第17話:カスタム魔導機グランプリに出よう -その⑭-
停止区画へ、救護員たちが駆け込んだ。
操縦席の外装が開かれ、ニールのヘルメットが外される。
「呼吸、脈拍ともに異常ありません」
首元に測定器を当てた救護員が、画面を確認した。
「急激な加速と緊張による、一時的な意識喪失でしょう。外傷もありません」
その言葉を聞き、フェリシティが胸を撫で下ろす。
フローラは、保持具に支えられたまま動かないニールを覗き込んだ。
「勝ったのに、起きないね」
「医務室へ運びます。少し離れてください」
救護員たちが保持具を解除し、ニールの身体を担架へ移す。
フェリシティは、そのまま担架に付き添って医務室へ向かった。
ヨモギは担架を見送ると、機体の前へしゃがみ込んだ。
車体側面に並んでいた三本の表示灯は、すでにすべて消えている。
「ヨモギちゃん、ニールを見に行かないの?」
「フェリシティがついてる。それより、機体を確認する」
端末を接続し、ゴール直前から停止までの記録を開く。
三源同期の記録に異常はない。
固形燃料式動力機関も、指示どおり切り離されている。
駆動軸、魔力導管、蓄電池、冷却装置にも異常はない。
二十五周目に修理した固定具も、最後まで位置を保っていた。
「どこも壊れてない」
「猫も無事だよ!」
フローラが、車体側面に取りつけられた猫の飾りを確認する。
最後の直線で千二百馬力近くまで出力を引き上げたあとも、猫の飾りには傷一つついていなかった。
「そこは確認しなくていい」
「大事だよ?」
その時、大会の係員たちが停止区画へ入ってきた。
一人が機体へ近づき、封印用の帯を外装へ取りつける。
「《チーム・ハーパー》の皆様にお伝えします。この機体は、これより大会技術部による検査に入ります」
「どうして?」
「本戦中の走行記録について、確認が必要となりました」
係員は、大型画面に表示された《優勝》の文字へ目を向けた。
「表彰式は、検査が終わるまで延期となります」
◇
ニールが目を覚ました時、最初に見えたのは医務室の白い天井だった。
その横から、フェリシティが顔を覗かせる。
「ニール。分かる?」
「……終わりましたか?」
「終わったわ」
「私は、生きていますか?」
「それだけ喋れれば大丈夫よ」
ニールはゆっくりと上半身を起こした。
身体に痛みはない。
ただ、最後の直線で三本目の表示灯が点いたところから、記憶が途切れている。
「結果は、どうなりましたか?」
「勝ったよ!」
フローラが、大型画面を映した端末をニールへ向けた。
そこには、ゴールラインを通過する二台の機体が映っている。
わずかな差で、暗い銀色の前輪が先へ出ていた。
画面の下には、《本戦第一位――チーム・ハーパー》と表示されている。
ニールは何度も瞬きをした。
「本当に、勝ったんですか?」
「ああ」
ヨモギが答える。
「お前は、カスタム魔導機グランプリの優勝ライダーになった」
「最後は気絶していただけですが……」
「ゴールするまでは乗ってた」
「最後は、操縦もしていませんでした」
「公式回線を通じた走行補助は、規則で認められている。お前も最後まで搭乗していた」
「私が乗っていた意味は、やはりそれだけだったんですね……」
ニールは両手で顔を覆った。
それでも、指の隙間から見える口元は、わずかに緩んでいた。
フェリシティが、その背中を強く叩く。
「よかったじゃない。優勝よ!」
「暫定だが、お前はカスタム魔導機グランプリの優勝ライダーだ」
ヨモギの言葉に、ニールが顔を上げた。
「取り消される可能性があるんですか?」
「検査が終わるまでは分からない」
「いったい、何をしたんですか?」
「規則どおりに走った」
「その答えを聞いて、余計に不安になりました」
◇
大会技術部は、まず七つのショートカットの作動記録を照合した。
風、火、土、闇、光、水、無属性。
すべての妨害装置が規定どおりに作動している。
チーム側から不正な干渉を受けた記録もなかった。
《コース設備:異常なし》
続いて、暗い銀色の機体が再車検区画へ運び込まれた。
係員たちは封印を外して外装を開き、予選前の正式車検記録、本戦前の確認記録と現在の機体を照合していく。
三つの動力と全属性可変障壁は、いずれも事前に申告された仕様どおりだった。
ピットで交換した固定具も大会指定の予備部品で、交換前と同じ規格のものだった。
遠隔操縦には大会の公式回線が使われ、送受信記録にも不正な通信や改変の痕跡はない。
安全装置も、すべて正常に作動していた。
車検時に登録された仕様から外れる箇所は、一つも見つからなかった。
《再車検:適合》
《事前登録との差異:なし》
《登録外部品:なし》
《不正制御:なし》
すべての検査結果が出そろった頃には、予定されていた表彰式の時刻を大きく過ぎていた。
待機室の扉が開く。
大会係員が室内へ入り、四人を見回した。
「検査が終了しました。皆様、大会運営室までお越しください」
◇
大会運営室には、三人の委員が待っていた。
長机の上には、走行記録と車体の検査報告書が並んでいる。
その横には、大会規則集と、審議記録用の端末が三台置かれていた。
四人は、委員たちと向かい合うように並べられた椅子へ座った。
中央に座った大会運営委員長が、検査報告書を持ち上げる。
「まず、検査結果からお伝えします」
四人の視線が、委員長へ集まった。
「コース設備と車体の検査では、不正な干渉も、申告内容との差異も確認されませんでした」
ニールの肩から、わずかに力が抜ける。
だが、ヨモギは委員たちの手元にある端末を見ていた。
三人とも、記録画面を閉じていない。
委員長は検査報告書を机へ戻した。
「ただし、競技結果を確定する前に、走行記録について確認しなければならないことが、いくつかあります」
四人の背後で、大会運営室の扉が静かに閉じた。




