第11話:国有ダンジョンを壊してはいけない -その⑥-
岩壁を覆っていた薄い膜が剥がれ落ち、青白い光が輪郭を形作っていく。
やがて現れたのは、人の背丈を超える巨大な結晶だった。
内部では無数の光が脈打ち、広間全体へ淡い光を投げかけている。
細身の男が呟いた。
「ダンジョンコア……」
守護者が倒されたことで、コアを覆い隠していた障壁が消えたらしい。
ヨモギは巨大な結晶を見上げた。
「これを壊せば、すぐに外へ出られるぞ」
「絶対に壊すな!」
大柄な男が、ヨモギとコアの間へ飛び込んだ。
「ここは国有ダンジョンだ! コアを壊したら、ダンジョンそのものが消える!」
「それは知ってる」
「分かってるなら、そんなことを言うな!」
フローラがコアの周囲を見ながら尋ねる。
「壊したら、どこに出るの?」
「侵入した場所に近い安全な地点へ、強制的に排出されます」
「私たちは外の資材置き場から入ったから、そこに戻れるね」
「壊さないと言っているでしょう!」
「採った鉱石はどうなる?」
ヨモギが続けて尋ねる。
細身の男は答えかけたが、途中で口を閉じた。
「どうなる?」
「……持っていなくても、一緒に外へ出ます。採掘した物も、ドロップ品も、侵入地点の近くへまとめて排出されるはずです」
「なら、運ばなくていいな」
「お前、完全に壊した後のことを考えてるだろ!」
「大事なことだ」
「国有ダンジョンを壊すことより大事なものがあるか!」
通信機から、調査班の準備が進んでいることを告げる声が流れた。
ヨモギの表情が、わずかに強張る。
「見つかったら、父さんに怒られる」
「私も、お母様に怒られるよ」
フローラの顔からも笑みが消えた。
「俺たちは捕まるんです!」
「どっちも困るね」
「同じ重さで並べないでください!」
ヨモギとフローラは、もう一度ダンジョンコアを見上げた。
「壊せば、誰が中にいたのか分からなくなる」
「誰にも見つからずに帰れるね」
「国有ダンジョンが一つ消えるんだぞ!」
「でも、怒られない」
「壊したほうが何百倍も怒られる!」
「誰が壊したか分からなければ、大丈夫だ」
「今ここで話している俺たちには分かってるんだよ!」
大柄な男は、コアの前で両手を広げた。
細身の男も、その隣へ並ぶ。
「ここだけは通しません」
「俺たちは違法採掘をしてる。見つかって捕まっても仕方ない。だが、ダンジョンを壊すのは駄目だ!」
「私たちがやるよ?」
「お嬢様方にもやらせません!」
『緊急調査班、装備確認完了』
通信機から聞こえた声に、全員の動きが止まった。
『これより正規入口を開放します』
大柄な男が、通信機へ顔を向ける。
その一瞬を突き、ヨモギは《滑走》を発動した。
足元へ風が走り、男の横を一気に抜ける。
「お嬢様!」
大柄な男が振り返った。
その隙に、フローラも二人の横を駆け抜け、ヨモギの隣へ回り込む。
追いかけようとした男たちの前で、フローラの水魔法が立ち上がった。
厚い水壁が、二人の男とダンジョンコアの間を遮る。
続けて、ヨモギが《土壁》を発動した。
地面からせり上がった岩壁が、水壁のコア側へ重なった。
「こんなことまでして壊すな!」
大柄な男が、短い剣の柄を土壁へ叩きつける。
一撃で、岩の表面に亀裂が走った。
「ヨモギちゃん、急いで!」
「分かってる」
ヨモギは、床へ落ちていた守護者の外殻から、細長い結晶片を拾い上げた。
修理した採取器具の固定具を緩め、元の刃に代えて青紫色の結晶を挟み込む。
「それでコアを壊すつもりか!」
「守護者の外殻なら使える」
「何を使っても壊すな!」
ヨモギは、岩扉の脇に置かれた運搬器具へ目を向けた。
「灰色の袋を持て」
「壊す前提で指示するな!」
「鉱石は持っていなくても外へ出る。だが、外へ出てから拾っていたら逃げ遅れるぞ」
男たちの動きが止まった。
運搬器具の上には、これまで採取した鉱石をまとめた灰色の袋が載せられている。
「……どうする?」
細身の男が尋ねる。
「どうするも何も、止めるんだよ!」
そう答えながら、大柄な男は灰色の袋を肩へ担いだ。
細身の男も、手にしていた希少鉱石を上着の内側へしまい、金属棒を握り直す。
「持つんだね」
フローラが笑う。
「お嬢様方が壊すのをやめないからです!」
フローラは採取器具の柄へ両手を重ねた。
桃色と金色の魔力が採取器具の内部を走り、青紫色の刃を包み込む。
ヨモギはフローラとともに、採取器具を振り上げた。
「待て!」
「せめて考え直せ!」
二人はそのまま、刃をダンジョンコアへ振り下ろした。
刃先が、巨大な結晶の表面へ触れる。
パキン。
乾いた音とともに、青白い亀裂が結晶全体へ走った。
ダンジョンコアは、あっけなく砕けた。
青白い光が、広間を埋め尽くす。
地面が大きく揺れ、天井から石片が降り注いだ。
しかし、石片は四人へ届く前に白い粒子へ変わっていく。
岩壁も床も、次々と輪郭を失った。
倒れていた守護者の巨体と、岩扉の脇に残された運搬器具も白い光に包まれ、その場から消えていく。
大柄な男は灰色の袋を担ぎ、細身の男は上着の内側へしまった希少鉱石を押さえながら、その場で姿勢を保った。
ヨモギは採取器具を握り締め、フローラはその隣で目を閉じる。
やがて、すべての音が消えた。
足元の感触が失われ、上下の感覚さえなくなる。
どこまでも、白い空間だけが続いていた。
白い光が収まると、ヨモギの靴底が硬い地面へ触れた。
明るい日差しが、四人の上へ降り注いでいる。
四人が立っていたのは、隠し裂け目を通ってダンジョンへ入った、あの外部資材置き場だった。
周囲には、積み上げられた資材と古い採掘器具が並んでいる。
すぐそばには、岩扉の脇へ置き去りにした運搬器具と、胸元の結晶を剥がされた守護者の巨体まで転がっていた。
背後にあったはずの裂け目は消え、何の変哲もない岩壁へ戻っている。
大柄な男は、肩に担いでいた袋を地面へ下ろした。
「……本当に壊した」
「外へ出られたね!」
フローラが笑顔を浮かべる。
「国有ダンジョンが一つ消えたんだぞ!」
「でも、鉱石も持って帰れた」
ヨモギは、地面へ下ろされた灰色の袋を確認した。
「そこを喜ぶな!」
同じ頃、正規入口の周辺では、内部に残っていた採取隊が次々と強制排出され、管理施設は騒然となっていた。
けたましい警報が、遠くから響いてくる。
管理施設の方では、職員たちが慌ただしく走り回っていた。
屋外放送が敷地内へ流れる。
『国有第十七指定資源ダンジョンの反応が消失しました』
『全職員は指定された区域へ退避してください』
細身の男が、資材の隙間から管理棟の方を覗く。
「全員、正規入口へ集まってる」
「今なら逃げられるぞ」
大柄な男は、灰色の袋を担ぎ直した。
「さっきまで、捕まっても仕方ないと言ってなかったか?」
ヨモギが尋ねる。
「状況が変わったんです!」
「ダンジョンを壊したのは私たちだよ?」
「だから、なおさら一緒に見つかるわけにはいかないんです!」
二人が逃げ出そうとしたところで、ヨモギが声をかけた。
「待て」
「今度は何ですか!」
ヨモギは細身の男から希少鉱石を受け取ると、近くにあった木箱の上へ置いた。
分析装置を向け、内部の結晶構造を確認する。
「約束しただろ。これは四人で分ける」
「今やるのか!?」
「今しかない」
ヨモギは採取器具の刃を細いものへ交換し、希少鉱石へ当てた。
内部の光を傷つけない位置へ、正確に刃を入れていく。
ほどなくして、握り拳ほどの鉱石は四つに分かれた。
四つの欠片すべての内部で、金色と桃色の光が揺れている。
ヨモギとフローラが一つずつ取り、残りの二つを男たちへ差し出した。
大柄な男は、自分の欠片を受け取る。
「本当にいいのか?」
「四人で倒したからな」
「私たち、すごく頑張ったよね」
フローラが嬉しそうに笑う。
細身の男も自分の欠片を受け取り、しばらく手の中で揺れる光を見つめた。
「……そうですね」
ヨモギは採取器具の出力を止め、細身の男へ返した。
警報音が、さらに激しく響く。
施設の正面へ、何台もの緊急車両が入っていくのが見えた。
大柄な男は灰色の袋を担いだ。
「行くぞ」
二人は、資材置き場の奥へ続く作業道へ向かった。
フローラが大きく手を振る。
「じゃあねー!」
男たちが振り返る。
「もう二度と来ないでください!」
「その袋はやる。また採掘する時は呼べ」
ヨモギが言った。
「呼びません!」
二人はそのまま、作業道の向こうへ走り去っていく。
やがて、その姿は積み上げられた資材の陰へ消えた。




