第17話:カスタム魔導機グランプリに出よう -その⑤-
「ヨモギ様」
「なんだ?」
「報酬について、もう一度お話ししてもよろしいでしょうか?」
「増やせという話か?」
「はい」
ニールは、画面に表示された千二百馬力という数字を指さした。
「参加報酬を、倍の二千万クレジットにしてください」
「分かった」
返事は早かった。
ニールが目を瞬く。
「交渉しないんですか?」
「お前が乗らなければ、大会へ出られないからな」
「それなら、もう少し高い金額を提示しても通ったのでは……」
「ニールさん、今からでも増やしてもらう?」
フローラが尋ねる。
「いえ。自分で提示した金額を変えるつもりはありません」
ニールはそう答えながら、わずかに後悔していた。
ヨモギは机の端に置かれた覚書を引き寄せ、参加報酬の欄へ訂正線を引いた。
一千万クレジットと書かれた箇所の横へ、二千万クレジットと書き加える。
「試験走行完了後に一千万。残りの一千万は、大会終了後に払う。優勝賞金の一億クレジットも、お前が受け取っていい」
「分かりました」
ニールは訂正箇所を確認し、その横へ署名を書き加えた。
参加するだけで、二千万クレジット。
優勝すれば、合計一億二千万クレジット。
「念のため、もう一度確認します」
ニールは設計図の操縦席を指さした。
「ここに乗るのは、私なんですよね?」
「ほかに誰がいる?」
「聞いてみただけです」
ニールは覚書を折りたたんで制服のポケットへしまい、保温鞄を持ち上げると、二人へ一礼してグリフィン家をあとにした。
帰り道も、頭から離れなかったのは、倍になった報酬のことではない。
設計画面に表示されていた、千二百馬力という数字だった。
報酬は増えたはずなのに、得をした気は少しもしなかった。
◇
翌日から、ヨモギの作業棟には大量の部品が運び込まれた。
大会から支給された基礎フレームと、三種類の駆動装置。
冷却装置や制御装置も加わり、床を埋めるように木箱が並んでいく。
普段からヨモギが部品を取り寄せることは珍しくない。
使用人たちは、今回も新しい装置を作るのだろうと考え、指示された場所へ荷物を運んでいった。
誰も、それが家族に無断で大会へ出場するための機体だとは知らなかった。
ヨモギとフローラは、一人乗りの基礎フレームへ三種類の動力を組み込んでいった。
三日目には、それぞれを単独で動かせるようになった。
だが、二つの出力を重ねると駆動軸から異音が鳴り、三つ目まで接続すると統合機構へ負荷が偏った。
ようやく三つとも動いたと思えば、今度は予測していた出力が車輪まで届かない。
ヨモギが機械側を直し、フローラが魔力を出すタイミングを合わせる。
試験、停止、調整。
二人はそれを何度も繰り返した。
その合間に、ヨモギは遠隔操作用の回路も組み込んでいった。
「加速やハンドルも、外から動かせるようにするの?」
「ああ」
「ニールさんが操縦するんじゃなかった?」
「基本はな。だが、走行中に異常が起きた時や、ニールが操作できなくなった時は、こっちで引き継ぐ」
ヨモギは最後の配線を制動装置へ接続した。
「それに、必要なところで怖がって、加速しない可能性もある」
「その時は?」
「こっちで加速する」
「事故を防ぐためと、勝つためなんだね」
「ああ」
大会の公式回線を模した試験でも、ヨモギの機械制御とフローラの魔力調整は、問題なく機体へ届いた。
ただし、搭乗者が三つの動力を物理的に切断できる緊急停止装置だけは、遠隔制御から切り離した。
最後に残った課題は、重量だった。
必要な部品をすべて積んだ状態では、規定重量を十キロ以上超えている。
ヨモギは不要な外装や支持部品を削り、冷却装置も共通化していった。
ただし、防護フレームと緊急停止装置、安全用の魔力電池には手をつけない。
五日目の夜。
画面へ、最終的な重量が表示された。
《規定重量まで、残り〇・六キロ》
ヨモギが息を吐く。
「入った」
「まだ少し載せられるね」
フローラは机の端に置いていた小さな部品を持ち上げた。
白い猫の顔をかたどった飾りだった。
「これはいらない」
「七十二グラムしかないよ?」
「速くならないだろ」
「可愛くなるよ」
「レースに必要ない」
「でも、まだ六百グラム載せられるよ?」
ヨモギは表示された重量と、フローラが持っている猫を交互に見た。
しばらく考えたあと、車体側面を指さす。
「走行の邪魔にならない場所につけろ」
「うん!」
暗い銀色の外装へ、白い猫の飾りが一つだけ取りつけられた。
◇
その翌日。
仕事を終えたニールは、再びグリフィン家を訪れていた。
作業棟の扉が開くと、中央の整備台には完成した小型魔導機が置かれていた。
低く伸びた車体。
前後には、深い凹凸の刻まれた太い車輪。
暗い銀色の外装が内部の機構を覆い、車体側面には三本の細い表示灯が並んでいる。
見た目だけなら、一般的な競技用バイクをひと回り大きくした程度にしか見えなかった。
「これが、あの設計図の機体ですか?」
「ああ」
ニールは車体の周囲を歩いた。
「もっと大きくなると思っていました」
「大きくしたら、重量制限を超える」
「三つの動力は、どこに入っているんです?」
ヨモギが外装の留め具を外す。
一枚の側面板が開き、その内側へ詰め込まれた機構が姿を現した。
歯車や導管、冷却管が、ほとんど隙間なく組み合わされている。
ニールは内部を覗き込んだが、どこからどこまでが一つの装置なのか判別できなかった。
「壊れた時、修理できるんですか?」
「ボクならできる」
「ヨモギ様がいない時は?」
「壊すな」
「走るのは私なんですが」
ニールは車体側面に取りつけられた白い猫へ目を向けた。
「これは?」
「私がつけたよ!」
フローラが嬉しそうに答える。
「何かの安全装置ですか?」
「猫だよ?」
「見れば分かります」
ヨモギが側面板を閉じる。
「乗れ。座席と操作位置を合わせる」
「今日は調整だけですよね?」
「起動試験もする」
「走らせませんよね?」
「ここでは走らせない」
その言葉を信じ、ニールは機体へ跨がった。
座席の位置を合わせ、両手で操縦桿を握る。
通常のバイクに近い形ではあるが、足元には複数の操作ペダルがあり、正面の画面には見慣れない表示が並んでいた。
ヨモギが車体を整備台へ固定する。
フローラは魔力制御用の端末を接続した。
「まず、電動モーター。低出力で回す」
ヨモギが起動操作を行う。
一番上の表示灯が青く光った。
車輪が静かに回り始める。
「次に、魔力駆動」
二本目の表示灯に、桃色と金色の光が灯った。
魔力導管の中を光が走り、車輪の回転が速くなる。
二つの出力はぶつかることなく、滑らかに重なった。
「最後に、固形燃料式の動力機関」
低い駆動音とともに、三本目の表示灯が橙色に灯った。
ニールの身体へ、わずかな振動が伝わる。
三つの動力はいずれも低出力に抑えられていた。
それでも、すべてが同時に作動しているとは思えないほど、車体は安定している。
正面の画面へ、診断結果が順番に表示されていった。
《電気駆動:正常》
《魔力駆動:正常》
《燃料駆動:正常》
最後に、三つの診断結果を結ぶ線が画面上へ浮かんだ。
《三源同期:正常》
「本当に、動いたんですね……」
「設計したんだから、動くに決まってるだろ」
「設計図を見た時点では、動かない可能性も考えていました」
「どうして?」
フローラが不思議そうに尋ねる。
「十歳と十一歳の子どもが、家族に秘密で千二百馬力の機体を作っていたからです」
「でも、ちゃんとできたよ?」
「それが一番困っているんです」
ヨモギは診断結果を保存し、三つの動力を停止させた。
「明日、試走場へ運ぶ」
ニールの手が、操縦桿の上で止まる。
「明日は、どこまで試す予定ですか?」
「最初は一系統ずつだ。そのあと、二系統を重ねる」
「そこで終わりますよね?」
「問題がなければ、最後に三つとも解放する」
「千二百馬力を?」
「数秒だけだ」
フローラがニールの横から、正面の画面を覗き込む。
「楽しみだね!」
「私は、今から体調を崩す予定です」
「安全性に問題があると判断した場合は、搭乗を拒否できるぞ」
「そうでした」
ニールは、自分で覚書へ入れた条件を思い出した。
「では、明日の試走で危険だと判断した場合は――」
「ああ。理由は説明しろ」
契約を結んだ時と、まったく同じ返事だった。
ニールは正面の画面へ目を戻す。
三つの診断結果は、どれも緑色に光っている。
少なくとも、今の起動試験では、搭乗を拒否できるだけの問題は一つも見つからなかった。
明日の試走へ向けて、準備ができていないのは自分だけだった。




