第17話:カスタム魔導機グランプリに出よう -その⑪-
――カスタム魔導機グランプリ・本戦会場
翌朝。
会場へ戻った四人を、満員の観客席から響く歓声が迎えた。
予選とは異なり、本戦では八台の機体が同時にコースを走る。
各チームのピットでは、整備士たちが慌ただしく行き交い、出走前の最終確認を進めていた。
《チーム・ハーパー》のピットにも、昨夜から大会側の保管区画へ預けられていた暗い銀色の機体が戻されている。
競技委員が車体に残された封印を確認して外すと、ヨモギとフローラは外装を開いた。
競技委員が内部を調べ、予選終了後に機体へ変更が加えられていないことを確認する。
やがて、競技委員の端末に検査結果が表示された。
《本戦出場――問題なし》
ヨモギは自分の端末を機体へ接続し、フローラも魔力導管へ手を添えた。
「昨日と同じだね」
「ああ。異常はない」
フェリシティはニールの防護服へ測定器を取りつけた。
「ニールも正常よ」
「私は機械ではありません」
ニールは答えながら、暗い銀色の機体を見た。
昨日の予選を最後まで走ったことで、機体そのものへの不安は少しだけ減っている。
「今日は、昨日より少しだけ自信があります」
「本当?」
フローラが嬉しそうに振り返った。
「はい。千二百馬力を使わなければ、ですが」
「最後には使うぞ」
「少しだけあった自信がなくなりました」
ヨモギは気にすることなく、本戦用のコース図を表示した。
基本的な方針は、予選と変わらない。
電気と魔力で風・土のショートカットと二つのチャージエリアを使い、固形燃料式動力機関は必要になるまで温存する。
「三十周ある。最初から飛ばすな」
「分かりました」
「前の機体を抜ける時も、無理に内側へ入る必要はない。出力はこちらで合わせる」
「はい」
ニールは何度も頷いた。
その返事には、昨日までのような震えはなかった。
◇
予選順位に従い、八台の機体が開始位置へ並んだ。
最前列には、紺色と金色の《TITANS》。
《チーム・ハーパー》の暗い銀色の機体は、七番手からの出走となる。
ニールはヘルメットのバイザーを下ろし、操縦桿を握った。
ヨモギが電気駆動を起動する。
車体側面に並んだ三本のうち、青い表示灯だけが点いた。
フローラは魔力駆動を待機状態へ移す。
フェリシティの画面には、ニールの心拍数と安全装置の作動状況が並んで表示されていた。
「心拍数は百十二。昨日よりは低いわ」
『数字にして報告しないでください。余計に気になります』
開始位置の上に、《本戦――三十周》の文字が表示された。
その下に並んだ五つの表示灯が、一つずつ消えていく。
最後の一つが消えた。
《開始》
八台の機体が、一斉に飛び出した。
最初のコーナーへ、車体が密集したまま突入する。
左右から響く駆動音に、ニールの身体が一瞬だけ強張った。
それでも、操縦桿を握る手は止まらなかった。
AIの補正を受けながら前の機体を追い、接触することなくコーナーを抜けた。
《チーム・ハーパー》は、七位のまま最初の周回へ入る。
先頭では、《TITANS》が早くも後続との差を広げ始めていた。
三周目。
ニールは前を走る機体の動きを見ながら、風のショートカットへ入った。
フローラが魔力駆動を重ねる。
二本目の表示灯へ、桃色と金色の光が灯った。
暗い銀色の機体は逆風を押し分け、前の機体との距離を縮めていく。
五周目。
再び風の区画を抜けた直後の直線で、一台を追い越した。
《第六位》
順位表示が一つ上がる。
十周目には、土の区画で速度を落とした機体を外側から抜き、五位へ浮上した。
周回を重ねるごとに、ニールの走りも変わっていく。
コーナーへ入る位置が安定し、加速へ切り替えるタイミングも早くなる。
初めは高い値を示していたAIの操縦補正率が、少しずつ下がっていた。
「補正が昨日の半分になってるよ!」
フローラが画面を見て声を上げる。
『私も、少しは慣れてきましたから』
「ニールが自分で曲がってるわ!」
『最初から自分で曲がっています!』
フェリシティの笑い声が通信へ混じる。
十六周目。
《チーム・ハーパー》は、四位へ上がった。
二十一周目には、マナチャージエリアで速度を落とした機体を抜き、三位へ入る。
実況も、次第に《チーム・ハーパー》の走りを追うようになっていた。
『予選七位の《チーム・ハーパー》、また順位を上げました!』
『新人ライダーとは思えない安定した走りです!』
『機体だけではありません。周回を重ねるごとに、ライダーの動きもよくなっています!』
二十五周目。
二位を走っていた機体が、蓄電池の残量を確保するため、蓄電池用チャージエリアで大きく速度を落とした。
ニールは、その横を一気に駆け抜ける。
《第二位》
大型画面に表示された順位を見て、フローラとフェリシティが同時に歓声を上げた。
先頭の《TITANS》も、すでに視界へ入っている。
「このままなら追いつけるよ!」
「まだ慌てるな」
ヨモギは二台の区間速度を比較した。
残り五周。
電気と魔力の残量も、予定した範囲に収まっている。
固形燃料式動力機関を使わなくても、最終周までには並べる可能性があった。
同じ周の終盤。
ニールは、二十五度目となるジャンプへ入った。
電気と魔力の出力が重なり、暗い銀色の機体が谷の上へ飛び出す。
昨日とは違い、ニールの叫び声はなかった。
車体の角度を合わせ、対岸へ着地する。
後輪が路面へ触れた瞬間。
車体の内部から、小さな金属音が響いた。
二本目の表示灯が明滅する。
直後、桃色と金色の光が消えた。
『速度が上がりません!』
ニールが加速操作を行っても、速度表示は落ちていく。
電気駆動は動いている。
だが、魔力駆動の出力が駆動軸へ伝わっていなかった。
ヨモギは診断記録を開いた。
《魔力駆動:同期不能》
《統合機構:魔力駆動切断》
「ピットへ入れ」
『まだ走れます!』
「走り続ければ、導管まで壊れる。電気だけで戻れ」
ニールは短く息を吐き、進路をピットレーンへ向けた。
速度の落ちた機体を、後続が次々と追い越していく。
二位だった順位表示が、三位へ落ちる。
五位。
七位。
機体がピットへ入った時には、順位は八位になっていた。
機体が停止位置で停まりきると同時に、ヨモギは外装の留め具を外した。
フェリシティが整備用の昇降台を車体の下へ差し込み、機体を持ち上げる。
フローラは魔力導管へ弱い魔力を流し、反応が途切れている場所を探した。
「ここ。統合機構の手前で、魔力の波がずれてる」
二十五周分の着地衝撃が蓄積し、魔力導管と統合機構を繋ぐ固定具が、わずかにずれていた。
ずれは、数ミリ。
部品そのものは壊れていない。
だが、その数ミリのずれによって魔力の波が噛み合わず、安全装置が接続を遮断している。
ヨモギは工具を持ち、車体の下へ潜り込んだ。
「フローラ。魔力を流したまま、位置を合わせろ」
「うん!」
「フェリシティ、固定具」
「これね!」
フェリシティが、大会指定の予備部品を差し出す。
ニールは機体から下り、順位表示を見上げていた。
八位。
先頭の《TITANS》は、すでに次の周回へ入っている。
《残り四周》
表示が切り替わった。
「間に合いますか?」
ヨモギから返事はない。
工具の触れ合う音だけが、車体の下から聞こえていた。




