第17話:カスタム魔導機グランプリに出よう -その③-
ニールはしばらく黙っていたが、やがて両手を膝につき、ゆっくりと立ち上がった。
「事情は分かりました。それでは、私は仕事へ戻ります」
「待て」
「話を聞くだけという約束でしたよね?」
「まだ返事を聞いてない」
「先ほどから、何度もお断りしています」
ニールは扉へ向かい、取っ手に手をかけた。
だが、そのまま扉を開くことはなかった。
参加するだけで、一千万クレジット。
優勝すれば、さらに一億クレジット。
振り返らないまま、ニールが尋ねる。
「……試走を含めて、何日ほど拘束される予定ですか?」
ヨモギはタブレットへ視線を落とした。
「機体が完成してから三日。調整が必要なら、あと二日ほど増える」
「大会当日を含めて、最大六日ですね?」
「ああ」
「勤務先を休むことになった場合は?」
「必要なら、休んだ分も払う」
「事故が起きた場合の治療費は?」
「ボクが負担する」
ニールが、ゆっくりと振り返った。
先ほどまで扉へ向いていた身体が、完全に応接室側へ戻る。
「いくつか条件があります」
「乗るのか?」
「条件をすべて受け入れていただけるなら、検討します」
ニールは人差し指を立てた。
「一つ目。大会規則に違反する部品や機構は使わないこと」
「最初から、そのつもりだ」
続いて、二本目の指が立つ。
「二つ目。大会の車検だけでなく、試走前にも安全確認を行うこと。少しでも危険だと私が判断した場合は、搭乗を拒否できます」
「理由は説明しろ」
「説明します」
ニールは三本目の指を立てた。
「三つ目。事故が起きた場合の治療費と、働けない期間の補償を約束すること」
「分かった」
さらに、四本目の指が立つ。
「四つ目。途中でお二人のご両親に発覚した場合、私が誘ったのではなく、そちらから依頼されたことをきちんと説明してください」
「当然だ」
「うん。私たちから無理やりお願いしたって言うよ!」
フローラが元気よく答えた。
ニールの眉が寄る。
「無理やり、とは言わないでください」
「でも、帰ろうとしてたニールさんを引き止めたよ?」
「事実をすべて正確に話す必要はありません」
「嘘をつくの?」
「そうではなく、表現を少し柔らかくしていただきたいんです」
「じゃあ、逃げようとしたニールさんに、私たちが何度もお願いしたって言うね」
「それでお願いします」
ニールは立てていた指を下ろすと、ソファへ戻り、ヨモギの前に座った。
「最後に、契約内容を書面に残してください」
「記録が残る」
「残してください」
「父に見つかるかもしれないだろ」
「契約書もない状態で、総帥令嬢二人の秘密に巻き込まれる私の立場も考えてください」
ヨモギはしばらく考えたあと、応接室の隅に用意されていた便箋とペンを取った。
「紙なら、ワングルの管理システムには残らない」
「最初から、そうしてください」
ヨモギは便箋の一番上へ、《カスタム魔導機グランプリ参加に関する覚書》と書き込んだ。
その下へ、先ほどニールが挙げた条件をまとめ、参加報酬の支払時期と優勝賞金の扱いも書き加えていく。
報酬一千万クレジットの半額は試走完了後、残りは大会終了後。
優勝賞金は全額ニールへ渡し、試走や大会参加に必要な費用もヨモギが負担する。
すべて書き終えると、ヨモギは内容を一通り読み返し、末尾に自分の名前を記入した。
「これでいいか?」
ニールは便箋を受け取り、一文ずつ慎重に読み進めた。
「ご両親に無断で参加することについては?」
「書く必要がない」
「最も重要な部分だと思いますが」
「書いたら、見つかった時に言い逃れできないだろ」
「言い逃れするつもりなんですか?」
「できるならする」
ヨモギの返事に迷いはなかった。
ニールは額を押さえたあと、覚書の末尾へ一文を書き加えた。
《本件への参加は、ヨモギ・グリフィン本人からの依頼によるものとする》
さらに、その下へ自分の名前を記入する。
「フローラ様にも、証人として署名をお願いします」
「分かった!」
フローラは便箋を受け取ると、二人の署名よりも大きく、自分の名前を書き込んだ。
最後の文字から勢いよく伸びた線が、紙の端まで届いた。
ニールはそれを見つめたが、書き直しを頼むことは諦めた。
「これで、契約成立です」
「では、参加登録をするぞ」
「もう少し余韻を置いていただけませんか?」
「締め切りまで時間がない」
「それを先に教えてください!」
ヨモギは署名の入った覚書を机の端へ寄せると、そのままタブレットで大会の登録画面を開いた。
参加申請に必要なのは、成人した搭乗者の氏名と免許情報、連絡先、チーム名だった。
機体の製作者や整備担当者には、年齢制限がない。
事前登録も必須ではなく、大会前の車検時に申告すればよい。
そのため、現時点ではヨモギとフローラの名前を入力する必要がなかった。
「搭乗者とチーム代表者は、どちらもお前で登録する」
「私が代表者なんですか?」
「ボクたちの名前を出したら、ワングルかニャマゾンへ連絡が行くかもしれない」
「だからといって、今日会ったばかりの人間を代表者にするんですか?」
「この件を知っていて、名前を出せる成人はお前しかいない」
ニールは言い返そうとしたが、ほかに登録できる人間がいないのは事実だった。
ヨモギが入力欄へ必要事項を打ち込んでいく。
《搭乗者兼チーム代表者:ニール・ハーパー》
《所属:個人》
続いて、本人確認画面が表示された。
《公的身分証明書を読み込ませてください》
「ニール」
「私がやるんですか?」
「お前の身分証だろ」
「そうですが、ここまで入力したのはヨモギ様ですよね?」
「本人確認は代わってやれない」
ニールはしばらく画面を見つめたあと、財布から身分証明書を取り出した。
端末の読み取り部分へ重ねる。
氏名、生年月日、連絡先が自動で入力され、続いて免許情報との照合が始まった。
《本人確認:完了》
《二輪車運転免許:有効》
残ったのは、チーム名だけだった。
「チーム名はどうする?」
「ヨモギとフローラの最強チーム!」
フローラが真っ先に答えた。
「ボクたちの名前を隠す意味がなくなるだろ」
「じゃあ、最強チームだけにする?」
「まだ何も作っていないのに、よく最強と名乗れますね」
ニールは空欄を見つめたあと、《チーム・ハーパー》と入力した。
ヨモギの眉が寄る。
「お前の名前だけか?」
「表向きは、私が個人で参加することになっているのでしょう?」
「そうだが、ボクのチームだ」
「名前を出せない方に、選択権はありません」
「ニールさんのチームになったね!」
「違う。名義を借りているだけだ」
ヨモギは不満そうに画面を見たが、名前を出せない以上、強く反対することもできなかった。
そのまま申請ボタンを押す。
ほどなくして、画面に《参加登録を受け付けました》と表示された。
ニールは、その文字を長い間見つめていた。
「本当に登録してしまいましたね……」
「お前が入力したんだろ」
「登録を急かしたのは、ヨモギ様です」
「これで操縦者は決まった。作業部屋へ戻るぞ」
ヨモギはタブレットを持って立ち上がる。
フローラも嬉しそうにそのあとへ続いた。
ニールだけが、ソファへ座ったまま動かない。
「私も行くんですか?」
「自分が乗る機体だ。設計くらい見ておけ」
「まだ設計も終わっていないんですか?」
「操縦者がいなかったから、設計の途中で止めていた」
ニールは、先ほど見せられた大会映像を思い出した。
岩場を跳ね、火柱の中へ飛び込み、水の張られた窪地を走り抜ける小型魔導機。
自分があれに乗ることだけは決まった。
だが、肝心の機体については、まだ何一つ聞かされていない。
ニールは慌てて立ち上がると、先に部屋を出た二人のあとを追った。




