第10話:PV撮影は耐久試験ではない -その①-
――ワングル・インコーポレイテッド本社
ヨモギが作業机の上に広げていた資料をまとめていると、背後の扉が勢いよく開いた。
「ヨモギちゃん、遊ぼう!」
部屋へ入ってきたフローラの手には、二人分のゲーム機が握られている。
「今日は無理だ」
「どうして?」
「これから新型武器のPV撮影を見に行く」
ヨモギは資料を鞄へ入れ、机の端に置いていたタブレットも続けて鞄へ収めた。
ワングルとニャマゾンが共同開発した、次世代型魔導剣。
その性能を紹介するための撮影が、ニャマゾン所有のスタジオで行われることになっている。
「私も行く!」
「関係者しか入れない」
「私、ニャマゾンの令嬢だよ?」
「そういう時だけ令嬢になるな」
ヨモギは鞄を肩へ掛け、そのまま部屋を出ようとした。
しかし、フローラが先回りして扉の前へ立つ。
「邪魔だ」
「見学するだけだから!」
「お前が見学だけで終わったことがあるか?」
「あるよ!」
「いつだ」
フローラは口を閉じた。
ヨモギが横を通り抜けようとすると、フローラは二人分のゲーム機を片腕へ抱え直し、空いた手でヨモギの腕へしがみついた。
「私も行く!」
「離せ」
「連れていってくれるまで離さない!」
「子どもみたいなことをするな」
「ヨモギちゃんも子どもだよ?」
「お前と一緒にするな」
廊下の向こうから、迎えの秘書が姿を見せる。
腕へぶら下がるフローラを見たあと、困ったようにヨモギへ目を向けた。
「お車の準備が整いました」
「一人分でいい」
「セラフィナ様より、フローラ様もご同行の可能性があると伺っております」
ヨモギは黙り込んだ。
隣では、フローラが勝ち誇った顔をしている。
「最初から来るつもりだったのか」
「念のためだよ」
「何の念だ」
結局、ヨモギは腕へしがみついたままのフローラを連れ、エレベーターへ向かうことになった。
一階へ降りると、正面玄関の前には黒い車が停まっていた。
二人が後部座席へ乗り込むと、車は専用機の待つ空港へ向けて走り出す。
フローラは抱えていたゲーム機の一台をヨモギへ差し出した。
「飛行機の中で遊ぼう!」
「そのために持ってきたのか」
「念のためだよ」
「何の念だ」
それから二人はシンクレア家の専用機へ乗り換え、一時間余りの空路を経て、ニャマゾンの撮影スタジオへ向かった。
◇
――ニャマゾン・スタジオ
先に到着していたレオルは、ニャマゾン側の責任者との打ち合わせのため、別室へ移っていた。
広大な撮影ブースには、崩壊した市街地を模したセットが組まれていた。
傾いた街灯。
ひび割れた外壁。
道路には大小の瓦礫が散らばり、その奥では巨大なスクリーンが青白い光を放っている。
天井には複数の撮影用ドローンが待機し、壁際には戦場の風を再現するための大型送風装置が並んでいた。
撮影用モニターの前では、若い女性スタッフが進行表と機材の配置を何度も見比べている。
ニャマゾンの映像制作部へ配属されたばかりのジェシカだった。
今回は撮影プロデューサーの補佐として、機材の確認や出演者への連絡を任されている。
ヨモギとフローラに気づくと、ジェシカは慌てて進行表を胸元へ抱え、二人へ頭を下げた。
「フローラ様、ヨモギ様。本日はよろしくお願いいたします」
「よろしくね、ジェシカ」
フローラは笑顔で答え、そのまま壁際の送風装置へ目を向けた。
ジェシカの視線も、フローラを追って動く。
「あの、フローラ様。見学中は、できれば機材には触れないでいただけますでしょうか」
「見学するだけよ」
「はい。もちろん、そう伺っておりますが……」
ジェシカは答えながらも、不安そうに送風装置を見た。
ヨモギが隣で頷く。
「正しい判断だ」
「ヨモギちゃんまで!」
「ヨモギ様にも、できれば操作卓へは近づかないでいただけると……」
「ボクまでか?」
「申し訳ありません。念のためです」
ジェシカはもう一度、二人へ小さく頭を下げた。
撮影スタッフが機材の最終確認を進める中、ワングル側のイメージモデルを務める二人の男がセットの中央に立っている。
一人は、鍛え抜かれた体に赤黒い戦闘服をまとった獅子堂焔。
もう一人は、白と紺を基調とした装備を身につけた御剣宗司だった。
そのとき、撮影ブースの入口から明るい声が響いた。
「おはようございまーす!」
赤い髪を揺らしながら、一人の少女がブースへ入ってくる。
黒と深紅を基調とした戦闘服を身につけ、頭上へ大きく手を上げていた。
「ニャマゾン側のイメージモデルを務めます、フェリシティ・ブレイズです! インサイダーとしてデビューしたばっかりの新人ですが、よろしくー!」
勢いのまま頭を下げると、赤い髪まで一緒に跳ねた。
十八歳。
ヨモギより八歳年上だが、挨拶の落ち着きでは大差がなかった。
フェリシティはスタッフから細身の魔導剣を受け取り、焔と宗司の隣へ並ぶ。
三人の手に握られているのは、ワングルの戦術支援AIと、ニャマゾンの魔力制御技術を組み合わせた次世代型魔導剣。
焔が持つのは、幅広い刀身と高出力を備えた重剣型。
宗司が持つのは、属性付与と精密制御に特化した大剣型。
フェリシティが持つのは、魔力の放出と広域制御に特化した細剣型だった。
「久しぶりだな」
ヨモギが片手を上げる。
焔も重剣を肩へ担いだまま、顔を向けた。
「ヨモギか。また妙なものを作ったんじゃないだろうな」
「今回は共同開発だ。ボク一人の責任じゃない」
「その言い方をされると、余計に不安になるな」
宗司も剣を下ろし、ヨモギへ頷く。
「今日は見学か?」
「そのつもりだ」
ヨモギが答えたところで、隣にいたフローラが一歩前へ出た。
先ほどまでヨモギの腕へぶら下がっていた姿は、どこにもない。
背筋を伸ばし、両手を体の前で重ねる。
「初めまして。ニャマゾン・インコーポレイテッドのフローラ・プリムローズ・シンクレアと申します」
柔らかな微笑みを浮かべ、完璧な角度で頭を下げた。
「このたびは、弊社とワングル社の共同事業にご協力いただき、ありがとうございます。お三方のご活躍を間近で拝見できることを、心より楽しみにしております」
ヨモギがフローラを見る。
「……何だ、それ」
フローラは笑顔を崩さない。
「ご挨拶だよ?」
「ボクには一度もやったことがないぞ」
「ヨモギちゃんには必要ないでしょ?」
「どういう意味だ」
焔は重剣を床へ下ろし、フローラへ向き直った。
「獅子堂焔です。本日はよろしくお願いいたします」
先ほどまでの豪快な口調が消えている。
宗司も落ち着いた所作で頭を下げた。
「御剣宗司です。ご期待に添えるよう努めます」
フェリシティも慌てて背筋を伸ばした。
「改めまして、フェリシティ・ブレイズです! 全力で格好よく映りますので、よろしくお願いします!」
丁寧な言葉ではあったが、声の勢いは先ほどと変わっていない。
「ありがとうございます」
三人が挨拶を返し終えるまで、ヨモギだけがフローラの横顔を見つめていた。
撮影スタッフから声が掛かる。
「獅子堂さん、御剣さん、ブレイズさん。準備をお願いします!」
「はーい!」
フェリシティの声は最初から変わっていない。
「おう!」
焔の声も元へ戻る。
フローラは三人が離れた途端、いつもの笑顔でヨモギの腕を引いた。
「近くで見よう!」
「戻るのが早すぎるだろ」
「何が?」
「もういい」
ヨモギは追及を諦め、フローラとともに撮影用のモニター前へ移動した。
◇
最初の撮影は、予定どおりに進んだ。
スクリーンへ崩壊した都市の背景が映し出され、戦闘シミュレーターが複数の魔物を出現させる。
焔が重剣を振り抜くと、刀身から放たれた炎が魔物をまとめて呑み込んだ。
その横を宗司が駆け抜ける。
鋭い剣閃が二体の魔物を切り裂き、振り返ることなく次の標的へ向かう。
フェリシティが細剣を掲げると、刀身の周囲に複数の火球が生まれた。
火球は宗司の左右を通り抜け、それぞれ別の魔物へ突き刺さる。
三人の動きに合わせて撮影用ドローンが飛び、あらゆる角度から新型武器を捉えていた。
最後の魔物が光の粒となって消える。
焔と宗司が背中合わせに立ち、その前でフェリシティが細剣を掲げた。
「カット!」
撮影プロデューサーの声が響く。
スタッフから拍手が上がった。
「素晴らしいです! 動きも完璧でした!」
焔は重剣を肩へ戻し、宗司も剣を鞘へ納める。
フェリシティも細剣を下ろし、嬉しそうにスタッフへ手を振った。
モニターには、先ほど撮影された映像が再生されていた。
炎を背に立つ焔。
粉塵の中を駆け抜ける宗司。
赤い髪をなびかせ、火球を操るフェリシティ。
三人が扱う魔導剣も、光の軌跡まで綺麗に映っている。
撮影プロデューサーが満足そうに頷いた。
「これなら、予定より早く終わりそうですね」
「格好いいけど、実戦には見えない」
ヨモギの声に、周囲の拍手が止まった。
撮影プロデューサーが振り返る。
「どのあたりでしょうか?」
「風が弱すぎる。これだけ激しく戦っているのに、服も髪もほとんど動いてない」
フローラもモニターへ顔を近づける。
「魔物も三人が構えるまで待ってるよね」
映像の中では、焔が重剣を振り切るまで、次の魔物が少し離れた場所で止まっている。
「本当の魔物は、あんなにお行儀よく待ってくれないぞ」
「もっと一斉に襲ってきた方が格好いいよ!」
二人に言われ、撮影プロデューサーも映像を見直した。
完成度は高い。
しかし、整いすぎている。
実戦経験のある者が見れば、演出だとすぐに分かってしまう映像だった。
「……分かりました。シミュレーターと送風装置の出力を、一段階だけ上げましょう」
ヨモギとフローラの顔が同時に上がった。
「ボクがシミュレーターを調整する」
「じゃあ、私は風!」
二人はそのまま操作卓へ走っていった。




