↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
25/72

第10話:PV撮影は耐久試験ではない -その①-

――ワングル・インコーポレイテッド本社


ヨモギが作業机の上に広げていた資料をまとめていると、背後の扉が勢いよく開いた。


「ヨモギちゃん、遊ぼう!」


部屋へ入ってきたフローラの手には、二人分のゲーム機が握られている。


「今日は無理だ」


「どうして?」


「これから新型武器のPV撮影を見に行く」


ヨモギは資料を鞄へ入れ、机の端に置いていたタブレットも続けて鞄へ収めた。


ワングルとニャマゾンが共同開発した、次世代型魔導剣。


その性能を紹介するための撮影が、ニャマゾン所有のスタジオで行われることになっている。


「私も行く!」


「関係者しか入れない」


「私、ニャマゾンの令嬢だよ?」


「そういう時だけ令嬢になるな」


ヨモギは鞄を肩へ掛け、そのまま部屋を出ようとした。


しかし、フローラが先回りして扉の前へ立つ。


「邪魔だ」


「見学するだけだから!」


「お前が見学だけで終わったことがあるか?」


「あるよ!」


「いつだ」


フローラは口を閉じた。


ヨモギが横を通り抜けようとすると、フローラは二人分のゲーム機を片腕へ抱え直し、空いた手でヨモギの腕へしがみついた。


「私も行く!」


「離せ」


「連れていってくれるまで離さない!」


「子どもみたいなことをするな」


「ヨモギちゃんも子どもだよ?」


「お前と一緒にするな」


廊下の向こうから、迎えの秘書が姿を見せる。


腕へぶら下がるフローラを見たあと、困ったようにヨモギへ目を向けた。


「お車の準備が整いました」


「一人分でいい」


「セラフィナ様より、フローラ様もご同行の可能性があると伺っております」


ヨモギは黙り込んだ。


隣では、フローラが勝ち誇った顔をしている。


「最初から来るつもりだったのか」


「念のためだよ」


「何の念だ」


結局、ヨモギは腕へしがみついたままのフローラを連れ、エレベーターへ向かうことになった。


一階へ降りると、正面玄関の前には黒い車が停まっていた。


二人が後部座席へ乗り込むと、車は専用機の待つ空港へ向けて走り出す。


フローラは抱えていたゲーム機の一台をヨモギへ差し出した。


「飛行機の中で遊ぼう!」


「そのために持ってきたのか」


「念のためだよ」


「何の念だ」


それから二人はシンクレア家の専用機へ乗り換え、一時間余りの空路を経て、ニャマゾンの撮影スタジオへ向かった。


◇


――ニャマゾン・スタジオ


先に到着していたレオルは、ニャマゾン側の責任者との打ち合わせのため、別室へ移っていた。


広大な撮影ブースには、崩壊した市街地を模したセットが組まれていた。


傾いた街灯。


ひび割れた外壁。


道路には大小の瓦礫が散らばり、その奥では巨大なスクリーンが青白い光を放っている。


天井には複数の撮影用ドローンが待機し、壁際には戦場の風を再現するための大型送風装置が並んでいた。


撮影用モニターの前では、若い女性スタッフが進行表と機材の配置を何度も見比べている。


ニャマゾンの映像制作部へ配属されたばかりのジェシカだった。


今回は撮影プロデューサーの補佐として、機材の確認や出演者への連絡を任されている。


ヨモギとフローラに気づくと、ジェシカは慌てて進行表を胸元へ抱え、二人へ頭を下げた。


「フローラ様、ヨモギ様。本日はよろしくお願いいたします」


「よろしくね、ジェシカ」


フローラは笑顔で答え、そのまま壁際の送風装置へ目を向けた。


ジェシカの視線も、フローラを追って動く。


「あの、フローラ様。見学中は、できれば機材には触れないでいただけますでしょうか」


「見学するだけよ」


「はい。もちろん、そう伺っておりますが……」


ジェシカは答えながらも、不安そうに送風装置を見た。


ヨモギが隣で頷く。


「正しい判断だ」


「ヨモギちゃんまで!」


「ヨモギ様にも、できれば操作卓へは近づかないでいただけると……」


「ボクまでか?」


「申し訳ありません。念のためです」


ジェシカはもう一度、二人へ小さく頭を下げた。


撮影スタッフが機材の最終確認を進める中、ワングル側のイメージモデルを務める二人の男がセットの中央に立っている。


一人は、鍛え抜かれた体に赤黒い戦闘服をまとった獅子堂焔。


もう一人は、白と紺を基調とした装備を身につけた御剣宗司だった。


そのとき、撮影ブースの入口から明るい声が響いた。


「おはようございまーす!」


赤い髪を揺らしながら、一人の少女がブースへ入ってくる。


黒と深紅を基調とした戦闘服を身につけ、頭上へ大きく手を上げていた。


「ニャマゾン側のイメージモデルを務めます、フェリシティ・ブレイズです! インサイダーとしてデビューしたばっかりの新人ですが、よろしくー!」


勢いのまま頭を下げると、赤い髪まで一緒に跳ねた。


十八歳。


ヨモギより八歳年上だが、挨拶の落ち着きでは大差がなかった。


フェリシティはスタッフから細身の魔導剣を受け取り、焔と宗司の隣へ並ぶ。


三人の手に握られているのは、ワングルの戦術支援AIと、ニャマゾンの魔力制御技術を組み合わせた次世代型魔導剣《クロスリンク》。


焔が持つのは、幅広い刀身と高出力を備えた重剣型。


宗司が持つのは、属性付与と精密制御に特化した大剣型。


フェリシティが持つのは、魔力の放出と広域制御に特化した細剣型だった。


「久しぶりだな」


ヨモギが片手を上げる。


焔も重剣を肩へ担いだまま、顔を向けた。


「ヨモギか。また妙なものを作ったんじゃないだろうな」


「今回は共同開発だ。ボク一人の責任じゃない」


「その言い方をされると、余計に不安になるな」


宗司も剣を下ろし、ヨモギへ頷く。


「今日は見学か?」


「そのつもりだ」


ヨモギが答えたところで、隣にいたフローラが一歩前へ出た。


先ほどまでヨモギの腕へぶら下がっていた姿は、どこにもない。


背筋を伸ばし、両手を体の前で重ねる。


「初めまして。ニャマゾン・インコーポレイテッドのフローラ・プリムローズ・シンクレアと申します」


柔らかな微笑みを浮かべ、完璧な角度で頭を下げた。


「このたびは、弊社とワングル社の共同事業にご協力いただき、ありがとうございます。お三方のご活躍を間近で拝見できることを、心より楽しみにしております」


ヨモギがフローラを見る。


「……何だ、それ」


フローラは笑顔を崩さない。


「ご挨拶だよ?」


「ボクには一度もやったことがないぞ」


「ヨモギちゃんには必要ないでしょ?」


「どういう意味だ」


焔は重剣を床へ下ろし、フローラへ向き直った。


「獅子堂焔です。本日はよろしくお願いいたします」


先ほどまでの豪快な口調が消えている。


宗司も落ち着いた所作で頭を下げた。


「御剣宗司です。ご期待に添えるよう努めます」


フェリシティも慌てて背筋を伸ばした。


「改めまして、フェリシティ・ブレイズです! 全力で格好よく映りますので、よろしくお願いします!」


丁寧な言葉ではあったが、声の勢いは先ほどと変わっていない。


「ありがとうございます」


三人が挨拶を返し終えるまで、ヨモギだけがフローラの横顔を見つめていた。


撮影スタッフから声が掛かる。


「獅子堂さん、御剣さん、ブレイズさん。準備をお願いします!」


「はーい!」


フェリシティの声は最初から変わっていない。


「おう!」


焔の声も元へ戻る。


フローラは三人が離れた途端、いつもの笑顔でヨモギの腕を引いた。


「近くで見よう!」


「戻るのが早すぎるだろ」


「何が?」


「もういい」


ヨモギは追及を諦め、フローラとともに撮影用のモニター前へ移動した。


◇


最初の撮影は、予定どおりに進んだ。


スクリーンへ崩壊した都市の背景が映し出され、戦闘シミュレーターが複数の魔物を出現させる。


焔が重剣を振り抜くと、刀身から放たれた炎が魔物をまとめて呑み込んだ。


その横を宗司が駆け抜ける。


鋭い剣閃が二体の魔物を切り裂き、振り返ることなく次の標的へ向かう。


フェリシティが細剣を掲げると、刀身の周囲に複数の火球が生まれた。


火球は宗司の左右を通り抜け、それぞれ別の魔物へ突き刺さる。


三人の動きに合わせて撮影用ドローンが飛び、あらゆる角度から新型武器を捉えていた。


最後の魔物が光の粒となって消える。


焔と宗司が背中合わせに立ち、その前でフェリシティが細剣を掲げた。


「カット!」


撮影プロデューサーの声が響く。


スタッフから拍手が上がった。


「素晴らしいです! 動きも完璧でした!」


焔は重剣を肩へ戻し、宗司も剣を鞘へ納める。


フェリシティも細剣を下ろし、嬉しそうにスタッフへ手を振った。


モニターには、先ほど撮影された映像が再生されていた。


炎を背に立つ焔。


粉塵の中を駆け抜ける宗司。


赤い髪をなびかせ、火球を操るフェリシティ。


三人が扱う魔導剣も、光の軌跡まで綺麗に映っている。


撮影プロデューサーが満足そうに頷いた。


「これなら、予定より早く終わりそうですね」


「格好いいけど、実戦には見えない」


ヨモギの声に、周囲の拍手が止まった。


撮影プロデューサーが振り返る。


「どのあたりでしょうか?」


「風が弱すぎる。これだけ激しく戦っているのに、服も髪もほとんど動いてない」


フローラもモニターへ顔を近づける。


「魔物も三人が構えるまで待ってるよね」


映像の中では、焔が重剣を振り切るまで、次の魔物が少し離れた場所で止まっている。


「本当の魔物は、あんなにお行儀よく待ってくれないぞ」


「もっと一斉に襲ってきた方が格好いいよ!」


二人に言われ、撮影プロデューサーも映像を見直した。


完成度は高い。


しかし、整いすぎている。


実戦経験のある者が見れば、演出だとすぐに分かってしまう映像だった。


「……分かりました。シミュレーターと送風装置の出力を、一段階だけ上げましょう」


ヨモギとフローラの顔が同時に上がった。


「ボクがシミュレーターを調整する」


「じゃあ、私は風!」


二人はそのまま操作卓へ走っていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。