錆びついた巨兵と【事象復元】〜オイル切れは重大です〜
「ハァ……ハァ……なんとか、治まったか」
膝をついた巨大な金属兵士――ゴーレムを見上げながら、俺は大きく息を吐き出した。
さっきまで赤く光り、俺を敵と認識して潰そうとしていた単眼は、今は穏やかな青い光を湛えている。
俺が立ち上がると、巨兵は『ギィ……』と静かな作動音を立てて、その場でじっと待機姿勢に入った。
どうやら本当に、俺を『管理者』として認識してくれたらしい。
「よし、まずは状況整理だな」
俺は作業着の胸ポケットから愛用のシャーペンを取り出し、同じくポケットに入っていた裏紙に現状を書き出していく。
【現在の状況】
1. 異世界転移(確定)
2. 拠点:崩壊寸前の古代神殿(雨漏り、壁のヒビ、瓦礫の山)
3. 手持ち:作業着、コンベックス(メジャー)、マルチツール、筆記用具
4. スキル:【事象復元】
5. 味方:動作確認済みの魔導ゴーレム(1体)
「よし……まあ、住環境としては最低最悪だな」
上を見上げれば、巨大な屋根の一部が大きく崩れ落ち、青空が丸見えになっている。風が吹き抜けるたび、ガラガラと小さな石くずが落ちてくる始末だ。
もし今夜、雨でも降ったら終わりだ。濡れた服でこんな冷える石造りの建物にいたら、一日で風邪をひいて死んでしまう。
「おい、ゴーレム。お前、名前はあるのか?」
俺が問いかけると、ゴーレムは首を横に振るように『ギギッ』と悲鳴を上げた。関節の動きがどうにも硬い。
「名前がないなら『ゴレム』でいいか。それより……お前、さっき右脚は直したけど、全身の油が完全に切れてるぞ。よく今まで動けてたな」
俺はゴレムに近づき、その巨大な腕や肩の関節に触れてみた。脳内に再び、青いワイヤーフレームのグラフィックが展開される。
【対象:古代魔導ゴーレム(汎用作業・防衛型)】
構造理解度:高
状態:全身の魔導潤滑油の枯渇、装甲表面の酸化(錆)、関節部の金属摩耗
「やっぱりな。機械ってのは定期的にメンテナンスしてナンボなんだよ。オイル切れのまま無理に動かすから、パーツが焼き付いて砕けるんだ」
俺は呆れつつも、職人としてのモチベーションが沸き上がってくるのを感じた。
「よし、ゴレム。動かないようにじっとしてろよ。全身一気にオーバーホールしてやる」
俺はゴレムの胸部――魔導回路が集約されているコア部分に両手を当てた。
「——【事象復元】!」
手元からまばゆいばかりの淡い光が溢れ出し、ゴレムの巨体を包み込む。
シュウゥゥゥ……!
不快な金属同士の擦れ合う音が消え、全身を覆っていた赤黒い錆が、まるで巻き戻し再生のように次々と消え去っていく。
関節の隙間には、失われていた魔導潤滑油が自動的に生成・充填され、くすんでいた金属の装甲が、新品の自動車のような美しい銀色の輝きを取り戻していった。
【事象復元】発動:古代魔導ゴーレム(全領域)
修復完了。
動作効率:100%に回復
光が収まると、ゴレムの動作音が一変した。『ギギ……』という重苦しい摩擦音は完全に消え去り、『フゥゥゥン……』という静かで心地よい駆動音だけが響いている。
『……ッ!』
ゴレムは自分の手を握り締め、驚いたように何度も開閉させた。それから滑らかな動作で俺の前に完璧な姿勢で膝をつき、頭を垂れる。
「おぉ、動きがめちゃくちゃスムーズになったな! 立ち上がりも滑らかだ」
俺が満足そうに頷くと、ゴレムは誇らしげに『フォーン』と澄んだ効果音を鳴らした。見た目はゴツい金属の塊だが、どことなく嬉しそうだ。
「よし、ゴレム。動けるようになったなら、最初の仕事を頼むぞ」
俺は神殿の奥、崩れ落ちた巨大な石柱や、床に散らばる大量の瓦礫を指差した。
「まずはこの部屋の片付けだ。重い石材はお前が運んでくれ。俺は崩れた壁と屋根の構造を解析して、修復の手順を考える」
『サーカス(了解)』とでも言うように、ゴレムが力強く頷く。
「よし、劇的ビフォーアフターの始まりだ!」
作業着の袖を固く捲り上げ、俺は異世界での「最初のマイホーム作り」へと踏み出したのだった。




