第11話:国有ダンジョンを壊してはいけない -その①-
――国有第十七指定資源ダンジョン・管理施設
国有第十七指定資源ダンジョンは、現実世界から完全に切り離された異界に存在する。
内部では魔力伝導率に優れた鉱石が継続的に採取されており、ワングルとニャマゾンが共同開発を進める次世代型魔導剣にも、このダンジョンで採れる鉱石が使用されていた。
その採取現場を視察するため、ヨモギとフローラはレオルとセラフィナの許可を得て、管理施設を訪れていた。
分厚い防護ガラスの向こうでは、青白い光の膜が静かに揺れている。
光の膜は金属製の巨大な門の内側を満たし、ダンジョンへの出入口を形作っていた。
その手前では、武装したインサイダー協会職員が、一人ずつ入場証を確認している。
門の上部に設置された表示板には、現在の内部環境とともに、危険度を示す文字が浮かんでいた。
《危険度:D》
「これが、新型魔導剣に使う鉱石だよ」
フローラが、展示台の上に置かれた青い鉱石を覗き込む。
握り拳ほどの塊の内部には、幾重もの光の筋が走っていた。魔力を流すたび、その光が血管のように広がっていく。
「綺麗……」
青い光を瞳に映したまま、フローラが小さく息を漏らす。
「見た目は関係ない」
隣に立つヨモギは、手にしていた小型の分析装置を鉱石へ押し当てた。
画面に数値が並び、魔力伝導率と純度が表示される。ヨモギはそこへ目を走らせ、淡々と告げた。
「純度六十三・二パーセント。資料に書かれていた数値より低い」
「こちらは安全採取区画から回収されたものです」
案内役のワングル社員が、すぐに説明を返す。
「新型魔導剣へ使用する鉱石は、さらに奥の採取区画から回収されています。そちらであれば、純度八十パーセントを超えるものも――」
「じゃあ、そっちを見に行く」
ヨモギは分析装置を持ったまま、迷いなくダンジョンの入口へ歩き出す。
社員が慌てて前へ回り込み、ヨモギの行く手を塞いだ。
「お待ちください。本日の視察許可は、管理施設と安全採取区画までとなっております」
「奥にある鉱石を使うのに、手前の鉱石だけ見ても意味がないだろ」
「内部にはモンスターも生息していますので、お二人をお連れすることはできません」
「危険度はDだぞ」
「危険度の問題ではありません」
ヨモギは社員の向こうにある入口を見上げた。
正式な許可を持つ採取隊が、装備を確認しながら青白い光の膜を通り抜けていく。その傍らでは、素材を満載した運搬車がダンジョンから姿を現していた。
フローラも、出入りする人と車を目で追う。
「見るだけなら大丈夫じゃない?」
「駄目です」
今度は、ニャマゾンの社員が即答した。
「お二人に何かあれば、私たちでは責任を取れません」
「モンスターが来ても、私が魔法で追い払えるよ?」
「フローラ様の実力を疑っているわけではありません」
その言葉を聞き、フローラの表情がぱっと明るくなる。
「なら大丈夫だね」
「そういう意味ではありません」
ヨモギは入口から目を離すと、分析装置を鞄へ戻した。
「帰るぞ」
「もう帰るの?」
「見たいものを見せてもらえないなら、ここにいる必要はない」
「このあと、精製施設もご案内する予定です」
「精製されたあとの鉱石なら、ワングルにもある」
ヨモギはそれ以上取り合わず、出口へ向かって歩き始めた。
フローラは展示台の鉱石を名残惜しそうに振り返ってから、そのあとを追う。
「ヨモギちゃん、怒ってる?」
「怒ってない」
「怒ってる時の言い方だよ」
「事実を言っただけだ」
二人が管理施設を出ると、車両の走行音と作業員たちの声が一気に近くなった。
外には複数の倉庫と資材置き場が並んでいる。
採取した鉱石を運ぶ車両が絶えず行き交い、荷台から降ろされた木箱が、作業員たちの手で次々と施設内へ運び込まれていた。
ヨモギは歩きながら、鞄へ戻したばかりの分析装置を再び取り出した。
施設の外壁や運搬車に付着した鉱石へ装置を向け、その成分を一つずつ確認していく。
「ヨモギちゃん、まだ調べるの?」
「せっかく来たんだ。取れる情報ぐらいは持って帰る」
その時、分析装置が鋭い電子音を放った。
画面に並ぶ数値が、一気に跳ね上がる。
「今の何?」
フローラが、ヨモギの手元を覗き込んだ。
「高純度の魔力反応」
ヨモギは分析装置をゆっくりと左右へ動かし、反応の出所を探る。
装置が示したのは、倉庫ではなかった。
資材置き場の脇を歩いていたのは、二人の男だった。
一人は肩幅が広く、上着の隙間からは、何度も修理された金属製の胸当てが覗いている。
もう一人は細身で、腰から古びた採取器具をいくつも下げていた。背負った大きな袋には、折り畳まれたロープと採取道具が詰め込まれている。
「今の人たち、ここの作業員かな?」
「違う」
「どうして分かるの?」
「入場証がない」
管理施設内で働く者は、全員が胸元に入場証をつけている。
しかし、二人の服には何もなかった。
それだけではない。
男たちの靴と採取器具には、青白く光る粉が付着している。分析装置の画面に表示された純度は、九十パーセントを超えていた。
先ほど展示されていた鉱石より、はるかに高い。
「奥の採取区画に入ったことがある」
「でも、入場証を忘れただけかもしれないよ?」
「それなら警備員に止められている」
二人の男は周囲を気にしながら、使われていない資材置き場へ向かっていく。
入口には鎖が張られ、《立入禁止》と書かれた札が下がっていた。
「どこへ行くんだろう?」
「確認する」
ヨモギは男たちのあとを追う。
フローラも迷うことなく、その隣へ並んだ。
その頃、ワングルの社員は、管理施設の職員から追加資料を受け取っていた。
すぐ横では、ニャマゾンの社員の端末にも本社から連絡が入っている。
二人が同時にヨモギとフローラから目を離したのは、ほんのわずかな時間だった。
その間に、ヨモギとフローラは資材を運ぶ車両の陰へ入り、二人の視界から姿を消していた。
資材置き場へ足を踏み入れると、背後で車両の音が遠ざかっていく。
錆びた棚や使われなくなった運搬器具が積み上げられ、その奥には古い倉庫が残されていた。
男たちは倉庫の裏へ回り込む。
ヨモギとフローラは積まれた木箱の陰に身を寄せ、その様子を窺った。
細身の男が、壁際に置かれた鉄板へ手をかける。
鉄板を動かすと、その向こうから、人が一人通れるほどの裂け目が現れた。
空間そのものが縦に切り開かれ、内部では青紫色の光が渦を巻いている。
「何、あれ……?」
フローラが声を抑える。
ヨモギは手にした分析装置を裂け目へ向けた。
直後、画面いっぱいに警告が表示される。
「ダンジョンとつながってる」
「正規の入口じゃないよね?」
「違う。このダンジョンに時々現れる、臨時の出入口だ」
肩幅の広い男がもう一度周囲を確認してから、裂け目の中へ入っていく。
もう一人も、背負っていた袋を押し込みながら、そのあとに続いた。
やがて、二人の姿が青紫色の光の向こうへ消える。
フローラは裂け目を見つめたまま、ヨモギへ尋ねた。
「職員の人に知らせた方がいいんじゃない?」
「あとでいい。これはチャンスだ」
「何の?」
「さっきは奥へ入る許可が下りなかった。だが、今なら中を見られる」
ヨモギは身を隠していた木箱の陰から出た。
「ヨモギちゃん、入るの?」
「あの二人は高純度の鉱石が採れる場所を知っている」
「でも、知らない人だよ?」
「だから、何者なのかも確認する」
フローラは裂け目とヨモギを交互に見る。
やがて、その顔に明るい笑みが広がった。
「じゃあ、見てから報告しよう」
「最初からそのつもりだ」
ヨモギは迷うことなく、裂け目へ足を踏み入れた。
冷たい感覚が全身を通り抜け、一瞬、足元の感触が消える。
次の瞬間、靴底が湿った岩を踏んだ。
周囲の岩肌には青い鉱石が点々と露出し、淡い光を放っている。さらに奥からは、獣の鳴き声が低く響いてきた。
続いて、フローラも裂け目から飛び出してくる。
「本当に中へ入れたね!」
二人が振り返ると、空間の裂け目は急速に細くなっていた。
青紫色の光が糸のように細まり、そのまま跡形もなく消える。
「今の裂け目、入口専用だったんだね」
「そうみたいだな」
ヨモギは分析装置を鞄へ戻した。
「あの二人は、帰るつもりでここへ入った。出口専用の裂け目を別に知ってるはずだ」
「じゃあ、ついていけば外へ出られるね」
「たぶん」
岩の通路の先から、湿った地面を踏む二人分の足音が聞こえてくる。
ヨモギとフローラは、その音を頼りに歩き出した。
だが、歩き始めて間もなく、フローラの靴先が地面に落ちていた小石を蹴る。
乾いた音が、静かな通路の奥まで転がっていった。
前を歩いていた男たちの足が止まる。
二人が同時に振り返り、古びた照明器具の光がヨモギとフローラの姿を照らし出した。
男たちの顔から、一気に血の気が引いた。




