第11話:国有ダンジョンを壊してはいけない -その⑤-
「割れた!」
フローラが指さす。
ヨモギは亀裂の位置を確かめると、岩扉の脇に置かれた運搬器具から、先ほど修理した採取器具を取り上げた。
「何をするつもりですか?」
大柄な男が尋ねる。
「あの亀裂へ刃を入れて、胸の結晶を剥がす」
「近づかないでください!」
「あのままでは攻撃が通らない。外殻を剥がせば、その奥を狙える」
守護者の目に、再び赤い光が灯った。
採取器具を手にしたヨモギへ顔を向ける。
「ヨモギ様、戻ってください!」
大柄な男が、ヨモギと守護者の間へ割り込んだ。
守護者が頭を振り下ろす。
男は迫る角を、短い剣で受け止めた。
金属が軋み、その身体が後ろへ押される。
細身の男は金属棒を振るい、先端から伸びたワイヤーを守護者の右前脚へ巻きつけた。
両足を踏ん張り、横方向へ引く。
守護者の体勢が、わずかに崩れた。
「今だ!」
ヨモギは《滑走》を発動した。
足元へ風が走り、その身体が一気に加速する。
守護者の正面から斜めへ滑り込み、角の軌道を外れる。
そのまま前脚の内側へ入り、胸元へ潜り込んだ。
採取器具の刃を、先ほど確認した亀裂へ差し込む。
器具を起動すると、低い振動音が響いた。
守護者が前脚を持ち上げる。
ヨモギを踏み潰そうと、巨大な脚が落ちてきた。
大柄な男が横から飛び込み、剣の腹を前脚の下へ押し当てる。
「させるか!」
衝撃に耐えきれず、男の片膝が地面へついた。
それでも、前脚をヨモギのいる場所までは下ろさせない。
守護者が力任せに脚を押し下げる。
剣を支える男の両腕が震え始めた。
「フローラ、さっきのをもう一度だ!」
「うん!」
フローラの両手から、淡い光が広がる。
(《光の幻影》)
大柄な男とは守護者を挟んだ反対側に、もう一人の男が現れた。
幻影は剣を振り上げ、守護者の顔の前へ走り込む。
赤い目が、そちらへ動いた。
守護者は前脚を引くと、幻影へ向けて頭を振る。
二本の角が、光の身体を切り裂いた。
幻影が砕け、桃色と金色の粒となって広がる。
その数秒で十分だった。
「外れろ!」
ヨモギが採取器具の出力を上げる。
亀裂へ入り込んだ刃が、結晶と身体の境目を押し広げていった。
青紫色の外殻が、大きく浮き上がる。
ヨモギは刃を支点に、器具を傾けた。
岩盤が割れるような音とともに、胸元を覆っていた結晶が剥がれ落ちる。
その奥から現れたのは、赤い光を脈打たせる黒い核だった。
「見えた!」
ヨモギは採取器具を引き抜くと、《滑走》で守護者の脇へ抜けた。
直後、巨大な前脚が、ヨモギのいた地面を叩き砕く。
「核は俺がやる!」
細身の男が、守護者の右前脚に巻きつけていたワイヤーを金属棒へ巻き戻した。
守護者の右側から走り込み、露出した黒い核へ金属棒の先端を叩きつける。
鈍い音が響いた。
黒い核の表面に、細い亀裂が走る。
守護者が頭を巡らせ、細身の男へ赤い目を向けた。
その正面へ、大柄な男が立ちはだかる。
二本の角の間へ短い剣を差し入れ、全身で頭部を押し返した。
「攻撃だけ見ろ! こいつは俺が止める!」
「長く持たせろよ!」
細身の男が金属棒を両手で握り直す。
先ほど生まれた亀裂へ狙いを定め、もう一度叩き込んだ。
亀裂が一気に広がる。
赤い光が激しく明滅した。
それでも、黒い核は砕けない。
細身の男が金属棒を引き戻し、三度目の一撃を振りかぶる。
ヨモギは黒い核に走る亀裂の中心へ、片手を向けた。
「フローラ、あそこへ合わせろ」
「うん!」
ヨモギの掌へ風が集まる。
(《風刃》)
放たれた真空の刃が、黒い核の亀裂へ食い込んだ。
フローラも同じ一点へ手を向ける。
桃色と金色の光が、一本の矢を形作った。
(《聖なる矢》)
光の矢が、風刃の押し広げた亀裂を貫く。
黒い核の奥で、赤い光が大きく揺らいだ。
「今だ!」
細身の男が踏み込み、二人の魔法が穿った一点へ金属棒を叩き込んだ。
黒い核が、内側から砕け散った。
守護者の全身から力が抜ける。
大柄な男は角の間から短い剣を引き抜き、後ろへ跳んだ。
細身の男も核から金属棒を引き抜き、その場を離れる。
四本の脚が折れるように崩れ、結晶に覆われた巨体が地面へ倒れ込んだ。
衝撃で砂埃が広がり、細かな石が床を転がっていく。
少し遅れて、背後の岩扉が低い音を立てながら持ち上がった。
誰も、しばらく動かなかった。
大柄な男は刃先の欠けた短い剣を下ろし、動かなくなった守護者を見つめる。
細身の男も、金属棒を縮めながら荒い息を吐いた。
「……本当に倒したのか?」
「四人で倒したんだよ」
フローラが笑う。
「ボクは外殻を剥がして、核へ攻撃を通しただけだ」
「それを倒したって言うんだ」
大柄な男は、その場へ座り込んだ。
「寿命が縮んだ……」
その時、倒れた守護者のそばで、小さな光が瞬いた。
白い光が一点へ集まり、握り拳ほどの鉱石へと姿を変える。
守護者を覆っていた青紫色の結晶とは、色も形も違っていた。
透明に近い表面の奥で、金色と桃色の光がゆっくりと揺れている。
細身の男が目を見開いた。
「嘘だろ……」
「何だ?」
「ドロップ品だ。しかも、これ……」
細身の男は鉱石の前へ膝をついた。
触れようと伸ばした手を一度止め、震える指先で慎重に持ち上げる。
「採掘記録でしか見たことがない。こんなもの、本当に出るのか?」
ヨモギは分析装置を鉱石へ向けた。
画面に表示された鉱石名と品質を確認し、金色の目を細める。
「高く売れるぞ」
「どれくらい?」
フローラが画面を覗き込む。
「さっき採った鉱石を全部合わせても、これには届かない」
二人の男の表情が一変した。
大柄な男が立ち上がり、鉱石へ駆け寄る。
「本当に出たぞ!」
「高く売れる!」
細身の男も声を上げた。
フローラが両手を上げる。
「やったー!」
「これは四人で分けるぞ」
ヨモギも、当然のように話へ加わった。
「もちろんだ!」
先ほどまで危険区域へ入ったことを叱っていた男たちも、今度は止めなかった。
四人は一つの鉱石を囲み、同じ顔で喜んでいる。
ヨモギが探していたものとは別の鉱石で、最後に現れたそれだけは完全な幸運だった。
そんな四人の声が広間へ響くなか、細身の男の腰元から短い警告音が鳴った。
男の顔から、喜びが消える。
急いで取り出したのは、手のひらほどの通信機だった。
「何だ?」
大柄な男が尋ねる。
「管理側の通信だ」
細身の男が画面へ目を落とした直後、通信機から音声が流れた。
『中央管理室より現地管理班へ。最深部にて、守護者反応の消失を確認』
四人の視線が、倒れている守護者へ集まった。
『現在、正規攻略班の入場記録はありません。計測機器の異常を含め、緊急調査班を編成してください』
大柄な男の顔から血の気が引いた。
「まずい……」
「ボスを倒したこと、外から分かるの?」
フローラが通信機を覗き込む。
「国有ダンジョンの主要反応は、管理所で監視されているんです」
「何で、管理側の通信を聞けるんだ?」
ヨモギが尋ねる。
「巡回や調査の動きを知るために、こいつで傍受してたんだよ」
「やっぱり悪い人たちだね」
「今はそれどころではありません!」
通信機から、続けて新たな指示が流れる。
『緊急調査班は装備を整え、正規入口前へ集合。内部の安全確認を優先してください』
細身の男が立ち上がった。
「調査班が来るぞ」
「帰還地点の裂け目が開くまで、あとどれくらいだ?」
「一時間半近くある」
「間に合わないじゃないか!」
「隠れる場所は?」
フローラが周囲を見回す。
「最初に調べられるのは、この広間です。守護者の反応が消えた場所なんだから、真っすぐここへ来ます」
四人は黙り込んだ。
そのとき、広間の奥で空間が揺らいだ。




