第11話:国有ダンジョンを壊してはいけない -その④-
「そっちは危険区域だ!」
細身の男が、赤い線の前へ回り込んだ。
「この先は、モンスターの数も強さも違う。俺たちも入ったことはない」
「でも、鉱石はあるぞ」
「魔力も、ここにあるものよりずっと強いよ」
「だからといって、行っていい場所ではありません!」
大柄な男も運搬器具から離れ、通路を塞ぐように細身の男と並んだ。
「危険区域へ入って、そのまま戻ってこなかった連中もいる。俺たちは、ここより奥には行かない」
「どうして?」
フローラが尋ねる。
「命まで賭けて採るつもりはないからです。一度に持ち出す量も、本当なら一袋だけに決めてる」
大柄な男は、すでに二つに増えた袋へ目を向けた。
「今日は、もう十分すぎるほど欲を出しました」
「危険だから、誰にも採られずに残ってるんだろ」
「それなら、たくさんあるね」
「フローラ様まで、その考え方をしないでください!」
ヨモギは鞄から、折り畳まれた灰色の袋を取り出した。
「これを使えばいい」
「何を入れるんですか?」
「鉱石だ。全部入る」
「まだ採るつもりなんですか!」
大柄な男が止めるよりも早く、ヨモギは赤い線を越えた。
フローラも、そのあとに続く。
「ヨモギちゃん、待って」
「勝手についてくるな」
「魔力の強い場所は、私にしか分からないよ?」
「鉱脈の位置は、ボクにしか分からない」
「じゃあ、二人で行かないとね」
ヨモギは何も答えず、細い通路を下っていく。
フローラは嬉しそうに、その隣へ並んだ。
残された男たちは、二人の背中と、ヨモギが置いていった袋を交互に見た。
「どうする?」
細身の男が尋ねる。
「決まってるだろ」
大柄な男は灰色の袋を拾い上げ、口を広げた。
二袋分の鉱石をすべて移しても、容量拡張式の袋にはまだ余裕があった。
大柄な男は袋の口を閉じ、運搬器具へ載せる。
胸当ての留め具を締め直すと、腰から短い剣を抜いた。
「連れ戻すぞ」
「鉱石も持っていくのか?」
「置いていったら、あのお嬢様方が取りに戻るだろ」
細身の男は採取器具を運搬器具へ載せると、代わりに折り畳み式の金属棒を取り出して伸ばした。
その先端には、細いワイヤーが巻き取られている。
男は空いた手で、運搬器具を引いた。
二人はヨモギとフローラを追い、採った鉱石をすべて載せたまま危険区域へ入った。
通路を進むにつれ、壁から突き出す青い鉱石は少なくなっていった。
代わりに、黒い岩の隙間から紫色の光が漏れ始める。
空気も、先へ進むほど重くなっていった。
どこか遠くから、岩を引きずるような音が聞こえてくる。
ヨモギは何度も岩壁へ《鉱物探知》を伸ばし、そのたびにフローラが自分の魔力を重ねていった。
「お嬢様方、止まってください!」
追いついた大柄な男が、声を抑えて呼びかける。
「鉱脈は、まだ先だ」
「魔力も、どんどん強くなってるよ」
「だったら、なおさら戻りますよ!」
やがて細い通路が途切れ、その先に広い空間が現れた。
入口から見える範囲に、モンスターの姿はない。
反対側の岩壁には、さらに奥へ続く細い隙間が見えている。
フローラの指先から伸びた桃色と金色の光が、その隙間へ向かって流れていく。
「あそこから来てるよ」
ヨモギも近くの岩壁へ手を触れ、返ってくる反応を確かめた。
「鉱脈も、あの先だ」
ヨモギは広間へ足を踏み入れた。
フローラが続き、二人を連れ戻そうと追ってきた男たちも、やむなく境目を越える。
四人全員が広間へ入った、その直後だった。
背後から、低い音が響く。
「何だ?」
振り返るより早く、巨大な岩の扉が落ちた。
轟音とともに通路が塞がれ、足元が大きく揺れる。
細身の男が金属棒を扉と床の隙間へ差し込もうとしたが、岩扉は床へ深く食い込んでいた。
「開かない……」
広間の中央から、岩の砕ける音が聞こえた。
地面の一部だと思っていた青紫色の塊が、ゆっくりと持ち上がっていく。
その下から、四本の脚が姿を現す。
全身が硬い結晶で覆われた、巨大な獣だった。
岩のような頭部から二本の角が伸び、閉じていた両目が開く。
赤い光が、その奥に灯った。
大柄な男の顔から血の気が引いた。
「ボス部屋だ」
「倒さないと、扉が開かないやつか?」
ヨモギが尋ねる。
「そうだよ!」
「じゃあ、倒せばいいね」
フローラが言う。
「簡単に言わないでください!」
守護者が低い唸り声を漏らした。
大柄な男はヨモギとフローラの前へ立ち、二人をかばうように短い剣を構える。
細身の男も金属棒を構え、守護者の右側へ回り込んだ。
「お嬢様方は扉の前にいてください。俺が正面で止めます」
大柄な男は、細身の男へ一瞬だけ顔を向けた。
「お前は横から脚を狙え」
「分かってる」
「でも、二人だけじゃ――」
「俺たちが連れてきたんだ。子供を先に死なせるわけにはいかない」
「勝手についてきたのはボクたちだぞ」
「今はどっちでもいい!」
大柄な男が守護者の正面へ走った。
短い剣の腹で前脚の結晶を叩き、注意を自分へ向ける。
「こっちだ!」
守護者が前脚を振り下ろした。
男は剣を横に構え、振り下ろされた前脚を正面から受け止める。
重い衝撃に剣を支える腕が沈み、靴底が地面を滑った。
それでも、ヨモギとフローラの前に立ち続ける。
その間に、細身の男が右側から踏み込んだ。
金属棒を振り抜き、前脚の関節へ叩きつける。
甲高い音とともに火花が弾けた。
結晶の表面が、わずかに欠ける。
守護者の赤い視線が、細身の男へ移った。
「そっちを見るな!」
大柄な男が守護者の角へ剣を打ちつけ、再び注意を引き戻す。
守護者が頭を低く下げた。
次の瞬間、地面を蹴る。
巨体が、大柄な男めがけて一直線に突進した。
「避けろ!」
細身の男が叫ぶ。
「避けたら、後ろの二人へ行く!」
大柄な男は短い剣を正面に構えた。
その背後には、ヨモギとフローラがいる。
男は退かなかった。
フローラが胸元で両手を重ねる。
「だったら、狙う相手を増やすね」
(《光の幻影》)
淡い魔力が、大柄な男の全身を包んだ。
その左側に、まったく同じ姿の男がもう一人現れる。
幻影は短い剣を構えたまま、岩壁に沿って走り出した。
守護者の赤い目が、二人の男を交互に追う。
そして、動き続ける幻影へ顔を向けた。
突進の軌道が、大きく曲がる。
「俺が増えた!?」
「驚いてる場合か!」
細身の男が、大柄な男の腕をつかんで横へ引いた。
守護者は幻影へ突っ込み、その光の身体をすり抜ける。
桃色と金色の光が弾けた。
勢いを失わないまま、巨体が岩壁へ激突する。
広間全体が揺れ、天井から石の欠片が降り注いだ。
守護者は頭を振り、岩壁から身体を引き離す。
胸元を覆う青紫色の結晶には、一本の亀裂が走っていた。




