第17話:カスタム魔導機グランプリに出よう -その①-
――グリフィン家・本邸/ヨモギの作業部屋
作業机の上に置かれたタブレットの画面では、一人乗りの小型魔導機が激しく土煙を巻き上げていた。
低い車体が急斜面を駆け上がり、そのまま火柱の噴き出す区画へ飛び込んでいく。
赤く熱された路面を抜けた直後、今度は水の張られた窪地へ前輪から突っ込んだ。
大きく跳ね上がった水が画面いっぱいを覆い、その向こうから、泥だらけになった機体が勢いよく飛び出してくる。
映像の上部には、《カスタム魔導機グランプリ・搭乗型部門》と表示されていた。
ヨモギはそこで映像を止め、表示を大会規則へ切り替えた。
視線が、画面に並んだ条項を上から順に追っていく。
参加者へ支給されるのは、全チーム共通の基礎フレーム。
動力や駆動など、機体性能に関わる部品は、主催者が指定した既製品に限られる。
外装は規定素材の範囲内で自由に加工でき、部品の配置や制御プログラムにも制限はない。
ただし、機体の寸法と総重量には上限があり、完全自律走行は禁止されていた。
さらに競技区域では、外部通信遮断フィールドが常時稼働している。
公式回線を除き、競技車両との通信はできない。
製作者と整備担当者には、年齢制限もなかった。
限られた部品をどう組み合わせ、何を積み、何を捨てるか。
資金ではなく、設計と調整の差が、そのまま機体性能に表れる。
ヨモギは規則を何度も読み返したあと、隣に表示していた設計図へ目を戻した。
設計図上の基礎フレーム中央には、すでに複数の駆動装置が収められている。
ヨモギは空いた場所へ冷却用の導管を引き、重量を計算し直した。
規定重量まで、残り十二・七キロ。
積みたい部品を加えるには、まだ足りない。
搭載部品の一つを選び、指先で設計図の外へ追い出す。
重量表示が更新された。
残り十六・二キロ。
これなら、もう一つ積める。
「……いけるな」
小さく呟き、そのまま参加条件の最後へ視線を滑らせる。
《搭乗ライダーは成人かつ、二輪車の運転免許を所持していること》
そこで、ヨモギの指が止まった。
機体は作れる。
大会へも出られる。
しかし、十歳のヨモギは搭乗ライダーになれない。
ワングルの社員や契約レーサーへ頼めば、条件を満たす者はいくらでも見つかる。
だが、その全員がレオルへ報告する。
これまでの出来事を考えれば、大会へ出たいと正直に話したところで、許可が下りる可能性は低い。
ヨモギは新しい画面を開き、《ライダー候補》と入力した。
その下で点滅する入力欄をしばらく見つめたあと、画面を閉じる。
ライダー候補は現れないまま、作業部屋の時計の針は午前十一時へ近づいていた。
増えていくのは、設計図の修正だけだった。
昼食の時刻が近いことを知らせに使用人が部屋へ入ってきても、ヨモギはタブレットから目を離さなかった。
「今日は昼食はいらない。ピザを注文する」
「かしこまりました。こちらで手配いたしましょうか?」
「ボクが頼む。受け取りもボクが行く」
タブレットには、屋敷の近くにある店の注文画面が開かれていた。
最初は自分の分だけを選んでいたが、注文を確定する前に、ヨモギは廊下の向こうへ目を向けた。
朝から何度も飲み物を運んでもらい、今もこうして昼食の確認に来てもらっている。
自分だけが別のものを食べるのは、どうにも落ち着かなかった。
ヨモギは注文数の表示へ指を伸ばし、一枚から八枚へ増やした。
「皆で食べろ」
使用人は一瞬目を丸くしたあと、柔らかく微笑んだ。
「ありがとうございます。皆も喜びます」
「別に、礼を言われるようなことじゃない」
ヨモギはそれきり、タブレットへ視線を戻した。
やがて使用人が部屋を出ていき、扉が静かに閉じる。
画面を見つめるヨモギの耳だけが、少し赤くなっていた。
◇
午前十一時を少し過ぎた頃、作業部屋の扉が勢いよく開いた。
「ヨモギちゃん、遊ぼう!」
明るい声とともに返事を待たずに入ってきたフローラは、そのまま机の前まで来ると、タブレットに開かれた設計図を覗き込んだ。
「何を作ってるの?」
「レース用の機体だ」
ヨモギが設計図から大会の紹介ページへ表示を切り替えると、画面を見つめたフローラの顔がぱっと明るくなった。
「これに出るの?」
「出たいが、ライダーがいない」
「ヨモギちゃんが乗ればいいんじゃない?」
「搭乗ライダーは成人で、二輪免許を持ってないと駄目だ」
「じゃあ、レオルさんに探してもらおうよ」
「父さんに言ったら、ボクが参加できなくなる」
「どうして?」
「危ないから駄目だと言うに決まってる」
フローラは少し考えるように首を傾げたあと、納得したように一つ頷いた。
「お母様に聞いても、たぶん駄目って言われるよ。また何かやらかすと思ってるから」
「実際には、まだ何もしてない」
「うん。これからだもんね」
ヨモギは口を開いて否定しかけたが、何も言わずに閉じた。
フローラが机へ両手をつき、さらに顔を寄せる。
「じゃあ、言わなければいいんじゃない?」
「ボクもそう考えていた」
「バレなければ大丈夫だね!」
問題は何も解決していない。
それでも、二人の方針だけは決まった。
「免許を持ってて、私たちのことを秘密にしてくれる人を探せばいいんだよね」
フローラはしばらく首を傾げていたが、不意に勢いよく顔を上げた。
「フェリシティは?」
「あいつに秘密を守れるのか?」
「聞いてみようよ」
フローラが自分の端末から連絡すると、数回の呼び出し音のあと、画面いっぱいにフェリシティの顔が映し出された。
『フローラ、ヨモギ、この前ぶりー! どうしたの?』
「一緒にレースへ出ない?」
フローラは端末を操作し、画面越しのフェリシティへ大会の映像を見せた。
障害物を飛び越える機体が映った途端、フェリシティの目が輝く。
『面白そう! 私もやりたい!』
「なら乗れ」
『いいよ! ……あっ、でも私、バイクの免許持ってないわ』
「役に立たないな」
『先に聞いておいてひどくない!?』
通信が切れ、画面からフェリシティの顔が消えると、作業部屋に静けさが戻った。
ライダー候補は、再びゼロになった。
そのとき、静けさを破るように、机の端に置かれていた内線端末が鳴った。
警備室から、注文していたピザが届いたとの連絡だった。
「ピザを頼んだの?」
沈んでいたフローラの声が、一瞬で弾んだ。
「お前のために頼んだわけじゃない」
「早く取りに行こう、ヨモギちゃん!」
フローラはすでに扉へ向かって歩き出していた。
ヨモギも椅子から下り、そのあとを追った。
◇
正門脇の警備室では、店の制服を着た細身の男が受付台の前に立っていた。
足元には保温用の大きな鞄が置かれ、受付台の上には八枚分のピザの箱が積まれている。
ヨモギたちが室内へ入ると、男は顔を上げた。
視線が合う。
次の瞬間、男は不自然なほど素早く顔を伏せた。
「ご注文の品はこちらです。ありがとうございました」
男は伝票だけを差し出すと、足元の保温鞄を持ち上げた。
まだ、受け取りの確認も終わっていない。
フローラは立ち去ろうとする男の前へ回り込み、帽子のつばに隠れた顔を下から覗き込んだ。
男が顔を背ける。
フローラも同じ方向へ動く。
男がもう一度顔を背ける。
フローラも、もう一度回り込む。
やがて、帽子の下の顔を捉えたフローラの目が大きく開いた。
「あー! あの時の人!」
男の肩がびくりと跳ねた。
国有ダンジョンの中で出会った、二人の違法採掘者。
目の前にいるのは、そのうち測定器や採取器具を持っていた細身の男だった。
ヨモギの視線が、男の制服の胸元へ移る。
そこには、小さな名札が留められていた。
《ニール・ハーパー》
男は慌てて名札を片手で隠した。
だが、もう遅い。
「おい、ニール」
ヨモギは逃げ道を塞ぐように、警備室の扉の前へ立った。
「話がある」
ニールは天井を仰ぐと、諦めたように肩を落とした。
もう、その場から逃げることはできなかった。




