↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
26/72

第10話:PV撮影は耐久試験ではない -その②-

戦闘シミュレーターの反応速度が引き上げられ、出現する魔物の数も増えていく。


フローラが送風装置の出力を上げると、強い風が撮影ブースを吹き抜けた。


再び撮影が始まる。


今度は、三人が構え終えるより先に魔物が動いた。


三方向から攻撃が迫る。


焔が前へ出て、重剣の一振りですべてを弾き返した。


強風を受けた戦闘服が、激しくはためく。


その脇を、宗司が駆け抜けた。


風に煽られた炎と舞い上がる粉塵の中で、白い剣閃が長い軌跡を描く。


乱れた髪をものともせず、進路上の魔物を次々に斬り伏せていった。


フェリシティも細剣を横へ薙ぐ。


複数の火球が、風に広がる赤い髪の周囲を巡りながら、敵の背後へ回り込んだ。


爆炎が弾ける。


前へ追い立てられた魔物を、宗司の剣閃が切り伏せた。


撮影用モニターの中で、三人の動きと風、炎が一つに重なる。


その迫力に、スタッフから歓声が上がった。


「すごい!」


「さっきより迫力が全然違う!」


「今の、正面カメラで撮れてます!」


撮影が終わると、ヨモギはモニターを確認した。


先ほどまで映像に残っていた作り物らしさが消えている。


「まだ余裕があるな」


フローラも操作卓へ手を置いたまま頷く。


「もう少し強くした方が、もっと格好よくなるよ」


撮影プロデューサーは一度迷ったものの、映像の違いは明らかだった。


「もう一段階だけです。それ以上は上げないでください」


「分かってる」


「大丈夫です!」


二人が揃って答えた。


プロデューサーの横で、ジェシカは不安そうに操作卓を見つめていた。


ヨモギが魔物の反応速度を引き上げ、フローラも送風出力を上げる。


三度目の撮影が始まった。


襲いかかる魔物の数は、先ほどの倍近くまで増えている。


それでも三人は互いの死角を補い、強まった風と粉塵の中で、押し寄せる群れを次々に切り伏せていった。


戦術支援AIも、それぞれの使用者の動きに正確に追従している。


やがて最後の魔物が倒れ、撮影終了の合図が出た。


「十分な映像が撮れましたので、これで終了です」


撮影プロデューサーが告げる。


フェリシティは細剣を持ったまま、操作卓の方へ身を乗り出した。


「えっ、もう終わりですか? 私、まだいけまーす!」


焔は重剣を肩へ担ぎ、物足りなそうに首を回した。


「新人がまだいけるって言ってるんだ。俺たちも終われねえだろ」


宗司も乱れた前髪を手で払い、平然と剣を構え直す。


「実戦では、この程度の悪条件はいくらでもある。問題ない」


ヨモギとフローラが顔を見合わせた。


「全員、まだいけるらしいぞ」


「じゃあ、もう一段上げよう!」


「待ってください」


撮影プロデューサーが止めるより早く、ヨモギはシミュレーターの設定を変更した。


フローラも送風装置の出力を引き上げる。


「シミュレーター出力、六十パーセント」


「送風も六十パーセント!」


「先ほど許可した一段階は、もう上げ終わっています!」


ジェシカも慌てて操作卓へ近づいた。


それでも、二人には聞こえていない。


撮影ブースへ、さらに強い風が吹き込んだ。


四度目の撮影が始まる。


魔物は出現と同時に攻撃を放った。


焔は重剣の腹で受け止め、足を滑らせながらも押し返した。


宗司は飛来する光弾を切り払い、そのまま魔物との距離を詰める。


フェリシティは低く身を沈め、頭上を通過した光弾へ火球をぶつけた。


爆発の余波に赤い髪を煽られながら、そのまま次の魔物へ斬りかかる。


やがて最後の魔物が光の粒となって消え、四度目の撮影が終わった。


三人とも剣を下ろさず、まだ次の指示を待っている。


ヨモギの金色の瞳が、モニターへ釘付けになった。


「この出力にも対応するのか」


「すごいね!」


フローラも最大出力の表示へ目を向ける。


「百パーセントなら、どうなるかな?」


撮影プロデューサーが操作卓へ駆け寄った。


「撮影の目的が変わっています!」


「もっと格好いい映像を撮るためだ」


「三人がどこまで耐えられるか試しているようにしか見えません!」


ジェシカも進行表を抱えたまま、そのあとを追う。


「フローラ様。恐れ入りますが、そのレバーから手を離してください」


口調こそ丁寧だったが、もう引き下がる様子はなかった。


「大丈夫よ。最大出力でも正常に動くように作られてるから」


「装置ではなく、中にいる皆様の心配をしております!」


その声が撮影ブースまで届いた。


フェリシティが真っ先に細剣を掲げる。


「六十パーセントで終わりですか? 私はまだいけまーす!」


焔も重剣を持ち上げた。


「ここまで来て、俺たちだけ降りられるかよ」


宗司は乱れた前髪をそのままに、剣を握り直した。


「続行に異論はない」


焔が横を見る。


「宗司、本当か?」


「焔こそ、無理をしているのではないか」


「してねえよ」


「ならば、続行できるな」


「当たり前だ!」


「私も続行できまーす!」


ヨモギは三人のやり取りを聞き、最大出力の項目へ指を伸ばした。


「決まりだな」


「うん!」


フローラの手が、送風装置のレバーへ掛かる。


撮影プロデューサーが青ざめた。


「待ちなさい!」


ヨモギがシミュレーターを最大出力へ変更する。


同時に、フローラがレバーを一番上まで押し上げた。


壁際に並んでいたすべての送風装置が、一斉に低い唸りを上げる。


音は瞬く間に大きくなり、撮影ブース全体を揺さぶる轟音へ変わった。


床に散っていた砂や細かな破片が、細かく震えながら動き始める。


「撮影開始!」


撮影プロデューサーの合図も待たず、フローラが叫んだ。


その声に合わせ、ヨモギが戦闘シミュレーターを起動する。


これまでとは比較にならない数の魔物が、崩壊した市街地へ出現した。


次の瞬間、すべての送風装置から噴き出した暴風が、撮影ブースを叩いた。


轟音がすべての声を呑み込み、地面の粉塵が壁のように巻き上がる。


軽量素材で作られた瓦礫が次々に宙へ浮き、路上を横切って反対側の壁へ激突した。


傾いた街灯が根元から大きくしなり、窓枠や看板まで激しく震えている。


三人の身体が、まとめて数歩分も後方へ押し流された。


「おい! さっきまでと違いすぎるぞ!」


焔が重剣を地面すれすれまで下ろし、風へ耐える。


宗司は剣を構えたまま、どうにか足を踏み出した。


「まだいけると言ったのは、お前だろう!」


「お前も問題ないって言っただろうが!」


フェリシティも細剣を両手で握り、前傾姿勢で風へ耐えている。


「私もまだいけるって言いましたー!」


「誇るところではない!」


魔物の群れが、三人へ一斉に襲いかかる。


焔が重剣を振るう。


刀身から放たれた炎は風を受け、真横へ長く引き延ばされた。


「俺の炎まで飛んでいったぞ!」


「制御しろ!」


「この風でどうしろってんだ!」


宗司が迫ってきた魔物を切り伏せる。


フェリシティも低く身を沈め、細剣の周囲へ火球を生み出した。


放たれた火球は風に流されながらも大きな弧を描き、別方向から魔物へ突き刺さる。


しかし、三人が踏み込むたびに靴底が床を滑り、身体が少しずつ後方へ流されていく。


壁際では、スタッフたちが機材や柱へしがみついていた。


ジェシカも固定された手すりを両腕で掴み、必死にその場へ踏みとどまっている。


「フローラ様! ヨモギ様! 止めてください!」


声を張り上げても、暴風の音に呑み込まれ、操作卓までは届かない。


固定されていなかった椅子が床を滑り、空になった機材ケースが回転しながら撮影ブースの端まで飛んでいく。


ジェシカが持っていた進行表も一瞬で手元から奪われ、ほかの台本や資料とともに天井付近を渦巻いていた。


撮影プロデューサーは操作卓の脚へ両腕でしがみつき、風圧に押されて床から半ば浮いている。


「止めろ! 今すぐ止めろ!」


操作卓にいたヨモギとフローラも、手すりへしがみついていた。


「あと少しだ!」


「すごく格好よく撮れてるよ!」


「格好よさを確認している場合じゃありません!」


それでも、送風装置はまだ最大出力へ達する途中だった。


唸りを上げていた回転音が、さらに一段高くなる。


撮影用ドローンは自動制御によって辛うじて姿勢を保ち、激しく揺れながら三人を追い続けていた。


焔と宗司は腰を落とし、重剣と剣を支えにして、どうにかその場へ踏みとどまっている。


その隣で、三人の中では最も小柄なフェリシティの靴底が、何度も床から浮き上がった。


「フェリシティ、姿勢を低くしろ!」


「やってまーす!」


「もっとだ!」


「これ以上は床に寝るしか――あっ、無理かもー!」


フェリシティの両足が床から離れた。


赤い髪を広げたまま、身体が風に持ち上げられる。


「フェリシティ!」


焔が手を伸ばし、その腕を掴んだ。


だが次の瞬間、焔の足まで床から浮いた。


「焔!」


宗司が焔の戦闘服を掴む。


三人の身体がまとめて風の中へ持ち上げられた。


「なぜ掴んだ!」


「助けようとしたんだよ!」


「二人とも重しになってないよー!」


「楽しそうに言うな!」


三人はつながったまま、風の中を横向きに流れていく。


壁際の送風装置から吹き出す風とぶつかり、空中で進行方向が変わった。


「うおおおおおおおおお!」


「焔、フェリシティを離せ!」


「離したらこいつだけ飛んでくだろうが!」


「もう全員飛んでいる!」


「私、飛んでまーす!」


「見れば分かる!」


三人は撮影用カメラの前を、凄まじい速さで通り過ぎた。


そのまま崩れた壁のセットへ向かい、直前で別方向からの風に押し戻される。


「また戻ってきたよー!」


「俺に言うな!」


フェリシティの身体が焔へぶつかり、続いて焔が宗司へ衝突した。


三人は絡まり合ったまま激しく回転し、セット外周に敷かれた安全マットの上空へ流されていく。


スタッフの悲鳴と、機材が倒れる音が重なった。


送風装置は、指示された最大出力で正常に動き続けている。


そのとき、撮影ブースの扉が開いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。