↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
41/73

第14話:魔法は二人で混ぜてはいけない -その④-

「では、すでに覚えている魔法の続きから始めましょう」


リシアナは循環シミュレーターから離れ、壁際の指導用ボードへ向かった。


透明だった板が、黒く色を変えた。


細い魔力ペンを走らせると、金色の線が板の上へ浮かび上がった。


最初に、属性を定めるルーン。


続いて、風を広げる方向と範囲を指定するルーン。


最後に、術式を閉じるための短い線を加える。


「これは初級風魔法《突風》の術式です。風を刃や弾にせず、面のまま押し出します」


ヨモギは、浮かび上がった金色の線を目で追った。


「《風刃》より簡単だな」


「構造だけを比べれば、そうですね。使ったことはありますか?」


「ない」


「では、今の形を脳内で組み上げてみましょう。分からない箇所があれば――」


「できた」


「まだ説明の途中です」


「もう覚えたぞ?」


その返事に迷いはなかった。


リシアナは一度だけ、ボードを振り返った。


その視線を追ったヨモギは、壁際の収納棚へ目を止めた。


中には、二本の短い杖が収められていた。


白い金属で補強された、練習用の魔導杖だった。


「それは何だ?」


「練習用の魔導杖です」


「見ていいか?」


「見るだけでしたら」


リシアナは収納棚を開き、一本をヨモギへ手渡した。


「私も見たい!」


フローラにも、もう一本を手渡す。


ヨモギは受け取るなり、杖を横から覗き込んだ。


先端には、小型の魔石が組み込まれていた。


「この魔石、交換できるのか?」


「できますが、今は外さないでください」


「まだ何もしてない」


「外そうとしましたね?」


ヨモギの指は、魔石を固定する留め具へ掛かっていた。


「構造を見ようとしただけだ」


「授業が終わってからにしてください」


「……分かった」


ヨモギは名残惜しそうに、留め具から指を離した。


その隣では、フローラが杖を軽く振っている。


「フローラ。人へ向けてはいけません」


「向けてないよ?」


杖の先端は、ヨモギの耳のすぐ横を通過していた。


「今、当たりそうだったぞ!」


「当たってないよ?」


「当たってからじゃ遅い!」


リシアナは二人から杖を受け取り、収納棚へ戻した。


「魔導杖は、脳内で組み上げるルーン詠唱を安定させ、魔力の収束や放出を補助するための武器です」


「今日は使わないのか?」


「一般的な魔法訓練は素手で行います。まずは、自分の魔力を直接扱えるようになることが大切です」


リシアナは収納棚を閉じると、制御卓を操作し、実技区画の出力制限を初級訓練用へ設定した。


それから二人を強化標的の前へ立たせ、床の境界線を指し示した。


「この線から前へ出ないでください。まずはヨモギさんだけです。先ほどの術式を、出力を抑えて発動してください」


ヨモギは右手を標的へ向けた。


ボードに描かれたルーンを、脳内で組み上げる。


魔力が風へ変わり、掌の前へ集まった。


(《突風》)


見えない風の塊が、標的の正面を広く叩いた。


標的の左右に置かれていた試験用の布まで同時に跳ね上がり、壁際へ向かって大きくはためいた。


「できたぞ」


その術式を初めて発動したとは思えないほど、風の範囲も強さも均一だった。


リシアナはボードへ向き直り、《突風》の術式の一部を消した。


風を広げるルーンを、一点へ圧縮するものへ書き換える。


「こちらは《空気弾》です。今度は風を――」


鈍い衝撃音が、説明を遮った。


標的の中央へ、圧縮された空気の塊がすでに叩きつけられていた。


「これで合ってるか?」


「……合っています」


ルーンを書き終えてから、まだ数秒しか経っていない。


ヨモギは一度見ただけで違いを読み取り、別の術式として組み直していた。


「次は何だ?」


金の瞳が、期待に満ちている。


リシアナはボードとヨモギを交互に見た。


一つ教えるたび、すぐに結果が返ってくる。


教師として、これほど教えがいのある相手はいない。


同時に、渡す知識を間違えてはいけない相手でもあった。


それでもリシアナは、持ってきた鞄へ手を伸ばした。


取り出したのは、風と土の魔法を基礎から応用までまとめた教本だった。


表紙を見たヨモギの金の瞳が、一気に輝いた。


「おおお! それ、見ていいのか?」


「一つずつ、私と確認しながらです」


「分かった!」


ヨモギは両手で教本を受け取った。


「安全にやりましょうね」


「分かってる」


返事をした時には、すでに最初のページを開いていた。


「私もやる!」


フローラが横から覗き込む。


「これは風と土だ。お前には必要ないだろ」


「風なら私もできるよ?」


「全部できるやつは別の本を読め!」


「では、フローラはこちらを使いましょう」


リシアナは、光、闇、炎、水、風、無属性の魔法を基礎から応用まで収めた教本を渡した。


フローラは嬉しそうに受け取ると、ヨモギの隣へ並んだ。


「どっちがたくさんできるか勝負しよう!」


「ボクは二属性しか載ってないぞ!」


「じゃあ、同じ数だけにする?」


「それならいい」


「勝負ではありません」


リシアナの声は、二人に届いていなかった。


ヨモギは、風を薄い膜のように身体の周囲へ巡らせる《風の鎧》のページを開いた。


フローラが選んだのは、細い氷の矢を一直線に放つ《氷の矢》だった。


二人の視線が、それぞれの術式を上から下へ一度だけなぞった。


先に動いたのはヨモギだった。


(《風の鎧》)


淡い風が足元から立ち上がり、身体の輪郭に沿って流れ始める。


髪と服だけを揺らしながら、身体との距離を一定に保ったまま全身を包んでいた。


続いて、フローラが左側の標的へ片手を向ける。


(《氷の矢》)


空中に生まれた透明な矢が、左側の標的へ突き刺さった。


命中した箇所から白い霜が広がり、表面だけを正確に凍らせていく。


「できた!」


「ボクの方が早かったぞ」


「でも、私の方が真ん中に当たったよ?」


「三センチずれてる」


「三センチなら真ん中だよ!」


「中心は一点だ!」


二人が言い合っている間に、リシアナは記録を確認した。


二人とも、選んだ魔法を使うのは初めてだった。


術式の崩れはなく、出力も制御卓で設定された制限内に収まっていた。


普通なら、ここから同じ魔法を何度も繰り返す。


記憶したルーンが途中で抜けないか。


出力を変えても術式を維持できるか。


狙った位置へ安定して発動できるか。


それらを確かめてから、ようやく次へ進む。


しかし、二人はすでに次のページを開いていた。


「次はこれだ」


二つ目に選んだ《硬化》と《耐火結界》でも、結果は変わらなかった。


ヨモギが《硬化》を施した石板は、圧力を加えても傷一つつかなかった。


フローラの《耐火結界》に包まれた布にも、焦げ跡は残らなかった。


リシアナが記録を確認する頃には、二人はもう三つ目のページを開いていた。


「今度は、どっちも撃つ魔法だな」


「真ん中に当てた方が勝ちね!」


「待ってください。同時に撃ってよいとは――」


ヨモギの《石つぶて》が右側の標的を叩き、ほぼ同時に、フローラの《水弾》が左側の中央で弾けた。


どちらも指定された範囲から外れず、出力も上限内に収まっていた。


それを確かめるより早く、ヨモギは《地割れ》、フローラは《炎の壁》のページを開く。


「次はこれだ」


「こっちも大きそう!」


リシアナは二人の手から教本を取り上げた。


「ここまでです」


「まだ三つしか使ってないぞ」


「私も三つだよ!」


「初めて見る術式を、数で競わないでください」


「全部できたぞ?」


「だから止めています」


ヨモギとフローラは、揃って首を傾けた。


リシアナは二冊の教本へ目を落とした。


教えた魔法は、その場で使える。


自分で本を読ませれば、さらに早い。


フローラに並外れた才能があることは、以前から分かっていた。


だが、ヨモギも同じだった。


しかも二人を並べると、片方が新しい魔法を使うたび、もう片方まで次へ進もうとする。


このままでは、教本を一冊渡しただけで、収録された術式を片端から覚えかねない。


「今日は、今使った三つを安定させるところまでにしましょう」


「もう安定してるぞ」


「私も失敗してないよ?」


「一度成功しただけです」


リシアナは二冊を重ね、鞄へ戻そうとした。


その拍子に、別の薄い教本が鞄の口から滑り落ちる。


床へ落ちる前に、フローラが両手で受け止めた。


「これも魔法の本?」


濃紺の表紙には、二色のルーンが重なった紋章。


その下に、《既存合成魔法・基礎術式集》と記されていた。


ヨモギがすぐ隣から覗き込む。


「合成魔法?」


フローラが最初のページを開いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。