第7話:アニメエキスポと大きなお友達 -その②-
『コスプレ大会・参加者受付』
ヨモギは案内板を見た。
次に、フローラを見る。
最後に、大きなキャリーケースへ視線を落とした。
「……最初からこれが目的だったな?」
「参加賞の限定グッズが欲しいの!」
「一人で出ろよ」
「二人一組じゃないともらえないの!」
フローラは胸元から参加証を二枚取り出した。
すでに申し込みまで終わっている。
「ボクの名前、勝手に使ったのか?」
「ちゃんとヨモギちゃんで登録したよ」
「そういう意味じゃない!」
「大丈夫。衣装も用意してあるから!」
フローラはキャリーケースを開いた。
中には、二人分の衣装が丁寧に収められていた。
一着は、ピンクと白を基調とした華やかな魔法少女の衣装。
もう一着は、黒と紫を基調とした無口な相棒キャラクターの衣装だった。
その周囲には靴や手袋、髪飾りが並び、作中で使用される杖や小さな魔道具まで揃えられている。
どれも、店で売られているような簡単な仮装用の品には見えなかった。
布地の質から縫製、細かな装飾に至るまで、異様なほど完成度が高い。
ヨモギは黒い衣装を持ち上げ、自分の肩へ当ててみた。
どう見ても、自分の体格に合わせて作られている。
「……何でボクのサイズまで分かるんだ?」
「前にヨモギちゃんの服を借りたとき、調べたの」
「勝手に服を漁るな」
「借りただけだよ?」
「ボクは貸してない」
「だから、返しておいたよ」
「それは借りたって言わないんだよ」
フローラは黒い衣装を抱え、ヨモギへ差し出した。
「ねっ。一緒に出よう?」
「やだ」
「参加賞、ここでしかもらえないの」
「知るか」
「世界で二千個しかないの」
「多いじゃん」
「そのうち二個が、私たちのものになるんだよ!」
「ならない。出ないから」
フローラの目が潤み始めた。
ヨモギは一歩下がる。
「その手はもう使っただろ」
「ヨモギちゃん……」
「泣いても無駄だぞ」
「衣装、ヨモギちゃんに似合うと思って……」
「着ない」
「二人で並びたかったの……」
「一人で並べ」
「にゃんにゃんは、一人じゃ変身できないの……」
フローラの瞳から、涙が一粒落ちた。
ヨモギは歯を食いしばる。
視線を逸らす。
もう一度見る。
フローラは衣装を抱えたまま、じっとこちらを見つめていた。
「……一回だけだからな」
「本当!?」
涙が止まった。
「終わったらすぐ着替える」
「うん!」
「写真も撮らない」
「分かった!」
「絶対だぞ」
「大丈夫!」
返事だけは、いつもいい。
ヨモギは諦めたように、衣装を受け取った。
更衣室から出てきたフローラへ、周囲の参加者たちが次々と目を向けた。
フローラが扮しているのは、主人公の魔法少女「にゃんにゃん」だった。
ピンクと白の衣装は、ピンクと銀が混じる腰までの髪にもよく似合っている。
細かな装飾も、作中のものとほとんど同じだった。
フローラは杖を胸元へ寄せ、少しだけ首を傾ける。
「みんなの笑顔は、私が守るよ!」
作中の決め台詞。
声の高さも、表情も、指先の角度まで完璧だった。
近くにいた参加者から歓声が上がる。
「すごい!」
「本物みたい!」
「衣装、どこで作ったんですか?」
フローラは笑顔で手を振った。
その後ろから、無口な相棒「猫猫」に扮したヨモギが出てくる。
黒と紫を基調とした衣装に、猫耳のついた帽子と短い外套。
腰には、作中で使われる小型の魔道具まで下げていた。
ヨモギは不機嫌そうに眉を寄せたまま、帽子の位置を直していた。
「フローラ。終わったら覚えてろよ」
その姿を見た参加者たちが、再び沸いた。
「猫猫だ!」
「顔までそっくり!」
「表情の再現度がすごい!」
「……何だ、こいつら」
ヨモギの眉間に、さらに皺が寄る。
それを見て、周囲の歓声が大きくなった。
作中の猫猫も、ほとんど笑わず、いつも不機嫌そうな顔で明るい魔法少女の隣を歩いている。
口数は少なく、何かを頼まれるたびに露骨に嫌そうな顔をする。
それでも最後には、文句を言いながら必ず手を貸した。
ヨモギは役を演じているつもりなどなかった。
ただ、本当に帰りたいだけだった。
それなのに、周囲の目には、その態度まで猫猫そのものに映っていた。
「ヨモギちゃん、すごく似合ってるよ!」
「うるさい」
「その台詞、猫猫も言ってた!」
「知らない」
「それも言ってた!」
「もう喋らない」
「完璧!」
フローラは嬉しそうにヨモギの腕へ抱きついた。
ヨモギは振りほどこうとする。
そのやり取りまで、作中の二人にそっくりだった。
やがて、会場にコスプレ大会の開始を告げるアナウンスが響いた。
ステージ前へ観客が集まり、参加者たちは係員の案内に従って舞台袖へ並んでいく。
フローラもヨモギの腕を抱えたまま、その列へ向かった。
「もう離せ。逃げないから」
「本当?」
「今はな」
フローラは満足そうに腕を離した。
ほどなくして、コスプレ大会が始まった。
参加者は順番にステージへ上がり、短い演技や決め台詞を披露していく。
華やかな衣装や巨大な武器が次々と現れ、魔法を使った光の演出が会場を沸かせる。
どの組も、それぞれに工夫を凝らしていた。
やがて、フローラとヨモギの名前が呼ばれる。
「行くよ、ヨモギちゃん!」
「一人で行け」
「二人一組だよ!」
フローラに腕を引かれ、ヨモギもステージへ上がった。
まばゆい照明が二人を照らし、その向こうには、子どもたちや保護者、最前列を埋め尽くす大きなお友達の姿が見えた。
観客の視線が、一斉に二人へ集まる。
ヨモギは反射的に半歩下がった。
「……聞いてないぞ」
「大会だから、みんな見るよ?」
「帰る」
ヨモギが踵を返す。
フローラはすぐに、その外套をつかんだ。
「待って、猫猫!」
作中の主人公と同じ声で、同じように自分を呼ぶ。
ヨモギは振り返り、心の底から嫌そうな顔をした。
「離せ」
「お願い。一緒に戦って!」
「勝手にしろ」
「猫猫がいないと、みんなを守れないよ!」
フローラは両手で杖を握り、まっすぐヨモギを見つめる。
瞳には、今にも涙が浮かびそうだった。
これまで何度も見せられた顔。
ヨモギは数秒だけ黙り込む。
やがて、深いため息をついた。
「……一回だけだからな」
会場が大きく沸いた。
「すごい!」
「あの名場面の再現だ!」
「猫猫、そのままだ!」
ヨモギの頬が引きつる。
フローラは満面の笑みで、その手を取った。
ステージに並んだ二人は、あまりにも対照的だった。
フローラは誰よりも明るい笑顔を浮かべ、その隣でヨモギは今すぐにでも帰りたそうな仏頂面をしている。
そのままフローラは役になりきって演技を終え、ヨモギは本気で不機嫌なままステージを降りた。
それでも、会場には大きな拍手が残った。
ヨモギは逃げるようにステージを離れ、会場の壁際まで移動した。
その後も参加者たちの演技は続いた。
フローラは楽しそうにステージを眺めていたが、ヨモギは壁にもたれたまま、何度も出口の方へ目を向けている。
やがて最後の組が演技を終えると、司会者が審査に入ることを告げた。
待っている間に、スタッフから参加賞の袋が配られる。
ヨモギは目的の品が入っていることを確かめると、ようやく帰れるとばかりに袋を抱えた。
ほどなくして審査が終わり、参加者たちは再びステージの前へ集められた。
結果発表が始まる。
三位。
二位。
名前が呼ばれるたび、参加者たちがステージへ上がっていく。
「目的のものは手に入っただろ。もう帰るぞ」
「待って。まだ優勝があるよ」
「ボクたちのわけないだろ」
「そうかな?」
「何もしてないじゃん」
司会者が封筒を開いた。
「それでは、今年のコスプレ大会――優勝者を発表します!」
会場が静かになる。
「フローラさんとヨモギさんのペアです!」
大歓声が上がった。
ヨモギは動かなかった。
フローラが両手を上げる。
「やったぁ!」
「何でだよ」
「ヨモギちゃんが猫猫そのものだったからだよ!」
「ボクは何もしてないぞ」
「何もしなくても完璧だったの!」
「それ、褒めてないだろ」
二人は再びステージへ上げられ、記念品と優勝トロフィーを手渡された。
フローラは完璧な笑顔を浮かべ、ヨモギは隣で納得のいかない顔を崩さない。
すると、司会者が声を上げた。
「それでは、優勝者の記念撮影を行います! お二人は中央へお願いします!」
会場の照明が二人へ集まり、正面に並んだ何台ものカメラが一斉に向けられる。
その後ろでは、一般参加者たちまで端末を構え始めていた。
ヨモギの顔から、すっと表情が消えた。
「……写真?」
「うん。優勝したからね!」
「写真は撮らないって約束しただろ」
「したけど、優勝したんだよ!」
「関係ない」
「いいじゃん、いいじゃん! 一枚だけ!」
「よくない。ボクは撮らない」
「ヨモギちゃん、こっち向いて!」
フローラが手招きする。
無数のレンズが、ヨモギへ向いた。




