第10話:PV撮影は耐久試験ではない -その③-
安全警報を聞きつけて駆けつけたレオルが、壁面の非常停止装置へ手を伸ばす。
赤いボタンが押し込まれた。
すべての送風装置が停止する。
戦闘シミュレーターも同時に沈黙し、残っていた魔物が光の粒となって消えた。
風に巻き上げられていた資料と布が、力を失って床へ落ちていく。
焔、宗司、フェリシティも空中から落下した。
厚い安全マットの上へ、三人そろって叩きつけられる。
「ぐおっ!」
「……っ!」
「痛ーい!」
スタジオに沈黙が訪れた。
照明は傾き、撮影機材の一部は床へ倒れ、スタッフたちの髪も服も乱れていた。
撮影プロデューサーは台本を頭へ載せたまま、その場へ座り込んでいる。
その近くでは、ジェシカが手すりを掴んだまま動けずにいた。
入社してから初めて補佐を任された大規模撮影だった。
その撮影ブースは、目の前で本当に崩壊している。
「……これが、撮影現場……?」
ジェシカの声は、わずかに震えていた。
「私、この仕事を続けていけるのでしょうか……」
セット外周では、焔と宗司が安全マットの上に並んで伸び、その間でフェリシティだけが何とか上半身を起こしていた。
三人の手から離れた魔導剣だけが、傷一つなく床へ転がっている。
操作卓の手すりへしがみついていたヨモギが、顔を上げた。
「……まずいな」
フローラも崩れたセットを見回す。
「かなりまずいね」
二人は顔を見合わせた。
しばらく何も言わない。
やがて、フローラの目が天井の撮影用ドローンへ向いた。
「でも、映像は撮れてるかもしれないよ!」
ヨモギの目も上がる。
撮影用ドローンは、機体のランプを点滅させながら空中へ留まっている。
「そうだ。映像が残っていれば、全部失敗したわけじゃない」
二人は操作卓から離れ、撮影制御室へ走った。
安全マットの上にいたフェリシティも跳ね起きる。
「私も見たい!」
ふらつきながら二人のあとを追っていく。
三人とも、非常停止装置の前に立つレオルの表情には気づいていなかった。
◇
撮影制御室のモニターには、先ほどの映像がすべて残っていた。
最大出力へ切り替わった直後。
猛烈な風の中で、焔、宗司、フェリシティが魔物の群れへ立ち向かう。
爆炎と剣閃が粉塵を切り裂き、三振りの魔導剣が戦術支援AIの光を放つ。
そこまでは、完璧だった。
「格好いい!」
フローラが画面へ身を乗り出す。
「この部分は使えるな」
「私もすごく格好いい!」
フェリシティも画面の中の自分を見ながら目を輝かせていた。
映像が進む。
焔の口元から笑みが消える。
宗司の眉間に、深い皺が寄る。
フェリシティの笑顔も次第に引きつっていく。
三人の足が少しずつ滑り始めた。
焔の炎が真横へ流れ、本人が驚いた顔でその行方を追う。
続いて、フェリシティの身体が浮いた。
助けようとした焔まで浮き上がり、さらに宗司も一緒に風へ持ち上げられる。
三人がつながったまま、撮影ブースの中を回っていく。
カメラの前を通過する瞬間、焔は口を大きく開けて叫び、宗司も普段では考えられないほど目を見開いていた。
二人の間で、フェリシティの赤い髪が顔全体へ張りついている。
ヨモギの肩が揺れた。
「宗司の顔……!」
フローラも口元を押さえる。
「焔さんもすごい顔してる……!」
フェリシティが画面の中の自分を指さした。
「私、髪で顔がなくなってる!」
ヨモギたちは耐えきれず、声を上げて笑った。
映像の中では、焔、宗司、フェリシティが再びカメラの前を通過していく。
同じ姿が別の角度からも撮影されていた。
ヨモギは机を叩き、フローラは椅子の背もたれへ倒れ込む。
フェリシティも腹を抱え、その場へしゃがみ込んだ。
「何度見ても回ってくるぞ!」
「全部のカメラで撮れてる!」
「こっちのカメラにも来た!」
その背後から、低い声が落ちた。
「ずいぶん楽しそうだな」
三人の笑い声が止まる。
ヨモギ、フローラ、フェリシティは、揃って後ろを振り返った。
制御室の入口に、レオルが立っている。
その後ろには、髪も戦闘服も乱れた焔と宗司がいた。
ヨモギは椅子へ座ったまま、フローラを指さす。
「送風装置を最大にしたのはフローラだ」
フローラも即座にヨモギを指さした。
「シミュレーターを最大にしたのはヨモギちゃんです」
「お前も賛成しただろ」
「ヨモギちゃんが先に押したからだよ」
フェリシティが二人から距離を取る。
「私は操作してません!」
焔が眉を吊り上げた。
「お前が真っ先に、まだいけるって言ったんだろうが!」
「焔さんたちも言ってましたー!」
宗司は乱れた前髪を押さえながら、目を伏せる。
「……否定はできない」
レオルが全員を見回した。
「全員だ」
低い声が、制御室へ響いた。
◇
後日、完成したPVは予定どおり公開された。
猛烈な風と魔物の群れの中で戦う、獅子堂焔、御剣宗司、フェリシティ・ブレイズ。
実戦さながらの迫力と、過酷な環境でも正常に作動し続けた三種類の新型魔導剣は大きな話題を呼び、映像の再生数も瞬く間に伸びていった。
ニャマゾン側の新人イメージモデルとして出演したフェリシティにも注目が集まり、その名は多くの人に知られることとなる。
三人が空中を回転している後半部分は、当然すべて削除されている。
その映像は社外秘として、厳重に保管されることになった。
撮影から数日後。
修復作業の続くスタジオの入口には、新しい注意書きが掲示されていた。
撮影プロデューサーから作成を任されたジェシカが、文面を丁寧に整えて印刷したものだった。
『許可なく撮影用送風装置の出力を変更しないこと』
その下には、もう一枚。
『PV撮影を耐久試験へ変更しないこと』
二枚の注意書きの前で、ヨモギとフローラは揃って足を止めた。
「ボクたちのことだな」
「名前は書いてないよ?」
「書かなくても分かる」
二人は注意書きをしばらく眺めたあと、何も見なかったことにしてスタジオの前を通り過ぎた。




