第17話:カスタム魔導機グランプリに出よう -その②-
「お話でしたら、ここで伺います」
ニールは保温鞄を抱えたまま、警備室の出口へ身体を向けていた。
片足はすでに扉の外へ出ており、すぐにでも立ち去るつもりなのが見て取れる。
「ここでは話せない。応接室へ来い」
「お断りします。私はまだ仕事中ですので」
「すぐに終わる」
「その言葉を信用できる要素がありません」
ニールは警戒したまま、一歩後ろへ下がった。
だが、その先にはフローラがいる。
「じゃあ、あのダンジョンで――」
「分かりました」
フローラが最後まで口にするより早く、ニールは抱えていた保温鞄を床へ置いた。
「場所を変えましょう。できれば、誰にも聞かれないところでお願いします」
警備室にいた者たちの視線が、不思議そうに三人へ集まる。
ニールは何事もなかったような顔を取り繕い、受付台へ視線を向けた。
「まず、受け取りの確認をお願いできますか?」
ヨモギは伝票へ署名すると、警備室へ書類を届けに来ていた使用人を呼び止め、受付台に積まれた箱を示した。
「ちょうどいい。これを持っていけ。冷める前に、皆で食べろ」
「かしこまりました。ありがとうございます」
使用人が八枚のピザを受け取り、箱を運び出そうとすると、フローラの視線もピザと一緒についていった。
「ヨモギちゃん、私の分は?」
「あるから、今は黙ってろ」
「よかった!」
フローラは安心したように、ニールの隣へ戻った。
逃げ道を塞ぐために戻ってきたわけではないのだろうが、結果として、ニールは二人に挟まれる形になっていた。
「では、応接室へ行くぞ」
「私はまだ、行くとは――」
「行かないの?」
フローラが首を傾げる。
ニールは周囲の警備員へ目を向けたあと、諦めたように息を吐いた。
「……行きます」
ニールは床へ置いていた保温鞄を持ち上げ、二人とともに警備室を出た。
応接室へ向かう途中、ニールの端末が何度も震えた。
画面には、勤務先の名前が表示されている。
ニールは足を止め、仕方なく通話へ応じた。
「はい、ハーパーです」
『お前、まだグリフィン家にいるのか? 配達完了になってるのに、位置情報が全然動いてないぞ』
端末から漏れた声を聞き、ニールの顔が引きつった。
「申し訳ありません。少し、こちらで引き止められていまして……」
『次の配達が入ってるんだぞ。すぐ戻れるのか?』
「それが、私にも分からず――」
その横から、ヨモギが手を差し出した。
「貸せ」
「何をするつもりです?」
「引き止めたのはボクだ。ボクが話す」
ニールは不安そうにヨモギを見つめた。
それでも、自分から店へ詳しい事情を説明できる立場ではない。
しばらく迷った末、ニールは端末を差し出した。
ヨモギはそれを受け取ると、端末を耳へ当てて背筋を伸ばした。
「突然お電話を代わり、失礼いたします。ヨモギ・グリフィンと申します」
先ほどまでとは、声の調子まで変わっていた。
柔らかく、落ち着いている。
相手に圧力を感じさせず、それでいて、聞き流すことも許さない。
大勢の経営者や来賓を相手にする場で、何度も使ってきた声だった。
端末の向こうが静かになる。
『グリフィン……?』
「はい。ハーパーさんには、私の都合で少しお時間を頂いております。業務中にお引き止めしてしまい、申し訳ございません」
『い、いえ! こちらこそ、事情も知らずに申し訳ありません!』
相手の声が、一瞬で変わった。
「長時間拘束するつもりはございませんが、次の配達に間に合わない可能性がございます。恐れ入りますが、ご調整いただくことは可能でしょうか?」
『もちろんです! 次の配達はこちらで対応しますので、どうぞごゆっくり――ではなく、ご用件を優先してください!』
「ありがとうございます。終わり次第、速やかにお戻しいたします」
ヨモギは丁寧に礼を述べ、通話を終えた。
それから、端末をニールへ返す。
「これで仕事は大丈夫だ」
「私の意思だけが大丈夫ではありません」
ニールは端末を受け取りながら、ヨモギの顔をまじまじと見つめた。
「普通に話せるんですね」
「どういう意味だ」
「先ほどまで、人を名前で呼び止めて、扉の前に立っていた方と同一人物には見えませんでした」
「あれはお前が逃げようとしたからだ」
「逃げようとした理由を考えていただけませんか?」
「ね、私もこの前、初めて聞いた時はびっくりしちゃった!」
フローラが嬉しそうに教える。
「フローラ。今は黙ってろ」
「うん!」
元気よく返事をした直後から、フローラは再び話し始めた。
「ニールさんも、これでゆっくりお話しできるね」
「私は急いで帰りたいんです」
その願いが聞き入れられることはないまま、三人は応接室へ入った。
◇
ニールはソファの端へ浅く腰掛けていた。
配達用の帽子は外していたが、いつでも立ち上がれるよう、両手を膝の上に置いている。
向かいのソファでは、ヨモギがタブレットを操作していた。
「それで、私に何の用でしょうか?」
「確認したいことがある」
ヨモギはタブレットから顔を上げた。
「お前は、二輪免許を持っているな?」
「……持っていますが」
「やっぱり!」
フローラが嬉しそうに身を乗り出した。
ニールの表情に、警戒が浮かぶ。
「なぜ、それを?」
「バイクでピザを配達してきたからだ」
「見れば分かることでしたね」
ニールはほっとしたように胸を撫で下ろした。
ヨモギが、タブレットの画面をニールへ向ける。
画面では、一人乗りの小型魔導機が斜面から飛び出していた。
機体は大きく宙へ浮かび、車体を傾けながら着地する。
そのまま岩の並ぶ区画へ突っ込み、左右へ激しく車体を振りながら走り抜けていった。
画面の上には、《カスタム魔導機グランプリ・搭乗型部門》と表示されている。
映像を見終えたニールは、ゆっくりとヨモギへ視線を戻した。
「まさかとは思いますが……」
「ボクたちの機体に乗れ」
「お断りします」
返事は早かった。
「まだ何も説明してないぞ」
「説明されなくても、今の映像だけで十分です」
「これは去年の大会だ。今年の機体は、もっと速くなる」
「断る理由を増やさないでください」
ニールは立ち上がろうとした。
ヨモギが画面を切り替え、大会規則を表示する。
「搭乗ライダーは成人で、二輪免許を持っている必要がある。お前なら、両方の条件を満たしている」
「私は配達用のバイクに乗っているだけです。レース経験はありません」
「問題ない。座っていれば、あとは機体が何とかする」
「それは操縦者ではなく、重りでは?」
「規則上、免許を持った成人が乗っていればいい」
「合法的な重りを探していたんですか?」
「操縦補助は入れる。最低限の操作だけ覚えれば走れる」
「その最低限を失敗したら、どうなります?」
「壁にぶつかる」
「嫌です」
「防御機構もつける」
「ぶつからない機体を作ってください」
「私もお手伝いするから、大丈夫だよ!」
フローラが自分の胸へ手を当てる。
ヨモギは隣へ顔を向けた。
「まだ、お前に頼んでない」
「でも、お手伝いするよ?」
「勝手に決めるな」
二人のやり取りを見ていたニールが、再び立ち上がった。
「話は終わりですね。私は失礼します」
「まだ終わってない」
「私は乗りません」
「なぜだ?」
「なぜ乗ると思っているんです?」
ニールは扉へ向かおうとした。
その背中へ、フローラが声をかける。
「逃げても大丈夫だよ」
ニールの足が止まった。
ゆっくりと振り返る。
「何が大丈夫なんですか?」
「今度は名前も勤務先も分かったから、すぐに見つけられるよ」
フローラは、安心させるように微笑んでいた。
ニールの顔から、表情が消えた。
「フローラ。それは勧誘ではなく脅迫だ」
「脅迫じゃないよ。急に連絡が取れなくなっても、心配しなくていいって教えただけだよ?」
「その場合は、探さずに諦めてください」
「どうして?」
「逃げたからです」
「やっぱり探さないと駄目だよ」
「ヨモギ様。この方を止めていただけませんか?」
「無理だ」
「即答しないでください」
ニールは扉と二人を交互に見た。
このまま帰っても、次に配達へ出た時、どこからフローラが現れるか分からない。
しかも二人には、自分の名前だけでなく、勤務先まで知られている。
ニールは重い足取りでソファへ戻り、もう一度、その端へ浅く腰掛けた。
「話だけです」
「ああ」
「話を聞くだけで、参加するとは言っていませんからね」
「分かってる」
ヨモギはタブレットへ新しい画面を表示した。
そこに並んだ数字を、ニールへ見せる。
「参加報酬は、一千万クレジットだ」
「一千万?」
ニールの目が、画面に釘付けになった。
「安いか?」
「逆です!」
ニールは画面を覗き込み、表示された数字の桁を数え直した。
何度見ても、一千万クレジットと書かれている。
「一回のレースに出るだけで、この金額ですか?」
「機体の調整と試走にも付き合ってもらう。それを含めて一千万だ」
「それでも高すぎます」
「優勝した場合、大会から一億クレジットの賞金も出る」
「それは、チームで分けるのでしょう?」
「全部お前が受け取っていい」
ニールはヨモギからタブレットを受け取り、大会の公式ページを確認した。
確かに、搭乗型部門の優勝賞金として一億クレジットが設定されている。
「……本当に、私が受け取っていいんですか?」
「ボクは金が欲しくて出るわけじゃない。作った機体の性能を試したいだけだ」
ニールの指が、画面の上で止まる。
参加するだけで一千万。
優勝すれば、さらに一億。
違法な採掘へ手を出しても、一度に稼げるのはせいぜい数百万だった。
一千万あれば、今の生活そのものを変えられる。
優勝までしたなら――その先は、ニールにもすぐには想像できなかった。
「もちろん、優勝できなかった場合でも、一千万は払うんですよね?」
「ああ」
「途中で機体が壊れても?」
「払う」
「私が完走できなくても?」
「お前がわざと壊さない限りは払う」
ニールはしばらく黙り込んだ。
先ほどまで扉へ向いていた身体が、少しずつヨモギの方へ戻っている。
「……契約内容を確認させてください」
「今、話したとおりだ」
「口頭ではなく、契約書です。報酬の支払時期や事故が起きた場合の補償、試走に参加する日数も決める必要があります」
「大会側の保険はある」
「それとは別に、雇用や業務委託の契約が必要でしょう。ワングルを通すのですか?」
「通さない」
ニールの眉が寄る。
「では、グリフィン家からの個人的な依頼として、法務担当者に契約書を作ってもらうのでしょうか?」
「作らない」
「……作らない?」
「ボクが直接金を渡せばいい」
ニールはタブレットから顔を上げた。
「一千万クレジットを、契約書も作らずに渡すつもりですか?」
「ああ」
「必要ですよ、契約書!」
「作ったら記録が残るだろ」
「記録を残してください!」
「父に見つかったら、大会へ出られなくなる」
応接室が静かになった。
ニールは何度か瞬きをしたあと、ヨモギの顔を見つめた。
「今、何と?」
「父には内緒で出る」
「レオル・グリフィン総帥の許可を取っていないんですか?」
「話したら反対されるからな」
ニールの視線が、隣のフローラへ動く。
「では、フローラ様は?」
「私も、お母様には内緒だよ」
フローラは笑顔で答えた。
「ニャマゾンも関係していない?」
「うん」
「ワングルも?」
「関係ない」
ヨモギが答える。
ニールは両手で顔を覆った。
提示された報酬が高すぎる理由を、ようやく理解した。
企業の正式な依頼ではない。
総帥の許可を得た企画でもない。
十歳と十一歳の令嬢が、父親と母親に隠れて勝手に大会へ出ようとしているだけだった。
「念のため、確認します」
ニールは顔から手を離し、二人を順番に見た。
「ワングルにもニャマゾンにも話さず、ご両親の許可も取らず、契約書も作らずに機体を製作して、私を操縦者として大会へ出すつもりなんですね?」
「そうだ」
「うん!」
「私は今、総帥令嬢二人の無断参加へ巻き込まれているんですか?」
「そうだ」
「うん!」
二人の返事だけは、ぴたりと重なっていた。




