第16話:魔力電池は多ければいいわけではない -その③-
――翌日午後/グリフィン家・本邸/ヨモギの自室
ヨモギとフローラは、前日に行った試験の結果を見直していた。
作業机の大型画面には、三発の《火球》を撃った時の波形が重ねて表示されている。
発動の検知から外部魔力の供給、空になった電池から次の電池への切り替えまで、どの処理にも大きなずれはなかった。
「走りながらでも、ちゃんと発動できるかな?」
「そのために実戦のデータを取るんだ」
ヨモギは画面の一部を拡大し、供給開始までにかかった時間を確かめる。
その時、机の上に置かれていた細い工具が転がった。
床の下から、低い音が響いてくる。
「何?」
フローラが顔を上げた。
直後、部屋全体が大きく揺れた。
棚の中で部品箱同士がぶつかり、窓ガラスが激しく震える。
ヨモギは倒れかけた大型画面を押さえ、フローラも机から滑り落ちるタブレットを受け止めた。
天井の照明が、大きく左右へ揺れる。
本邸の警報が鳴り響き、窓の外では庭園の木々がざわめいていた。
揺れは長く続かなかった。
やがて床の振動も弱まり、部屋の中には警報音だけが残った。
「地震……?」
「かなりでかいぞ」
ヨモギは壁面のテレビをつけた。
どの放送局も、すでに同じ速報へ切り替わっている。
《市中心部で局地的な強い揺れ》
《道路陥没・高層ビル一棟が傾斜》
上空から撮影された市街地が映し出された。
道路の一部が大きく沈み、その横に建つ高層ビルが斜めに傾いている。
外壁には何本もの亀裂が走っていたが、建物は辛うじて倒壊を免れていた。
『揺れが発生した区画では、昨日から地下で異常な魔力反応が確認されていました。周辺ではすでに避難措置が取られていたため、現時点で負傷者は確認されていません』
映像が切り替わる。
規制線の向こうでは、調査員と緊急車両が沈んだ道路を取り囲んでいた。
『地下では大規模な崩落が起きたとみられていますが、詳しい状況は分かっておらず、管理当局が原因を調べています』
フローラは、画面に映る傾いたビルをしばらく見つめていた。
やがて、作業机の大型画面へ視線を戻す。
「フェリシティ、もう装備を使ったかな?」
「聞いてみる」
ヨモギは端末を手に取り、フェリシティへ短いメッセージを送った。
【ヨモギ】:装備はちゃんと動いたか?
しばらくして、返事が届く。
【フェリシティ】:装備、ちゃんと動いたよ! ちょっと忙しいから、またあとでね!
「動いたって」
「よかった」
フローラの顔が明るくなる。
ヨモギも、端末を机の上へ戻した。
◇
――数日後/グリフィン家・本邸/ヨモギの自室
スマートフォンが震えた。
画面には、フェリシティの名前が表示されている。
ヨモギが通話を繋ぐと、画面に赤い髪と満面の笑みが映った。
『お待たせ! やっと落ち着いたよー!』
近くのソファに座っていたフローラが、すぐにヨモギの隣へ寄ってくる。
「どうだった?」
『すごかった! 普通の魔物に《火球》を三発撃ったんだけど、どれも本当に威力が二倍になったよ!』
ヨモギはタブレットを開き、記録用の画面を表示した。
「発動しなかったことは?」
『一回もなかったよ。走りながらでも大丈夫だった!』
「電池の切り替えは?」
『そこも問題なし! 《火球》を撃つたびにガントレットを確かめたけど、目盛りはちゃんと一つずつ減ってたよ』
ヨモギとフローラが顔を見合わせる。
試験場の外でも、装置は設計どおりに動いていた。
「やっぱり大成功だね」
フローラが笑う。
ヨモギも頷き、試験記録へ書き込もうとした。
その時、画面の中のフェリシティが続けた。
『それでね。最深部のボスがすごく硬かったから、《爆裂火球》を使ってみたの』
ヨモギの指が止まる。
フローラの笑顔も、そのまま固まった。
「中級魔法を使ったのか?」
『うん!』
「それで、どうなった?」
『《爆裂火球》が、見たことないくらい大きくなった! 守護者に当たったら、後ろにあったコアも洞窟もまとめて吹っ飛んだよ!』
フェリシティは爆発の大きさを示そうと、両手を大きく広げた。
その腕が、画面の外へ消える。
『コアが壊れた瞬間に外へ弾き出されたから、私は平気だったんだけどね。爆発がダンジョンの境界まで壊したみたいで、すぐあとに地面が揺れて、近くのビルまで斜めになっちゃった! あれはちょっとやばかったよ!』
ヨモギとフローラは、ゆっくりとテレビへ顔を向けた。
消したままの黒い画面に、二人の顔が映っている。
数日前に見たニュース。
地下で起きた大規模な崩落。
局地的な地震。
傾いた高層ビル。
すべてが、一つに繋がった。
「あの地震……」
フローラの声が小さくなる。
「ボクたちの装置だ」
ヨモギは画面の中のフェリシティへ向き直った。
「電池はどうなった?」
『撃ってる間は《爆裂火球》の方を見てたから、残量までは分からなかったんだけどね。揺れが収まってからガントレットを見たら、ゼロになってた!』
「ゼロ?」
『残りの十七本、全部空!』
ヨモギはすぐに試験記録を開いた。
初級の《火球》は、術式が短時間で完成する。
そのため、《火球》を一発撃つたび、一本の電池が空になる頃には発動反応も消え、装置からの供給は止まっていた。
だが、中級の《爆裂火球》は違う。
火球を形成したあと、着弾時の爆発を生み出す術式が重なる。
《火球》よりも発動反応が長く続いたことで、装置は魔力の供給要求が残っていると判断した。
残っていた十七本のうち、最初の一本が空になる。
それでも反応は消えず、自動切替装置が供給元を次の一本へ切り替える。
その一本も空になれば、さらに次へ。
発動が完了するまで、装置は残りの電池を順番に接続し、十七本すべてを使い切った。
「中級魔法まで使うなんて想定してないぞ!」
「でも、初級魔法専用だなんて説明してないよ!」
フローラがヨモギを見る。
「どの魔法でも、発動したら反応するようにしたのはヨモギちゃんでしょ?」
「供給要求が残っていたら、次の電池へ切り替えるようにしたのはお前だ!」
「ヨモギちゃんも、その設定でいいって言ったよ!」
「一回につき一本ずつ使う時の話だ!」
「最大で何本まで使うか、決めなかったじゃない!」
言い合ううちに、二人の声は少しずつ大きくなっていった。
その間も、画面の向こうではフェリシティが楽しそうに笑っていた。
『本当にすごかったよ! 爆発した瞬間、洞窟の天井が全部なくなったから!』
「笑ってる場合じゃないぞ!」
ヨモギが画面へ向き直る。
「装置はどうした?」
『無事だよ! 事情聴取の間は協会に預けてたけど、さっき返してもらった! 装備はあとでそっちに送るね!』
「調べられたのか?」
『一応、見せてほしいって言われたからね』
フローラの表情が曇る。
「装備のせいで、魔法が大きくなったことは?」
『言ってないよ! 守護者がすごく硬かったから、ちょっと調子に乗って、ものすごく大きな《爆裂火球》を使っちゃったって説明した!』
「それで通ったのか?」
『あとは押し通した!』
「押し通したって……」
『二人のことも何も話してないから、大丈夫!』
フェリシティは得意そうに胸を張った。
フローラは胸元で両手を重ねた。
「フェリシティ、本当にごめんなさい。私たちの制御が足りなかったの」
ヨモギも言い合いを止め、画面の中のフェリシティを見る。
「悪かった。中級魔法でも反応するなら、供給量に上限をつけるべきだった」
『気にしない気にしない! 誰も怪我してないし、ダンジョンもなくなったから!』
フェリシティは笑ったまま、片手を振った。
「でも、ビルが傾いたよ」
『倒れてないから大丈夫!』
「大丈夫ではない」
フェリシティは、そこで何かを思い出したように手を打った。
『あ、そうだ。これ、ちょっと笑えるんだけどさ』
「何が?」
『コアだけ壊せばよかったのに、地下で大規模な崩落を起こして、地上のビルまで斜めにしたのは、さすがにやりすぎだって。インサイダー資格、しばらく停止になっちゃった!』
「えっ」
フローラの顔から血の気が引く。
ヨモギも、しばらく言葉が出なかった。
『次に生かせばいいんだって! また何か作ったらよろしくー!』
「もうフェリシティには貸さないぞ!」
「うん」
『えーっ!』
フェリシティは不満そうな声を上げたが、最後には笑いながら片手を振った。
『じゃあ、またね!』
通話が切れ、部屋が静かになる。
ヨモギとフローラは、暗くなったスマートフォンの画面をしばらく見つめていた。
机の上には、《携行型魔法増幅装置・試作一号》と書かれた設計書が残されている。
ヨモギは無言で設計書を引き寄せ、余白へ《一回の発動における最大供給量を設定すること》と書き込んだ。
フローラも何も言わず、その一文の下へ二重線を引いた。
その日、二人が実験を再開することはなかった。




