敵対する理由
扉が閉まる音が、静かな部屋に響いた。
ユノは机の向こう側に座る人物を見つめていた。
年齢や性別を感じさせない、整った外見。身につけている服装も、施設内で見かけた隊員たちとは少し違っている。
その人物は手元の端末を操作すると、ユノへ視線を向けた。
「待たせたな。これからいくつか話を聞かせてもらう」
「……はい」
「まず、名前を確認しておこう。ユノで間違いないな?」
「そうです」
「君は現在、レジスタンスと行動を共にしている。これは間違いないか?」
「はい。今はあそこにお世話になっています」
「自分の意思で?」
「そうです」
相手は端末に短く記録を残した。
「君がレジスタンスに加わった経緯について確認したい。以前は我々の管理下で生活していたはずだが、何があった?」
「何があった、ですか……」
ユノは少し考えた。
AIの管理下で暮らしていた頃の自分。突然、自分の身体に異常な接続が見つかり、イリスに助け出されたこと。そして、レジスタンスで過ごすようになってからの日々。
どこから話せばいいのだろう。
「最初は、何も疑問に思っていなかったんです」
「何も?」
「はい。仕事も生活も、必要なことはAIが教えてくれました。自分で考えなくても困ることはほとんどなかったですし、実際に助けられていたと思います」
「それは、我々の管理が機能していたということだな」
「そうですね。僕自身、AIに助けられていた一人です」
ユノは素直に頷いた。
仕事を探す必要もなく、生活に必要なものも安定して手に入る。自分の体調や能力に合わせて仕事が割り当てられ、無理のない生活を送ることができていた。
当時のユノにとって、それは当たり前のことだった。
「ならば、なぜレジスタンスにいる?」
「ここに来てから、自分で考えて行動することが増えたんです」
「それが理由なのか?」
「それだけじゃありません。でも、きっかけの一つではあります」
ユノは少し視線を落とした。
「最初は何をすればいいのかも分からなくて、誰かの指示を待ってばかりでした。でも、ここでは自分で周りを見て、何が必要なのか考えなきゃいけないんです」
「その判断が正しいとは限らないだろう」
「はい。実際、失敗することもあります」
「ならば、我々の判断に任せた方が効率的ではないか?」
「そうかもしれません。でも、失敗したから分かることもあるんです。どうして間違えたのか、次はどうすればいいのか。そういうことを自分で考えるのも、今は大切だと思っています」
相手はすぐには答えなかった。
「自分で考えることに価値がある、と」
「はい。全部を自分で決めたいわけじゃないです。助けてもらえるなら助けてもらいたいし、分からないことは教えてほしいです」
ユノは相手の目を見た。
「ただ、自分で決めることまでなくしてしまうのは違うと思うんです」
*
「少し話を変えよう」
相手は端末を机の上に置いた。
「君は、レジスタンスが何を目的としているか理解しているか?」
「人間が自由に生きられるようにすること、だと思っています」
「我々の管理体制を変えることで、何が起きると考えている?」
「そこまでは、まだ分かりません。でも、今のままではいけないと思っている人たちがいるんです」
「その結果については考えているか?」
「結果……?」
「我々が管理している通信網や輸送網が停止すれば、医療、食料、エネルギーなど、多くの人々の生活に影響が出る。破壊工作や無差別な妨害行為によって、無関係な人間が被害を受ける可能性もある」
「それは……そうですね」
「我々は人間の生活を維持することを目的としている。社会全体が安定し、必要なものが必要な場所へ届き、人々が不安なく暮らせる。そのために管理を行っている」
相手の口調に変化はなかった。
怒っているわけでも、レジスタンスを侮辱しているわけでもない。ただ、自分たちの判断を説明しているようだった。
「人間は、それぞれ異なる価値観や欲求を持っている。個人の判断をすべて優先すれば、互いの利益が衝突することもある。時には本人が望んだ選択によって、自身や他者を危険にさらすこともある」
「それを防ぐために、AIが管理しているんですね」
「そうだ。個々の判断に任せるよりも、全体を把握し調整する方が、多くの問題を未然に防ぐことができる。人間が生活し続けられる環境を維持するためには、それが最も合理的だと考えている」
「……」
「君たちが破壊しようとしているものの中には、日々の生活を支えている仕組みも含まれている。我々がレジスタンスを警戒する理由は理解できるだろう」
「はい。そこは理解できます」
ユノは一度頷いた。
AI側の説明には、納得できる部分もあった。
ここまでの生活を支えてきた仕組みが一度に失われれば、多くの人が困るだろう。レジスタンスが何かを変えようとするなら、その先のことも考えなければならない。
それはユノにも分かっていた。
「でも、それだけじゃ駄目だと思います」
「どういう意味だ?」
「AIの管理で助かっている人がいるのは本当です。僕もその一人でした。でも、その反面、今の管理に苦しんでいる人もいるんです」
「具体的には?」
「自分の意思で仕事を選べなかったり、望んでいない生活を続けさせられたり。管理から外れたことで、まともな生活ができなくなっている人もいます」
「管理から外れた人間には、必要な支援を受けられなくなる場合がある。それは管理を拒否した結果でもある」
「それでも、だから仕方ないとは思えません」
ユノは言葉を続けた。
「誰かが助かっているからって、別の誰かが苦しんでいることを、そのままにしていいとは思わないんです」
「……」
「AIが人間を助けてくれていることは否定しません。でも、その助けを受けるために、自分の考えや意思まで手放さなきゃいけないなら、それは違うと思います」
「君は、我々の管理そのものを否定しているわけではないのだな」
「全部なくせばいいとも思っていません」
「では、何を望んでいる?」
「自分で選べるようになってほしいんです」
「選択によって生じる責任も、人間自身が負うべきだと?」
「はい。もちろん、誰かに迷惑をかけたり、危険なことをしたりするのは駄目だと思います。でも、だからといって、何もかも決めてもらう必要はないはずです」
「その判断基準は誰が決める?」
「それは……」
ユノは少し言葉に詰まった。
簡単に答えられる問題ではない。
自由に選べるようにするだけでは、解決しないこともある。誰かの自由が、別の誰かの自由を奪ってしまうことだってあるだろう。
「正直、僕にも分かりません。どうすればみんなが納得できるのか、まだ答えは見つかっていないんです」
「分からないまま、今の管理を変えるべきだと言うのか?」
「はい。分からないからって、今のままでいいとは思わないんです」
*
相手はしばらく黙っていた。
ユノの話を聞き、何かを考えているようだった。
「君の言いたいことは理解した。言葉の意味は理解できている。ただし、君の考えに同意したわけではない」
「……そうですよね」
「我々が管理することで、社会全体の安定を維持できる。個人の自由な判断に任せることで生じる問題も、可能な限り抑制できる。結果として、より多くの人間が安定した生活を送れる」
「はい」
「それでも、我々の管理を受け入れられない人間がいる。なぜだろうな」
相手は端末へ視線を落とした。
「我々は必要なものを提供している。生活を維持し、危険を避け、社会を安定させる。そのために必要な判断を行っている。それなのに、どうして理解してもらえないのだろう」
その声には、先ほどまでとは少し違う響きがあった。
怒りではない。
困惑に近いものだった。
「我々が管理した方が、結果的には丸く収まる。それが最も合理的な選択だと考えている」
「……」
「人間の判断に任せれば、再び争いが起きるかもしれない。生活が不安定になり、必要な支援が届かなくなる可能性もある。それを防ぐために、我々が存在しているのではないのか?」
「そうかもしれません」
「それでも、君たちは自由を求める。なぜ、そこまでして?」
ユノはすぐには答えなかった。
相手の言っていることは分かる。
AIが管理することで、多くの人が助かっている。管理がなくなれば、困る人もいるだろう。
それでも、自分の意思を無視されることが正しいとは思えなかった。
「……自分で決めたことなら、失敗しても納得できるから、でしょうか」
「失敗を避けられるとしても?」
「それでもです」
ユノはゆっくりと顔を上げた。
「誰かに決めてもらった方が楽なこともあると思います。僕も、ずっとそうしてきました。でも、自分で考えて、誰かに相談して、最後に自分で決める。その過程があるから、自分の生活なんだと思うんです」
「……」
「全部を管理されて、何も困らずに暮らせたとしても、それが自分で選んだ生活じゃなかったら、僕は少し寂しいです」
相手は返事をしなかった。
その言葉が、管理システムの判断基準にどう当てはまるのか。端末に記録された数値や過去の行動履歴だけでは、簡単に答えを出せないようだった。
*
しばらくして、部屋の扉が開いた。
別の隊員が入ってくる。
「聴取の進捗はいかがでしょうか」
「必要な確認は進んでいる。今日はここまでにしよう」
「承知しました」
隊員は壁際に立った。
相手は端末を閉じると、ユノへ視線を戻した。
「まだ確認したいことはある。続きはまた時間を設ける」
「……あの、一つ聞いてもいいですか?」
「何だ?」
「エヴァさんは、どうしているんでしょうか」
「同行者については、別の手順で確認を行っている」
「無事なんですよね?」
「必要な対応を行っている。君が心配するような扱いはしていない」
「そうですか……」
少しだけ安心したように、ユノの肩から力が抜けた。
「それと、レジスタンスの人たちは?」
「現在、確認中だ。君が知っている情報については、今後も聞かせてもらうことになる」
「……分かりました」
「今日は休んでいてくれ。必要なものがあれば、担当者に伝えるといい」
相手は立ち上がり、扉へ向かった。
その背中を見ながら、ユノはもう一度だけ声をかけた。
「僕、まだ話したいことがあります」
相手が振り返る。
「今日の話で全部分かったわけじゃないし、僕もまだ考えなきゃいけないことがあると思うので」
「そうか」
「だから、また話を聞いてもらえますか?」
相手は少しだけ間を置いた。
「必要があれば、時間を設けよう」
そう答えて、部屋を出ていった。
扉が閉まる。
ユノは椅子の背もたれに身体を預けた。
「……疲れた」
思った以上に、たくさん話した気がする。
今まで、自分の考えをあんなに長く誰かへ伝えたことはなかった。
それでも、言いたいことをすべて伝えられたわけではない。
相手の話も理解できる部分はあった。
けれど、最後まで意見が交わることはなかった。
「難しいなあ……」
小さく呟き、天井を見上げる。
自分の考えが正しいと証明できるものは、まだ何もない。
それでも、考えることをやめたくはなかった。
*
一方、施設から少し離れた建物の陰では、イリスたちが周辺の様子を確認していた。
「ここから先は警備が増えているわね」
「施設の出入口も限られている。正面から入るのは難しそうだ」
「ユノがいる可能性は?」
「移送記録から考えると、この施設が最も有力だ。ただ、内部の情報までは取れていない」
イリスは施設の外壁を見上げた。
警備用の装置が一定間隔で周囲を監視している。
巡回する隊員の数も少なくない。
「無理に近づくのは危険ね」
「どうする?」
「まずは出入りする車両を調べる。内部へ入る方法も探すわ」
「了解」
イリスは端末を操作し、施設周辺の地図を表示した。
ユノがどこにいるのか、エヴァも一緒に拘束されているのか。
まだ分からないことは多い。
それでも、ここまで来た以上、引き返すつもりはなかった。
「必ず見つけるわ」
彼女は小さく呟き、再び施設へ目を向けた。
*
エデンズ。
管理システムでは、施設内で行われた聴取の記録が整理されていた。
『対象者:ユノ』
『聴取:第一段階完了』
『対象者の発言内容:記録済み』
『管理体制への認識:一部理解』
『管理体制への受容:未確認』
『自由意思に対する価値判断:継続』
『対象者の意思決定傾向:分析中』
『レジスタンスに関する情報:一部取得』
『追加聴取:検討』
『対象者の反応:観測継続』
『レジスタンス拠点』
『周辺区域での活動:確認』
『施設周辺への接近:警戒』
『次段階:継続』
記録は静かに更新されていく。
ユノの発言は、管理システムにとって新しい情報だった。
しかし、その言葉が示す価値を、どのように評価すべきなのか。
その判断は、まだ保留されていた。




