第9話:新型ドライヤーを発表しよう -その②-
「でも、これだけじゃないよ!」
隣にいたフローラが、勢いよく手を上げる。
会議室中の視線が、一斉に集まった。
嫌な予感を覚えたヨモギが、隣へ顔を向ける。
「……何をする気だ」
「もっと早く乾かす方法もあるの」
「そんな機能はつけてないぞ」
「あるよ」
フローラは会議室を見回した。
実演に使えそうな相手を探し、最前列に座っていた商品開発部長へ目を留める。
男の髪は短かったが、頭頂部まで豊かに生え揃っていた。
「短い髪なら、すぐ終わるよ!」
「私か?」
「はい!」
先ほどの実演が成功していたこともあり、商品開発部長はさほど疑うことなく椅子へ座った。
係の社員が、男の髪を軽く濡らす。
「フローラ、普通に使え」
「大丈夫だよ。少しだけ強くするから」
フローラは猫型ドライヤーを持ち上げた。
指先が、先ほど用途を聞いた接続口へ触れた。
「ここから魔力を足すと、光も風も強くなるの!」
「待て。それは出力を調べるための――」
ヨモギが止めるより早く、桃色の光が本体へ流れ込んだ。
想定を超える魔力入力を受け、連動する電気側の出力まで一気に跳ね上がった。
猫型ドライヤーの両目が、眩しいほど強く輝く。
「ほら!」
「ほら、じゃない! 今すぐ止めろ!」
「少しくらい大丈夫だよ。保護機能もあるんでしょ?」
「もう十分に強くなってる!」
フローラがスイッチを入れた。
直後、猫の口から凄まじい風が噴き出した。
机の上に積まれていた資料が、一斉に宙へ舞い上がる。
「うわっ!」
「書類を押さえろ!」
悲鳴とともに、社員たちが飛び散った資料へ手を伸ばした。
強烈な風を正面から受け、商品開発部長の髪が激しく後ろへなびく。
「フローラ、止めろ!」
「まだ乾いてないよ!」
「止めろと言ってるんだ!」
フローラはさらに魔力を流し込んだ。
猫型ドライヤーの内部から、甲高い音が響き始める。
本来なら広く拡散するはずの光が、照射口に刻まれた猫の輪郭を保ったまま、狭い範囲へ収束していく。
猫の顔をかたどった光が、商品開発部長の頭へぴたりと重なった。
「ほら、こうするともっと早く――」
そこで、鼻を突く異臭が会議室に漂った。
商品開発部長が、何度か鼻を動かす。
「何か、焦げ臭くないか?」
ヨモギの顔から血の気が引いた。
「止めろおおおおお!」
猫型ドライヤーへ飛びつき、フローラの手から奪い取る。そのまま強引にスイッチを切った。
風と光が止まり、宙を舞っていた資料が床へ落ちていく。
会議室に沈黙が訪れた。
商品開発部長の頭から、細い煙が立ち上っている。
「きゃあああああああ!」
女性社員の悲鳴が響いた。
「頭! 頭が燃えてます!」
「すぐに冷やすよ!」
フローラが両手を伸ばす。
桃色の光とともに冷たい水の膜が広がり、商品開発部長の頭を包み込んだ。
触れたそばから白い蒸気が立ち上る。
ヨモギは商品開発部長のもとへ駆け寄り、頭皮の状態を確認した。
幸い、火傷はなかった。
高出力になっても、頭皮を守るための保護術式だけは正常に働いていた。
しかし、その上にあった髪までは守られていない。
頭頂部の髪が、綺麗に消えていた。
丸い輪郭。
その上部から突き出した、二つの三角形。
左右へ伸びる、三本ずつの細い線。
猫の顔だった。
商品開発部長の頭に、猫の顔をかたどった巨大な禿げができていた。
商品開発部長は、近くの社員から差し出された鏡を受け取った。
映し出された頭頂部を見て、その手が震える。
「……猫?」
誰かが、堪えきれずに吹き出した。
それをきっかけに、会議室のあちこちから笑い声が漏れる。
口元を押さえる者。
背を向け、肩を震わせる者。
床へ落ちた資料を拾うふりをして、顔を伏せる者。
やがて我慢の限界を迎えた一人が声を上げ、会議室は大きな笑いに包まれた。
「ぎゃああああああああああっ!」
商品開発部長の絶叫が、そのすべてをかき消した。
「俺の髪が! 猫になってる! 俺の髪がああああああっ!」
「本当に申し訳ない!」
ヨモギは勢いよく頭を下げた。
「すぐに治療の手配をする! 必要な費用も、ボクが全部――」
「大丈夫ですよ!」
フローラが明るい声を上げる。
全員の視線が集まった。
「火傷はないし、髪はまた生えてきます!」
「この頭を見て、何が大丈夫なんですか!」
商品開発部長が、猫の顔になった頭頂部を指差す。
会議室の端で、また誰かが吹き出した。
ヨモギは顔を上げ、フローラを睨んだ。
「大丈夫なわけがないだろ!」
「でも、本当に生えてくるよ?」
「そういう問題じゃない!」
「猫の形も綺麗に出てるし」
「お前は黙ってろ!」
ヨモギはもう一度、商品開発部長へ深く頭を下げた。
周囲では、笑いを堪える社員たちが床へ散らばった資料を拾い集めている。
その中で、レオルは腕を組んだまま、猫型ドライヤーを見つめていた。
商品開発部長は鏡を机へ置くと、猫型ドライヤーを睨みつけた。
「性能そのものは申し分ありません!」
怒声が、会議室の壁を震わせる。
「ですが! 異常な魔力入力を遮断できず、電気側の出力まで連動して暴走する現状では、このまま市場へ出すことはできません!」
「制御装置を直せばいい!」
ヨモギが顔を上げる。
「出力制限も追加する。接続口だって塞ぐ! 今度は絶対に――」
「当面、開発は凍結します!」
机の上に残っていた犬型ドライヤーも、社員の手で箱へ戻された。
ヨモギはその光景を呆然と見つめる。
何度も改良を重ね、ようやく完成させた試作品だった。
商品化の寸前まで進んでいたものが、わずか数分で二つとも棚上げになってしまった。
「犬型は何もしてないぞ……」
「構造は同じですので!」
商品開発部長は、まだ怒りが収まらないまま言い放った。
「犬型なら大丈夫だよ」
フローラが箱の中を覗き込む。
ヨモギは疑うような目を向けた。
「何が大丈夫なんだ」
「魔力を入れすぎても、犬の形に禿げるだけだから」
「何も大丈夫じゃないだろ!」
ヨモギの怒声が、会議室中へ響き渡った。




