第17話:カスタム魔導機グランプリに出よう -その⑧-
――カスタム魔導機グランプリ・予選会場
予選当日。
広大な会場の搬入区画には、各チームの機体を積んだ大型輸送車が何台も並び、その周囲にはチームごとのピットが設けられていた。
開かれた荷台から競技用の魔導機が次々と下ろされ、揃いのチームウェアを着た整備士たちが、その周囲を慌ただしく行き交っている。
予備の車輪を運ぶ者。
端末を片手に、車体の調整値を確認する者。
出走前のライダーを囲み、コース映像を見ながら打ち合わせを続ける者。
どのピットにも、十人前後の人間がいた。
そんな会場内を、四人だけの《チーム・ハーパー》が歩いていく。
先頭を歩くニールは、黒を基調とした走行用の防護服に着替えていた。
見た目だけなら、ほかのチームのライダーと変わらない。
だが、その後ろに続くチームスタッフは、揃いの灰色のジャケットと帽子を身につけたヨモギとフローラ、フェリシティの三人だけだった。
ヨモギとフローラは、顔を隠すように帽子を目深にかぶっている。
前回の試走と同じく、二人はフェリシティの装備試験へ同行するという名目で、それぞれの屋敷を出ていた。
今回は二日間にわたる遠征試験だと説明してあるため、四人は宿泊用の荷物まで持ってきている。
実際の大会も、初日に予選、翌日に本戦が行われる。
機体はニールの名義で手配した輸送車に載せ、四人より先に会場へ運び込んであった。
「ねえ、さっきから見られてない?」
フローラが周囲を見回す。
ほかのチームのスタッフたちは作業の手を動かしながら、何度も四人を振り返っていた。
「子どもが二人もいれば、目立つだろうな」
ヨモギは周囲の視線を気にすることなく、自分たちのピットへ向かう。
暗い銀色の機体は、すでに整備台の上へ固定されていた。
車体側面では、白い猫の飾りが朝の光を受けている。
フローラが機体へ駆け寄った。
「猫もちゃんと来てるよ!」
「機体と一緒についてるんだから、当たり前だろ」
「輸送中に取れなくてよかったね」
ヨモギが端末を機体へ接続しようとしたところで、ピットの入口から大会係員が声をかけた。
「《チーム・ハーパー》。予選前の車検を始めます」
その後ろには、検査端末と測定器を載せた台車を押す車検員が二人続いていた。
大会規則により、予選へ出走するすべての機体には、寸法や重量、使用部品、動力、制御機構、安全装置の検査が義務づけられている。
ニールは、あらかじめ用意していた機体仕様書を提出した。
係員がそれを受け取り、車検員の一人が端末へ読み込ませる。
画面に、申告された機体仕様が表示された。
《電気駆動》
《魔力駆動》
《固形燃料式小型動力機関》
《瞬間最大出力:約千二百馬力》
《全属性可変障壁》
《遠隔操縦用受信回路》
車検員の視線が、三種類の動力と最大出力の項目で止まった。
だが、質問を挟むことなく検査へ移った。
車体の寸法と重量が測定され、外装の点検口を開いて、使用部品の番号が提出資料と照合されていく。
三つの駆動装置。
統合機構。
制動装置と操舵機構。
搭乗者保持具と防護フレーム。
独立した緊急停止装置と、安全用の魔力電池。
遠隔操縦用の受信回路も大会の公式回線へ接続され、正常に作動することが確認された。
「製作者と整備担当者は、こちらの二名で間違いありませんか?」
車検員が、端末の確認画面を二人へ向ける。
《ヨモギ・グリフィン》
《フローラ・プリムローズ・シンクレア》
「間違いない」
「私たちが作ったよ!」
車検員は確認欄へチェックを入れ、二人の回答を確認したうえで、登録情報を確定した。
続いて、フェリシティも安全装置の監視担当者として、チームスタッフに登録された。
最後に、検査結果が確定される。
《機体仕様:申告内容と一致》
《規定違反:なし》
《安全基準:適合》
《予選出走:許可》
「問題ありません。予選への出走を許可します」
車検済みを示す封印が車体へ取りつけられ、係員たちは次のピットへ向かった。
ヨモギが端末のケーブルを手に取り、改めて機体の診断へ戻ろうとしたところで、背後から笑い声が聞こえた。
「おいおい。本当に子どものチームじゃねえか」
振り返ると、紺色のチームウェアを着た男たちが三人立っていた。
胸元には、金色の巨人をかたどった紋章と、《TITANS》の文字が刺繍されている。
先頭にいた大柄な男が、ニールの防護服を上から下まで眺めた。
「あんたがライダーか?」
「はい。ニール・ハーパーです」
「聞いたことねえ名前だな。レース経験は?」
「今回が初めてです」
男たちが顔を見合わせ、また笑う。
「初参加のライダーに、ガキ二人の整備班か。ずいぶん思い切ったチームだな」
「夏休みの工作を持ってくる大会じゃねえぞ」
別の男が、暗い銀色の機体へ目を向けた。
「今からでも棄権した方がいいんじゃないか? そんなんで本戦まで残れるほど、この大会は甘くねえよ」
「ご忠告、ありがとうございます」
ニールは丁寧に頭を下げた。
「初参加ですので、ご迷惑をおかけしないよう気をつけます」
「何を勝手に話を終わらせてる」
ヨモギがニールの前へ出る。
「この機体は、お前たちの機体より速い」
「ヨモギ様!?」
「まだ走ってないのに、どうして分かるんだ?」
「見れば分かる」
「私たち、ちゃんと予選を抜けるよ!」
フローラもヨモギの隣へ並ぶ。
「そっちこそ、抜かれても泣かないでよね!」
フェリシティまで加わった。
男たちは一瞬だけ目を丸くしたあと、面白そうに笑った。
「威勢だけは一人前だな。せいぜい、コースを一周できるよう頑張れよ」
三人は手を振り、自分たちのピットへ戻っていった。
ニールは、その背中が遠ざかるのを待ってから、三人へ向き直った。
「大会が始まる前から揉めないでください!」
「だって、あいつらむかつく!」
三人の声が、ぴたりと重なった。
「声まで揃えないでください!」
ニールは額を押さえた。
「あの人たち、《TITANS》ですよ。二十年以上続く老舗チームです」
「強いの?」
フローラが尋ねる。
「毎年のように本戦へ進んでいます。優勝経験もある強豪です」
ヨモギは、男たちが戻っていったピットへ目を向けた。
そこでは、先ほどまで笑っていた三人が表情を引き締め、整備士たちと真剣に機体の確認を始めている。
「あの口の悪さでか?」
「口の悪さと実力は別です」
まもなく、予選コースを発表する放送が会場全体へ流れた。
各ピットの大型画面に、立体的なコース図が表示される。
予選は、一台ずつ走るタイムアタック形式。
上位八チームだけが、翌日の本戦へ進むことができる。
コースには、大きく迂回する通常路と、距離の短い複数のショートカットが設けられていた。
ただし、すべてのショートカットに属性妨害ギミックが配置されている。
風の区画では、前方から強烈な逆風が吹きつける。
火の区画へ入れば周囲の温度が上がり、冷却装置と動力へ負荷がかかる。
土の区画では路面が泥のように軟らかくなり、車輪の回転を奪う。
闇の区画では、侵入した車体を影が拘束する。
光の区画では強い光が視界を覆い、水の区画では路面が一瞬で凍結する。
灰色で示された無属性区画には、車体そのものを横や後方へ押し戻す物理障害が置かれていた。
「全部、嫌がらせみたいだね」
フローラが画面を見上げる。
「妨害するための装置だからな」
さらに、コースの途中には、蓄電池用と魔力電池用の二種類のチャージエリアが設けられていた。
どちらも走行しながら補給できるが、通過するだけでは回復量が少ない。
速度を落とし、エリア内へ長く留まるほど多く補給できる仕組みだった。
しかも、その周囲にも属性ギミックが置かれている。
上位を狙うチームの多くは、蓄電池と魔力電池の両方を積んだ複合機で参加していた。
電力と魔力をどこで使い、どちらのチャージエリアへ寄るかも、タイムを大きく左右する。
三つの動力のうち、走行中に補給できないのは固形燃料だけだった。
コース終盤には、大きな谷を越えるジャンプ台もある。
手前には加速用の風が流れているが、十分な速度に達していなければ対岸へ届かない。
その場合は下の回収路へ落ち、坂を上がってもう一度やり直すことになる。
すべての説明を聞き終えた頃には、ニールの顔から血の気が引いていた。
出走順を示す画面には、《チーム・ハーパー》の名前も表示されている。
自分たちの出走まで、あと十二チーム。
ニールは震える手で端末を取り出し、何かを打ち込み始めた。
「何してるの?」
フェリシティが画面を覗き込もうとする。
ニールは端末を胸元へ引き寄せた。
「両親とダグに、お別れのメッセージを書いています」
「もう送ったの?」
「無事に戻れたら消すつもりなので、今は下書きに保存しています」
「ダグって誰?」
フローラが首を傾げる。
「ダグラス・ベネットです。普段はダグと呼んでいます」
ニールはヨモギとフローラを見た。
「あの時、一緒にダンジョンへ入っていた大柄な男ですよ」
「ああ、大きい方か」
「守護者を前で止めてくれた人だね!」
二人はすぐに思い出した。
フローラは青ざめているニールの前へ立つと、安心させるように笑った。
「大丈夫だよ。私たち三人がついてるから!」
「それが一番不安なんです!」
ニールの声が、ピット中へ響いた。




