第18話_名探偵は二人もいらない -その②-
廊下の先にいた清掃担当の女性は、宗司から事情を聞くと、すぐに回収の時刻を確認してくれた。
「あのお部屋は、お二人がお使いになる前に片づけました。その後は入っていません。次は、ご利用が終わってからになります」
「ありがとう。こちらの勘違いだったようだ」
「何か出てきましたら、お知らせしますね」
女性へ礼を言って休憩室へ戻り、三人は待っていた焔にも話を伝えた。
話を聞いた焔は、腕を組んで唸る。
「違ったか。そこだと思ったんだがなあ」
ヨモギはノートの《タオルと一緒》という文字へ、一本線を引いた。
その横へ、フローラが小さな台車の絵を描き足す。
「それは必要か?」
「何を調べたか、分かりやすいでしょ」
「もう、違うって分かったんだぞ」
「だから、違った台車」
ヨモギは台車の絵を一度眺め、フローラからペンを返してもらった。
その間に、宗司は鞄をテーブルへ載せ、畳んだタオルを取り出して確かめていた。
小さな洗面用具の袋を脇へ置き、使い終えた戦闘服まで調べたが、それらしいものは出てこない。
鞄の底まで手で探ってから、タオルと戦闘服を戻していく。
「やはり、ここにはないね」
「どんなやつなんだ? 色とか、形は」
ヨモギが尋ねる。
「紺色で、細い灰色の線が入っている。ごく普通のものだよ」
「ああ、あれか!」
焔が頷いた。
「丈夫でいいんだよな。俺も使ってるぞ」
「君が勧めてくれたものだからね」
「そうだったな。何度洗っても、なかなか伸びねえんだ」
フローラはノートの端に、「紺色」と書き留める。
「二人とも、同じパンツなんだね」
「ああ。いいものは、教えてやりたくなるだろ」
焔が笑って水の蓋を開ける横で、宗司は残っていた洗面用具の袋を鞄へ戻していた。
その手元からノートへ視線を戻したヨモギは、台の上に描いた三つの丸を見つめる。
斜線が入っているのは、そのうち一つだけだ。
「外へ持っていかれたにしても、パンツだけなんだよな」
「時計や端末は、鞄に残っていたよ」
「そっちの方が高そうだけど……」
フローラは首を傾げ、宗司へ顔を向けた。
「そのパンツ、すごく大事なものだった?」
「普通に買ったものだよ」
「魔法の効果があるとか?」
「ないね」
「防御力も?」
「期待したことはないかな」
焔が水のボトルを口元から離す。
「はき心地はいいぞ」
ヨモギは二人を見比べ、椅子の背もたれへ身体を預けた。
「……分かった。それはもう、分かった」
◇
そのすぐ後、試験担当者が戻ってきた。
「確認できました。御剣さんが入られてから、お戻りになるまで、ほかの方は更衣室に入っていません」
ヨモギは背もたれから身体を起こす。
「この二人だけか?」
「はい。獅子堂さんには一度、私が廊下へ出ていただきましたが。その後も、お二人以外の出入りはありませんでした」
宗司が礼を言って担当者を見送ると、フローラはノートの上へ両肘をついた。
「じゃあ、誰が持っていったの?」
「誰かが盗んで逃げた、ってわけじゃなさそうだな」
ヨモギは台を描いた四角を指で叩きながら、順に確かめる。
「宗司が出した。そのあと、シャワーに入った。その間に、焔が戻ってきた」
「おう」
「先に着替えて出てきたのも、焔だ」
焔は頷きながら眉を寄せた。
「俺が出る時に、あったかどうか見ておけばよかったな」
「お前も、その台を使ったんだろ?」
「ああ。服もタオルも、あそこに置いてたからな」
フローラが顔を上げる。
「焔さんのパンツは、なくなってないの?」
「俺のか?」
「今日も、同じのを持ってきたんだよね?」
「おう。ちゃんとはいてるぞ」
その返事を聞いたヨモギは、ノートを叩く指を止めて焔を見た。
「……鞄から出したのは、いつだ?」
「何を?」
「自分のパンツ」
焔は水のボトルをテーブルへ置く。
「そりゃ、着替えを出した時に――」
「呼ばれる前か? 戻った後か?」
すぐには答えが返らず、焔は廊下の方へ目を向けた。
「シャツとズボンは、先に出したな。タオルも、台の端へ置いて」
そこで言葉が途切れ、フローラが身を乗り出す。
「その途中で、呼ばれたんだよね。すぐ出てきてたよ?」
「ああ。記録票を見て、戻って……」
足元の鞄へ落ちた焔の視線を、ヨモギも追った。
「着替えは、どこへ入れてきた?」
「この中だ。下着は、小さい袋へ分けて――」
今度も、最後まで言葉が続かなかった。
宗司が背もたれから身体を起こす横で、焔は鞄を膝へ引き上げた。
上着を脇へ寄せ、その下にあった平たい布の袋を取り出すと、四人の目がそこへ集まる。
焔はファスナーを開け、中から畳まれた一枚を引き出した。
紺色の布に、細い灰色の線が走っている。
すぐには、誰も口を開かなかった。
廊下の向こうで、機材を運ぶ台車が小さく鳴る。
「……あれ?」
焔の声だけが、テーブルの上へ落ちた。
「二枚、持ってきたのか?」
ヨモギに尋ねられ、焔はゆっくりと首を振る。
「いや。一枚だ」
宗司の視線が、焔の手にあるパンツから、その顔へ移った。
「焔。君は、さっき何をはいた?」
「自分の……」
焔は答えかけたまま、手元の畳まれた一枚を見下ろした。
「台に、あったやつを……」
「私は、君が廊下へ出ている間に、そこへ置いたんだ」
宗司の静かな声に、焔は何か言おうと口を開き、そのまま閉じた。
フローラが、ぱっと顔を明るくする。
「分かった! 御剣さんのパンツ、焔さんがはいてたんだ!」
ヨモギが口元を押さえた。
「お前……それで、ずっと捜してたのか……!」
声が途中で震える。
棚の下を覗いていた時も、台の裏を確かめていた時も、焔は捜していた一枚を身につけていたのだ。
あれほど真面目に捜索の結果を報告していた姿まで思い出され、ヨモギはとうとう我慢ができなくなった。
顔を伏せても、肩の震えは止まらない。
「あるわけないだろ……床に……!」
フローラも、つられて笑い出した。
「途中でやめるわけにはいかないって、言ってたもんね……!」
「いや、俺は本当に、見つけてやろうとだな」
焔は片手を上げたものの、その手に紺色の一枚があることに気づき、膝へ戻した。
宗司は、その動きを黙って見ていた。
「……すまん、宗司」
焔が頭を下げる。
「いつも先に全部出すから、今日も出したつもりになってた」
「そうらしいね」
「台の上にあったから、自分のだと……」
「同じものだからね」
宗司が息を吐くと、フローラは目元を指で拭いながら、そちらへ向き直った。
「でも、よかったね。ちゃんと見つかったよ!」
「うん。どこにあるかは、分かった」
ヨモギがまた笑い、フローラの肩へ額を預けた。
焔が膝の上の一枚を持ち上げると、宗司はそれを指した。
「そちらをもらおう。返してくれなくていい」
「……おう」
焔は畳まれたパンツを、両手で渡した。
◇
宗司が着替え直して戻る頃には、テーブルに新しい飲み物が並んでいた。
焔はヨモギの前へミルクティーを置き、フローラにもりんごジュースをもう一本差し出す。
「助かった。二人とも、ありがとな」
「次からは、自分の鞄も捜せよ」
ヨモギはまだ少し笑いながら、缶を受け取った。
宗司も椅子に腰を下ろし、二人へ頭を下げる。
「ありがとう。君たちが順番に聞いてくれたおかげで、分かったよ」
フローラは嬉しそうにノートを開き、大きな事件名の下に描いた台と三つの丸を見返した。
斜線のついた台車の絵の下へ、《解決!》と書き込む。
「私が、台車のこと覚えてたからだね!」
「ボクが順番を並べたからだろ」
「焔さんのパンツも聞いたよ?」
「袋を開けてもらったのは、ボクだ」
二人は顔を見合わせた。
フローラはペンを持ち直して《解決!》の脇へ自分の名前を書くと、隣の空いたところを指先で軽く叩く。
「じゃあ、ここにヨモギちゃんも書いて」
差し出されたペンを受け取り、ヨモギもその隣へ名前を書き足した。
「最初から、二人とも探偵でよかったんだ」
「私、そう言ったよ?」
「……最初は、ボクを助手にしただろ」
小さく言い返しながら、並んだ二人の名前の下へ一本線を引く。
宗司は完成したページに目を通すと、テーブルの脇に置かれたタブレットを二人へ向けた。
「それじゃ、約束の試験記録を見ようか」
ヨモギはすぐに身体を寄せ、フローラもノートを閉じて、その隣から画面を覗き込む。
その向かいで、焔がようやく肩の力を抜いた。
「いやあ、見つかってよかったな、宗司!」
宗司の指が、画面の手前で止まる。
「次からは、はく前に確認してくれ」
ヨモギとフローラが、また同時に吹き出した。
焔は頭をひと掻きしてから、足元の鞄をそっと自分の方へ引き寄せた。




