第9話:新型ドライヤーを発表しよう -その①-
――ワングル・インコーポレイテッド本社・商品開発棟
白い布を掛けた展示台の上に、二つの試作品が並んでいた。
一つは、丸い猫の頭を模したもの。
本体には三角形の耳がつき、正面には猫の顔をかたどった照射口がある。
その口の部分が、風の出口になっていた。
隣に置かれているのは、垂れた耳を持つ犬型だった。
「猫だ!」
フローラが目を輝かせ、展示台へ駆け寄る。
「ドライヤーだ」
「犬もいる!」
「それもドライヤーだ」
ヨモギは猫型の本体を持ち上げると、底に取りつけた魔石を確認した。
今日、ワングルの商品開発部で発表するために作った試作品である。
「これ、ヨモギちゃんが作ったの?」
「そうだ。普通のドライヤーは、熱と強い風で髪を乾かすだろ」
「うん。髪が長いと時間がかかるよ」
「だから、風で水分を飛ばすのをやめた」
「ドライヤーなのに?」
フローラが不思議そうに首を傾げる。
ヨモギは展示台の脇に用意してあった濡れた布を持ち上げた。
「特殊な光で、水分だけを温める。弱い風で蒸気を逃がしながら、髪の表面を整える仕組みだ」
猫型ドライヤーのスイッチを入れる。
両目に淡い金色の光が灯り、猫の顔をかたどった照射口から柔らかな光が広がった。
風は、ほとんど感じない。
それでも、濡れていた布の表面からは細かな蒸気が立ち始めていた。
ヨモギが布の上でゆっくりとドライヤーを動かすたび、残っていた水分が消えていく。
一分も経たないうちに、布は完全に乾いていた。
フローラが手を伸ばし、その表面に触れる。
「熱くない!」
「通常出力なら、光は水分だけに反応する。頭皮には別の保護術式も入れてある」
「すごいね!」
「髪も傷みにくい。魔力膜の乱れを整えるから、乾かしたあとは艶も出るぞ」
ヨモギは得意げに胸を張った。
猫型と犬型で、性能に違いはない。
使う者が好みに合わせて選べるよう、外装だけを二種類用意していた。
「絶対に売れるよ!」
「そのための発表だ」
フローラは猫型ドライヤーを横から覗き込み、本体の後部にある小さな接続口を指さした。
「これは何?」
「性能試験用の外部入力端子だ。試験装置から魔力を流して、出力を調べる」
「私も手伝う!」
「絶対にそこへ触るなよ」
「分かってるよ!」
返事だけは迷いがなかった。
それが、ヨモギには少し不安だった。
やがて発表の時間になり、二人は試作品を持って会議室へ移動した。
室内には、ワングルの商品開発部や魔導技術部の責任者たちが集まっている。
正面の席には、レオルもいた。
「ヨモギ」
レオルが低い声で呼びかける。
「今日は試作品の性能を確認するだけだ。危険なことはするな」
「分かってる」
「フローラもだ」
「大丈夫です!」
フローラが元気よく手を上げた。
レオルはしばらく二人を見つめたあと、眉間を押さえた。
発表が始まる。
ヨモギは展示台の前に立ち、試作品の仕組みと従来製品との違いを説明した。
説明が終わると、実演役の女性社員が、濡れた長い髪を背に流して椅子へ腰掛けた。
「それでは、実際に使用する」
ヨモギは猫型ドライヤーを手に取り、スイッチを入れた。
猫の両目に金色の光が灯り、照射口から広がった光と弱い風が、濡れた髪を柔らかく包み込む。
ヨモギが毛先まで光を当て終えるころには、水分は消え、髪には自然な艶が生まれていた。
女性社員が、自分の髪に触れる。
「すごい……。全然熱くありません」
指を通しても引っかからない。
「いつものドライヤーより、ずっとまとまっています」
その言葉を聞き、商品開発部の責任者たちが次々と席を立った。
実際に髪へ触れ、乾き具合や仕上がりを確かめていく。
「この時間で完全に乾くのか」
「魔導式と電気式を組み合わせたハイブリッドだ」
ヨモギは猫型ドライヤーを持ち上げ、展示台に置かれた内部構造図を示した。
「電気で送風と制御装置を動かし、魔力で水分だけに反応する光を作る。二つの出力を同期させることで、少ない風でも短時間で乾かせるようにした」
「なるほど。魔力と電気を組み合わせることで、それぞれの消費を抑えながら、十分な性能を引き出しているのか」
「消費魔力も電力も、従来製品の半分以下だ」
「音もほとんどしない。これなら夜間でも使えるな」
「猫型だけではなく、犬型もあるのか」
次々と評価の声が上がった。
ヨモギは腕を組み、満足そうに頷く。
試作品の性能には自信があった。
魔力と電気の出力は、内部の制御装置によって常に最適な比率に保たれている。
本来なら、どちらか一方だけが必要以上に強くなることもない。
このまま進めば、正式な商品化も決まるはずだった。




