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人間を管理するAIに追われた僕は、反逆者の少女と空を飛ぶ  作者: 紺野 翼
向き合うべき相手

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18/18

途切れた対話


 管理施設の一室。


 ユノは、向かいに座る男の顔をじっと見つめていた。


 ここへ連れてこられてから、どれくらいの時間が経ったのだろう。


 窓のない部屋には時計もなく、外の様子を知る手段もない。食事は決まった時間に運ばれてくるものの、それ以外に時間を把握できるものはなかった。


 それでも、先ほどから続いている会話のおかげで、退屈を感じる余裕はあまりなかった。


「先ほどの話ですが、ひとつ聞いてもよろしいですか?」


「うん。僕に答えられることなら」


「あなたは、自分で選ぶことに価値があると考えている。たとえ、その選択によって失敗したとしても」


「そうだね」


「では、その選択によって、あなた以外の人間が不利益を被る場合はどうでしょう」


 男の問いに、ユノは少し考え込んだ。


「それは……困るよ」


「自分の選択が、他の人にも影響を与えることは理解しているのですね」


「うん。自分だけで生きてるわけじゃないからね」


 ユノは膝の上に置いていた手を見下ろした。


「こっちに来てから、何度か失敗したんだ。自分では良いと思ってやったことが、逆に誰かの仕事を増やしちゃったりしてさ」


「それでも、あなたは自分で判断することをやめなかった」


「うん。だけど、何でも自分で決めればいいってわけじゃないってことも分かったよ」


「どういう意味でしょう?」


「分からないことがあったら、人に聞けばいいし、誰かの意見を聞いてから決めてもいい。自分で考えるって、誰の話も聞かずに勝手に行動することじゃないんだと思う」


 男は黙ってユノの言葉を聞いていた。


「それに、誰かに迷惑をかけたなら、ちゃんと謝ったり、次はどうすればいいか考えたりすればいい。失敗しないことだけが大事なんじゃないと思うんだ」


「失敗した後に、どうするかも大切だということですか」


「そうそう。失敗したくはないけど、失敗したからって全部が終わるわけじゃないしね」


 男はわずかに視線を落とした。


「あなたの考え方は、興味深いですね」


「そう?」


「ええ。私たちは、個人の判断によって生じる不利益を可能な限り減らすことを目的としています。人間が選択する前に、予測できる危険を取り除き、より良い結果を提示する。それが合理的であると考えてきました」


「うん。それは分かるよ」


「しかし、あなたの話を聞いていると、少し違った見方もできるように思えます」


「違った見方?」


「人間にとっては、結果だけでなく、そこに至るまでの過程も重要なのかもしれませんね」


 ユノは少し驚いたように男を見た。


「そうだと思うよ。自分で考えて、誰かに相談して、どうするか決める。その時間も含めて、自分の生活なんじゃないかな」


「なるほど……」


 男は短く返事をしたあと、再びユノへ視線を向けた。


「ですが、私たちの管理によって生活が安定している人間も多くいます。争いを減らし、必要な物資を行き渡らせ、社会全体の損失を抑える。その結果を否定する理由が、私には分かりません」


「僕も、全部を否定するつもりはないよ」


「では、何が問題なのでしょう?」


「その助けを受けるために、自分の考えまで決められちゃうことかな」


「人間が誤った判断をしないようにすることは、問題ではありませんか?」


「間違えること自体が悪いわけじゃないと思う」


「しかし、誤った判断によって誰かが傷つくこともあります」


「それはそうだよ」


 ユノは一度言葉を切った。


「だから、ちゃんと考えなきゃいけないんだと思う。自分が選んだことに責任を持つのも必要だし、他の人のことも考えなきゃいけない」


「その判断を、私たちが補助することでは不十分ですか?」


「補助してくれるのはいいと思う。でも、最後に決めるのは自分でいたいんだ」


 男はユノを見つめた。


「……あなたの言うことは、理解できないわけではありません」


「本当?」


「ええ。ただ、それがなぜ管理を拒む理由になるのか、まだ十分に理解できていないのです」


「そっか」


「私たちは、人間が望む生活を維持するために管理を行っています。仕事の割り当て、生活環境、医療、移動手段。人間が不自由なく暮らせるよう、必要なものを整えてきました」


「うん。僕も助けられてたよ」


「それでも、あなたは管理を拒むのですね」


「全部を拒みたいわけじゃないよ。でも、僕の生活を僕以外の誰かに決められたくないんだ」


 男はすぐには答えなかった。


「……人間は、私たちが用意した環境に満足しているものだと考えていました」


「そういう人もいると思うよ」


「実際に、私たちの管理によって安定した生活を送っている人間は少なくありません。それでも、管理を拒む人間がいる。あなたのように、管理の恩恵を受けていた人間でさえ」


「うん」


「正直に言えば、私にはまだ分かりません。なぜ、そこまで自分で決めることにこだわるのでしょう」


「うーん……」


 ユノは少し考えてから答えた。


「たぶん、自分の人生だからじゃないかな」


「自分の人生、ですか」


「うん。誰かに全部決めてもらって、失敗もしないし、困ることもない生活だったとしても、それが僕の望んだ生活なのか分からないから」


「あなたが望んだ生活かどうか。それを自分で確かめたいということですね」


「そうだね。自分で選んだことなら、失敗しても納得できると思うんだ」


 男は、今度は少し長く沈黙した。


 それまでの会話では、ユノの発言に対して一定の説明や反論が返ってきていた。しかし、今は少し違う。


 男はユノの言葉を否定するでもなく、ただ考えるように沈黙していた。


「……あなたの考えは、私たちがこれまで重視してきたものとは少し異なるようです」


「そうなの?」


「ええ。私たちは、より良い結果を得ることを重視してきました。しかし、あなたは結果だけではなく、自分で選ぶという過程にも価値を見いだしている」


「うん。たぶん、そういうことだと思う」


「それが、人間にとってどれほど重要なものなのか。もう少し考える必要がありそうですね」


 ユノは少しだけ笑った。


「じゃあ、もうちょっと話してみればいいんじゃない?」


「話す、ですか?」


「うん。僕だって、まだあなたたちのことをよく知らないし。そっちも僕たちのことを全部分かってるわけじゃないんでしょ?」


「……そうですね」


 男は、ほんのわずかに目を細めた。


 その表情に、ユノは何かを感じた。


 もしかすると、この人とはもう少し話ができるかもしれない。


 すぐに分かり合えるとは思わない。それでも、互いの考えを知ることくらいはできるのではないか。


 そんな期待が、少しだけ胸に浮かんでいた。


     *


 管理施設から少し離れた建物の陰。


 イリスは、施設の外観を見上げていた。


 その背後には、レジスタンスの仲間たちが数人控えている。


「確認できた?」


「ええ。施設の構造は大まかに把握できました。ユノがいる可能性が高いのは、上層階の管理区画です」


「警備は?」


「通常の施設より多いですね。正面から入るのは難しいと思います」


「そうでしょうね」


 イリスは端末に表示された施設の簡易図面を確認した。


 ここへ来るまでに、いくつかの監視設備や巡回部隊の動きを確認している。AI側がこちらの接近に気づいていないとは考えにくい。


 それでも、今のところ大規模な部隊が動いている様子はなかった。


「向こうも私たちが来ることを想定しているでしょうね」


「それでも行くんですか?」


「もちろん。ユノを置いて帰るわけにはいかないわ」


 イリスは端末を閉じた。


「ただし、長居はできない。目的はユノの確保と離脱。施設全体を制圧する必要はないわ」


「分かりました」


「それと、施設内にいる人間を無闇に傷つけないこと。相手はAIの部隊だけとは限らないから」


 仲間たちが頷く。


「準備が整い次第、動くわよ」


     *


 管理施設の一室。


 ユノは、男の話に耳を傾けていた。


「あなたは、今後どうするつもりですか?」


「どうするって?」


「レジスタンスに戻った後のことです。あなたは、これからも私たちの管理を拒み続けるのでしょうか」


「うーん……」


 ユノは少し困ったように頬をかいた。


「今は、みんなと一緒にいたいかな」


「それが、あなた自身の選択ですか?」


「うん。あそこには、僕のことを考えてくれる人がいるし、僕もみんなの役に立ちたいと思ってる」


「あなたが望む生活を、私たちが用意することもできます」


「それは……」


 ユノは少し考えた。


「今の僕には、あんまり魅力的じゃないかな」


「そうですか。よろしければ、その理由を聞かせてもらえますか?」


「だって、僕が欲しいものを、僕が決めてないから」


「あなたの望みを分析し、最適な環境を用意できるとしても?」


「それでも、かな」


 男は静かにユノを見つめていた。


「あなたは、私たちが人間のために行ってきたことを、すべて否定しているわけではない」


「うん」


「それでも、私たちの管理から離れたいと考えている」


「そうだね」


「……興味深いですね」


 男は机の上で指を組んだ。


「あなたの考えを、もう少し聞かせていただきたい」


「いいよ。僕も、まだ聞きたいことがあるし」


 そのときだった。


 施設全体に、低い警報音が響き渡った。


 ユノは驚いて扉の方を振り返る。


「えっ?」


 男の手元にある端末へ、次々と情報が表示されていく。


『施設外周部に異常を検知』


『外壁の一部損傷』


『侵入者を確認』


『識別結果:レジスタンス』


 男は画面を一瞥した。


「……やはり、そう来るのですね」


「えっ、レジスタンスって……」


 男は椅子から立ち上がった。


「いいでしょう。各部隊、レジスタンスの対処に当たれ」


『各部隊へ通達。施設内への侵入者を確認。警備体制を第二段階へ移行』


『管理区画の封鎖を開始』


『対象者の保護を継続』


 室内の空気が一変した。


 男は扉の方へ視線を向けたあと、ユノに目を戻した。


「申し訳ありません。どうやら、ここまでのようです」


「えっ、ちょっと待って!」


 ユノは慌てて立ち上がった。


「今、結構いいところだったんだけど! 話、聞いてる!?」


「状況が変わってしまいました。続きは、また別の機会にしましょう」


「いや、でもさっきの話、まだ途中だったよね!?」


「ええ。私としても、もう少しお話を伺いたかったのですが」


「本当に!?」


 男はそれ以上答えず、扉の外にいる警備員へ指示を出した。


 その直後。


 廊下の奥から、激しい衝撃音が響いた。


 壁の向こうで何かが崩れ、警報音が一段と大きくなる。


 続けて、複数の足音が近づいてきた。


「ユノ!」


 聞き覚えのある声が響く。


「助けに来たわ、ユノ!」


「い、イリス!?」


 部屋の壁の一部が大きな音を立てて崩れた。


 粉塵が舞い上がり、その向こうからイリスが姿を現す。


「説明している暇はないわ、行くわよ!」


「えっ、ちょ、ちょっと待って!」


 ユノは思わず男の方を振り返った。


「まだ話の続きが――」


「ユノ!」


「は、はいっ!」


 イリスに腕を掴まれ、ユノは慌てて彼女の後ろへ続いた。


 廊下にはすでに警備部隊が集まり始めている。


「侵入者を確認。レジスタンスを確認した」


「各部隊、対処に移れ。対象者の逃走を阻止しろ」


 警備員たちが武器を構える。


 イリスはユノを自分の側へ引き寄せると、周囲を素早く確認した。


「ひとまずここは逃げの一手ね。引き上げるわよ」


「えっ、もう!? せっかく話が――」


「後にして!」


 イリスはユノの身体を抱え込むようにして走り出した。


 通路の先では、レジスタンスの仲間たちが警備部隊の注意を引きつけている。


「イリス、こっちだ!」


「分かってる!」


 案内された先は、施設の外壁に面した通路だった。


 その一部はすでに破壊され、外の景色が見えている。


 イリスは足を止めることなく、外へ向かって駆け出した。


「あ、ちょっ、また飛ぶの!?」


「舌噛まないでね」


「えっ、ちょっと待っ――」


 次の瞬間、二人の身体が宙に投げ出された。


「うわああああああああっ!」


 施設の外壁を離れ、風を切って落下していく。


 イリスはユノを抱えたまま、身体の向きを調整した。


 装着していた降下補助装置が展開し、二人の落下速度を緩やかにしていく。


 ユノは目をぎゅっと閉じたまま、必死にイリスへしがみついていた。


「うわあああ……って、あれ?」


 少しして、ユノは恐る恐る目を開けた。


「……八階かぁ」


 視界の端に、今までいた管理施設の外壁が見える。


 第一話で飛び降りた五十六階と比べれば、ずいぶん低い。


「またそんなに高くなかっ――」


「痛ッ!」


 舌を噛んだ。


「だから舌噛まないでねって言ったでしょう?」


「言われたけど! 言われたけどさぁ!」


 イリスは少しだけ笑いながら、着地地点を見定めた。


 やがて二人の身体は、施設の近くにある低層建物の屋上へと降り立つ。


 衝撃を逃がすように着地したイリスは、ユノを抱えたまま周囲を確認した。


「怪我は?」


「舌が痛い……」


「それは怪我に入るのかしらね」


「入るよ!」


「はいはい。あとで確認してあげる」


 イリスはユノを地面に下ろした。


 その先では、すでにレジスタンスの仲間たちが合流地点へ向かう準備を整えていた。


「イリス、こっちも撤収準備ができた!」


「分かった。すぐに合流するわ」


 ユノはまだ少し呆然とした様子で、施設の方を振り返った。


「……あの人、まだ話の途中だったのに」


「今はそんなことを気にしている場合じゃないでしょう」


「でも、結構ちゃんと話を聞いてくれてたんだよ?」


「それは帰ってから聞くわ」


「本当?」


「本当よ。だから今は走って」


 イリスはユノの手を引いた。


 ユノはもう一度だけ施設を振り返り、それから彼女の後を追った。


     *


 管理施設。


 破壊された壁の向こうから、警備部隊の報告が届いていた。


『対象者の逃走を確認』


『追跡部隊を派遣』


『施設内の損傷箇所を確認中』


『レジスタンスの撤退を確認できず』


 男は端末に表示された情報を確認していた。


「……逃がしてしまいましたか」


 声に怒りはなかった。


 ただ、目の前で起きた事態を冷静に受け止めている。


「追跡を継続しますか?」


「現時点では必要ありません。施設の復旧と、侵入経路の調査を優先してください」


「了解しました」


 男は少しだけ考え込んだ。


 先ほどまで向かいに座っていた少年。


 自分たちの管理によって生活を支えられていたにもかかわらず、その管理を拒み、自分で選ぶことを望む少年。


 その言葉には、まだ理解できない部分が多く残っている。


 しかし、彼が何を伝えようとしていたのか。


 それについては、もう少し考えてみる価値があるように思えた。


「……また話す機会があればよいのですが」


 男は端末を閉じた。


     *


 エデンズ。


 中央管理システムには、今回の一連の出来事が記録されていた。


『対象者:ユノ』


『管理施設からの逃走を確認』


『確保状況:解除』


『接触対象:イリス』


『救出活動:実行』


『施設損傷:一部』


『レジスタンス:撤退を確認』


『対象者の反応:対話の継続を希望』


『管理担当者との対話:中断』


『管理担当者の理解状況:一部変化を確認』


『対象者の発言内容:保存』


『次段階:継続』


 記録は淡々と追加されていく。


 ユノの言葉は、まだ管理システムにとって明確な答えにはなっていない。


 しかし、これまでの予測とは異なる反応が確認されたことも事実だった。


 管理は続く。


 観測もまた、続いていく。

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