第15話:庭でキャンプをしよう -その③-
「食べるぞ」
ヨモギは太い串を両手で持ち上げた。
向かい側では、フローラも自分の串を抱えるようにして持ち上げる。
二人は団子の表面へ同時にかじりついた。
柔らかな団子が歯を押し返し、そのあとでもちりと千切れる。
焼き目の香ばしさと、みたらしの甘じょっぱさが口いっぱいに広がった。
フローラの目が大きく開く。
「おいしい!」
「当たり前だ」
ヨモギも続けてもう一口かじった。
表面は滑らかで、中まで柔らかい。
みたらしも甘すぎず、団子の味を消していなかった。
ヨモギの口元が、わずかに緩む。
二人は夢中になって食べ続けた。
一口。
二口。
三口。
それでも、手の中の団子はなかなか小さくならない。
最初は勢いよくかじりついていたフローラも、次の一口までの間が少しずつ長くなっていく。
「ヨモギちゃん。まだ半分あるよ」
「見れば分かる」
「ビッグだね」
「ビッグ団子だからな」
さらに二口ずつ食べたところで、二人の手が同時に止まった。
ヨモギは串を皿へ戻し、椅子の背もたれへ身体を預ける。
フローラも自分の串を置き、お腹へ両手を当てた。
「残りは明日の朝だ」
「うん……」
二人は団子の載った皿へ保存用の蓋をかぶせ、残っていたみたらしも密閉容器へ移した。
それらを保冷箱へ収め、蓋をしっかりと閉じる。
焚き火が小さくなるにつれ、二人の足元を照らしていた橙色の明かりも弱まっていった。
フローラは敷物の上へ仰向けになった。
「ヨモギちゃんも寝てみて」
「地面だろ」
「星が見えるよ」
ヨモギは少し迷ったあと、その隣へ腰を下ろした。
そのまま上半身を倒し、夜空を見上げる。
近くのランタンとテントの飾り灯を消すと、辺りが一段暗くなった。
闇に目が慣れるにつれ、空に散らばっていた星が少しずつ数を増していく。
本邸の窓から見る時よりも、視界いっぱいに夜空が広がっていた。
木々の枝が黒い輪郭となって星空を囲み、芝生を渡る風が頬の上を通り過ぎた。
「お屋敷の庭なのに、いつもと違って見えるね」
「見る場所が数十メートル変わっただけだ」
「でも、違うでしょ?」
「別に」
そう答えながらも、ヨモギは起き上がらなかった。
少し離れた焚き火台から、薪の崩れる音だけが小さく届く。
しばらく星を眺めたあと、フローラが口を開いた。
「これで、私もヨモギちゃんのお家に泊まれたね」
ヨモギが隣へ顔を向ける。
「庭だ」
「同じ敷地だよ?」
「家の中には入ってない」
「じゃあ、次はヨモギちゃんのお部屋に泊まるね」
「勝手に決めるな」
フローラは満足そうに笑い、もう一度夜空へ目を戻した。
やがて焚き火が熾火だけになると、二人は残った火へ水をかけ、完全に消えたことを確かめてからテントへ入った。
中には毛布とクッションだけでなく、三体の猫のぬいぐるみまで並んでいる。
「二人用なのに、五人いるぞ」
「猫さんは数に入らないよ」
「場所は取ってるだろ」
ヨモギは一体を端へ移し、自分の寝る場所を確保した。
布一枚を隔てた外から、風に揺れる葉の音が聞こえる。
本邸の中とは違い、夜の気配がすぐ近くにあった。
隣では、フローラが毛布にくるまっている。
「明日の朝も、ビッグ団子だね」
「残した分を食べるぞ」
「うん」
返事はそれきりだった。
ヨモギが顔を向けると、フローラはすでに眠っていた。
ヨモギは暗闇の中で小さく息を吐き、毛布を引き上げた。
テントの外では、星形の飾りが風に揺れ、かすかな音を立てていた。
◇
翌朝。
芝生を踏む使用人たちの足音で、ヨモギは目を覚ました。
顔の上には、昨夜端へ移したはずの猫のぬいぐるみが載っている。
それを持ち上げると、隣ではフローラが毛布を抱えたまま眠っていた。
ヨモギはぬいぐるみをフローラの枕元へ戻し、テントの外へ出る。
朝露を含んだ空気が、眠気の残る頬へ触れた。
ヨモギは保冷箱から、保存用の蓋をかぶせた二枚の大皿と、昨夜のみたらしを入れた密閉容器を取り出した。
皿の上には、食べかけのビッグ団子が一つずつ載っている。
その間にテントから出てきたフローラは、使用人が用意した温かいお茶を一口飲むと、さっそく自分の団子へかじりついた。
だが、すぐに口を離す。
「硬い!」
冷めた団子は、昨夜よりもずっと硬くなっていた。
ヨモギは自分の団子を指で押した。
表面はほとんどへこまない。
「待ってろ」
ヨモギは二本の太い串を抜き、残った団子を昨夜使った大鍋へ戻した。
焚き火台へ新しく火を起こし、鍋底へ少量の水を注ぐ。
「お水を入れたら、味が薄くならない?」
「入れすぎなければ平気だ。硬くなった団子は、水分を足しながら温め直せば柔らかくなる」
鍋に蓋をして弱火にかけ、時折水を足していく。
その間に、昨夜のみたらしを小鍋へ移し、焚き火台の端で温め直す。
木べらで混ぜるうちに、固まっていたたれがなめらかになり、表面へ艶が戻っていった。
やがて蓋の隙間から湯気が立ち、木べらで押した団子が柔らかくへこんだ。
「もういいぞ」
ヨモギは団子を皿へ戻して太い串を通し直し、温め直したみたらしをたっぷりとかけた。
白い湯気と甘い香りが、朝の空気へ広がった。
フローラがもう一度かじりつくと、今度は柔らかな生地へ歯が沈んだ。
「柔らかくなった!」
「当たり前だ」
二人は椅子を並べて座り、温かいお茶を飲みながら、朝食代わりに残りの団子を食べた。
一口食べては、お茶を飲む。
昨夜よりもゆっくりと、最後の一口まで食べ終える。
空になった二枚の大皿には、茶色いたれの跡だけが残った。
「またキャンプしようね」
「しない」
「次はビッグ団子、もっと大きくしよう」
「鍋に入らなくなるだろ」
「じゃあ、大きい鍋も用意しよう」
「そういう問題じゃない」
二人は立ち上がり、テントの片づけを始めた。
張り綱を外し、幕体から支柱を抜く。
フローラが張り綱を束ねる隣で、ヨモギは折り畳んだ支柱の長さを揃え、収納袋へ戻していった。
テントを畳み、ほかの荷物もあらかた片づけ終えると、ヨモギは調理台の上に置いていたタブレットを手に取った。
画面には、《次回キャンプ・改善項目》と書かれている。
その下には、いつの間にまとめたのか、いくつもの項目が並んでいた。
《テント内へ持ち込む荷物を減らす》
《地面からの冷気を防ぐ敷物を追加する》
《ビッグ団子の調理時間を短縮する》
画面を覗き込んだフローラが、首を傾げた。
「団子の大きさは直さないの?」
「小さくしたら、ビッグ団子じゃなくなるだろ」
「じゃあ、次も作るんだね」
「今回見つかった不備を、そのままにしたくないだけだ」
ヨモギはタブレットの画面を消した。
それから、洗い終えた二本の太い串を木箱へ収める。
木箱の蓋の内側には、《ビッグ団子用》という新しい札が貼られていた。




