第11話:国有ダンジョンを壊してはいけない -その⑦-
ヨモギとフローラも、それぞれ自分の欠片を鞄へしまった。
何事もなかったように資材置き場を出ると、慌ただしく行き交う人々に紛れ、管理施設へ戻っていく。
正規入口では、門を満たしていた青白い光の膜が急速に薄れていた。
光は次第に輪郭を失い、やがて空気へ溶けるように消えた。
職員たちは計測器を抱えて走り回り、管理所の警報は鳴り止まない。
同行していたワングルとニャマゾンの社員たちも、管理棟の前へ集まっていた。
そのうちの一人が、戻ってきた二人に気づき、顔色を変えて駆け寄ってくる。
「お二人とも! どちらにいらしたのですか。ずっとお探ししていたのですよ!」
「今戻った」
「大変なことになりました。国有ダンジョンが突然消失したようです」
「そうなのか」
ヨモギはいつもと変わらない顔で、光の消えた正規入口を見る。
フローラも鞄の上から鉱石の欠片を押さえながら頷いた。
「大変だね」
施設見学は、その場で中止となった。
二人は社員たちに連れられ、待機していた車へ乗り込む。
緊急車両が次々と管理施設へ向かうなか、ヨモギとフローラを乗せた車は、何事もなく敷地を出ていった。
誰も、二人がダンジョンの中にいたとは思っていなかった。
◇
――同日夕方/グリフィン家・本邸/応接室
大型テレビからは、国有ダンジョン消失のニュースが繰り返し流れていた。
画面に映る管理施設は、調査員や緊急車両で埋め尽くされている。
《国有第十七指定資源ダンジョン消失》
《正規攻略班の入場記録なし・原因不明》
『管理所によりますと、正規攻略班の入場記録がない状態で守護者の反応が消失し、その直後、ダンジョンコアも失われたということです』
映像が切り替わる。
映し出されたのは、青白い光を失いながら消えていく正規入口だった。
『内部へ侵入した人物がいた可能性も含め、管理当局が詳しい原因を調べています』
テレビの前には、レオルが座っていた。
向かい側のソファには、フローラを迎えに来たセラフィナがいる。
ヨモギとフローラは、二人の間に並んで座っていた。
フローラは鞄から希少鉱石の欠片を取り出し、照明へ透かしている。
光を受けた透明な結晶の奥で、金色と桃色が揺れていた。
「やっぱり綺麗だね」
「加工すれば、もっと発色がよくなる」
「ペンダントにできるかな?」
「強度は足りる」
その会話に、レオルが顔を向けた。
「それは何だ?」
フローラの手が、ぴたりと止まる。
ヨモギとフローラは、一度だけ顔を見合わせた。
「……鉱石だ」
「それは見れば分かる」
レオルはソファから身を乗り出し、フローラの手元にある結晶へ目を凝らした。
その特徴は、今回の視察資料に記載されていた守護者のドロップ品と一致していた。
「国有第十七指定資源ダンジョンの守護者が落とす鉱石だな」
セラフィナも、結晶へ視線を向ける。
「ええ。間違いありません」
レオルは結晶から目を離し、テレビへ視線を移した。
「なぜ、お前たちが持っている?」
ヨモギとフローラは答えなかった。
応接室には、テレビから流れるニュースの音だけが響いている。
「答えろ」
「私たちの分を持って帰っただけだよ」
フローラは、手にした欠片を胸元へ引き寄せた。
隣に座るヨモギの視線が、すっとフローラへ向く。
レオルの眉が動いた。
「持って帰った?」
フローラの表情が固まる。
セラフィナの声が、わずかに低くなった。
「どこから持って帰ったのですか?」
「ここだ」
ヨモギがテレビを指さした。
画面では、消失した国有ダンジョンの映像が流れている。
セラフィナの表情が、わずかに強張った。
応接室が静まり返る。
レオルは聞き間違いを確かめるように、ゆっくりと尋ねた。
「このダンジョンの守護者を倒したのか?」
「このダンジョンのボスを倒した」
「四人で倒したんだよ」
フローラの目が輝き、そのまま嬉しそうに続ける。
「すごく大きな守護者だったの。身体が全部、硬い結晶でできててね」
「最初は剣が通らなかった」
「大きい方が前で止めて、細い方が前脚にワイヤーを巻いたの」
「フローラの幻影に突っ込んで、壁へぶつかった」
「ヨモギちゃんが胸の結晶を剥がしてくれたから、最後は中の核を狙えたの」
「ボクの《風刃》とフローラの《聖なる矢》に、細い方が攻撃を合わせた」
二人は互いの言葉を補うように、戦いの様子を語っていく。
その声が弾むほど、レオルの眉間には少しずつ深い皺が刻まれていった。
セラフィナが尋ねる。
「一緒にいた二人は、管理施設の職員ですか?」
「違う」
「鉱石泥棒だ」
ヨモギとフローラが、順番に答えた。
再び、部屋の空気が止まる。
「なぜ、鉱石泥棒と一緒にボスを倒しているんだ?」
「採取器具を直してやった」
「それから、四人で鉱石を採ったの」
「お前たちも違法採掘をしたのか!」
レオルが勢いよく立ち上がった。
「少しだけだ」
「最初はね」
「途中で高く売れる鉱石の反応を見つけた」
「それで、赤い線の向こうへ行ったの」
「危険区域へ入ったのか!」
「入ったら扉が閉まった」
「それでボスが出てきたんだよ」
怒鳴られても、ヨモギとフローラに悪びれる様子はない。
むしろ、四人で守護者を倒したことを褒めてもらえると思っているようだった。
セラフィナの声から、少しずつ温度が消えていく。
「では、ニュースで報じられている守護者反応の消失は」
「ボクたちだ」
「四人で倒したからね」
レオルは片手で額を押さえた。
「待て。ボスを倒したことは分かった」
「うん」
「なぜ、ダンジョンそのものまで消えている?」
その問いに、ヨモギとフローラは揃ってレオルから目を逸らした。
ヨモギは窓を見つめ、フローラはテレビへ視線を戻す。
「おい。なぜ黙る」
二人は答えない。
ヨモギは横目でフローラを見ると、口元でチャックを閉める仕草をした。
フローラも真剣な顔で頷き、自分の口元で同じ仕草を返す。
「目の前で示し合わせるな!」
二人の肩が、同時に跳ねた。
「二人とも、こちらを見なさい」
セラフィナに言われ、二人はしぶしぶ顔だけを正面へ戻した。
それでも、ヨモギは窓を、フローラは床を見ている。
「フローラ。なぜダンジョンが消えたのですか?」
「……言ったら、もっと怒られるから」
「何を言ったら、怒られるのですか?」
「コアを壊したこと」
ヨモギが勢いよく隣を向いた。
「フローラ」
「……あ」
フローラは両手で口を押さえた。
レオルの眉間の皺が、さらに深くなる。
「お前たちが、ダンジョンコアを壊したのか?」
二人は、また揃って目を逸らした。
「答えろ!」
「……そうだ」
「……二人で壊しました」
「一緒にいた二人から、ダンジョンコアを壊すよう命じられたのですか?」
セラフィナが尋ねる。
「違うよ」
「私たちで決めた」
ヨモギも続けた。
「むしろ、二人はずっと止めていた」
「国有ダンジョンだから、絶対に壊すなって」
「二人でコアの前に立って、私たちを通してくれなかったの」
「だから魔法で壁を作った」
レオルとセラフィナは、しばらく何も言わなかった。
やがてレオルが、重い声で確認する。
「ちょっと待て。止める二人を魔法で遮って、お前たちが強行したのか?」
「そうだ」
「うん」
二人は迷わず頷いた。
「なぜ壊した!」
レオルの怒号が、応接室へ響き渡る。
「ボスを倒したことが管理所にばれた」
「調査班が中へ入ってくるって、通信で言ってたの」
「見つかったら、父さんに怒られるだろ」
「私も、お母様に怒られると思って」
「だから、国有ダンジョンを壊したのですか?」
セラフィナの声が、完全に冷え切った。
フローラの背筋が、ぴんと伸びる。
「……はい」
「壊したほうが何百倍も怒られるに決まっているだろう!」
「でも、誰が壊したか分からないぞ」
「今、お前が自分で言ったんだ!」
「ニュースでも原因不明って言ってるよ?」
フローラがテレビを指さす。
「安心するところではありません!」
セラフィナの叱責に、フローラが小さく肩を揺らした。
レオルの視線が、二人の鞄へ落ちる。
「鉱石は、それだけか?」
「四人で分けた」
「ボスのドロップ品だから、すごく高く売れるよね?」
「鉱石泥棒と戦利品を山分けしたのか!」
「四人で頑張ったからな」
「そういう問題ではない!」
レオルは両手で頭を抱えた。
セラフィナも片手で額を押さえ、長く息を吐く。
テレビでは、管理当局が侵入者の特定を急いでいると報じられている。
もともと違法採掘をしていたのは、二人の男だった。
国有ダンジョンを壊したのは、二人の令嬢だった。
そして、あの場で最後まで国有ダンジョンを守ろうとしていたのは、二人の鉱石泥棒だった。




