第17話:カスタム魔導機グランプリに出よう -その⑩-
予選終了後。
機体を大会側の保管区画へ預けると、車体には改造防止用の封印が施された。
保管区画は翌朝まで封鎖される。
今夜は、ヨモギたちにもできることはなかった。
ニールは会場の更衣室で泥と汗を洗い流し、持ってきた服へ着替えた。
会場の出口では、フェリシティが呼んでおいた使用人が、車のそばで待っていた。
四人が乗り込むと、車は市街地の中心部に建つホテルへ向かった。
高層の建物には淡い金色の照明が並び、広々とした正面玄関の前では、制服姿のスタッフが宿泊客を迎えている。
車寄せで停まると、扉が開くより先に二人のスタッフが近づいてきた。
「ブレイズ様、お待ちしておりました」
フェリシティが後部座席から降り、ヨモギたちも続いた。
スタッフが荷物を運び出し、玄関の方へ運んでいく。
すべての荷物が下ろされたのを確かめると、使用人は四人へ会釈し、そのまま車でホテルをあとにした。
ニールは建物を見上げた。
「ここで食事をするんですか?」
「泊まるんだ」
ヨモギが答える。
「ここに?」
「明日も朝から大会だからね」
フローラは当然のように頷いた。
ニールも、今夜はホテルに泊まると聞いていた。
だが、予約されていた部屋の宿泊料金は、一室につき一泊百万クレジットを超えていた。
「もっと普通のホテルでもよかったのでは?」
「ここが会場から近かった」
「近さだけで選ぶ金額ではありませんよ」
「大丈夫。もう払ってあるから!」
フローラが笑う。
ニールが気にしているのは、自分が支払うかどうかではなかった。
ホテルへ入ると、荷物の運搬と宿泊の手続きはスタッフに任せ、四人はそのまま館内のフレンチレストランへ案内された。
通されたのは、街の夜景を見渡せる個室だった。
白い布のかかった円卓には、形の異なるグラスと何本もの銀食器が、席ごとに整然と並べられている。
ニールは椅子の前で足を止めた。
「私、こういう店で食事をしたことがないんですが……」
「大丈夫、大丈夫。個室だし、細かいことは気にせず食べればいいわよ」
フェリシティが椅子へ座る。
「気にせず食べられる数のフォークではありませんよ」
「外側から使えば、大体合ってるわ」
「大体でいいんですか?」
「間違えても、新しいものを持ってきてもらえばいいのよ」
フェリシティは気楽に言いながら、膝の上へナプキンを広げた。
全員が席に着くと、飲み物の確認に来た給仕が、料理に合わせたワインの説明を始める。
「全員、ノンアルコールでお願いします」
フェリシティが迷わず答えた。
ニールが顔を向ける。
「私は成人ですが」
「明日も運転するだろ。飲酒は駄目だ」
「一杯くらいなら、朝には――」
「駄目だよ。明日も頑張るんだから」
フローラまで真剣な顔で止める。
フェリシティも頷いた。
「私も飲まないわ。何かあった時に動けないと困るもの」
「あれ? フェリシティ、お酒は二十歳からじゃなかったっけ?」
フローラが首を傾げる。
フェリシティが固まった。
「あ! 忘れてた!」
「動けるかどうか以前の問題でしょう!」
給仕は表情一つ変えず、注文を待っていた。
「……分かりました。私もノンアルコールでお願いします」
ニールは諦め、給仕へ頭を下げた。
ほどなくして、最初の料理が運ばれてきた。
ヨモギとフローラは、迷うことなく外側の銀食器を手に取った。
背筋を伸ばし、料理に合わせてナイフとフォークを使い分ける。
給仕へ声をかける時の言葉遣いまで、普段のくだけた話し方からは想像できないほど丁寧だった。
二人がこうした場に慣れていることは、ニールにも想像がついた。
意外だったのは、フェリシティの方だった。
先ほどまでと変わらない気楽そうな顔をしているのに、銀食器を取る手は一度も迷わない。
料理が置かれるたび、給仕へ自然に礼を伝え、グラスを戻す時にも音を立てなかった。
ニールが見つめていることに気づき、フェリシティが口元を緩める。
「どうしたの? 私に惚れた?」
「い、いえ! 違います!」
返事は、考えるよりも先に出ていた。
「ちょっと! そんなに全力で否定しなくてもよくない!?」
「すみません! そういう意味ではなくてですね!」
「どういう意味ならいいのよ!」
フェリシティが頬を膨らませる。
ニールは慌てて言葉を探した。
「ヨモギ様とフローラ様が、こうした場所に慣れていることは分かります。ですが、フェリシティさんまで、なぜ……」
「フェリシティのお父様は、インサイダー協会・最高評議会の評議員なんだよ」
フローラが何でもないことのように答えた。
ニールの手が止まる。
「最高評議会の……評議員?」
「そういうこと」
フェリシティが肩をすくめた。
「子どもの頃から、会食に連れていかれることが多かったの。私は、こういう堅い食事より、みんなで普通に食べる方が好きだけどね」
ニールは、円卓を囲む三人を順番に見た。
ワングル総帥の娘。
ニャマゾン総帥の娘。
インサイダー協会・最高評議会の評議員の娘。
この場で、本当にただの一般人なのは、自分だけだった。
千二百馬力の機体を秘密で作った時点で、十分に危険な令嬢たちだと思っていた。
だが、別の意味でも、とんでもない三人だった。
「ニールさん、料理冷めちゃうよ?」
フローラに声をかけられ、ニールは我に返った。
「あ、はい。いただきます」
緊張しながら口へ運んだ料理は、驚くほど美味しかった。
一皿目を食べ終える頃には、ニールの肩からも少しずつ力が抜けていた。
予選で危なかった場所。
TITANSの走り方。
明日の本戦で、どのギミックを通るか。
料理が運ばれるたび、四人の会話は途切れず続いた。
デザートが並んだ頃、フローラが果実入りの炭酸飲料を持ち上げる。
「明日も頑張ろう!」
「今度は一位を取るぞ」
ヨモギもグラスを上げた。
「任せて。明日もニールの心拍と、安全装置の作動状況はしっかり見てるから!」
フェリシティが続く。
三人の視線が、ニールへ集まった。
ニールは少しだけ迷ったあと、自分のグラスを持ち上げた。
「……明日も、生きて帰りましょう」
四つのグラスが、円卓の中央で小さな音を立てた。
◇
食事を終えて個室を出ると、ホテルの案内係が待っていた。
「お部屋のご用意が整っております。ご案内いたします」
四人は通常の客室用エレベーターを通り過ぎ、奥にある専用エレベーターへ案内された。
案内係が専用のカードをかざすと、扉が開く。
中には、階数を選ぶボタンがなかった。
「これ、どこへ行くの?」
フローラが尋ねる。
「最上階の特別フロアへ直通となっております」
ニールの表情が、また固まった。
エレベーターは途中で一度も止まらず、最上階へ到着した。
厚い絨毯の敷かれた廊下には、客室の扉が数えるほどしかない。
ヨモギ、フローラ、フェリシティの三人には、複数の寝室を備えたスイートルームが用意されていた。
ニールの部屋は、その向かいだった。
「それじゃあ、また明日の朝ね」
フェリシティがニールへ手を振る。
案内係が一礼して立ち去り、三人は自分たちのスイートルームへ入っていった。
ニールは渡されたカードキーをかざし、向かいの扉を開けた。
室内へ一歩足を踏み入れたところで、動きが止まる。
広い居間。
大きなベッド。
壁一面の窓の向こうには、街の夜景がどこまでも広がっている。
浴室だけでも、今住んでいる部屋の半分ほどの広さがあった。
荷物台には、先ほどスタッフへ預けた小さな旅行鞄が、ぽつんと置かれていた。
ニールは、誰もいない室内を見回した。
昨日までは、ピザを配達していた。
今日は、子ども二人が作った魔導機で予選を走った。
そして今は、最高級ホテルの最上階にいる。
自分は、いったいどこへ来てしまったのだろう。
その疑問は、ホテルのことだけではなかった。




