第14話:魔法は二人で混ぜてはいけない -その②-
「おはようございます、フローラ」
「リシアナ!」
フローラはそのまま駆け寄ると、ヨモギを指さした。
「この子がヨモギちゃん。私の友達!」
突然紹介されたヨモギは、ソファから立ち上がった。
服の裾を整え、背筋を伸ばす。
「初めまして。ヨモギ・グリフィンと申します。本日はよろしくお願いいたします」
フローラの笑顔が消えた。
「……誰?」
「ボクだ!」
「ヨモギちゃん、そんな話し方できたの!?」
「うるさい! 魔法を教えてもらう先生だぞ!」
「私には、いつも全然違うよ?」
「お前にする必要はないだろ!」
リシアナは二人のやり取りを眺めたあと、口元をわずかに緩めた。
「初めまして、ヨモギさん。リシアナ・イリシオンです。お会いできるのを楽しみにしていました」
「ボクのことを知っているんですか?」
「レオルさんから、少しだけお話を伺っています」
どこまで聞いているのか。
ヨモギが警戒するように目を細める横で、フローラが再び胸を張った。
「リシアナはすごいんだから!」
「何でお前が偉そうなんだ?」
「私の先生だから!」
「お前の手柄じゃない!」
リシアナは小さく息を漏らして笑うと、二人に訓練棟へ向かうよう促した。
本邸から続く渡り廊下を抜けると、先ほど外から見えていた円形の建物へ着く。
リシアナが認証装置に手をかざした。
複数の術式が壁面を走り、分厚い扉が左右へ開いていく。
内部には、透明な表示板や魔力測定器、形状の異なる強化標的が整然と並んでいた。
壁際には、複数の透明画面と操作盤を備えた制御卓が設置されている。
防壁や換気設備を操作し、実技区画内で使用される魔法の出力上限を設定するほか、訓練中の魔力反応や各装置の状態を一括で監視するための設備だった。
壁と床を覆う防壁は何層にも分かれ、その一つひとつが淡い光を放っていた。
ヨモギは、開いた扉の前で立ち止まった。
眠気も、朝五時に連れ出された怒りも、すでにどこかへ消えている。
金の瞳が、訓練棟の隅々を追い始めた。
「……おおっ」
その反応を見たフローラが、隣で満足そうに笑った。
訓練棟へ入ると、背後で分厚い扉が閉じた。
それに続いて、壁面に沿って走る術式が順番に点灯し、天井近くに《防壁正常》《換気設備正常》《緊急防護フィールド待機》の表示が浮かぶ。
ヨモギは中央へ進みながら、床に組み込まれた魔力導管を目で追った。
強化標的へ繋がるもの。
防壁へ魔力を供給するもの。
そして、余剰魔力を地中へ逃がすもの。
何本もの導管が床下で交差しているが、互いに干渉しないよう、層を分けて配置されている。
「この下、何層になってるんだ?」
その問いに、リシアナが足を止めた。
「外周部を含めれば、七層です」
「七層……」
ヨモギはその場にしゃがみ込み、床の継ぎ目へ顔を近づけた。
「一番下が排出用か?」
「よく分かりましたね」
「この太さなら、吸収した魔力を溜めるより、外へ逃がした方が早いだろ。途中で変換器を挟んでるなら――」
その途中でフローラに腕を引かれ、ヨモギの説明が途切れた。
「ヨモギちゃん、早く魔法やろうよ!」
「今、設備を見てるんだ!」
「設備は逃げないよ?」
「魔法も逃げないだろ!」
「先生は待ってるよ?」
二人の声を聞きながら、リシアナは金色の瞳を床へ向けた。
ヨモギの推測は合っていた。
この訓練棟は、吸収しきれなかった魔力を地下の変換器へ流し、熱や光に変えて分散する構造になっている。
床の継ぎ目を見ただけでは、そこまで分からないはずだった。
「設備については、授業が終わってからご説明します」
リシアナが声をかけると、ヨモギはすぐに立ち上がった。
「本当か?」
「きちんと授業を受けてくだされば」
「分かった」
先ほどまでフローラに腕を引かれても動かなかったヨモギが、あっさり訓練場の中央へ向かう。
「私が呼んでも来なかったのに!」
「お前は説明できないだろ」
「できるよ!」
「さっき七層あることも知らなかっただろ!」
「でも、すごく頑丈だよ!」
「それは説明じゃなくて感想だ!」
リシアナは口元に浮かびかけた笑みを抑えながら、二人を強化標的の前へ並ばせた。
「まず、お二人が扱える属性を確認しましょう」
ヨモギの表情が、少しだけ引き締まる。
「ボクは風と土だ」
「二属性ですね」
リシアナが頷く。
その隣で、フローラが勢いよく手を挙げた。
「私は土以外、全部できるよ!」
ヨモギがフローラへ顔を向ける。
「全部?」
「うん!」
「炎も?」
「できるよ!」
「水は?」
「できる!」
「光も闇も?」
「できるよ!」
ヨモギの眉間にしわが寄った。
「くそっ……!」
「どうして悔しがるの?」
「ボクより多い!」
「では、土を教えてくれたら、私もヨモギちゃんに教えるよ?」
「それだと差が縮まらないだろ!」
「一緒に増えるよ?」
「ボクが追いつけない!」
競う必要のないところで、本気で悔しがっている。
リシアナは一度咳払いをし、二人の意識を戻した。
「扱える属性の数だけで、魔法の優劣が決まるわけではありません。大切なのは、自分の属性をどれだけ正確に制御できるかです」
「二つでも、フローラに勝てるのか?」
「勝ち負けではありません」
「勝てる?」
リシアナは答えなかった。
その代わり、訓練場の一角へ歩き、半透明の球体が載った装置の前で足を止めた。
球体の上には大型の透明画面があり、中央に《魔力循環シミュレーター》と表示されていた。
「これは、体内で循環させた魔力を必要な量だけ取り出し、外部へ流すまでの精度を測る装置です。属性適性を測る機能もありますが、今日は魔力訓練モードだけを使います。学校などで使った経験はありますか?」
ヨモギは装置の周囲を一周した。
「ない。こんなのは初めて見た」
そう答えると、球体を覗き込み、背面の排熱口まで確認する。
フローラも反対側から顔を出した。
「あー! やるんだ! 面白いよ、それ!」
「面白い?」
「いっぱい光るよ!」
「お前の説明は役に立たないな!」
リシアナが操作盤へ触れると、透明画面に一本の線が現れ、その端に円形の判定領域が置かれた。
「画面上を流れるターゲットが判定領域へ重なった瞬間に、球体へ魔力を流してください」
説明に合わせ、小さな円が線の上を流れていく。
「ターゲットの大きさによって、要求される魔力量も変わります。小さければ少なく、大きければ多く。長く伸びている場合は、一定量を保ったまま流し続けます」
ヨモギは、線の上を進む円を目で追った。
「タイミングと出力を合わせるのか?」
「はい。判定は五段階です。正確であれば《Perfect》。そこから誤差に応じて《Great》《Good》《Bad》と下がり、許容範囲を外れると《Miss》になります」
「なんだこれ。音ゲーじゃないか」
「音楽ゲームではありません。魔力を無駄なく、必要な量だけ扱うための訓練です」
「音は出るのか?」
「出ます」
「じゃあ、音ゲーだ」
ヨモギの中では、これで確定したらしい。
リシアナは訂正を諦め、球体の前へ立つよう促した。
ヨモギが右手を載せると、透明だった球体の内部へ淡い光が満ちていく。
《USER DETECTED》
《TRAINING LEVEL 1》
「最初はレベル一から始めます。慌てず、流れてくる表示をよく見て――」
開始音が、訓練場へ響いた。
画面の右側から、最初のターゲットが流れてくる。
ヨモギは画面を見据えたまま、動かない。
判定領域へ重なった瞬間、球体へ魔力が流れた。
《Perfect》
続いて二つ目。
《Perfect》
三つ目。
《Perfect》
一定間隔で電子音が鳴り、画面へ同じ判定が並んでいく。
小さなターゲットには細く。
大きなターゲットには強く。
長く伸びたものには、始点から終点まで一切揺らぐことなく魔力を流し続ける。
《Perfect》
《Perfect》
《Perfect》
最後のターゲットが消えると、画面いっぱいに結果が表示された。
《LEVEL 1 CLEAR》
《ALL PERFECT》
ヨモギは球体へ手を置いたまま、首を傾ける。
「これだけか?」
「レベル一ですから」
リシアナが次の説明を続けるより先に、フローラが操作盤を指さした。
「次、押せるよ!」
ヨモギは迷わず《LEVEL 2》へ触れた。
「ヨモギさん、少し休んでも――」
言い終える前に、再び開始音が鳴った。




