第16話:魔力電池は多ければいいわけではない -その②-
試験場の奥には、魔法の威力を測定するための強化標的が設置されていた。
厚い壁面の内側には何層もの防護障壁が重なり、観測室との間も透明な隔壁で完全に仕切られている。
ヨモギは、フェリシティの右腕に固定されたガントレットを確かめた。
「最初は《火球》を一発だけだ。標的の中央を狙え」
「一発だけ?」
「何が起きるか分からないからな」
「分かった!」
フェリシティは標的へ右手を向けた。
ヨモギとフローラは観測室へ移り、観測卓の前に並んでガントレットから送られてくる波形を確認する。
「いつでもいいぞ」
フェリシティが短く息を吸った。
右手の前へ、赤いルーンが浮かび上がる。
指先へ魔力が集まり始めた瞬間、ガントレットの四つの検知部が青く光った。
《魔法発動を検知》
《外部魔力供給開始》
前腕の魔力電池から、青白い光が流れ出す。
四本の回路を通った光は掌の周囲へ集まり、形成されかけていた赤い術式の外側へ重なっていった。
小さかった火の塊が、一気に膨らむ。
フェリシティの赤い髪が、熱によって生じた風に持ち上がった。
(《火球》)
撃ち出された火球は、低い音を響かせながら試験場を横切った。
強化標的へ直撃した瞬間、赤い炎が大きく弾ける。
その衝撃は透明な隔壁にまで届き、観測室の床を震わせた。
炎が消えたあと、標的の中央には深い亀裂が残っていた。
フェリシティは伸ばした腕を下ろさないまま、目を輝かせる。
「すごい! いつもの《火球》と全然違う!」
観測卓の画面に、測定結果が表示された。
《出力倍率:二・〇三》
「二倍だ!」
ヨモギが画面へ身を乗り出す。
フローラも隣から波形を確かめた。
外部から加えた魔力は、形成中の術式へ正確に重なっている。
フェリシティ自身の魔力回路にも、異常な負荷は出ていなかった。
「これ、中級魔法の一発分くらいあるよ!」
「増幅は成功だ」
ヨモギの口元が上がる。
フローラも嬉しそうに観測卓を離れ、フェリシティのもとへ駆け寄った。
「もう一回やってみよう!」
フェリシティが再び右腕を上げようとしたところで、フローラの視線がガントレットの手の甲にある表示部で止まった。
試験前には端まで満ちていた青い目盛りが、一つも残っていない。
表示部には、《残量:〇》と出ていた。
「待って。電池、空になってるよ」
「一回で?」
フェリシティが右手を返し、表示部を覗き込む。
フローラも観測卓へ戻り、魔力供給記録を開いた。
《術式要求魔力:一〇》
《電池放出魔力:一〇〇》
《術式同調魔力:一〇》
発動の瞬間に供給口が最大まで開き、魔力電池は蓄えていた力を一度にすべて放出していた。
術式へ加わることのできなかった残りの九割は、ガントレットの余剰魔力吸収板へ逃がされている。
ヨモギがフェリシティの手の甲へ触れる。
黒い吸収板は、わずかに熱を持っていた。
「供給を止めるのが遅い。高速で放出された魔力を、途中で遮断できてない」
「十だけ送るつもりなのに、百全部出ちゃったんだね」
「これでは、一回使うたびに電池を交換することになる」
フローラは空になった魔力電池を取り外し、明かりに透かした。
内部には、青白い光が一つも残っていない。
「容量は十分なのに、もったいないね」
「実戦で一発しか使えないなら意味がない」
二人は観測卓へ並び、供給の切断位置を見直した。
反応速度を落とせば、魔法へ加わる前に発動が終わる。
供給口を細くすれば、術式との同期が外れる。
魔力電池そのものを作り直そうとしても、今日中には終わらない。
その間、フェリシティは空になった電池を指先でつついていた。
「一回につき一本なくなるだけなんだよね?」
「そうだ」
「だったら、電池をいっぱい繋げておけばいいんじゃない?」
ヨモギとフローラの手が止まる。
二人は同時に、フェリシティを見た。
「一本なくなったら、次の電池に替わるようにするの。一回ずつ使えるなら、たくさん撃てるよ」
ヨモギは観測卓へ向き直った。
空になった電池を回路から外し、供給経路を次の電池へ切り替える。
それだけなら、構造は単純だった。
「できる」
フローラもすぐに頷く。
「交換を自動にすれば、続けて使えるね」
「予備の魔力電池を持ってこい。できるだけ多くだ」
◇
フローラが試験棟の整備担当者へ連絡すると、充填済みの予備電池が次々と整備室へ運び込まれた。
二人は、細長い電池を十本ずつ左右二列に並べた背負い枠を組み上げ、中央へ自動切替装置を組み込んだ。
そこから伸ばした太い導線を、ガントレットへ接続する。
装置は、ガントレットが魔法の発動を検知すると、電池を一本だけ供給元に選ぶ。
その一本が空になっても発動反応が続いていれば、次の電池へ自動で切り替わる仕組みだった。
完成した背負い枠は、二十本の魔力電池でフェリシティの背中全体を覆うほどの大きさになった。
フェリシティは肩ベルトへ両腕を通し、腰の固定具を締める。
装着を終えて立ち上がった途端、背中の重みに上半身を後ろへ持っていかれた。
「重っ!」
「二十本あるからな」
「もう少し軽くならない?」
「減らしたら、撃てる回数も減るぞ」
フェリシティはその場で何度か膝を曲げ、肩を回した。
その動きに合わせ、背負い枠が戦闘服の上で小さく揺れる。
「走ると大変そうだけど、これくらいなら持てる!」
ヨモギは、二十本すべての接続を一つずつ確認した。
最後にフェリシティの右手を取り、ガントレットの表示部へ目を向ける。
二列に並んだ二十本分の青い目盛りが、すべて点灯していた。
「今度は三発だ。一発ずつ間を空けろ」
「はーい!」
フェリシティが標的へ右手を向ける。
一発目。
ガントレットが発動を検知すると、最上段の魔力電池が青白く光った。
二倍まで膨らんだ《火球》が、標的へ突き刺さる。
発動が終わると、ガントレットの表示部から一つ目の目盛りが消えた。
二発目。
ガントレットが発動を検知すると、自動切替装置が供給元を二本目の電池へ切り替えた。
同じ威力の火球が撃ち出され、発動後には二つ目の目盛りが消えた。
続く三発目でも、発動を検知した自動切替装置が供給元を三本目の電池へ切り替えた。
火球の出力は落ちず、発動後には三つ目の目盛りが消えた。
観測卓の画面には、三回ともほぼ同じ波形が並んでいた。
「大成功だ!」
ヨモギが椅子から立ち上がる。
フローラも両手を上げ、戻ってきたフェリシティと手を打ち合わせた。
「これなら実戦でも使えるね!」
「重いけど、威力が二倍なら全然あり!」
久しぶりに、何も壊さないまま試験が終わった。
三人は装備とともに整備室へ戻ると、遅い昼食にピザを注文した。
やがて届いた箱の蓋を開けるたび、焼けたチーズと香辛料の匂いが部屋へ広がっていく。
フローラは一切れを皿へ取り分け、細く伸びたチーズを切った。
「今日は本当に成功したね」
「増幅機能は、最初から設計どおりに動いた」
「電池を二十本背負うことになったけどね」
フェリシティは笑いながら、二切れ目へ手を伸ばした。
テーブルの横には、空になった三本を充填済みの電池と交換した背負い型装置と、そこへ接続されたガントレットが置かれている。
ガントレットの表示部には、二十本分の青い目盛りがすべて戻っていた。
その時、フェリシティの端末が短く鳴った。
フェリシティは届いた通知を開き、画面へ目を落とす。
「新しいダンジョンが出たみたい」
「どこに?」
「市内の地下。市街地だから、早く攻略するために参加者を募集してるみたいだよ」
フェリシティは画面を指で流し、募集要項を確認していく。
「危険度も低いみたいだし、明日、これに行ってこようかな」
フェリシティは、テーブルの横に置かれたガントレットを指さした。
「ねえ、この装備、明日も借りていい?」
「実戦で使うつもりか?」
「うん。実戦のデータも欲しいんでしょ?」
フェリシティの言葉に、ヨモギは背負い型装置へ目を向けた。
試験場では、三回とも正常に動いている。
実際に動きながら使った時の発動精度や、電池の切り替え速度も確かめたかった。
「持っていけ。ただし、使った回数と状況は全部記録しろ」
「任せて!」
「返す時に、壊さないでね」
「大丈夫。火球を撃つだけだから!」
昼食を終えると、フェリシティは背負い型装置とガントレットを繋いでいた導線を外し、ガントレットを専用ケースへ収めた。
それから背負い型装置をもう一度背負い、腰の固定具を締める。
専用ケースを片手に提げると、もう片方の手を大きく振りながら整備室を出ていった。
揺れる赤い髪の下では、背負い枠に収められた二十本の魔力電池が二列に並んでいた。
やがて、その背中も扉の向こうへ消えていった。




