第17話:カスタム魔導機グランプリに出よう -その⑯-
記念撮影が終わっても、ヨモギとフローラは帽子のつばを上げようとしなかった。
司会者が表彰台へ上がってくる。
手には、放送用のマイクが握られていた。
『それでは、見事な逆転優勝を果たした《チーム・ハーパー》の皆様へ、お話を伺いたいと思います!』
大型画面の映像が、表彰台の四人へ切り替わる。
ヨモギとフローラは、優勝杯の後ろへ隠れたままだった。
司会者が最初にマイクを向けたのは、チーム代表として登録されているニールだった。
『ニール・ハーパー選手。優勝、おめでとうございます!』
「ありがとうございます」
『最後の直線では、予選一位の《TITANS》と並ぶ大接戦になりました。あの瞬間、どのようなことを考えていましたか?』
「覚えていません」
司会者の笑顔が止まった。
『……覚えていない?』
「途中で気を失っていました」
大型画面へ、操縦席で頭を落としたニールの映像が映し出される。
観客席から、笑い声と拍手が同時に上がった。
『確かに、ゴール直前で意識を失っていたようですが……』
「はい。目を覚ました時には、医務室でした」
『それでも、優勝ライダーであることに変わりはありません!』
「そう言っていただけると助かります」
ニールは胸元の金色のメダルに触れた。
まだ、自分が優勝したことを実感しきれていない様子だった。
司会者は、続いて機体の映像へ目を向ける。
『電気、魔力、固形燃料。三種類の動力に加え、七属性すべてに対応する障壁まで備えた、これまでにないカスタム魔導機でした。この機体を設計したのは、どなたなのでしょうか?』
「この二人よ」
フェリシティが、ためらうことなく優勝杯の陰に隠れた二人を指した。
優勝杯の後ろで、二人が同時に身を固くした。
「主設計はヨモギ。フローラが、魔力系統の調整を担当したの」
撮影用の魔導カメラが、一斉に優勝杯へ向けられた。
司会者も、優勝杯の後ろを覗き込む。
杯を支える手は小さく、帽子の下からわずかに覗く顔も、どう見ても幼い。
『こちらのお二人が、あの機体を……?』
「ええ」
フェリシティは、当然のように頷いた。
「ヨモギはワングル総帥の娘で、フローラはニャマゾン総帥の娘よ。小さい頃から最新技術に触れて育っているんだから、二人ならこれくらい――」
そこで、フェリシティの言葉が止まった。
優勝杯の両側から、ヨモギとフローラが同時に顔を出している。
「フェリシティ」
ヨモギの声は低かった。
「父さんにバレる」
「お母様にもバレちゃう! それ、言っちゃダメだったの!」
フローラの声が、表彰台へ響く。
「……あ」
フェリシティは、ようやく思い出した。
二人が表彰台へ上がってからも帽子を脱がず、ずっと優勝杯の後ろへ隠れていた理由を。
だが、その言葉はすでに会場中へ響いていた。
『ワングルとニャマゾンの総帥令嬢!?』
実況席から、驚きの声が上がる。
実況者は、慌てて手元に用意されていた《チーム・ハーパー》の登録名簿を確認した。
技術スタッフ欄には、二人の名前が最初から記載されている。
ただし、所属欄にはどちらの会社名も書かれていなかった。
『ヨモギ・グリフィンさん。そして、フローラ・プリムローズ・シンクレアさん!』
大型画面の下に、二人の名前が表示された。
《ヨモギ・グリフィン》
《フローラ・プリムローズ・シンクレア》
実況者の声が、さらに大きくなる。
『なんと! ワングル・インコーポレイテッド総帥、レオル・グリフィン氏のご令嬢と、ニャマゾン・インコーポレイテッド総帥、セラフィナ・シンクレア氏のご令嬢です!』
二人の名前の横に、その身元を示す文字が追加された。
会場のざわめきが、一気に大きくなる。
『ということは、この機体はワングルとニャマゾンが共同開発した、新型の試験機なのでしょうか!?』
「違うぞ!」
「違います!」
ヨモギとフローラの声が重なった。
二人は優勝杯の両脇から身を乗り出し、必死に首を横へ振る。
「ワングルもニャマゾンも関係ない。ボクたちが勝手に作った機体だ!」
「《チーム・ハーパー》は、ニールの個人チームです!」
その姿を、撮影用の魔導カメラが正面から捉えていた。
大型画面に、二人の顔が大きく映し出される。
「ヨモギちゃん、顔!」
「フローラも映ってる!」
二人は慌てて優勝杯の後ろへ戻った。
だが、もう遅い。
『訂正いたします! 両社による共同開発機ではなく、総帥令嬢のお二人が個人で製作した機体とのことです!』
訂正されたことで、観客席から上がる声はさらに大きくなった。
ニールは、ゆっくりと顔を伏せる。
「大会へは、私の個人チームとして登録しています。二社には、今回の参加を知らせていません」
司会者が登録資料を確認する。
代表者はニールで、二社の名称はどこにもなかった。
フェリシティも、優勝杯の陰へ隠れるように身体を縮めた。
大型画面には、顔を伏せたニールと、大きな優勝杯、その上からわずかに覗く三つの帽子だけが映っていた。
しかし、その下にはヨモギとフローラの名前と身元が、はっきりと表示されている。
そして、その一部始終は、世界中へ生中継されていた。
◇
表彰台を下りると、大会係員が四人を控室へ案内した。
廊下の先では、二人の身元を知った報道関係者たちが集まり始めている。
壁面に並ぶモニターでは、すでに複数の報道番組が表彰式の映像を使い始めていた。
《大企業二社の令嬢が個人チームで極秘参戦》
《三種類の動力を搭載した新型カスタム魔導機》
《初出場のチーム・ハーパーが逆転優勝》
控室の扉が閉まった直後、二つの着信音がほぼ同時に鳴った。
ヨモギとフローラが、それぞれ自分の端末を取り出す。
ヨモギの画面には《父さん》。
フローラの画面には《お母様》。
二人は、並んで表示を見つめた。
「早かったね」
「生中継だからな」
着信が途切れる。
だが、間を置かずにもう一度鳴り始めた。
ニールが、控室の端まで離れる。
「出た方がよいのではありませんか?」
「出なくても、帰ったら会う」
「余計に怒られるわよ」
フェリシティの言葉に、ヨモギは仕方なく通話を繋いだ。
『ヨモギ』
低い声が、端末から聞こえる。
「何だ?」
『今、どこにいる』
「カスタム魔導機グランプリの会場」
『それは画面を見れば分かる』
「なら、聞かなくてもいいだろ」
端末の向こうが、しばらく静かになった。
ニールが両手で顔を覆う。
『大会へ参加する許可を出した覚えはない』
「参加者はニールだ。ボクは機体を作って、遠隔操作しただけだ」
『それを参加と言う』
「規則では、参加者はニールだ」
『屁理屈は帰ってから聞く』
レオルの声は静かだった。
だが、怒っていることだけは、離れているニールにも分かった。
『優勝は見事だった。機体も、よくできていた』
ヨモギがわずかに目を見開く。
『だが、それと無断で参加したことは別の話だ』
「分かってる」
『本当に分かっているなら、最初から相談しろ』
「相談したら、反対しただろ」
『当然だ』
ヨモギの予想は正しかった。
一方、フローラも端末を耳に当てる。
「お母様、見てたの?」
『ええ。実況であなたの名前が発表されたところから』
「最初からじゃなかったんだね」
『そこが問題ではありません』
セラフィナの声は穏やかだった。
フローラは、それを聞いて背筋を伸ばす。
『どうして、私に何も言わなかったのですか?』
「またやらかすから駄目だって、止められると思ったから……」
『よく分かっていますね』
「でも、優勝したよ!」
『優勝は、おめでとうございます』
「ありがとう!」
『帰宅後、無断参加についてのお話をしましょう』
フローラの笑顔が止まった。
「優勝したから、許してくれるんじゃないの?」
『それとこれとは別です』
ヨモギとフローラは、それぞれの端末を手にしたまま顔を見合わせた。
二人の通話から、ほとんど同じ内容が聞こえている。
「これから、四人で打ち上げをする」
ヨモギが先に伝えた。
『終わったら、まっすぐ帰ってこい』
「分かった」
フローラも、すぐにヨモギへ続く。
「私も打ち上げに行っていい?」
『長くならないように。終わりましたら、すぐに戻りなさい』
「はーい!」
二人の通話が、ほぼ同時に切れた。
控室へ静けさが戻る。
ニールは、恐る恐るヨモギとフローラへ近づいた。
「大丈夫だったのですか?」
「怒られた」
「私も」
「それを、大丈夫とは言わないのでは……」
「優勝は褒められたぞ」
「私も、おめでとうって言ってもらえたよ!」
二人は満足そうだった。
その様子を見て、ニールはこれ以上考えることをやめた。
フェリシティが、控室の窓から外を覗く。
正面出口の前には、すでに大勢の記者が集まっていた。
「このまま出たら、囲まれるわね」
「別の出口から出ればいい」
ヨモギが、会場の案内図を端末に表示する。
搬入口へ続く業務用通路なら、報道関係者は入れない。
ニールは時計を確認した。
再車検と審議に、かなりの時間が掛かっていた。
昼に始まった本戦からすでに数時間が過ぎ、外は日が暮れかけている。
「それでは、打ち上げに行きましょうか」
「ピザが食べたい!」
フローラが、すぐに希望を口にする。
ニールは少し考えたあと、会場の裏口へ続く扉を開けた。
「私が働いている店なら、個室で食べられます」
「そこにしよう」
ヨモギが即座に決める。
四人は優勝杯とメダルを持ち、報道関係者の待つ正面出口とは反対側へ歩き出した。




