第10話:PV撮影は耐久試験ではない -その②-
戦闘シミュレーターの反応速度が引き上げられ、出現する魔物の数も増えていく。
フローラが送風装置の出力を上げると、強い風が撮影ブースを吹き抜けた。
再び撮影が始まる。
今度は、三人が構え終えるより先に魔物が動いた。
三方向から攻撃が迫る。
焔が前へ出て、重剣の一振りですべてを弾き返した。
強風を受けた戦闘服が、激しくはためく。
その脇を、宗司が駆け抜けた。
風に煽られた炎と舞い上がる粉塵の中で、白い剣閃が長い軌跡を描く。
乱れた髪をものともせず、進路上の魔物を次々に斬り伏せていった。
フェリシティも細剣を横へ薙ぐ。
複数の火球が、風に広がる赤い髪の周囲を巡りながら、敵の背後へ回り込んだ。
爆炎が弾ける。
前へ追い立てられた魔物を、宗司の剣閃が切り伏せた。
撮影用モニターの中で、三人の動きと風、炎が一つに重なる。
その迫力に、スタッフから歓声が上がった。
「すごい!」
「さっきより迫力が全然違う!」
「今の、正面カメラで撮れてます!」
撮影が終わると、ヨモギはモニターを確認した。
先ほどまで映像に残っていた作り物らしさが消えている。
「まだ余裕があるな」
フローラも操作卓へ手を置いたまま頷く。
「もう少し強くした方が、もっと格好よくなるよ」
撮影プロデューサーは一度迷ったものの、映像の違いは明らかだった。
「もう一段階だけです。それ以上は上げないでください」
「分かってる」
「大丈夫です!」
二人が揃って答えた。
プロデューサーの横で、ジェシカは不安そうに操作卓を見つめていた。
ヨモギが魔物の反応速度を引き上げ、フローラも送風出力を上げる。
三度目の撮影が始まった。
襲いかかる魔物の数は、先ほどの倍近くまで増えている。
それでも三人は互いの死角を補い、強まった風と粉塵の中で、押し寄せる群れを次々に切り伏せていった。
戦術支援AIも、それぞれの使用者の動きに正確に追従している。
やがて最後の魔物が倒れ、撮影終了の合図が出た。
「十分な映像が撮れましたので、これで終了です」
撮影プロデューサーが告げる。
フェリシティは細剣を持ったまま、操作卓の方へ身を乗り出した。
「えっ、もう終わりですか? 私、まだいけまーす!」
焔は重剣を肩へ担ぎ、物足りなそうに首を回した。
「新人がまだいけるって言ってるんだ。俺たちも終われねえだろ」
宗司も乱れた前髪を手で払い、平然と剣を構え直す。
「実戦では、この程度の悪条件はいくらでもある。問題ない」
ヨモギとフローラが顔を見合わせた。
「全員、まだいけるらしいぞ」
「じゃあ、もう一段上げよう!」
「待ってください」
撮影プロデューサーが止めるより早く、ヨモギはシミュレーターの設定を変更した。
フローラも送風装置の出力を引き上げる。
「シミュレーター出力、六十パーセント」
「送風も六十パーセント!」
「先ほど許可した一段階は、もう上げ終わっています!」
ジェシカも慌てて操作卓へ近づいた。
それでも、二人には聞こえていない。
撮影ブースへ、さらに強い風が吹き込んだ。
四度目の撮影が始まる。
魔物は出現と同時に攻撃を放った。
焔は重剣の腹で受け止め、足を滑らせながらも押し返した。
宗司は飛来する光弾を切り払い、そのまま魔物との距離を詰める。
フェリシティは低く身を沈め、頭上を通過した光弾へ火球をぶつけた。
爆発の余波に赤い髪を煽られながら、そのまま次の魔物へ斬りかかる。
やがて最後の魔物が光の粒となって消え、四度目の撮影が終わった。
三人とも剣を下ろさず、まだ次の指示を待っている。
ヨモギの金色の瞳が、モニターへ釘付けになった。
「この出力にも対応するのか」
「すごいね!」
フローラも最大出力の表示へ目を向ける。
「百パーセントなら、どうなるかな?」
撮影プロデューサーが操作卓へ駆け寄った。
「撮影の目的が変わっています!」
「もっと格好いい映像を撮るためだ」
「三人がどこまで耐えられるか試しているようにしか見えません!」
ジェシカも進行表を抱えたまま、そのあとを追う。
「フローラ様。恐れ入りますが、そのレバーから手を離してください」
口調こそ丁寧だったが、もう引き下がる様子はなかった。
「大丈夫よ。最大出力でも正常に動くように作られてるから」
「装置ではなく、中にいる皆様の心配をしております!」
その声が撮影ブースまで届いた。
フェリシティが真っ先に細剣を掲げる。
「六十パーセントで終わりですか? 私はまだいけまーす!」
焔も重剣を持ち上げた。
「ここまで来て、俺たちだけ降りられるかよ」
宗司は乱れた前髪をそのままに、剣を握り直した。
「続行に異論はない」
焔が横を見る。
「宗司、本当か?」
「焔こそ、無理をしているのではないか」
「してねえよ」
「ならば、続行できるな」
「当たり前だ!」
「私も続行できまーす!」
ヨモギは三人のやり取りを聞き、最大出力の項目へ指を伸ばした。
「決まりだな」
「うん!」
フローラの手が、送風装置のレバーへ掛かる。
撮影プロデューサーが青ざめた。
「待ちなさい!」
ヨモギがシミュレーターを最大出力へ変更する。
同時に、フローラがレバーを一番上まで押し上げた。
壁際に並んでいたすべての送風装置が、一斉に低い唸りを上げる。
音は瞬く間に大きくなり、撮影ブース全体を揺さぶる轟音へ変わった。
床に散っていた砂や細かな破片が、細かく震えながら動き始める。
「撮影開始!」
撮影プロデューサーの合図も待たず、フローラが叫んだ。
その声に合わせ、ヨモギが戦闘シミュレーターを起動する。
これまでとは比較にならない数の魔物が、崩壊した市街地へ出現した。
次の瞬間、すべての送風装置から噴き出した暴風が、撮影ブースを叩いた。
轟音がすべての声を呑み込み、地面の粉塵が壁のように巻き上がる。
軽量素材で作られた瓦礫が次々に宙へ浮き、路上を横切って反対側の壁へ激突した。
傾いた街灯が根元から大きくしなり、窓枠や看板まで激しく震えている。
三人の身体が、まとめて数歩分も後方へ押し流された。
「おい! さっきまでと違いすぎるぞ!」
焔が重剣を地面すれすれまで下ろし、風へ耐える。
宗司は剣を構えたまま、どうにか足を踏み出した。
「まだいけると言ったのは、お前だろう!」
「お前も問題ないって言っただろうが!」
フェリシティも細剣を両手で握り、前傾姿勢で風へ耐えている。
「私もまだいけるって言いましたー!」
「誇るところではない!」
魔物の群れが、三人へ一斉に襲いかかる。
焔が重剣を振るう。
刀身から放たれた炎は風を受け、真横へ長く引き延ばされた。
「俺の炎まで飛んでいったぞ!」
「制御しろ!」
「この風でどうしろってんだ!」
宗司が迫ってきた魔物を切り伏せる。
フェリシティも低く身を沈め、細剣の周囲へ火球を生み出した。
放たれた火球は風に流されながらも大きな弧を描き、別方向から魔物へ突き刺さる。
しかし、三人が踏み込むたびに靴底が床を滑り、身体が少しずつ後方へ流されていく。
壁際では、スタッフたちが機材や柱へしがみついていた。
ジェシカも固定された手すりを両腕で掴み、必死にその場へ踏みとどまっている。
「フローラ様! ヨモギ様! 止めてください!」
声を張り上げても、暴風の音に呑み込まれ、操作卓までは届かない。
固定されていなかった椅子が床を滑り、空になった機材ケースが回転しながら撮影ブースの端まで飛んでいく。
ジェシカが持っていた進行表も一瞬で手元から奪われ、ほかの台本や資料とともに天井付近を渦巻いていた。
撮影プロデューサーは操作卓の脚へ両腕でしがみつき、風圧に押されて床から半ば浮いている。
「止めろ! 今すぐ止めろ!」
操作卓にいたヨモギとフローラも、手すりへしがみついていた。
「あと少しだ!」
「すごく格好よく撮れてるよ!」
「格好よさを確認している場合じゃありません!」
それでも、送風装置はまだ最大出力へ達する途中だった。
唸りを上げていた回転音が、さらに一段高くなる。
撮影用ドローンは自動制御によって辛うじて姿勢を保ち、激しく揺れながら三人を追い続けていた。
焔と宗司は腰を落とし、重剣と剣を支えにして、どうにかその場へ踏みとどまっている。
その隣で、三人の中では最も小柄なフェリシティの靴底が、何度も床から浮き上がった。
「フェリシティ、姿勢を低くしろ!」
「やってまーす!」
「もっとだ!」
「これ以上は床に寝るしか――あっ、無理かもー!」
フェリシティの両足が床から離れた。
赤い髪を広げたまま、身体が風に持ち上げられる。
「フェリシティ!」
焔が手を伸ばし、その腕を掴んだ。
だが次の瞬間、焔の足まで床から浮いた。
「焔!」
宗司が焔の戦闘服を掴む。
三人の身体がまとめて風の中へ持ち上げられた。
「なぜ掴んだ!」
「助けようとしたんだよ!」
「二人とも重しになってないよー!」
「楽しそうに言うな!」
三人はつながったまま、風の中を横向きに流れていく。
壁際の送風装置から吹き出す風とぶつかり、空中で進行方向が変わった。
「うおおおおおおおおお!」
「焔、フェリシティを離せ!」
「離したらこいつだけ飛んでくだろうが!」
「もう全員飛んでいる!」
「私、飛んでまーす!」
「見れば分かる!」
三人は撮影用カメラの前を、凄まじい速さで通り過ぎた。
そのまま崩れた壁のセットへ向かい、直前で別方向からの風に押し戻される。
「また戻ってきたよー!」
「俺に言うな!」
フェリシティの身体が焔へぶつかり、続いて焔が宗司へ衝突した。
三人は絡まり合ったまま激しく回転し、セット外周に敷かれた安全マットの上空へ流されていく。
スタッフの悲鳴と、機材が倒れる音が重なった。
送風装置は、指示された最大出力で正常に動き続けている。
そのとき、撮影ブースの扉が開いた。




