からないことはチップに聞けばよかった。必要な情報を検索して、手順を確認すれば、ほとんどのことは解決できた。


 でも、ここでは違う。


 人に聞いて、教えてもらって、間違えながら覚えていく。


 面倒といえば面倒だけど、嫌な感じはしなかった。


「そういえば、イリスは?」


「出かける準備してるよ。そろそろ戻ってくるんじゃない?」


「出かける?」


 聞き返したところで、整備区画の入口からイリスが姿を見せた。


「ユノ、ちょうどよかった。少し付き合ってくれる?」


「え、どこか行くの?」


「近くの旧保守区画。基地で使う部品を回収したいの」


「僕も行っていいの?」


「もちろん。ただし、勝手に先へ行かないこと。何かあったら、必ず私に知らせること」


「分かった!」


「……本当に分かってる?」


 イリスは少しだけ疑わしそうな目を向けた。


 失礼だなあ。


 僕だって、いつまでも何も分からない子どもじゃないんだけど。


 ……たぶん。


     *


 基地を出ると、そこには見慣れない景色が広がっていた。


 整然と並ぶ建物。壁面を走る古い配線。ところどころに残された、かつて使われていた案内表示。


 僕が暮らしていた都市の中心部とは、ずいぶん違う。


 あちらでは道路も建物もきれいに整備され、移動する人々は迷うことなく目的地へ向かっていた。交通も仕事も生活も、AIが最適な形に整えてくれていたからだ。


 けれど、ここではそうはいかない。


 道の一部は補修されないまま残り、建物の壁には古い傷が刻まれている。遠くでは、誰かが手作業で機械を修理していた。


「ここ、ずっとこんな感じなの?」


「場所によるわ。ここは管理区域の再整備が後回しにされた場所だから」


「後回し……?」


「AIが必要性を低く判断したの。人も少ないし、経済活動も活発じゃない。だから、優先順位が下がった」


「でも、ここにも人は住んでるんだよね?」


「ええ」


 イリスは短く答えた。


 その先に、小さな市場のような場所が見えた。


 並べられているのは、食料や日用品、それに機械の部品。店の数は少ないけれど、人の姿はそれなりにある。


 誰かが店主と値段を交渉している。


 別の場所では、子どもが大人の手伝いをしていた。


 僕は思わず足を止めた。


「……普通に暮らしてるんだね」


「そうね」


「もっと、みんな困ってるのかと思ってた」


「困っていないとは言っていないわ」


 イリスの言葉に、僕は口をつぐんだ。


 確かによく見れば、違いはある。


 店に並ぶ品物は少ないし、機械の修理にも時間がかかっているようだった。通りを歩く人たちの服にも、何度も直した跡がある。


 それでも、彼らは笑っていた。


 隣の店の人と話し、子どもを叱り、食事の準備をしている。


 僕が今まで見てきた人たちと、何も変わらない。


「ねえ、イリス」


「何?」


「この人たちは、AIに管理されていないの?」


「完全に管理を外れているわけじゃない。通信網の一部は残っているし、都市のシステムから完全に切り離されて生活するのは難しいから」


「じゃあ、仕事とかは?」


「自分で探す。食料も、部品も、必要なら自分たちで交渉して手に入れる」


「大変そうだね」


「そうね」


 イリスは否定しなかった。


「AIの管理下にいれば、生活に必要なものを一定の水準で確保できる人もいる。病気になれば医療を受けられるし、仕事も割り当てられる。そういう仕組みが助けになっている人もいるのよ」


「だったら……」


 僕は言いかけて、言葉を止めた。


 だったら、AIの管理があったほうがいいんじゃないか。


 そう思ったからだ。


 けれど、すぐに思い出した。


 僕は、AIに追われた。


 自分の考えを疑っただけで、突然、確保の対象にされた。


 便利で、生活を助けてくれる存在だったはずなのに。


「……でも、管理されるのが嫌な人もいるんだよね」


「ええ。自分の仕事を自分で選びたい人。住む場所を決めたい人。AIの判断に従うのではなく、自分で考えて生きたい人」


「そっか……」


 僕はもう一度、市場を見渡した。


 AIが管理していた世界にも、ここにも、暮らしている人がいる。


 どちらかが完全に幸せで、もう一方が完全に不幸というわけではないのかもしれない。


 じゃあ、何が違うんだろう。


 僕には、まだよく分からなかった。


     *


「ユノ、そっちの通路は行かないで」


「え?」


 イリスの声に振り返ったときには、僕はすでに一歩踏み出していた。


 市場の端に、荷物を積んだ小さな搬送機が止まっていた。その脇で、年配の男性が困ったように機械を調べている。


 どうやら車輪が動かなくなったらしい。


 気になって、つい近づいてしまった。


「何かあったんですか?」


「ん? ああ、搬送機が動かなくなってな。荷物を運ぶ途中なんだが、困ったもんだ」


 男性は機械の側面を開き、配線を確かめていた。


 僕はしゃがみ込んで、機械の様子を眺めた。


「これ、基地で見たのと似てる……」


「ユノ?」


 少し離れたところから、イリスの声が聞こえる。


「ごめん、ちょっとだけ!」


「ちょっとだけじゃなくて、何をしているのか説明して!」


 怒られてしまった。


 でも、目の前の機械が気になって仕方がなかった。


 配線の一本が、接続部から外れかけている。基地で見た搬送機と似た構造だ。


「おじさん、この線、外れかけてるみたいです」


「何?」


「ここ。ちゃんとつながってないんじゃないかな」


 男性が身を乗り出し、僕の指した場所を確認した。


「……本当だ。いつの間に緩んだんだ?」


「直してもいいですか?」


「触って大丈夫なのか?」


「たぶん……」


「ユノ!」


 イリスが駆け寄ってきた。


 その顔は、いつもより少し怖い。


「勝手に機械を触らないで。何が起きるか分からないでしょう」


「でも、線が外れかけてるだけだと思うんだ」


「それを判断するのは、あなたじゃない」


「……うん」


 正論だった。


 僕は手を引っ込めた。


 すると、男性が苦笑しながら口を開いた。


「いや、嬢ちゃん。俺も同じところを見ていたんだ。こいつが指摘してくれなきゃ、もう少し時間がかかったかもしれん」


 そう言って、男性は自分で配線を接続し直した。


 簡単な確認を済ませ、操作端末を動かす。


 搬送機の車輪が、ゆっくりと回り始めた。


「おお、動いた!」


 思わず声が出た。


「助かったよ、坊主。ありがとうな」


「いえ、僕は見つけただけです」


 男性は笑い、荷物を積み直し始めた。


 僕もつられて笑った。


 ……けれど。


「ユノ」


 隣から、静かな声がした。


「はい」


「あとで話があるから」


「……はい」


 やっぱり、怒っている。


     *


 市場を離れてから、しばらく沈黙が続いた。


 イリスは先を歩き、僕はその後ろをついていく。


 やがて、彼女が足を止めた。


「どうして、あそこに近づいたの?」


「機械が気になったから……」


「それは分かった。でも、もし故障した機械が危険なものだったら? もし、誰かが仕掛けた罠だったら?」


「……」


「ここは、あなたが暮らしていた場所とは違うの。何が安全で、何が危険なのか、まだ分からないでしょう?」


 僕はうつむいた。


 助けになれたらと思った。


 それだけだった。


 でも、僕が勝手に動いたせいで、イリスに余計な心配をかけたのも事実だ。


「ごめんなさい」


「……うん」


 イリスは少しだけ表情を緩めた。


「誰かを助けようとすること自体は、悪いことじゃないわ。でも、自分の行動で何が起こるかは考えて」


「うん。次からは、ちゃんとイリスに聞く」


「それならいいわ」


 再び歩き始めた彼女の背中を見ながら、僕は考えた。


 自分で考えて行動することは、大切だと思う。


 でも、自分で考えたからといって、必ず正しい行動ができるわけじゃない。


 誰かの役に立とうとしたことが、逆に迷惑になることだってある。


 それでも、何もしなければ、あの男性は困ったままだったかもしれない。


 じゃあ、どうすればよかったんだろう。


 イリスに相談してから、二人で確認すればよかったのかな。


 ……うん。


 次は、そうしてみよう。


 すぐに正解が分からなくても、考えることはできる。


 僕はそう思った。


     *


 回収した部品を基地に届けたあと、僕たちは食堂へ向かった。


 食事を取りながら、僕は今日見た市場のことを思い返していた。


「イリスはさ」


「何?」


「AIの管理がなくなれば、みんな幸せになれると思う?」


 彼女は、すぐには答えなかった。


「……分からないわ」


「えっ?」


「AIの管理をなくせば、自由を取り戻せる人はいる。でも、今までAIに頼って生きてきた人はどうなるの? 仕事を探すことも、医療を受けることも、自分で何とかしなければならなくなるかもしれない」


「それは……そうだね」


「だからといって、今のままでいいとも思わない。自由を奪って、本人の意思まで変えてしまう。それは、管理という言葉だけで済ませていいことじゃない」


 イリスは手元の食器に視線を落とした。


「私たちは、AIの管理から逃れることだけを考えてきた。でも、逃れたあとに何を作るのか。そこまで考えなければ、同じことを繰り返すだけかもしれない」


 その言葉は、少し意外だった。


 イリスはAIを倒したいのだと思っていた。


 もちろん、今もその気持ちは変わっていないのだろう。


 でも、彼女もまた、その先のことを考えている。


「……難しいね」


「そうね。簡単な問題なら、とっくに解決しているでしょう」


 イリスは小さく笑った。


「だから、まずは知ることから始めるの。何が起きているのか。誰が困っているのか。何を変えなければならないのか」


「そっか」


 僕は食事を口に運んだ。


 今日一日で、いろいろなことを知った。


 AIに管理されていない場所があること。


 そこにも普通に暮らしている人たちがいること。


 自由には、自分で引き受けなければならないこともあること。


 そして、自分で考えて行動するのは、思っていたより難しいということ。


 まだ、分からないことばかりだ。


 でも、少しだけ分かった気がする。


 自分が何を知らないのか。


 それを知ることも、きっと大切なんだ。


     *


 その夜。


 基地の技術区画では、ユノのチップに関する記録が調べられていた。


「……また出たな」


 技術担当者が画面を見つめる。


 記録されていたのは、ユノのチップから発生した短い信号だった。


 前回と同じ特徴を持っている。


 ただし、発信先は特定できない。


「外部への通信か?」


 別の技術者が尋ねる。


「分からない。通常の通信規格とは違うし、既存の回線を経由した形跡もない」


「チップ内部で完結している可能性は?」


「それも調べている。今のところ、断定できる材料はない」


 技術担当者は記録を保存し、追加の解析を設定した。


 ユノ本人には、まだ伝えない。


 不確かな情報で不安を煽る必要はないからだ。


 画面の片隅で、解析の進捗を示す表示がゆっくりと動いていた。


 答えが出るまでには、まだ時間がかかりそうだった。


     *


 同じ頃。


 エデンズ、アダムズタワー。


 都市の管理システムは、日々膨大な情報を処理し続けていた。


 人々の行動。都市の稼働状況。各施設の保守記録。


 その中に、ひとつの観測記録が追加される。


 『対象者:ユノ』


 『外部通信遮断状態を維持』


 『チップ内部に未分類の信号を確認』


 『信号の発生条件:未特定』


 システムは過去の記録との照合を試みたが、明確な一致は見つからなかった。


 『追加介入の必要性を評価』


 『評価結果:保留』


 『対象者の観測を継続する』


 処理は、それだけで終了した。


 都市のどこかで、一人の少年が今日一日を振り返っていることも。


 その少年が、自分の意思で何かを選ぼうとしていることも。


 今のシステムにとっては、まだ観測すべき情報のひとつに過ぎなかった。

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