目覚めたら崩壊寸前の神殿でした
「ものを長く使うコツはな、構造をリスペクトすることだ」
それが、工務店を営んでいた親父の口癖だった。
どんなに複雑な建物も、頑丈な機械も、元を正せば一つひとつの柱やネジ、接合部の積み重ねでできている。
構造を理解し、歪みを正し、適切に手入れをしてやれば、物は人間よりもはるかに長く生き続ける。
だからこそ、建築専門学校を卒業し、ホームセンターの資材館で働いていた俺――天野拓海にとって、目の前に広がる光景はただひたすら「許しがたいもの」だった。
「……ひどいな、これ」
目が覚めたとき、俺は冷たい石畳の上に倒れていた。
見上げれば、今にも崩れ落ちそうな石造りの天井。
壁には無数のひび割れが走り、立派だったであろう円柱は半ばからポッキリと折れて放置されている。
床を侵食する禍々しい黒いモヤ――異世界の言葉で言えば「魔素汚染」というやつらしい。
そして何より、俺の数歩先で異音を立てている「それ」だ。
「ギギ……ガガガッ……!」
体長二メートルを超える、全身が錆びついた金属の巨兵。
古代の魔導ゴーレム。
赤く発光する単眼が俺を侵入者と認識し、錆びついてキーキーと悲鳴を上げる巨大な鉄拳を持ち上げている。
「待て待て、落ち着け! 関節の油が完全に切れてるだろそれ! 無理に動かすとギアが噛みちぎれるぞ!」
咄嗟に叫んだが、言葉が通じるはずもない。巨兵はそのまま鉄拳を振り下ろしてきた。
死を覚悟した瞬間。
『ガガッ!』
鈍い金属音とともに、巨兵の動作がピタリと止まった。
右脚の関節部分にある魔導ギアが、長年の風化と過度な負荷に耐えかねて派手に砕け散ったのだ。体制を崩し、その場に崩れ落ちる巨兵。
「……はぁ、言わんこっちゃない」
安堵の息を吐いた俺の視界の隅で、突如として半透明の青いウィンドウが浮かび上がった。
【天野 拓海】
固有スキル:事象復元 Lv.1
保有魔力:100 / 100
状況:異世界への構造転移完了
脳内に、使い方のわからないはずのスキルの概念が、まるで最初から持っていた記憶のように流れ込んでくる。
【事象復元】
それは、壊れた物体や環境の構造を理解し、本来あるべき「正しい姿」へと巻き戻す力。
目の前の巨兵に視線を向けると、脳内で自動的に「3Dの設計図」が展開された。
青いワイヤーフレームで描かれた精巧な魔導回路。だが、右脚の関節部分だけが真っ赤なエラーを起こし、砕けたギアの破片が散らばっている。
「なるほど……動力伝達の歯車か。現代の減速機と原理はまったく一緒じゃないか」
恐怖は一瞬で消え去り、代わりに職人としての血が騒いだ。
これほど見事な構造体が、ただのメンテナンス不足で捨て置かれ、壊れていくなんて耐えられない。
俺は腰の工具袋から愛用のコンベックス(メジャー)を引き抜くと、ゆっくりと巨兵の足元へ歩み寄った。
「安心しろ。すぐに直してやる」
巨兵の壊れた関節に、素手をそっと押し当てる。
「——【事象復元】」
手のひらから溢れ出した淡い光が、砕けた金属の破片を包み込む。
錆は瞬く間に消え去り、散らばっていたギアが巻き戻るように組み合わさり、新品以上の美しい金属光沢を取り戻していく。
【事象復元】発動:古代魔導ゴーレム右脚部
修復完了。構造理解度:極めて高
対象の動作権限が【管理者:タクミ】へ書き換えられました。
単眼の光が、赤から温かみのある青色へと変化した。
巨兵は静かに膝をつき、俺に対して深く頭を垂れる。
「よし、動くな。次は……この神殿全体の屋根と柱だな。雨漏りする部屋じゃ、今夜のメシも美味しく食えない」
俺は作業着の袖を捲り上げた。
こうして、俺の異世界生活が始まった。
伝説の勇者になるわけでも、世界を救うわけでもない。ただ目の前にある壊れたものを直して、快適なマイホームを作り上げる——劇的ビフォーアフターの始まりだ。




