第2話:ヨモギのおやつ -その①-
翌日の午後。
ヨモギは自室の床に座り、ゲーム画面を睨んでいた。
画面の中では、複数の部隊が小さな駒となって動き続けている。
敵軍の正面には囮。
左右から別働隊を回し、補給路を断つ。
あとは、敵が退却を選んだ瞬間に包囲すれば終わりだった。
「ヨモギ様」
扉の向こうから、使用人の声が聞こえた。
「フローラ・プリムローズ・シンクレア様がお見えです」
操作していた指が止まる。
昨夜、フローラへ送ったメッセージを思い出す。
――来るな。
返ってきたのは、
――分かった! 明日行くね!
という、まったく分かっていない返事だった。
「帰せ」
「ですが、すでに――」
「ヨモギちゃーん!」
扉が勢いよく開いた。
淡い水色のワンピースを着たフローラが、満面の笑みを浮かべて立っている。
「遊びに来たよ!」
「来るなって言っただろ」
「うん。でも、私は遊びに行くって言ったよ?」
「ボクの話も聞けよ」
フローラは気にすることなく、部屋へ入ってきた。
壁際に積まれた機械の部品や、机の上に並んだ工具、棚にぎっしりと詰め込まれたゲームへ次々と目を向け、興味深そうに覗き込んでいく。
「これ、昨日のロボットと同じ部品?」
「触るな」
「こっちの箱は?」
「開けるな」
「このゲーム、二人でできる?」
「遊ばない」
ヨモギはゲーム画面へ目を戻した。
フローラは勝手に隣へ座り、横から画面を覗き込んだ。
「その部隊、負けそうだよ」
「囮だからいいんだ」
「かわいそう」
「ゲームの駒に、かわいそうも何もないだろ」
「でも、私なら助けるよ」
「だからお前は戦略ゲームに向いてない」
フローラが頬を膨らませる。
ヨモギは構わず、敵軍の補給路を断った。
数秒後、画面に勝利を告げる文字が浮かぶ。
「終わった」
ヨモギは端末を置き、机の隅へ目を向けた。
そこには、小さな箱が置かれている。
母のヘルガが、昨日のパーティーで甘いものを食べ損ねたヨモギのため、今日のおやつに用意してくれたものだった。
蓋を開けると、艶のあるみたらし団子が三本、綺麗に並んでいる。
このゲームが終わったら食べようと、楽しみに取っておいた。
ヨモギは箱を机の中央へ移し、立ち上がる。
「飲み物を取ってくる。絶対に触るなよ」
「うん」
「見るだけだからな」
「分かった」
返事だけは素直だった。
ヨモギはもう一度念を押すと、部屋を出て厨房へ向かった。
二人分の飲み物を受け取り、自室へ戻る。
扉を開けると、机の上には空になった箱が置かれていた。
フローラは、串に残っていた最後の団子を口へ入れたところだった。
頬を膨らませ、幸せそうに口を動かしている。
ヨモギの足が止まった。
「……何してるんだ」
フローラは団子を飲み込んだ。
「食べてるの」
「見れば分かる」
「甘じょっぱくて、おいしいね」
「感想を聞いてるんじゃない!」
二つのグラスを机へ置き、空箱を持ち上げる。
いくら覗き込んでも、中には串しか残っていない。
「全部食べたのか?」
「うん」
「三本とも?」
「うん。一本だけ残そうと思ったんだけど、食べたらおいしかったから」
「それ、ボクが楽しみにしてたやつなんだけど!」
「そうなの?」
「だから触るなって言っただろ!」
「見るだけって言われたから、見てから食べたよ」
「そういう意味じゃない!」
ヨモギはフローラの背中を押した。
「出てけ!」
「まだゲームしてないよ?」
「しない!」
「飲み物も持ってきてくれたのに」
「お前の分はない!」
「でも、二つあるよ?」
「もう二度と来るな!」
フローラを廊下まで押し出し、扉を閉める。
すぐに、向こう側から声が聞こえた。
「また明日ね、ヨモギちゃん!」
「来るな!」
今度は返事がなかった。
ようやく帰ったらしい。
ヨモギは机へ戻り、空になった箱を見下ろす。
残された三本の串には、みたらしのタレすら残っていなかった。
◇
翌日。
ヨモギが廊下を歩いていると、玄関の方から複数の足音が聞こえてきた。
嫌な予感がする。
足を止めた直後、両手いっぱいに紙袋を抱えたフローラが姿を現した。
その後ろには、さらに大きな箱を抱えたシンクレア家の使用人が二人続いている。
「ヨモギちゃん、遊びに来たよ!」
「帰れ」
「今日はお菓子も持ってきたよ」
「そういう問題じゃない」
「昨日は足りなかったから、今日はいっぱいあるよ」
フローラは悪びれる様子もなく、ヨモギの横を通り過ぎ、そのままヨモギの部屋へ入っていった。
使用人たちが机へ箱を置くと、フローラは紙袋と箱を次々に開けていく。
中から現れたのは、ケーキやクッキー、マカロンにチョコレート。
どれも有名店の品で、机の上が色とりどりの菓子で埋まっていった。
ヨモギは腕を組み、その様子を見つめる。
これだけ持ってきたということは、昨日のことを悪いと思っているのかもしれない。
きちんと謝るつもりなら、話くらいは聞いてやってもいい。
フローラは箱の中から、苺がいくつも載ったケーキを選んだ。
皿へ移し、そのままフォークを入れる。
「んー、おいしい」
「待て」
「ヨモギちゃんも食べる?」
「その前に、言うことがあるだろ」
フローラは首を傾げた。
「どれが食べたい?」
「違う」
「飲み物もいる?」
「そうじゃない!」
ヨモギは机を叩いた。
「昨日、ボクのおやつを勝手に全部食べただろ!」
「だから今日は、こんなに持ってきたよ?」
「まず謝れって言ってるんだ!」
「ちゃんと持ってきたのに?」
「それは謝罪じゃなくて補充だ!」
「でも、お菓子がなくなったことを怒ってたんでしょ?」
「勝手に食べたことを怒ってるんだ!」
フローラは口へ運びかけていたフォークを止めた。
しばらく考え込み、机いっぱいに並んだお菓子へ目を向ける。
「今日はいっぱいあるから、勝手に食べてもなくならないよ?」
「何も分かってないだろ!」
再び、フローラは部屋から追い出された。
ただし、苺のケーキだけは最後まで手放さなかった。




