第11話:国有ダンジョンを壊してはいけない -その②-
「なんで子供がいるんだ!?」
ヨモギは驚く様子もなく、男たちを見上げた。
「お前たちについてきた」
「なんでだよ!」
「そこから動くな! 絶対に俺たちから離れるな!」
大柄な男が、岩の通路を駆け戻ってくる。
「この裂け目は入口専用だ。入ってきた場所からは戻れない」
「知ってる。もう消えたぞ」
ヨモギは肩越しに振り返り、裂け目の消えた岩壁へ目を向けた。
細身の男は腰から器具を取り出すと、通路の奥へ向ける。
器具の針が細かく揺れたあと、一方向を指した。
「出口の反応はある。場所も、まだ変わってない」
「やっぱり、出口を知ってるんだな」
「まさか、それを当てにして入ってきたのか?」
「そうだ」
「他人の帰り道を当てにして入ってくるな!」
「どこへつながってるのか確認したかった」
「見れば分かるだろ! ダンジョンだよ!」
「どの区画につながってるのかは、入らないと分からない」
「見た結果、俺たちが出口まで連れていくことになってるだろうが!」
大柄な男の声が、岩の通路いっぱいに響き渡った。
その声に応えるように、遠くから低い獣の鳴き声が返ってくる。
男は弾かれたように口を閉じ、通路の奥へ目を凝らした。
「大きな声を出すと、モンスターが来るよ?」
フローラが、少しだけ声を落として教える。
「誰のせいで声を出してると思ってるんだ!」
「あなたが大きな声を出したからじゃないの?」
「お前たちがついてきたからだよ!」
男は頭を抱えた。
その横では、細身の男がヨモギたちの姿を確かめている。
服に大きな汚れはなく、怪我も見当たらない。
武器らしいものも持っていなかった。
「お前たち、誰と来た?」
「ワングルとニャマゾンの社員」
「そいつらはどこにいる?」
「管理施設」
二人の男は、揃って言葉を失った。
「管理施設から、ここまでついてきたのか?」
「そうだ」
「途中で誰かに見られなかったか?」
「たぶん見られてない」
「たぶんって何だよ……」
細身の男は額を押さえた。
大柄な男も、何度か来た道を振り返る。
閉じた裂け目が再び開く気配はない。
「どうする?」
「帰還地点まで連れていくしかないだろ」
「予定を切り上げるのか?」
「当たり前だ! こんなところに子供を置いていけるか!」
「ボクたちだけで行けるぞ」
「行けるわけないだろ!」
大柄な男は即答した。
「ここは正規の採取区画から外れてる。道を間違えれば、危険区域まで一直線だ」
「地図は持ってる」
ヨモギは鞄から端末を取り出した。
画面には、管理施設で受け取ったダンジョン内部の地図が表示されていた。
大柄な男が横から覗き込み、すぐに首を振る。
「それは一般公開されてる範囲だけだ。この辺りは載ってない」
「なら、お前たちが案内すればいい」
「だから、そうするって言ってるんだよ!」
男たちは、入ってきた時よりも重い足取りで、来た道を引き返し始めた。
大柄な男が先頭に立ち、その後ろをヨモギとフローラが歩く。
細身の男は何度も後方を振り返りながら、最後尾についた。
通路の壁には、青白い鉱石が細い筋となって走っている。
ところどころで天井から垂れ下がった結晶が淡い光を放ち、水滴の落ちる音が四人の足音に混じっていた。
フローラは歩きながら、あちらこちらへ顔を向ける。
「すごいね、ヨモギちゃん。壁が光ってるよ」
「純度は低い。さっきの二人についていた粉とは違う」
ヨモギは手にした分析装置を岩壁へ向け、表示された数値を確かめた。
先頭を歩く大柄な男が振り返る。
「遊びに来たんじゃない。前を見て歩け」
「見ながらでも歩けるぞ」
「そういう子供が穴に落ちるんだよ」
「穴があるの?」
フローラが反射的に足元を見る。
「今のは例えだ!」
「紛らわしいことを言うな」
「お前ら、本当に帰る気あるのか!?」
大柄な男の声が再び通路へ響き、最後尾から細身の男の舌打ちが聞こえた。
「静かにしろ。今度こそ何か来るぞ」
「俺だけのせいか?」
「ほとんどお前のせいだ」
「この二人を見て、冷静でいられるか!」
言い合いながらも、男たちの動きに迷いはなかった。
分岐へ差しかかるたび、岩壁に残された目印を確認する。
地面にモンスターの爪痕を見つけると、迷わず別の道を選んだ。
ヨモギとフローラが遅れれば、必ず足を止め、二人が追いつくまで待った。
しばらく進むと、通路の先が二つに分かれた。
細身の男が最後尾から前へ出て、右側の岩壁に器具を当てる。
画面に表示された反応を確認したあと、細身の男は深く息を吐いた。
「次に開くまで、まだ三時間近くある」
「それまで帰れないの?」
フローラが尋ねる。
「ああ。出口の裂け目は、決まった時間にしか開かないんだ」
「なら、その前にこじ開けられるかテストする」
「無理だ。こっち側から開けられるものじゃない」
「やってみないと分からない」
ヨモギは分析装置を取り出し、裂け目が現れる岩壁へ向けた。
「待て。何をする気だ?」
「発生地点へ魔力を流して、反応を見る」
「余計なことをするな!」
大柄な男がヨモギと岩壁の間へ割って入り、行く手を塞いだ。
「万が一、異常な魔力反応が出たら、管理側に気づかれるだろうが!」
「なら、異常が出ない程度から試す」
「試すこと自体をやめろ!」
「まだ何もしてないぞ」
「今からしようとしてただろ!」
出口の裂け目が開くまで、この分岐で三時間近く待ち続けるわけにはいかなかった。
周囲には身を隠せる場所がなく、複数の通路からモンスターが入り込む可能性もある。
男たちは声を潜めて短く相談し、ヨモギとフローラを自分たちの採取場所まで連れていくことにした。
そこなら警戒する方向を一つに絞ることができ、出口が開くまで二人を目の届く場所に置いておける。
四人は左側の道へ入り、さらに奥へ進んだ。
しばらくすると通路が開け、広い空間へ出る。
壁面の至るところから、青い鉱石が突き出していた。管理施設に展示されていたものよりも色が深く、内部を走る光も強い。
地面には折り畳み式の運搬器具や、何度も補修された採取道具が置かれていた。
男たちは、以前からこの場所を使っているらしい。
「お前たちは、あそこに座ってろ」
大柄な男が、壁際の平らな岩を指さす。
「絶対に動くな。鉱石にも道具にも触るな」
「三時間、何もしないの?」
「そうだ」
「暇だよ」
「我慢しろ!」
男は近くにあった箱を岩の上へ置き、簡単な腰掛けを作った。
細身の男も自分の荷物から水筒を二本取り出し、蓋が開いていないことを二人に見せてから、足元へ置く。
「裂け目が開いたら、すぐに外へ出す。それまでは、ここにいろ」
二人はもう一度念を押すと、採取道具の準備を始めた。
出口が開くまで待っているあいだも、危険がなくなるわけではない。
男たちは、その時間で予定していた量の一部だけでも採って帰るつもりらしい。
細身の男は鉱石の表面を叩き、その音を聞き分ける。
亀裂の位置を確かめてから細い器具を差し込み、母岩との境目を慎重に削り始めた。
大柄な男は周囲を警戒しながら、取り外された鉱石を一つずつ布で包んでいく。
道具はどれも古かったが、二人の手つきに迷いはなかった。
ヨモギは用意された腰掛けに座ったまま、しばらくその作業を見つめていた。
やがて、鞄から分析装置を取り出す。
「触るなって言っただろ」
「触ってない。見てるだけだ」
ヨモギは装置を、採取中の鉱石へ向けた。
画面には、その鉱石の純度と重量、内部を走る亀裂が表示される。
「そこは外れだぞ」
細身の男の手が止まった。
「何?」
「外側だけ純度が高い。中は四十パーセントもない」
「そんなわけ――」
男は作業を止め、自分の測定器を鉱石へ当てた。
表示された数値を見て、顔をしかめる。
「本当だ……」
「その左を採った方がいい。表面には出てないけど、奥まで魔力が通ってる」
「何で分かる?」
「この道具で見える」
ヨモギは手にした分析装置を少し持ち上げた。
「それだけじゃない。その刃だと母岩まで削ってる。角度を変えれば、鉱石を傷つけずにもっと速く外せるぞ」
細身の男は、手にしている採取器具と岩壁を見比べた。
「お前たち、どうしてそんなに鉱石へ詳しいんだ?」
「この鉱石を見に来たからだ」
「管理施設へ?」
「新型魔導剣に使う予定なの」
フローラが答えると、大柄な男が眉を寄せた。
「何で子供が、そんな視察に来る?」
「ヨモギちゃんは、ワングル総帥の娘だから」
「……は?」
「私はフローラ。ニャマゾン総帥の娘だよ」
二人の男の動きが、同時に止まった。
採取器具の先から、小さな石の欠片が落ちる。
硬い音が、広い空間を転がっていった。
「ワングルと……ニャマゾン?」
「そうだ」
ヨモギは頷いた。
「お前たちが採っている鉱石は、ボクたちの会社でも使ってる」
男たちは、ヨモギとフローラを見る。
続いて、床に置かれた鉱石へ目を向ける。
最後に、互いの顔を見合わせた。




