第16話:魔力電池は多ければいいわけではない -その①-
――ワングル・インコーポレイテッド本社/研究工房
作業台の中央には、細い銀色の腕輪が置かれていた。
身につけた者が使う魔法の威力を引き上げるために、ヨモギとフローラが作っている試作品だった。
内側には魔力を通すための細かな回路が刻まれ、外側には三つの小さな集束石が取りつけられている。
その両端から伸びた線は、魔法の発動時に生じる魔力の流れを再現する測定装置へ繋がっていた。
大型画面の中央では、青い波形が一定の間隔で上下している。
《入力魔力:正常》
《魔法出力倍率:一・〇〇》
ヨモギは画面を見つめたまま、腕輪の集束石を一つ外した。
代わりに、透明度の高い別の石を取りつける。
「もう一度だ」
フローラが測定装置を操作すると、疑似的な魔力が腕輪へ流れ込んだ。
三つの集束石が淡く光り、反対側の端子から青白い光が抜けていく。
画面に映る波形は、先ほどよりも綺麗に整っていた。
けれど、その下に表示された数字は変わらない。
《出力倍率:一・〇〇》
「また同じだね」
「流れが整っただけだ。魔力そのものは増えてない」
ヨモギは腕輪を手に取り、光を失った集束石を確かめた。
これまでにも、集束石の角度を変え、魔力回路を組み替え、周囲の魔素を取り込むための導流板まで追加している。
それでも、魔法の威力だけは上がらなかった。
「集める量を増やしたら?」
「発動するまでに時間がかかりすぎる。これだけ小さいと、周囲から集められる量にも限界がある」
「じゃあ、集束石を大きくする?」
「腕輪じゃなくなるぞ」
ヨモギは、作業台の脇に並ぶ試作品へ目を向けた。
大きな集束石を四つ取りつけた結果、手首よりも太くなったものや、導流板を増やしすぎて肘まで覆う筒のようになったものが置かれている。
どれも魔力の損失は減っていた。
けれど、元からある魔力を効率よく通しているだけだった。
「増幅じゃなくて、補助になってるね」
「そんなものは、もういくらでもある」
ヨモギは椅子の背もたれへ身体を預けた。
フローラも隣の椅子へ座り、測定結果を一つずつ見直していく。
先日のように、勝手に出力を上げたわけではない。
二人とも、今日は最初から真面目だった。
どこで魔力が失われているのか。
何を変えれば、身につけた者の魔法を強くできるのか。
二人は画面に残った波形を重ね、回路ごとの差を確かめていった。
やがて、ヨモギの視線が画面から外れた。
研究工房の壁際には、過去に作られた試作機の部品が並んでいる。
その中に、黒い四足歩行型警備ロボットの魔法制御装置があった。
ワングル製の制御AIと、ニャマゾン製の魔力電池を組み合わせた機体のものだ。
初めてフローラと会った日に、二人で改造してパーティー会場を吹き飛ばした警備ロボットと同じ型だった。
ヨモギの金色の瞳は、制御装置の横に置かれた魔力電池で止まった。
「……増やせないなら、外から足せばいい」
「外から?」
ヨモギは椅子から立ち上がると、壁際の棚へ向かった。
保管台から魔力電池を一本取り外し、作業台へ戻る。
「警備ロボットは、自分で魔力を作ってない。魔力電池から供給された力で、障壁も魔導砲も使ってる」
「でも、人の魔力と混ぜるの?」
フローラは、わずかに不安を滲ませながら魔力電池へ目を向けた。
訓練棟で二人の属性魔力を重ねた結果、火災旋風が自立した時のことを思い出したらしい。
「属性は混ぜない。電池の中にある、形になる前の魔力だけを足す」
ヨモギは右手を持ち上げ、掌をフローラへ向けた。
「手から魔法を使う時は、発動する直前に魔力が掌へ集まる。その立ち上がりを読み取って、手の前にできる術式へ電池の魔力を送り込む」
「身体の中には入れないの?」
「入れたら危ない。術式が形になった瞬間に、外側から加える」
フローラも椅子から立ち上がり、ヨモギの掌を覗き込んだ。
「それなら、腕輪より手を覆った方がいいね」
「発動する方向も読めるようにする。ガントレット型だ」
ヨモギはタブレットを引き寄せ、新しい設計画面を開いた。
手首には発動検知用の回路を巻き、手の甲には制御装置と小型の残量表示部を載せる。
掌は塞がず、その外周にだけ魔力を導く端子を配置した。
魔力電池は前腕の外側へ取りつけ、異常が起きた時にはすぐに切り離せる構造にする。
残量表示部には、接続した魔力電池の残りが青い目盛りで示されるようにした。
ヨモギがガントレットの外形を描き、その上へフローラが魔力の流れる経路を重ねていく。
「発動の反応は、どこで読む?」
「手首と指の付け根。四か所あれば方向も分かる」
「供給する時にずれたら、魔法の外へ漏れるよ」
「お前が位相を合わせろ」
「分かった」
設計が固まると、二人はほとんど無駄口を叩かなくなった。
加工機が薄い金属板を切り出していく。
ヨモギはそれを手の形に合わせて曲げ、指先の開いたガントレットへ組み上げた。
その隣では、フローラが魔力回路の接続箇所を一つずつ確かめ、供給される魔力の揺らぎを抑えるための調整を続けていた。
窓の外が夕方の色へ変わる頃、作業台の中央には一つの試作品が完成していた。
黒い金属板が手の甲から前腕までを覆い、掌を囲むように銀色の端子が並んでいる。
前腕の外側には小型の魔力電池が装着され、そこから伸びた回路は四本に分かれて、発動検知部と掌の端子へ繋がっていた。
魔法の発動を検知すると、電池から供給された魔力が端子を通り、術者の魔法へ送り込まれる仕組みだった。
ヨモギが疑似発動信号を流す。
発動検知部が反応し、掌を囲む端子が青白く光った。
画面に新しい表示が現れる。
《魔法発動を検知》
《外部魔力供給:同期》
それを見たフローラの顔が明るくなる。
「できた!」
「まだだ。実際の魔法で試してない」
「ここで試す?」
「無理だ」
ヨモギはすぐに答えた。
研究工房で魔法を使えば、その反応が建物の検知装置へ記録される。
専用の試験区画を借りるには、使用目的と責任者を記した申請が必要だった。
その書類は、最終的にレオルのもとへ届く。
「訓練棟の屋根がまだ直ってない。今、申請したら絶対に止められる」
「ニャマゾンの試験場も、お母様に連絡が行くよ」
試せる場所が見つからず、二人は完成したガントレットを挟んだまま黙り込んだ。
しばらくして、フローラが勢いよく顔を上げる。
「フェリシティにお願いしよう!」
「何でそうなる」
ヨモギが眉を寄せる。
「現役のインサイダーなら、試験場で魔法を使っても怒られないよ」
「わざわざ呼びつけるつもりか」
「一回撃ってもらうだけだよ」
そう言いながら、フローラはすでにスマートフォンを取り出していた。
ヨモギが止めるより早く、ビデオ通話を発信する。
数回の呼び出し音のあと、画面いっぱいにフェリシティの赤い髪が映った。
『フローラ、久しぶりー!』
「フェリシティ、お願いがあるの」
『いいよ!』
「まだ何も言ってないぞ」
ヨモギがすかさず横から口を挟むと、画面の中でフェリシティが笑った。
『ヨモギもいるんだ。何するの?』
フローラはスマートフォンを持ち上げ、カメラをガントレットへ向けた。
「明日、これをつけて魔法を撃ってほしいの。一生のお願い!」
『魔法を撃てばいいの? 分かった。明日行くね!』
返事は、今回も早かった。
◇
――翌朝/ニャマゾン・インコーポレイテッド/装備試験棟
この試験区画は、フェリシティがインサイダー向けの装備持ち込み試験として予約していた。
通常の利用枠として処理されるため、使用申請がセラフィナのもとまで上がることはない。
やがて、試験区画の扉が開いた。
「おはようございまーす!」
黒と深紅の戦闘服に身を包んだフェリシティが、赤い髪を揺らしながら入ってきた。
フローラはガントレットを胸に抱えたまま、彼女のもとへ駆け寄った。
「本当に来てくれたの?」
「一生のお願いなんでしょ?」
「今日、任務は大丈夫なのか」
ヨモギの問いに、フェリシティは胸を張った。
「キャンセルしてきた!」
「そこまでしなくてよかったよ!?」
頼んだ本人であるフローラまで、目を見開いた。
フェリシティは、驚く二人へ笑いながら片手を振る。
「朝の巡回だけだったから大丈夫。代わりの子も見つけてきたよ」
ヨモギは何も言わず、隣にいるフローラへ目を向けた。
その視線を受けたフローラは、そっと目を逸らした。
とはいえ、ここまで来てもらって、今さら帰すわけにもいかない。
フェリシティは試験場の中央まで進むと、右腕を差し出した。
二人は、その腕へ試作ガントレットを装着した。
手首と前腕を留める固定具が閉じると、手の甲にある制御装置へ青い光がともった。
一人の現役インサイダーに、二人が作った増幅器が繋がった。




