第17話:カスタム魔導機グランプリに出よう -その⑰-
ニールの勤めるピザ店へ着くと、四人は建物の裏手にある従業員用の扉へ回った。
ニールが鍵を開け、優勝杯を二人がかりで運ぶヨモギとフローラを先に通す。
店の厨房では、夕食時の営業に向けた準備が進んでいた。
生地を伸ばしていた店員が、裏口から入ってきたニールに目を向ける。
その手が止まった。
「……ニール?」
「お疲れ様です」
「そのメダル、本物か?」
「何の話ですか?」
店員は、厨房の壁に取りつけられたテレビを指さした。
画面には、表彰台に立つ《チーム・ハーパー》の四人が映っている。
胸元に掛けられた金色のメダル。
その中央で持ち上げられている優勝杯は、今、ヨモギとフローラが運んでいるものと同じだった。
「優勝したのか!?」
その声に、厨房にいた店員たちが一斉に振り返る。
「ニールが戻ってきたぞ!」
「優勝ライダーだ!」
「最後、気絶してたやつ!」
「そこまで放送されたんですか……」
ニールが顔を伏せる。
だが、逃げるより先に店員たちが集まってきた。
背中を叩かれ、手を握られ、メダルを確かめられる。
最初に声をかけた店員が、優勝杯を抱えたヨモギとフローラへ向き直った。
「グリフィン様、シンクレア様。優勝おめでとうございます。ご来店ありがとうございます」
「ああ」
「ありがとう!」
店員は続けて、ヨモギへ頭を下げた。
「先日は、お電話で失礼いたしました。あの時、ニールへ連絡した者です」
「そうか。あの時は、こっちの都合でニールを引き止めて悪かった」
「いえ。まさか、あの時のご用件が、この大会への勧誘だったとは……」
その騒ぎを聞きつけ、店の奥から店長まで出てきた。
「おい、ニール。今日は大事な用事があるとしか聞いてなかったぞ」
「嘘は言っていません」
「大会に出るなら、最初からそう言え!」
「説明すると長くなると思いまして……」
「世界中へ生中継される方が、よほど話が長くなるだろ!」
店長はそう言いながらも、嬉しそうにニールの肩を叩いた。
「とにかく、優勝おめでとう」
「ありがとうございます」
ニールは照れたように胸元のメダルに触れる。
その顔には、表彰台に立っていた時にはなかった、優勝の実感が浮かんでいた。
◇
四人は、店の奥にある小さな個室へ案内された。
ほどなくして、焼きたてのピザや揚げたジャガイモ、飲み物が次々と運ばれてくる。
テーブルの端には、ヨモギ、フローラ、フェリシティが外した三つの金色のメダルが並べられていた。
ニールだけは、まだ自分のメダルを胸元へ掛けている。
優勝杯は、椅子に載せると倒れそうになったため、壁際の台に置かれていた。
個室の壁に掛けられたテレビでは、大会の映像が繰り返し放送されている。
「ピザだ!」
フローラが、切り分けられた一切れへ手を伸ばす。
「待ちなさい。先に乾杯するわよ」
フェリシティが飲み物の入ったグラスを持ち上げた。
ヨモギとフローラも、それぞれ自分のグラスを取る。
ニールだけが、どこか警戒するようにフェリシティを見ていた。
「昨日は、何に乾杯しましたっけ?」
「明日も生きて帰りましょう、だったわね」
「実際、私は途中で意識を失いました」
「でも、生きて帰ってきたじゃない」
フェリシティは笑い、三人へグラスを向けた。
「《チーム・ハーパー》の優勝と、四人とも生きて帰れたことに!」
「かんぱーい!」
四つのグラスが、テーブルの中央で触れ合った。
フローラは飲み物を一口だけ飲むと、すぐにピザを持ち上げる。
伸びたチーズが、皿との間に長い糸を作った。
「優勝したあとのピザ、おいしいね!」
「いつ食べても同じ味だろ」
そう言いながら、ヨモギも隣の一切れを取る。
ニールは二人を見たあと、胸元のメダルに視線を落とした。
「最初に話を聞いた時は、機体に乗っているだけで一千万クレジットを受け取れる仕事だと思っていました」
「残りの一千万も、契約どおり払うぞ」
「そこは心配していません」
ニールは小さく首を振った。
「試走で気絶した時には、受けるべきではなかったと何度も後悔しました。本戦でも、最初のうちは無事に終わることしか考えていませんでした」
「途中から変わったの?」
フローラが尋ねる。
「はい」
ニールは、テレビに映る暗い銀色の機体へ目を向けた。
ちょうど、七属性のショートカットを次々と突破していく場面が再生されている。
「順位が上がっていくうちに、勝ちたいと思うようになりました」
「最後は寝てたけどね」
フェリシティが言う。
「それを言わなければ、少しは格好よく終われたのですが」
「でも、ゴールするまでは乗ってたよ?」
「規則を守るためにね」
ヨモギが補足する。
「結局、私の役割はそこに戻るんですね……」
肩を落としながらも、ニールの口元には笑みが残っていた。
個室の扉が開き、店長が新しいピザを持って入ってくる。
その視線が、壁際の優勝杯で止まった。
「その優勝杯、しばらく店に飾らせてもらえないか?」
「店に?」
「《チーム・ハーパー》の代表は、うちの従業員なんだろ。入口に置けば、皆にも見てもらえる」
ニールは、ヨモギとフローラを振り返った。
「ボクの部屋には大きすぎる」
「みんなに見てもらえる方が、優勝杯も嬉しいよ!」
フローラも賛成する。
フェリシティが、優勝杯の側面に刻まれた文字を指でなぞった。
そこには、《カスタム魔導機グランプリ・搭乗型部門優勝》と、その下にチーム名が刻まれている。
《チーム・ハーパー》
「代表の店に置くなら、ちょうどいいんじゃない?」
三人の視線がニールに集まる。
ニールは優勝杯をしばらく見つめたあと、店長へ向き直った。
「それでは、次の大会まではお願いします」
「次の大会にも出るのか?」
「出ません」
ニールの返事は早かった。
ヨモギがピザを食べる手を止める。
「まだ何も決めてないだろ」
「決めました。私は出ません」
「次は、安全対策を増やして、もっとすごい機体にしないとな」
「話を聞いてください」
「今度は私も操縦したい!」
「フローラは年齢が足りない」
「じゃあ次は、フェリシティが二輪免許を取って操縦すればいいんじゃない?」
「いいわね、それ!」
「チーム代表の私を差し置いて、次回の計画を進めないでください!」
ニールの声が、個室の外まで響いた。
◇
打ち上げを終えて裏口へ出ると、二台の車が並んで待っていた。
片方にはワングル、もう片方にはニャマゾンのロゴが入っている。
それぞれの車の前には、グリフィン家とシンクレア家の使用人が立っていた。
「お迎えに上がりました、ヨモギお嬢様」
「フローラお嬢様。セラフィナ様がお待ちです」
フローラの足が止まる。
「もう少し遅くてもよかったのに」
「居場所が分かってるのに、待つ理由がないからな」
ヨモギは諦めたように、ワングルの車へ向かう。
フローラも、シンクレア家の車へ向かいながら振り返った。
「それじゃあ、ニール。またね!」
「もう会わないような言い方にしてください」
「機体が大会側から返却されたら連絡する」
「連絡しなくても大丈夫です」
二人がそれぞれの車へ乗り込む。
扉が閉まり、二台の車は反対方向へ走り出した。
フェリシティとニールは、赤い尾灯が見えなくなるまで、その場に立っていた。
「楽しかったわね」
「命がいくつあっても足りません」
「でも、優勝したじゃない」
ニールは胸元のメダルへ目を落とす。
「……そうですね」
その返事には、もう迷いがなかった。
◇
帰宅後、ヨモギはグリフィン家の応接室でレオルと向き合っていた。
大型テレビには、千二百馬力まで出力を上げた暗い銀色の機体が映っている。
「大会規則には違反してない」
「家の規則には違反している」
レオルはヨモギを見つめた。
「今回の件で、反省していることはあるか?」
「フェリシティと秘密保持契約を結ばなかったこと」
「反省する場所が違う」
ヨモギは反論せず、ソファに深く座り直した。
同じ頃、シンクレア家の応接室では、セラフィナが大会の報告書を読んでいた。
「ほかに、反省していることはありますか?」
フローラは少し考える。
「ニールが途中で気絶しちゃったこと?」
「その原因を作ったことです」
「次は、気絶しない人を探すね!」
「次の話はしていません」
フローラは姿勢を正した。
どちらの応接室でも、話は長くなりそうだった。
◇
その夜。
打ち上げのあとに店の仕事へ戻ったニールが、勤務を終えて端末を確認すると、《チーム・ハーパー》の連絡画面に新しい資料が届いていた。
送信者はヨモギ。
資料名は、《次回大会用・安全対策追加仕様》となっている。
続いて、フローラから猫の飾りを大きくした設計案が届いた。
さらに、フェリシティからも連絡が入る。
【フェリシティ】:二輪免許の取り方、調べてみたわ!
ニールは三つの通知を順番に見た。
それから、短い返事を送る。
【ニール】:次回はありません
すぐに、ヨモギから返信が届いた。
【ヨモギ】:まだ決めてない
フローラからも続く。
【フローラ】:次も優勝しようね!
ニールは端末を伏せた。
店の入口では、《チーム・ハーパー》の優勝杯が照明を受けて輝いている。
次の大会まで飾ることになった優勝杯を見ながら、ニールは深く息を吐いた。
そして後日。
大会運営委員会と安全委員会による規則改定の審議を経て、次回大会の規則には、三つの項目が新たに加えられた。
《ライダー本人による主操縦の義務》
《複数動力同時使用時の総出力上限》
《ライダー意識喪失時の自動減速義務》
その理由については、改めて説明するまでもなかった。




