第17話:カスタム魔導機グランプリに出よう -その⑥-
起動試験を終えた日の夜。
ヨモギは作業棟から、フェリシティへ連絡を入れた。
数回の呼び出し音のあと、端末の画面に赤い髪のフェリシティが映った。
『ヨモギ、どうしたの?』
「明日、装備の試験をする。付き添え」
『いいよ! どうせ資格停止中で、今は訓練ばっかりだし!』
返事は早かった。
ヨモギは端末のカメラを、完成した機体へ向けた。
『あっ、できたんだ!』
「表向きは、お前の新しい装備の試験ということにする」
『私の?』
フェリシティは画面の向こうで首を傾げた。
『それ、私が乗るんじゃないよね?』
「お前は二輪免許を持ってないだろ」
『そうだった!』
残念そうな声を上げたあと、フェリシティはすぐに笑った。
『分かった。秘密の試走に付き合えばいいのね?』
「ああ。お前が一緒なら、送迎の使用人を先に帰せる。帰りはボクたちを送れ」
『任せて! どこまで速くなるか、楽しみね!』
通信が切れた。
隣で話を聞いていたフローラも、楽しそうに頷く。
「これで、明日は大丈夫だね!」
「ああ」
二人を止める者は、これでいなくなった。
◇
翌朝。
三人を乗せた車は、市街地を離れた先にある民間の魔導機レース場へ到着した。
緩やかなコーナーと長い直線を組み合わせた周回コースが、低い防護壁の向こうへ広がっている。
その外周には、事故に備えた多重障壁と緊急停止用の設備が並んでいた。
一般のチームでも、一日二百万クレジットを払えば借りられる施設だった。
予約は、チーム代表者であるニールの名義で行っている。
ただし今回は、ほかの利用者に機体を見られないよう、ヨモギが倍の四百万クレジットを支払い、施設を貸し切っていた。
そのため、ほかの利用者はいない。
場内にいるのは、コースの職員と整備担当、緊急対応要員だけだった。
施設の職員には、民間試験の内容を外部へ漏らさない守秘義務が課されている。
完成した機体は、フェリシティの試験装備として、密閉された輸送車で先に運び込まれていた。
車を降りると、付き添ってきた使用人がフェリシティへ目を向けた。
「お帰りの際は、こちらからお迎えに上がります」
「大丈夫! 帰りはうちの使用人に迎えに来てもらうから!」
資格停止中とはいえ、フェリシティはCランクインサイダーだった。
彼女が付き添っている以上、ヨモギとフローラの安全も任せられる。
そう判断した使用人は一礼すると、三人を乗せてきた車の運転席へ戻った。
使用人を乗せた車がレース場の正門の向こうへ消える。
フローラが小さく手を叩いた。
「うまくいったね!」
「最初から問題ない」
「じゃあ、早く行こう! ニールさんが待ってるよ」
フローラを先頭に、三人はパドックへ向かった。
ピットの前では、先に到着していたニールが待っていた。
ヨモギたちの姿を見つけると、すぐに頭を下げる。
「おはようございます」
「聞いてるよ! あなたがライダーね!」
フェリシティは足早に近づくと、ニールの手を取った。
「フェリシティ・ブレイズよ。インサイダーをやってるの。よろしくね!」
「ニール・ハーパーです。こちらこそ、よろしくお願いします」
「いいなー! 私も乗りたかった!」
「……千二百馬力の機体に、ですか?」
「うん。楽しそうじゃない?」
ニールの視線が、フェリシティからヨモギ、フローラへ順番に移る。
三人とも、機体が収められているピットへ目を向けていた。
今日、この試走を止めてくれる大人は、どこにもいなかった。
ニールが返す言葉を見つけられないまま、ヨモギはピットの開閉スイッチへ手を伸ばした。
低い作動音とともに扉が開き、暗い銀色の機体が姿を現す。
ニールが走行用の防護服へ着替えるため更衣室へ向かうと、ヨモギとフローラは機体へ端末を接続し、最後の診断を始めた。
側面板が開かれ、内部へ詰め込まれた三種類の動力と制御装置が姿を見せる。
フェリシティも車体の周囲を歩き、防護フレームや障壁用の魔力電池を一つずつ確認していった。
「走るための動力が全部止まっても、障壁は残るのね?」
「安全用の魔力電池は独立させてある」
「緊急停止は?」
「操縦席の物理スイッチを押せば、三つの動力を直接切断できる。ボクたちの端末からも出力は止められる。ただし、物理スイッチは遠隔制御から独立させてある」
ヨモギが制御端末の画面を開く。
加速、操舵、制動。それに、三つの動力の切り替えまで、すべて正常に接続されていた。
最後の診断項目が緑色へ変わる。
ちょうどその時、防護服へ着替えたニールが、ヘルメットを抱えて戻ってきた。
フェリシティは満足そうに頷く。
「うん。これなら大丈夫そう!」
その言葉に、ニールの表情が少しだけ緩んだ。
「フェリシティさんがそう言うなら、安心しました」
「どこまで速くなるか、楽しみね!」
緩んだ表情が、すぐに戻る。
「フェリシティさんまで、そちら側に立たないでください」
「私、最初からこっち側よ?」
ニールは何も答えず、ヘルメットをかぶった。
ヨモギとフローラが診断用のケーブルを外すと、覚悟を決めたように機体へ跨がる。
二人は遠隔操縦用の端末を手に、フェリシティとともにピットウォールへ移動した。
コース上に人がいないことを職員が確認し、ピット出口の信号が青へ変わる。
最初の走行に使用するのは、電動モーターだけだった。
車体側面の青い表示灯が点き、機体がゆっくりとピットを離れていく。
低速で発進と停止を繰り返したあと、そのままコースへ入った。
一周目は、走行というよりも各操作の確認だった。
ニールが操縦桿を倒せば、機体はその方向へ曲がり、ブレーキをかければ姿勢を乱すことなく素直に減速する。
電動モーターの出力も安定しており、車体から異音や余計な振動は出ていない。
二周目に入ると、ヨモギは通信機越しに告げた。
「もう少し速度を上げろ」
『分かりました』
機体が加速する。
一つ目のコーナーへ入ったところで、ニールの身体がわずかに強張った。
通常なら、経験の浅い操縦者がその速度のまま曲がりきるのは難しい。
だが、車体が必要以上に傾くより先に、AIが操舵角を補正した。
前後の車輪へ伝える力を細かく調整し、車体を安定した角度へ戻していく。
ニールが慌てて操縦桿を切り直す必要はなかった。
暗い銀色の機体はコースの内側を滑らかに抜け、そのまま次の直線へ入った。
数周後。
速度を落とした機体が、ゆっくりとピットへ戻ってきた。
ニールは停車すると、ヘルメットの前面を上げた。
先ほどまで浮かんでいた不安が、少しだけ消えている。
「いけますね、これ。私が多少操作を間違えても、機体の方で直してくれます」
「当然だ。そのためのAI制御だからな」
「もっと速くしても平気そうね!」
フェリシティが楽しそうに言う。
「まだ一系統目が終わっただけです。煽らないでください」
「次は二つだね!」
フローラまで加わった。
ニールは、開けたばかりのヘルメットを静かに閉じた。
ヨモギとフローラが二度目の走行設定へ切り替えると、ピット出口の信号が再び青へ変わった。
今度は、電動モーターへ魔力駆動を重ねる。
ニールが再びコースへ出ると、ヨモギは車体姿勢を監視しながら、AIによる操縦補助の強さと、二つの動力の出力配分を調整した。
フローラの端末には、魔力駆動の出力と、その力を電動モーターへ重ねるタイミングが表示されている。
「出力は、まだ最大にするな」
「うん。少し高めにするね」
桃色と金色の光が、魔力導管を走る。
二本目の表示灯が点いた直後、機体の速度が一気に上がった。
『うわああああああああっ!』
ニールの叫び声が、通信機から響く。
機体は直線を駆け抜け、最初のコーナーへ迫っていく。
フローラが魔力側の出力を落とし、ヨモギはAIの操舵補助を強めた。
AIが車体を内側へ傾け、二つの車輪が路面を捉えたままコーナーを抜けた。
『曲がった! 本当に曲がった!』
「騒ぐな。次の直線へ入るぞ」
『先に言ってください!』
「ニールさん、もう少し上げるね!」
『上げなくていいです!』
フローラが魔力出力を引き上げた。
背後へ流れていた景色が、さらに速くなる。
計測画面の数字は時速二百キロを超え、二百五十キロを超え、そのまま上がり続けた。
長い直線の終端へ差しかかる頃には、最高速度が時速三百二十キロを超えていた。
フローラが魔力出力を絞り、ヨモギも電動モーターの出力を落とす。
ニールも必死に制動をかける。
大きく速度を落とした機体は、残るコーナーを抜け、そのままピットへ戻ってきた。
停止したあとも、ニールはしばらく操縦桿から手を離さなかった。
「二系統の同期は正常。冷却装置にも問題はない」
ヨモギは記録された数値を確認した。
「このまま三つ目へ進める」
ニールが、ゆっくりと顔を上げる。
「確かに、機体は安定していました」
「なら問題ない」
「ですが、私は必死につかまっていただけです。これ以上速くしたら、機体にしがみついていられません」
「大丈夫だ」
ヨモギは端末を操作した。
座席の左右に収納されていた保持具がせり出し、ニールの腰を挟む。
続いて膝とブーツが固定され、操縦桿の付け根から伸びた保持帯が両手首を留めた。
右手の親指だけは、独立した緊急停止スイッチへ届くように空けてある。
ニールが身体を動かそうとしたが、ほとんど揺れなかった。
「これで離れない」
「待ってください! そういう問題ではありません!」
「次、いこーう!」
ヨモギが、遠隔操縦の優先権をピット側へ切り替えた。
「今度は最大出力だ」
「まだ心の準備ができていません!」
端末に並ぶ三つの出力表示が、一斉に待機状態へ切り替わった。




