第15話:庭でキャンプをしよう -その①-
――グリフィン家・本邸/庭園
反省文を提出してから、数日後。
ヨモギは自室の窓辺に立ち、庭へ次々と運び込まれていく荷物を見下ろしていた。
折り畳まれたテント。
毛布やクッションを積んだ籠。
調理道具の入った木箱。
夕食用の食材を詰めた保冷箱。
荷物を運ぶ列の最後には、猫のぬいぐるみを抱えた使用人までいた。
芝生の中央では、フローラが両手を大きく振っている。
「ヨモギちゃーん!」
窓越しに目が合う。
フローラはさらに大きく手を振った。
「庭でキャンプをしよう!」
ヨモギは無言で窓を閉めた。
◇
庭へ下りた時には、すでに荷物の半分ほどが芝生の上へ並べられていた。
フローラは巻かれたテントを抱え、嬉しそうにヨモギのもとへ駆けてくる。
「待ってたよ、ヨモギちゃん」
「帰れ」
「まだ何もしてないよ?」
「これから何をするかは、見れば分かる」
ヨモギはフローラの背後へ目を向けた。
「庭の横に家がある」
「うん」
「中にベッドもある」
「うん」
「外で寝る必要がない」
「キャンプだからだよ」
「理由になってないだろ」
フローラは抱えていたテントを芝生へ下ろした。
「お外でご飯を食べて、星を見て、テントで寝るの。楽しそうでしょ?」
「家の中からでも星は見える」
「外で寝転がって見ると、いつもと違うよ」
「庭へ出るだけだ」
ヨモギが踵を返しかけると、近くに控えていた使用人が静かに頭を下げた。
「レオル様とヘルガ様からは、すでにご許可をいただいております」
ヨモギは使用人を振り返った。
「いつだ」
「今朝でございます」
「ボクは聞いてない」
「ヨモギちゃんを驚かせたかったの」
フローラが得意そうに笑った。
「今、驚いた。もう帰れ」
「まだキャンプしてないよ?」
「しなくていい」
「今日は魔法も使わないよ」
「お前が言うと余計に信用できない」
先日の訓練棟でも、フローラは似たようなことを言っていた。
初級魔法を試すだけ。
属性の動きを確かめるだけ。
その結果、火災旋風が生まれ、訓練棟の屋根と外壁が吹き飛んだ。
今も修復工事は続いている。
フローラは胸の前で両手を重ねた。
「火をつける時も、ちゃんと道具を使うよ」
「当たり前だ」
「だから一緒にやろう?」
「断る」
ヨモギが今度こそ本邸へ戻ろうとした時、背後で布の擦れる音がした。
肩越しに目を向けると、フローラが一人でテントを広げ始めていた。
巻かれていたテントの布を芝生へ広げ、袋から何本もの支柱を取り出している。
今なら、骨組みを開いて固定するだけのワンタッチ式はいくらでもある。
だが、フローラが持ってきたのは、支柱を一本ずつ繋ぎ、布へ通して立ち上げる昔ながらの型だった。
ヨモギは足を止めた。
「なんでこんな古い型を持ってきた」
「こっちの方が、キャンプの雰囲気が出ると思って!」
「面倒が増えるだけだろ」
「自分たちで組み立てた方が楽しいよ?」
そう答えながら、フローラは長さの違う支柱を確かめもせず、手近なものから繋ぎ始めた。
「それは入口側じゃない」
「こっち?」
「それは天井だ」
「じゃあ、これは?」
「説明書を読めよ」
フローラは袋の中を覗き込んだ。
底から折り畳まれた説明書を見つけ、上下を逆さにしたまま広げる。
ヨモギはしばらくその姿を見つめていた。
やがて大きく息を吐くと、フローラの手から説明書を取り上げた。
「貸せ」
「手伝ってくれるの?」
「間違ったまま立てられると目障りなんだ」
「ありがとう、ヨモギちゃん」
「手伝うとは言ってない」
そう言いながら、ヨモギは支柱を長さごとに分け始めた。
色の印を確認し、同じ印のついた留め具へ支柱を一本ずつ通していく。
フローラは反対側へ回り、ヨモギに言われた通りに布を押さえた。
一本目の支柱をしならせ、二本目と交差させると、平らだった布がゆっくりと持ち上がった。
「そっちを引け」
「これくらい?」
「引きすぎだ。少し戻せ」
「これくらい?」
「今度は戻しすぎ」
そんなやり取りを重ねながら、四隅に杭を打っていく。
最後の張り綱を固定すると、芝生の上に小さなテントが完成した。
入口は一つ。
中には、二人分の寝具を敷けるだけの空間がある。
ヨモギはテントの周囲を一周し、張り具合を確かめた。
「一つしかないぞ」
「二人用だからね」
「ボクの分は?」
「一緒に寝るよ?」
フローラは、どうして尋ねられたのか分からないという顔をしていた。
「勝手に決めるな」
「一人ずつだと、二人でキャンプしたことにならないよ」
「なるだろ」
フローラは答えず、荷物の山へ駆けていった。
クッションを二つ。
厚い毛布を二枚。
猫のぬいぐるみを三体。
菓子の箱と携帯ゲーム機まで、テントの中へ次々と運び込んでいく。
「それはキャンプ道具じゃない」
「テントの中で使うものだよ?」
「家を庭へ移すな」
「でも、夜は長いよ」
「寝ろよ」
荷物を運び終えると、フローラは今度は星形の飾りが連なった灯りを取り出した。
入口の上からテントの周囲を囲むように巻きつけ、暖かな色の光をともす。
さらに、小さな猫の旗まで張り始めた。
ヨモギは傾いていた一本だけを、無言でまっすぐに直した。
飾りつけまで終わったテントは、支柱も張り綱も正確に固定されていた。
その一方で、入口の脇では猫の旗が揺れ、窓からは三体のぬいぐるみが顔を覗かせている。
ヨモギはしばらくその出来栄えを眺めたあと、何も言わずに夕食用の保冷箱へ視線を移した。
蓋を開けると、中には串焼き用の肉と野菜、鍋で温めるだけのスープが入っていた。
別の袋には、フローラが持ってきたマシュマロも詰まっている。
ヨモギは中身を一通り確かめると、本邸へ向かって歩き出した。
「ヨモギちゃん、どこに行くの?」
「材料を取ってくる」
「まだ何か作るの?」
「キャンプで食うなら、うまいものを作る」
ヨモギは本邸の厨房へ戻り、団子とみたらし用の材料を用意して庭へ持ち出し、調理道具の木箱へ収めた。
あわせて、屋外用のウォーターサーバーと簡易流し台を用意するよう、使用人へ頼んだ。
夕方になると、空に残っていた青が少しずつ薄れていった。
庭師が芝生を傷めないよう防火台を置き、その上へ小さな焚き火台を設置した。
安全を確認した使用人たちは少し離れた場所へ下がり、二人だけが焚き火台の前に残った。
フローラが指先を持ち上げる。
その先へ赤い光が集まりかけたところで、ヨモギが手首をつかんだ。
「魔法は使うな」
「少しだけだよ?」
「前もそう言った」
フローラは、訓練棟の屋根が飛んだ時のことを思い出したらしい。
集まりかけていた赤い光が、すぐに消えた。
「今日は、ちゃんと道具を使うんだった」
ヨモギから着火器具を受け取ると、焚きつけへ火を移した。
細い煙の中で小さな炎が揺れ、やがて薪の間へ燃え広がっていく。
二人は簡易流し台で手を洗うと、保冷箱から野菜と肉を取り出して串へ刺し、順番に火の上で焼いた。
ただ、フローラは肉も野菜も中心を外して串を通していた。
火の上へ置くと、具材の重い側がすぐに下を向く。
何度直しても同じ面ばかりが焼けるため、最後はヨモギが隣から串の柄を押さえ、向きを保った。
焼き上がった串を、鍋で温めたスープと一緒に食べ終える頃には、庭園の木々が夕闇へ沈んでいた。




