第17話:カスタム魔導機グランプリに出よう -その⑨-
予選が始まると、各ピットの大型画面に、走行中の映像とタイムが映し出された。
最初に出走した機体は、光のショートカットへ飛び込んだ。
白い光がコースを覆う。
直後、機体は大きく速度を落とし、左右の防護壁に何度も接触しながら区画を抜けた。
次の機体は、水の区画で凍結した路面に車輪を取られた。
横向きに滑ったまま停止し、進行方向へ向き直るまでに十秒以上を失う。
さらに別の機体は、ジャンプ台の手前で加速が足りなかった。
前輪だけが対岸の縁へ触れたあと、車体はそのまま下の回収路へ落ちていく。
「落ちても怪我はしないんだね」
フローラが映像を見ながら言う。
回収路の床には衝撃吸収用の術式が敷かれ、落下した機体もすぐに走行を再開していた。
「安全でも、あそこから上がり直せば大きな時間損失です」
ニールは自分が落ちる場面を想像したのか、顔を強張らせた。
やがて、《TITANS》の出走順が回ってきた。
紺色と金色に塗られた機体が、開始位置へ入る。
先ほどヨモギたちを笑っていた男の一人が操縦席に跨がり、残る二人と整備士たちは、ほとんど言葉を交わさず最終確認を進めていた。
合図と同時に、機体が飛び出す。
無駄な横滑りはない。
コーナーへ入る直前まで加速し、車体を深く傾けながら、最短の線で抜けていく。
火の区画では冷却出力を一気に引き上げ、速度をほとんど落とさなかった。
闇の拘束が発動する直前には、電気駆動と魔力駆動の出力を重ね、強引に区画の外へ抜ける。
ジャンプ台でも、対岸ぎりぎりを狙うことはなかった。
十分に加速してから飛び出し、姿勢を崩さず着地する。
そのままゴールラインを通過した。
大型画面の最上段に、《TITANS》の名前が表示される。
《暫定第一位》
それまでの最速記録を、五秒以上縮めていた。
「本当に強いんだね」
フローラが感心したように言う。
「だから言ったでしょう」
ニールの声には、自分たちの出走が近づいている緊張も混じっていた。
ヨモギはTITANSの区間記録を端末に表示し、自分たちの走行予測と重ね合わせた。
「予選で一位を取る必要はない」
「あら。さっきは、あの人たちの機体より速いって言ってたじゃない」
フェリシティが横から画面を覗く。
「あれは、あいつらがむかついたからだ」
「そこは認めるんですね」
ニールが小さく息を吐いた。
「今日は、八位以内に入ればいい。三つ目は使わない」
ヨモギは端末上の出力設定から、橙色で示された系統を外した。
「電気と魔力の二つだけで走る。固形燃料式小型動力機関は、本戦まで隠す」
ニールの表情が、わずかに明るくなる。
「今日は、千二百馬力を出さないんですね?」
「ああ」
「よかった……」
「使うのは明日だ」
「一日しか安心できないんですか?」
ヨモギはコース図へ二本の線を引いた。
「ショートカットするのは、風と土だけだ」
風の区画を抜けた先には、蓄電池用のチャージエリアがある。
土の区画の先には、マナチャージエリアがある。
二つのエリアを通れば、途中で使った電気と魔力をそれぞれ回復できる。
火、闇、光、水、無属性の区画では、距離の長い通常路を選ぶ。
「最後のジャンプまで、蓄電池と魔力電池の残量をそれぞれ六割以上残す。この走り方なら、三つ目を使わなくても予選通過のタイムは出せる」
「分かりました」
ニールはコース図を見つめ、選んだルートを何度も指で追った。
フェリシティは、搭乗者の状態を表示する画面を開く。
「私はニールの心拍と安全装置の作動状況を見てるわ。気絶しそうになったら、すぐ教えてあげる」
「教えるだけじゃなく、気絶する前に機体を止めてください」
◇
《チーム・ハーパー》の名が呼ばれた。
ニールはヘルメットをかぶり、暗い銀色の機体へ跨がった。
ヨモギが蓄電池と制御装置を確認し、フローラは魔力駆動系をほかの動力と同期させる。
フェリシティが機体の防護障壁を作動させた。
「全部、正常よ!」
「ニール。操縦は練習どおりでいい。出力はこちらで調整する」
『分かりました』
ニールの返事は硬かった。
機体が開始位置へ移動する。
機体側面に並ぶ三本の表示灯のうち、青い一本だけが点き、電動モーターの低い駆動音が響いた。
《予選走行――開始》
合図と同時に、機体が飛び出した。
最初の直線を電気駆動だけで加速し、一つ目のコーナーへ入る。
ニールは試走で覚えたとおりに身体を傾けた。
その操作に合わせてAIが操舵角と前後輪の出力差を補正し、暗い銀色の機体は内側ぎりぎりを抜けていく。
「そのまま、風の区画へ入れ」
『本当に、こっちへ行くんですね!』
「そのために選んだ」
淡い緑色の光で囲まれたショートカットへ、機体が飛び込む。
正面から、壁のような風が叩きつけた。
速度表示が、一気に落ち始める。
「フローラ」
「合わせるね!」
二本目の表示灯に、桃色と金色の光が灯った。
電動モーターと魔力駆動の出力が、中央の駆動軸で一つに重なる。
失われかけていた速度が戻り、機体は逆風を押し分けながら前へ進んだ。
『これで、手の内を隠しているんですか!?』
「二つなら普通だ」
『私にとっては普通ではありません!』
機体が風の区画を抜けると、ヨモギは蓄電池用チャージエリアで速度を落とし、必要な量だけ蓄電池を充電してから、すぐに機体を再加速させた。
火の分岐では通常路を選び、速度を保ったまま次の分岐へ到達する。
「次は土だ」
『行きます!』
ニールは今度も迷わず、茶色く光るショートカットへ機体を向けた。
前輪が境界を越えた瞬間、硬かった路面が泥のように軟らかくなる。
前後の車輪が半ばまで沈み、速度が落ちた。
ヨモギは前後輪への出力配分を細かく変え、空転しかけた車輪の出力だけを絞る。
フローラも、魔力駆動を電動モーターに合わせ続けた。
ニールは腰を引き、前輪にかかる荷重を抜いた。
太い後輪が泥を掻き出し、車体を前へ押し出す。
機体は左右へ振られながらも停止せず、少しずつ土の区画を進んでいく。
やがて前輪が硬い路面を捉えた。
暗い銀色の機体が泥を跳ね上げ、ショートカットの外へ飛び出す。
「抜けたよ!」
フローラが声を上げた。
そのままマナチャージエリアへ入ると、速度を落とし、必要な量だけ魔力電池へ魔力を補給する。
蓄電池も魔力電池も、残量は六割を超えていた。
闇、光、水、無属性の分岐もすべて通常路を選び、速度を保ったまま通過する。
残る難所は、終盤のジャンプ台だけだった。
谷の手前で、加速用の風が機体の背後から吹きつける。
「二系統とも、出力を上げる」
「電気と魔力、ちゃんと合ってるよ!」
電気と魔力の出力が、一気に引き上げられた。
機体が風に押され、速度を増していく。
『うわああああああああっ!』
ニールの叫び声とともに、前輪がジャンプ台を離れた。
暗い銀色の車体が、谷の上へ大きく浮かぶ。
車体側面の白い猫が、初めて空を飛んだ。
対岸が近づく。
ニールは身体を前へ倒し、車体の角度を合わせた。
後輪が路面へ触れ、続いて前輪も着地する。
一度大きく沈み込んだ車体は、すぐに姿勢を立て直し、そのまま最後の直線へ入った。
「ゴールまで、そのまま!」
フェリシティの声が通信へ響く。
二本の表示灯を輝かせた機体が、ゴールラインを駆け抜けた。
《暫定第五位》
大型画面に、《チーム・ハーパー》の名前が表示された。
三つ目の動力は、最後まで使っていない。
危険なショートカットも、選んだのは二か所だけだった。
それでも、タイムは本戦進出圏内に入っていた。
ピットへ戻ったニールは、ゆっくりとヘルメットのバイザーを上げた。
「……生きて戻れました」
「気絶もしなかったね!」
「それを基準にしないでください」
その後、残っていた強豪チームが次々と走行した。
《チーム・ハーパー》の順位は、六位へ落ちる。
さらに一つ下がり、七位。
最後の一台がゴールラインを通過する。
四人は、大型画面に表示されるタイムを見つめた。
八位の記録が塗り替えられる。
だが、《チーム・ハーパー》のタイムには、わずかに届かなかった。
最終結果が確定する。
《予選第一位――TITANS》
《予選第七位――チーム・ハーパー》
《本戦進出》
「やったー!」
フローラとフェリシティが同時に飛び上がった。
ヨモギも画面を見上げたまま、満足そうに頷く。
「予定どおりだ」
「七位で、予定どおりなんですか?」
ニールが尋ねる。
「予選は抜ければいい」
離れたピットでは、《TITANS》の男たちも結果を見ていた。
予選前にヨモギたちを笑っていた男の一人が、《チーム・ハーパー》の名前から暗い銀色の機体へ視線を移す。
その顔には、もう笑みがなかった。
予選走行中、機体側面に並ぶ三本の表示灯のうち、三本目だけは一度も点いていなかった。




