第14話:魔法は二人で混ぜてはいけない -その①-
――前日夜/グリフィン家・本邸/ヨモギの自室
作業机の中央には、分解された小型魔導端末と、その部品が広がっていた。
ヨモギは片手に精密工具を持ち、露出した魔力回路へ顔を近づけている。
あと一本、配線を繋ぎ直せば終わる。
細い端子へ工具の先を合わせた、その時だった。
机の端に置いていたスマートフォンが、短く震えた。
画面には、フローラの名前が表示されている。
【フローラ】:ヨモギちゃん、明日うちに来ない?
ヨモギは視線だけを動かして通知を確認すると、すぐに魔力回路へ目を戻し、工具を握り直した。
再び、スマートフォンが震える。
【フローラ】:すごい先生が来るんだよ!
続けて、もう一度。
【フローラ】:一緒に魔法を教えてもらおうよ!
ヨモギは工具を置き、スマートフォンを手に取った。
【ヨモギ】:面倒だから行かない
短く返して、画面を伏せる。
これで終わった。
そう思った直後、机の上でスマートフォンが立て続けに震え始めた。
【フローラ】:楽しいよ!
【フローラ】:ヨモギちゃんも絶対気に入るよ!
【フローラ】:先生、本当にすごいんだから!
【フローラ】:ねえ、来ようよ!
ヨモギは一度だけ画面へ目を向け、そのまま何も返さず作業へ戻った。
しばらく通知は続いていたが、やがて机の上が静かになる。
ようやく諦めたらしい。
最後の部品を組み込み、端末の外装を閉じようとしたところで、もう一度だけスマートフォンが震えた。
【フローラ】:じゃあ、明日の朝迎えに行くね!
ヨモギは手を止め、数秒のあいだ画面を見つめた。
返事はしなかった。
スマートフォンを裏返し、再び工具へ手を伸ばす。
来ると言っても、どうせ昼頃だろう。
◇
翌朝。
窓の外には、まだ夜の色が残っていた。
厚いカーテンの隙間から差し込む光も薄く、室内は眠りについた時とほとんど変わらない暗さに包まれている。
静まり返った室内に扉を叩く音が響き、ヨモギは布団の中で眉を寄せた。
「……何?」
「お嬢様。フローラ様がお迎えにいらしております」
その一言で、眠気が一瞬にして消えた。
ヨモギは枕元の時計へ目を向ける。
午前五時。
表示を二度見した直後、勢いよく上半身を起こした。
「五時!?」
布団を跳ね除け、寝間着のまま廊下へ飛び出す。
そのまま階段を駆け下りると、冬用のコートを着たフローラが玄関ホールに立っていた。
ヨモギを見つけたフローラは、満面の笑顔で手を振る。
「ヨモギちゃん、おはよう!」
「何で来た!?」
「迎えに来たの!」
「朝五時だぞ! 帰れ!」
「迎えに行くって送ったよ?」
「返事してないだろ!」
「でも、見たでしょ?」
「見たことと承諾したことは別だ!」
フローラは不思議そうに首を傾けた。
「最初は嫌だって言ってたけど、そのあとは何も言ってなかったよ?」
「拒否は一回で有効だ!」
「でも、ヨモギちゃんのお父様はいいって言ってたよ?」
ヨモギの動きが止まる。
傍らに控えていた使用人へ顔を向けると、申し訳なさそうに一礼された。
「会長からは、リシアナ様の監督下であれば問題ないと伺っております。お着替えもご用意しております」
「そこまで話が通ってるのか……」
昨日の時点で、フローラは自分より先に父へ話をつけていたらしい。
すでに逃げ道は塞がれている。
ヨモギはフローラを睨んだ。
「最初から、そのつもりだったな?」
「うん!」
迷いのない返事だった。
悪びれる様子すらない。
「早く準備しよう、ヨモギちゃん。先生が来る前に着かないと!」
「ちゃん付けするな!」
「急いで、ヨモギちゃん!」
「話を聞け!」
ヨモギの声が、静かな早朝の玄関ホールへ響き渡った。
◇
それからしばらくして、二人を乗せた大型車両がグリフィン家の敷地を出た。
車内には向かい合わせの座席があり、その間には低いテーブルが設けられていた。
ヨモギは座席に深く腰を沈め、腕を組んだまま窓の外を見ている。
あれから慌ただしく着替えさせられ、髪まで整えられ、気づけばこの車の中にいた。
ここまで来ても、まだ完全に納得したわけではない。
その向かいに座るフローラは、そんなヨモギの様子など気にすることなく、朝から機嫌がよかった。
「ヨモギちゃん、眠い?」
「誰のせいだと思ってる」
「でも、来てくれたね!」
「連れてこられたんだ!」
フローラは座席の横に置かれていた箱を持ち上げ、テーブルの上へ載せた。
蓋を開けると、中には三色の団子が綺麗に並んでいる。
箱の隣には、湯気の立つ温かいお茶まで用意されていた。
「見て!」
フローラは緑色の団子を一本取り出した。
「ヨモギ団子だよ。ヨモギ! 同じだね!」
「人を団子にするな!」
文句を言いながらも、ヨモギの視線はフローラの持つ串を追っていた。
フローラが、その団子を差し出す。
ヨモギは数秒だけ迷ったあと、黙って受け取った。
柔らかな団子を一口かじると、優しい甘さが口の中に広がり、ヨモギの尖った耳がわずかに動いた。
続けてお茶に口をつける。
温度も濃さも、きちんと好みに合っている。
(――分かってるな、フローラ)
「おいしい?」
「普通だ」
そう答えながら、ヨモギは二本目の団子へ手を伸ばした。
フローラが嬉しそうに笑う。
「任せて! ヨモギちゃんのことなら何でも知ってるよ!」
「知ってるなら、無理やり連れ出すな!」
「でも、二人の方が楽しいから」
あまりに当然のように言われ、ヨモギの手が止まった。
フローラは笑ったまま、同じ箱から桃色の団子を取っている。
その言葉には、駆け引きも深い考えもない。
自分が楽しいから、ヨモギも一緒に連れていく。
ただ、それだけだった。
ヨモギは何も言わず、再び団子を口へ運んだ。
しばらくのあいだ、車内には小さな咀嚼音だけが続いた。
「……せめて、朝五時に来るのはやめろ」
「遅くなったら、先生が来ちゃうよ?」
「だったら前日に泊めろ!」
「次からそうするね!」
「次がある前提で話すな!」
フローラの笑い声を乗せたまま、車は朝の街を走り抜けていった。
◇
シンクレア家の本邸へ到着する頃には、窓の外もすっかり明るくなっていた。
複数の警備ゲートを抜けた車が、広い車寄せの前で停まる。
ヨモギが車を降りると、正面には白を基調とした巨大な本邸がそびえていた。
左右へ長く伸びる建物は、以前泊まりに来たときと変わらない。
二人は玄関へ入らず、そのまま本邸の東側へ続く通路を進んだ。
建物に沿ってしばらく歩き、長い東翼の端を回り込む。
その先には、ヨモギが前回訪れたときには足を踏み入れなかった、広大な奥庭が広がっていた。
冬枯れの木々が並ぶ庭園のさらに奥に、本邸から独立した円形の建物が建っている。
外壁には何重もの魔法防壁が組み込まれ、屋根の周囲には魔力を逃がすための導流板が並んでいた。
ヨモギの視線が、そこで止まる。
「フローラ。あれは何だ?」
「魔法の訓練場だよ。今日はあそこで教えてもらうの!」
「へえ……」
先ほどまで眠そうにしていた金の瞳に、急に光が戻る。
建物の構造を確かめるように、ヨモギは目を細めた。
外側から見ただけでも、一般的な学校の設備とは規模が違う。
使われている防壁の数も、魔力導管の太さも、個人宅に設けるようなものではなかった。
フローラが隣から、その顔を覗き込む。
「気になる?」
「別に」
「見たい?」
「少しだけな」
「やっぱり来てよかったね!」
「まだ何も教わってないだろ!」
二人は使用人に案内されて本邸へ入り、応接室へ移動した。
室内には朝食とは別に菓子と紅茶が用意されていたが、ヨモギの意識は窓の向こうに見える訓練棟へ向いたままだった。
その様子に気づいたフローラは、なぜか得意そうに胸を張る。
「すごいでしょ?」
「お前が作ったわけじゃないだろ」
「私の家にあるよ?」
「だから、お前が作ったわけじゃない」
「でも、いつも使ってるよ?」
「話が噛み合わない!」
やがて、応接室の扉が控えめに叩かれた。
使用人が扉を開ける。
「リシアナ様がお見えになりました」
フローラがソファから飛び降りた。
扉の向こうから、プラチナブロンドの長い髪を揺らし、一人の女性が入ってくる。
落ち着いた足取り。
柔らかな表情。
華美な装飾は身に着けていない。それでも、室内の空気までわずかに整ったように感じられた。




