第20話:お化け屋敷を直してはいけない -その①-
――グリフィン家・本邸/ヨモギの作業部屋
画面の中で、ジェットコースターが大きく傾いた。
長い車両が曲線をなぞり、乗客たちの頭上を青空と鉄骨が入れ替わるように流れていく。
悲鳴に混じって笑い声が上がる中、ヨモギは画面の下に現れた二つの企業名へ目を留めた。
《ニャマゾンの最新制御コンピュータと、六菱の新型駆動・制動機構を採用》
ヨモギは映像を止め、少し戻してから再生し直した。
車両が曲線へ入る直前、床下の装置がほんの一瞬だけ映る。
顔を近づけたところで、画面は両手を上げた乗客の笑顔へ切り替わった。
「そこを映せ」
映像を戻して止め、車両の下を拡大してみても、見たい部分はちょうどレールの陰に隠れていた。
「……反対側から撮れよ」
「誰に言ってるの?」
背後からの声に振り返ると、フローラが菓子の入った皿を持って立っていた。
画面へ目を戻したヨモギの隣で、フローラも映像をのぞき込む。
「ジェットコースター?」
「ああ。新しくできたらしい」
「すごい! これ、ここの遊園地?」
フローラが画面の隅にある施設名を指さした。
「知ってるのか?」
「うちからそんなに遠くないよ。この前、近くを通った時、大きな観覧車が見えたの」
フローラは机へ皿を置き、クッキーを一つ取って、止まった画面へ目を戻す。
「動かしてみて」
ヨモギが再生した映像では、高い場所まで上がった車両が、乗客たちの歓声とともに一気に坂を下っていく。
フローラはクッキーを持つ手を止め、画面へ顔を寄せた。
「楽しそう!」
「ここだ」
車両の底が映ったところで、ヨモギはまた映像を止めた。
「……今、落ちるところだったのに」
「この下についてる装置を見たい」
「乗ってる人じゃなくて?」
「人の顔を見ても、仕組みは分からないだろ」
フローラも車両の底へ目を凝らしたが、細かな部品は拡大のせいで輪郭がぼやけている。
「小さくて、よく見えないね」
「だから困ってるんだ」
ヨモギは動画を閉じ、紹介記事へ表示を切り替えた。
六菱の新型車両を紹介する記事には、ニャマゾンのコンピュータによる運行制御についても書かれていた。
速度や位置だけでなく、走行中の揺れにも合わせて細かな調整を行うという。
説明を読み終えたヨモギは、もう一度車両の写真へ戻る。
「六菱は、やっぱり機械系に強いな」
「ヨモギちゃんのところでも、こういうの作るの?」
「同じものを作るわけじゃない。でも、どう組んでるのかは見たい」
指先で車輪の周りを拡大し、別の写真も開いてみた。
車両の脇には外したカバーを持つ技術者が立ち、その身体で肝心の中身が隠れている。
ヨモギはしばらく写真を見つめていたが、やがて椅子の背へ身体を預けた。
「……直接、見に行くか」
フローラの顔が、ぱっと明るくなる。
「私も行く!」
◇
遊園地の案内ページには、新しいジェットコースターの写真が大きく載っていた。
その下へ画面を送ると、チケットの料金や営業時間に続いて園内の地図が現れ、フローラが端を指さす。
「こっちにも乗ろうよ。水の上を走るやつ!」
「あとで見ろ。先に、こっちだ」
ヨモギは施設の紹介へ戻り、写真を一枚ずつ送っていく。
乗り場と車両は確かめたが、次に出てきたのは乗客の笑顔で、その次は売店だった。
制御室の中が写った写真は、一枚もない。
機器の問い合わせ先にニャマゾンの名前を見つけたヨモギは、指を止めて隣を見た。
フローラはクッキーをかじりながら、園内限定の菓子を紹介する小さな写真に見入っている。
「……フローラ」
「何?」
「このコンピュータ、ニャマゾンのものなんだろ」
「そう書いてあったね」
「制御室へ入って、動いてるところを見たい」
「うん」
「普通にチケットを買っても、そこまでは入れない」
フローラが頷く。
ヨモギは少し黙ったあと、記事の問い合わせ先を指さした。
「……お前の方から、頼めないか」
「お母様に?」
「ああ」
フローラはクッキーを飲み込み、少し考えてから困ったように眉を下げた。
「たぶん、駄目って言われると思う」
「まだ何もしてないぞ」
「これから機械を見に行くって言ったら、また何かすると思われちゃうよ」
「見るだけだ」
「レースのことを黙って進めてたばかりでしょ? また何か作るつもりだって思われそう」
ヨモギの口が閉じた。
フローラは責めるでもなく、空になった皿を机の端へ寄せる。
「私も一緒に行きたいけど、機械を見せてほしいって頼んだら、お母様、すぐには頷いてくれないと思う」
「……優勝はした」
「うん。すごく速かったね」
二人は一度、同じように頷いた。
自分たちの作った機体が優勝したことには、今も二人とも満足している。
ただ、それと無断で参加したことは別だと、親に言われたばかりだった。
ヨモギは紹介記事を閉じ、遊園地の入口が写ったページへ戻った。
「じゃあ、普通に遊びに行くか」
「いいの?」
「遊園地なんだから、遊びに行ってもおかしくないだろ」
フローラは画面とヨモギの顔を見比べる。
「ジェットコースターにも乗る?」
「乗る」
「ほかの乗り物も?」
「時間があればな」
「じゃあ、ちゃんと遊びに行くんだね!」
嬉しそうにスマートフォンを取り出すフローラの横で、ヨモギは園内の地図を保存した。
ジェットコースターの乗り場の隣には、窓の並んだ小さな建物が描かれている。
まずは現地へ行く。
見学については、その場で聞いてみればいい。
◇
遊びに行くこと自体は、思ったほど難しくなかった。
フローラがセラフィナへ連絡すると、まず誰と行くのかを尋ねられた。
「ヨモギちゃんと!」
『二人で?』
「うん。新しいジェットコースターに乗ってみたいの」
『遊園地へ行くのは構いません。ただし、護衛については、きちんと決めてからにしましょう』
「分かった!」
通話を終えたフローラが、ヨモギへ親指を立てる。
「いいって!」
「護衛が決まったら、だろ」
「決めればいいんだよ」
ヨモギもレオルへ相談に行ったが、返ってきた答えはほとんど同じだった。
二人だけで遠出はさせられないが、信頼できる者に同行してもらうなら、車も手配してくれるという。
作業部屋へ戻ったヨモギが机の前に座ると、フローラが顔を上げた。
「どうだった?」
「お前の母さんと同じだ」
「じゃあ、誰かに来てもらおう」
二人は、ほぼ同時にスマートフォンを見た。
「フェリシティなら、一緒に遊んでくれそうだね」
フローラの言葉に、ヨモギも頷く。
「あいつも、乗りたがるだろ」
◇
呼び出し音が数回鳴ったあと、画面にフェリシティの顔が映った。
『こんにちは。今日は二人で何をしてるの?』
「遊園地に行く相談!」
フローラがすぐに新しいジェットコースターの紹介を送ると、フェリシティは画面の外へ目を向け、届いた画像を確かめた。
『あら、これ。もうできたのね』
「今度の日曜日に行きたいんだけど、一緒に来られる?」
『日曜日?』
フェリシティは手元を確かめ、少しして残念そうに眉を下げた。
『ごめんなさい。その日は、先に予定が入っちゃってるの』
「そっか……」
フローラの声が、少し小さくなる。
ヨモギも、机に置いた遊園地の地図へ目を落とした。
『別の日なら、私も行きたいんだけど』
「一緒に来てくれる護衛を決めたら、行っていいって言われたの」
フローラの説明に、フェリシティが顔を上げる。
『ああ、そういうことね』
「お前が来られないなら、ほかを探す」
フェリシティは少し考えてから、画面の向こうで指を一本立てた。
『だったら、ウォルターにお願いしてみようか』
「ウォルター?」
『ウォルター・アインズワース。うちの執事よ』
フローラがヨモギへ顔を向けたが、ヨモギも聞き覚えのない名前に首を傾げる。
『私が小さい頃から、ずっとそばにいてくれた人なの。護衛もしてくれてるから、安心して任せられるわ』
「お前の護衛か」
『そうよ』
「大変そうだな」
フェリシティが目を細めた。
『それ、どういう意味?』
「そのままの意味だ」
『ヨモギだって、ついていく人は大変だと思うけど?』
「ボクは遊園地に行くだけだぞ」
『私だって、だいたいは出かけるだけよ』
フローラが画面へ顔を寄せた。
「ウォルターさんは、日曜日、大丈夫なの?」
『聞いてみるわ。ちょっと待ってて』
フェリシティは画面の外へ向き直った。
『ウォルター、今、いい?』
少し離れたところから、落ち着いた声が返った。
『はい、お嬢様』
フェリシティが日曜日の予定を話し始める。
画面には彼女の横顔しか映っていなかったが、話の途中で、白い手袋をはめた手が見えた。
机の上へ紅茶のカップが静かに置かれ、フェリシティは礼を言ってから、ヨモギとフローラの名前を伝えた。
話を聞き終えたウォルターが、穏やかに応じる。
『かしこまりました。ご両家のご了承がいただけましたら、わたくしがご一緒いたしましょう』
フローラの顔が明るくなった。
「いいって!」
フェリシティも、再びこちらを向く。
『大丈夫だって。二人のお家にも、私から連絡しておくわ』
「ありがとう!」
手を振るフローラの隣から、ヨモギも画面へ少し顔を近づけた。
「助かる」
『楽しんできてね。あとで、どうだったか教えてちょうだい』
「ああ」
フェリシティは最後に、もう一度ジェットコースターの写真を見た。
『私も乗りたかったなあ……』
◇
ウォルターの名前を聞くと、レオルの反応は早かった。
「アインズワース氏が同行してくれるのか」
「ああ。フェリシティが頼んでくれた」
「彼なら、よく知っている」
レオルは頷き、手元の予定を確かめた。
「それなら安心だ。きちんと挨拶をして、言うことを聞くんだぞ」
「分かった」
ヨモギが部屋へ戻った時には、フローラの方にも返事が届いていた。
セラフィナもウォルターを知っていて、彼が同行するならと外出を認めてくれたという。
「お母様も、安心だって」
フローラが見せたスマートフォンの画面を確かめ、ヨモギは椅子へ腰を下ろした。
「あいつが紹介したにしては、ずいぶん話が早いな」
「すごい人なんだね」
「フェリシティについていけるなら、慣れてるんだろ」
フローラが楽しそうに笑った。
当日は、遊園地に近いシンクレア家で集合することになった。
ヨモギがそちらへ向かい、ウォルターと合流してから、シンクレア家の車で出発する。
運転手への連絡や詳しい時間の確認は、両家で進めてくれるという。
フローラは地図を開き直し、新しいジェットコースターへ指を置いた。
「最初は、これだね」
「ああ」
「一番前に乗ろうよ」
ヨモギは車両の写真へ目を移す。
先頭の座席なら、進行方向も、レールへ入っていく角度もよく分かりそうだ。
「そこがいいな」
「やった!」
嬉しそうに両手を合わせるフローラの隣で、ヨモギはまた車両の下を拡大し始めた。
「ヨモギちゃん」
「何だ」
「乗ってる時は、ちゃんと前を見てね」
「分かってる」
そう答えたあとも、ヨモギの指は、画面の中の床下から離れなかった。




