第2話:ヨモギのおやつ -その③-
季節が進み、窓の外には白い雪が舞うようになった。
暖炉には火が入っている。
それでも床から伝わる冷気は消えず、ヨモギは大きな毛布にくるまりながらゲームをしていた。
軽いノックの直後、返事を待たずに扉が開いた。
「ヨモギちゃん、遊びに来たよ」
「遅い」
「え?」
「何でもない」
フローラは首を傾げながら、いつもの場所へ座ろうとした。
その途中で、机の上に置かれた皿へ目を留める。
あの日と同じみたらし団子が、二つの皿に一本ずつ載せられていた。
「これ、食べていいの?」
「聞くようになったんだな」
「前に怒られたから」
ヨモギはゲーム画面を見たまま、片方の皿を指さした。
「そっちはお前のだ」
「私の分も用意してくれたの?」
「どうせ来ると思っただけだ」
フローラの顔に笑みが広がる。
「ありがとう、ヨモギちゃん」
「その呼び方やめろ」
「一緒に食べよう」
「勝手に食べろ」
そう言いながら、ヨモギも自分の皿を手に取った。
二人で並び、みたらし団子を食べる。
今度は、どちらの皿からも同じ速さで団子がなくなった。
食べ終えたあとも、二人は暖炉の前から動かなかった。
フローラは本を読み、ヨモギは次のゲームを始める。
しばらくして、ヨモギの操作する手が止まった。
もう一つのコントローラーが、少し離れた棚の下に落ちている。
立ち上がれば、すぐに取れる距離だった。
けれど、毛布の中は暖かい。
毛布の外へ出たくない。
ヨモギは毛布にくるまったまま床へ寝転がると、棚へ向かって横向きに転がっていく。
ごろごろごろ。
隣で本を読んでいたフローラが顔を上げた。
「ヨモギちゃん、何してるの?」
「コントローラーを取りに行ってる」
「歩けばいいのに」
「寒いだろ」
毛布にくるまったまま、さらに転がる。
フローラはその姿をしばらく見つめ、楽しそうに笑った。
「ミノムシみたい」
「歩くより楽だぞ」
フローラは本を閉じた。
近くにあった別の毛布を広げ、自分の身体へ巻きつける。
そして、ヨモギの隣へ寝転がった。
「私もやる」
「真似するな」
「どっちが先に壁まで行けるか競争ね」
「やらない」
「よーい、始め!」
フローラが勢いよく転がり始める。
「やらない」と言っていたヨモギも、追い抜かれまいと、その隣を転がった。
「私の方が速いよ!」
「そっちの毛布の方が滑りやすいだけだ!」
「勝った方が速いの!」
「ずるいだろ!」
ヨモギは進む向きを変え、横からフローラへ身体をぶつけた。
押されたフローラが、ごろりと横へ転がる。
「押した!」
「勝負なんだろ!」
フローラも負けじと転がり、ヨモギへ身体をぶつけた。
今度はヨモギが押し飛ばされ、開いた扉を抜けて廊下へ転がり出る。
「ちょっ、待て!」
止まろうとしても、毛布の中では手足をうまく使えない。
フローラも勢いを止められず、そのままヨモギの背中へぶつかった。
その拍子に、二人の毛布の端が絡み合う。
「おい、離れろ!」
「ヨモギちゃんが止まってよ!」
「止まれないんだよ!」
絡み合った二人は、廊下をゴロゴロと転がっていく。
その先には、階段があった。
「ヨモギちゃん、階段!」
「やばい!」
「止まれない!」
「わ、わあああああっ!」
二人の悲鳴が重なった直後、ヨモギの身体が階段の縁から落ちた。
絡まった毛布に引かれ、フローラもそのあとへ続く。
どんっ。
どんっ。
どどんっ。
どんどんどんどん――どごん!
階段の下でようやく止まった毛布の中から、ヨモギとフローラが顔だけを出す。
「……生きてる?」
「お前が押すからだろ」
「先に押したの、ヨモギちゃんだよ」
「お前が勝負とか言い出したからだ」
「でも、楽しかったね」
「もうやらない」
二人が起き上がろうとした、その時だった。
フローラが身体を起こした拍子に、毛布の端が階段脇に置かれていた台へ引っかかった。
毛布に引かれ、台が大きく傾いた。
その上には、レオルが長い年月をかけて探し、ようやく手に入れた古代魔法文明の壺が飾られていた。
壺が台の縁から滑り落ちる。
ヨモギとフローラは、同時に見上げた。
次の瞬間、壺が床へ落ちた。
甲高い音が響き、無数の破片が辺りへ飛び散る。
二人は毛布に包まれたまま、動きを止めた。
廊下の奥から、足音が近づいてくる。
「何の音だ?」
姿を現したレオルは、床に散らばった破片を見て立ち尽くした。
やがて膝から崩れ落ち、震える手を伸ばす。
「俺のおおおおおおおおおお!」
ヨモギとフローラは毛布から飛び出した。
顔を見合わせる。
「逃げるぞ!」
「うん!」
二人は同時に立ち上がり、全速力で廊下の奥へ駆け出した。
「お前らああああああああああ!」
背後から、レオルの怒号が追いかけてくる。
その声に驚いたフローラの足がもつれた。
「きゃっ!」
勢いよく転び、床へ両手をつく。
ヨモギは走りながら、ちらりと振り返った。
「ヨモギちゃん!?」
ヨモギの姿が、廊下の角を曲がって消えた。
「待ってぇええええええええええ!」
フローラの叫びが、レオルの怒号と重なって屋敷中に響き渡る。
廊下の角の向こうで、ヨモギの足音がさらに速くなった。




