第7話:アニメエキスポと大きなお友達 -その①-
休日の朝。
ヨモギは自室のソファに寝転がり、端末でゲームをしていた。
画面の中では、完全武装した兵士たちが敵の拠点へ突入している。
残り時間は三分。
敵は二十六人。
ヨモギは無駄のない操作で、一人ずつ確実に倒していく。
その横から、別の端末が差し込まれた。
「ヨモギちゃん、見て!」
「邪魔」
「今年もアニメエキスポがあるんだって!」
「今、忙しい」
「『魔法少女・猫猫にゃんにゃん』も出展するよ!」
「知らない」
「ヨモギちゃんも一緒に見たでしょ!」
「お前に無理やり見せられただけだ」
端末には、色鮮やかなイベント広告が表示されていた。
人気アニメ『魔法少女・猫猫にゃんにゃん』。
限定グッズの販売。
出演者によるトークイベント。
そして、一般参加型のコスプレ大会。
フローラはヨモギのすぐ隣へ腰を下ろし、さらに端末を近づけた。
「行こうよ、ヨモギちゃん!」
「やだ。人多いし、めんどい」
「お願い! 一生のお願い!」
「お前の一生、何回あるんだよ」
「今回で三回目!」
「もう二回使い切ってるじゃん」
「だから、これが最後!」
「次も同じこと言うだろ」
ヨモギは端末を押し戻し、ゲームへ視線を戻した。
フローラは諦めない。
ヨモギの袖をつかみ、軽く引く。
ヨモギは画面から目を離さない。
今度は、さっきよりも強く引いた。
「行こうよぉ」
「行かない」
「限定グッズがあるの」
「一人で行け」
「一人だと寂しいよ」
「会場に何万人もいるだろ」
「ヨモギちゃんがいないと寂しいの!」
「知らない」
残る敵は一人。
ヨモギが照準を合わせたところで、隣が妙に静かなことに気づいた。
画面から目を離すと、フローラが床に座り込んでいた。
両手でヨモギの服をつかみ、目には大粒の涙を浮かべている。
「お願い……」
「やめろ」
「一緒に行きたいの……」
「服が伸びる」
「ヨモギちゃんと行きたいのぉ……!」
フローラはそのまま床へ伏せた。
ヨモギが立ち上がると、服をつかんだまま引きずられてくる。
「離せ」
「行ってくれるまで離さない!」
「しがみつくな!」
「行きたいー!」
「子どもみたいなことするな!」
「ヨモギちゃんが連れていってくれないからでしょ!」
「ボクのせいにするな!」
フローラは頬を床につけたまま、さらに強く服を握った。
ヨモギが歩いても、そのまま床の上をついてくる。
「限定グッズ……」
「……知らない」
「会場でしか、もらえないの……」
「……知らない」
「お願い……ヨモギちゃん……」
鼻をすする音が聞こえる。
ヨモギは天井を見上げた。
大きなため息が、部屋の中へ落ちる。
「……分かった」
フローラが顔を上げた。
「行ってくれるの?」
「分かった。分かったから泣くな」
「やったぁ!」
さっきまでの涙が嘘のように消えた。
フローラは勢いよく立ち上がり、その場で両手を上げる。
ヨモギの顔が引きつった。
「お前、絶対に泣いてなかっただろ」
「泣いてたよ?」
「今、一瞬で止まったじゃん」
「嬉しくなったから!」
「……めんどくさ」
ヨモギが端末へ目を戻すと、画面には大きく『敗北』と表示されていた。
その隣で、フローラは早くも会場案内を開き、楽しそうに予定を組み始めている。
「最初はどこから回ろうかなぁ」
ヨモギは返事もせず、ソファへ深く沈み込んだ。
◇
アニメエキスポ当日。
会場前の広場には、朝早くから長い列ができていた。
巨大な展示施設の壁には、いくつもの人気作品の広告が並んでいる。
キャラクターの格好をした参加者たちが歩き、あちこちで写真撮影が始まっていた。
ヨモギは人の多さを見た瞬間、帰りたくなった。
「……やっぱ帰る」
「まだ入ってもいないよ!」
「もう十分見た」
「建物しか見てないよ!」
フローラはヨモギの腕へしがみつく。
その足元には、大きなキャリーケースがあった。
二人分の旅行用品を詰めても、まだ余裕がありそうな大きさだった。
「何だよ、それ」
「必要なものが入ってるの」
「グッズを買う前からいっぱいじゃん」
「大丈夫。帰りはもっと大きくなるから」
「どうやってだよ」
「入りきらなかったら、もう一個買うの!」
「何しに来たんだ、お前」
フローラは楽しそうにキャリーケースを引き、入場口へ向かう。
ヨモギが中身を尋ねても、笑うだけで答えなかった。
嫌な予感がする。
けれど、ここまで来て一人で帰れば、また泣きながら追いかけてくる。
ヨモギは諦めて、その後ろを歩いた。
会場内には、外とは比べものにならないほど多くの人が集まっていた。
左右に並ぶ企業ブース。
天井近くまで届く大型映像。
限定商品を求めて伸びる列。
会場のあちこちから、音楽や歓声が聞こえてくる。
フローラは入場してすぐに会場案内を開いた。
「まずは、こっちから行こう!」
「猫猫のところじゃないのか?」
「それは最後! せっかく来たんだから、いろいろ見ないと!」
フローラはヨモギの返事を待たず、最初に目についたブースへ向かった。
人気アニメの巨大ロボットを見上げ、最新作の映像に足を止め、限定グッズが並ぶ売り場では端から端まで商品を確認していく。
着ぐるみのキャラクターを見つければ一緒に写真を撮ろうとヨモギを呼び、断られると一人で何枚も撮った。
その次に立ち寄ったのは、新作ゲームの体験ブースだった。
画面の中に現れる敵を制限時間内に倒し、得点を競うらしい。
「ヨモギちゃん、やってみる?」
「子ども向けじゃん」
そう言いながらも、ヨモギは端末を受け取った。
ゲームが始まった途端、その指が迷いなく動き出す。
次々と敵を倒し、最後に表示された得点は、その日の最高記録を大きく塗り替えていた。
周囲から歓声が上がる。
「すごい! ヨモギちゃん、一位だよ!」
「敵の動きが単純すぎる」
「楽しかった?」
「別に」
ヨモギは興味がないような顔で端末を返したが、記念品として渡された限定バッジは捨てずにポケットへ入れた。
それからも、フローラは気になるブースを見つけるたびに足を止めた。
ヨモギは何度も帰ろうと口にしながら、結局はその後ろについて歩く。
そうして会場をひと通り回ったあと、フローラは満足そうに会場案内を閉じた。
「次はいよいよ、猫猫にゃんにゃんだよ!」
「ようやくか……」
子ども向けの作品も多い。
当然、親子連れもいる。
しかし、『魔法少女・猫猫にゃんにゃん』のブースへ近づくにつれ、様子が変わっていった。
子どもよりも、大人の方が多い。
キャラクターの絵が大きく印刷された服。
腕いっぱいにつけられた飾り。
同じキャラクターのぬいぐるみが、鞄の表面を埋め尽くしている。
頭には猫耳。
手には光る応援用の棒。
全身を『猫猫にゃんにゃん』のグッズで固めた男性たちが、真剣な顔で限定商品の一覧を確認していた。
ヨモギの足が止まる。
「……うわ。無理」
「ヨモギちゃん、声に出てるよ」
「何であんなに同じのつけてるんだよ」
「全部少しずつ違うんだよ」
「同じ顔じゃん」
「右向きと左向きがあるでしょ?」
「向きしか違わないじゃん」
「笑ってるのと、ちょっと笑ってるのもあるよ」
「同じだろ」
「全然違うよ!」
近くにいた男性が、胸元につけた二つの飾りを見比べる。
右向きの顔と、左向きの顔。
その視線が、二つの間を何度か往復した。
ヨモギと目が合うと、男性は大切そうに飾りを手で隠した。
フローラは気にする様子もなく、ヨモギの手を引いて進む。
限定グッズの販売列には向かわない。
ステージにも向かわない。
そのまま会場の端にある通路へ入り、大きく掲げられた案内板の前で止まった。




