第14話:魔法は二人で混ぜてはいけない -その⑥-
火災旋風の下部が、強化標的からゆっくりと離れた。
二人は、まだ笑っていた。
二人とも、渦を動かすための魔力など流してはいなかった。
だが、熱による上昇気流と外側から流れ込む空気が、新たな回転を生み続けている。
火災旋風は一つの現象として自立し、自ら空気を吸い込みながら訓練場の中央を進み始めた。
進路上にあった強化標的が、固定具ごと床から引き剥がされる。
宙へ巻き上げられた標的が、炎の中で回転した。
次の瞬間、耐衝撃用の外殻が砕け、破片が四方へ飛び散った。
剥き出しになった内部の緩衝材へ炎が燃え移り、立ち上った黒煙が渦へ吸い込まれていく。
二人の笑顔が消えた。
「……フローラ、止めろ」
「ヨモギちゃんが止めて!」
「ボクの風だけじゃない!」
「私の炎だけでもないよ!」
ヨモギは、すでに風と土の魔力放出を止めていた。
フローラも、火と水の魔力を放出していない。
四つの属性反応は、全て消えていた。
それでも、火災旋風は回り続けている。
四つの属性魔力から生まれた現象は、二人の制御を完全に離れていた。
《警告・未登録複合現象》
《緊急防護フィールド作動》
訓練棟全体へ警報が響き渡った。
ほぼ同時に、保管庫へ続く扉が開く。
異常を察知したリシアナが、すぐに訓練場へ戻ってきた。
火災旋風が進路を変え、壁際に並んでいた強化標的へ向かう。
二体目。
三体目。
巻き込まれた標的が次々に砕け、渦の中へ取り込まれていった。
リシアナは、訓練場の中央を一目見ただけで状況を把握した。
普段の穏やかな表情が消える。
「二人とも、その場から動かないで!」
短く鋭い声が、警報音を貫いた。
リシアナが片手を上げる。
防護障壁のルーンを脳内で瞬時に組み上げた。
幾重もの防護障壁がヨモギとフローラの周囲へ展開され、飛来した標的の破片を弾き返す。
「二人とも、伏せて!」
二人は反射的に床へ身を伏せた。
その頭上を、青白い魔力が駆け抜ける。
魔力は火災旋風の周囲に冷却のルーンを描き、そのまま渦を外側から包み込んだ。
熱を奪われ、燃え上がっていた炎が見る間に小さくなっていく。
だが、渦の中で青白い光が弾けた。
残っていた電気が二度目の雷となり、リシアナへ伸びる。
リシアナは片手を床へ向けた。
足元に金色のルーンが広がる。
雷は彼女へ届く寸前で軌道を変え、轟音とともに床へ突き刺さった。
青白い光が床下を走り、そのまま地中深くへ消えていく。
炎は弱まった。
雷も消えた。
それでも、風の渦だけは勢いを失っていない。
「まだ止まらないの!?」
フローラが伏せたまま叫ぶ。
「まだです。二人とも、その場を動かないでください!」
破片や備品を巻き込んだ竜巻が、訓練棟の外壁へ向かって進んでいく。
巻き上げられた金属製の台座が、壁際の循環シミュレーターへ直撃した。
透明な画面が砕け、その奥にある半透明の球体へ大きな亀裂が走る。
続いて、竜巻が外壁へ激突した。
衝撃を検知し、訓練棟の安全装置が作動する。
本邸と渡り廊下へ続く側を隔離壁が塞ぎ、衝撃を庭園側へ逃がした。
次の瞬間、屋根と外壁の一部が轟音とともに外側へ吹き飛んだ。
火災旋風が、崩れた外壁から庭園へ半ば飛び出す。
植え込みが薙ぎ倒され、芝生と土が大きく抉られた。
吹き荒れた風は渡り廊下の窓を何枚も割り、周辺の備品まで宙へ巻き上げていく。
「人がいる!」
ヨモギの声と同時に、異変を確かめに来ていた使用人を透明な緊急防護膜が包み込んだ。
防護膜は飛んできた破片を弾く。
だが、強風までは防ぎきれない。
使用人は膜に包まれたまま芝生の上を何度も転がり、庭園の端でようやく止まった。
それでも、竜巻はまだ消えていなかった。
リシアナが両手を広げる。
竜巻を囲むように、四つの風のルーンが浮かび上がった。
四方から放たれた風が、同時に渦へぶつかる。
激しく回っていた流れが崩れ、竜巻が大きく揺らいだ。
中に残っていた炎が途切れる。
同時に、巻き込まれていた破片が一斉に外へ飛び出そうとした。
その瞬間、固定のルーンが壊れた外壁の向こうまで一気に広がる。
金属片も、壊れた標的も、砕けた設備も、その全てが飛び散る寸前で空中にぴたりと止まった。
残ったのは、勢いを失いかけた風の渦だけだった。
リシアナは竜巻の中心へ両手を向ける。
残っていた風をいくつもの流れにほどき、損傷を免れた天井の排気口へ逃がしていく。
竜巻は見る間に細くなり、最後には空気へ溶けるように消えた。
「……止まった?」
「はい。もう大丈夫です」
半壊した訓練棟に、警報音だけが残った。
外壁と屋根は半分近くが失われ、強化標的も循環シミュレーターも大きく壊れている。
崩れた外壁の向こうでは庭園が土と枝葉で荒れ、固定される前に飛ばされた備品があちこちへ散らばっていた。
庭園の端では、防護膜に包まれた使用人がゆっくりと身を起こしている。
これだけの惨状でありながら、本邸には被害が及んでいない。
転がされた使用人を含め、怪我人も一人も出ていなかった。
最新の防護設備が被害を庭園側へ逃がし、リシアナが暴走した魔法を制御した。
どちらか一つでも欠けていれば、訓練棟の半壊だけでは済まなかった。
◇
しばらくして、ヨモギとフローラは訓練棟の前に並ばされていた。
二人とも、髪から服まで煤と埃にまみれている。
その正面に立つリシアナの声は、普段よりも明らかに強かった。
「合成魔法を試してはいけないと、先ほどお伝えしましたね?」
ヨモギは、煤のついた頬を拭いながら答えた。
「あれは合成魔法じゃない。合体魔法だ」
「うん。二人で協力したんだよ!」
「呼び方を変えればいいという話ではありません!」
「でも、実際にできたよ?」
「あれを成功とは言いません!」
二人は揃って口を閉じた。
リシアナは、崩れた訓練棟へ目を向ける。
二人は、教本に記された術式を再現したわけではない。
合成ルーンどころか、初級魔法のルーンすら構築していなかった。
属性へ変換した魔力を、それぞれ炎、水、風、土の形で放出しただけだった。
本来、術式を介さない魔力の直接放出は、指向性も効率も著しく落ちる。
それにもかかわらず、二人は四つの属性魔力を必要な位置へ置き、狙った形を崩すことなく維持していた。
しかも、異なる二属性を同時に制御するのは、二人ともこれが初めてだった。
正確には、一人で複数の術式を繋ぐ合成魔法ではない。
フローラは火と水を、ヨモギは風と土を並列制御し、四つの現象を一つの場所で重ねる合体魔法だった。
二人は、それぞれが合成魔法を発動できなかった原因をその場で見抜き、役割を分ける方法へたどり着いた。
さらに、四属性が干渉する位置と順序まで、自分たちだけで組み立てていた。
その結果、教本にも記されていない複合気象現象を生み出した。
危険だった。
同時に、恐ろしいほどの才能でもあった。
◇
事態を知ったレオルと、外出先から戻ったセラフィナが訓練棟の前へ姿を見せたのは、それから間もなくのことだった。
訓練棟の周囲では、使用人や技術者たちが被害状況を確認している。
吹き飛んだ外壁の跡からは、破損した循環シミュレーターと、その先に広がる荒れた庭園が見えていた。
リシアナは、ヨモギとフローラが合成ルーンを使わずに四属性の現象を重ね、そこから生まれた火災旋風が制御を離れたこと、人的被害だけはなかったことを説明した。
全てを聞き終えると、レオルとセラフィナは、並んで立つ娘たちへ目を向けた。
セラフィナが先に口を開く。
「今後の魔法教育については、どうお考えですか?」
リシアナは迷わず答えた。
「ヨモギさんが監督者のいない場所で魔法を使うことは、これまでどおり禁止です」
ヨモギの肩が落ちる。
「ただし、今後は私の監督下で、正式に魔法を学んでもらいます」
ヨモギはすぐに顔を上げた。
「お二人を同時に訓練する場合は、安全管理をさらに厳しくします。合成魔法だけでなく、お二人で属性魔力を同じ場所へ重ねることも当面禁止です。教本も、お二人の手が届かない保管庫で管理します」
レオルは、半壊した訓練棟へ視線を向けた。
「そこまで危険であれば、教えない方がよいのではありませんか?」
「いいえ」
リシアナは、ヨモギとフローラを見た。
「この二人には、魔法を教えない方が危険です」
二人の顔が、同時に輝く。
「じゃあ、また教えてもらえるのか?」
「やった! 次も一緒だね!」
リシアナは、訓練棟の惨状へ目を向けた。
「……喜ぶところではありません」
その直後、訓練棟の奥で、残っていた外壁の一部が音を立てて崩れた。
ヨモギとフローラの視線が、揃ってそちらへ動く。
セラフィナは二人へ向き直った。
「では、次の授業までに、今日したことを反省文にまとめてください」
二人の笑顔が、同時に消えた。
「原因と再発防止策も書くのか?」
「もちろんです」
「ヨモギちゃん、一緒に書こうね」
「別々にだ」
レオルの一言に、二人は揃って口を閉じた。
次の魔法授業までに二人へ課されたのは、新しい術式の練習ではなく、訓練棟を半壊させたことについての反省文だった。




