第6話:工具店へ行こう -その②-
会計を終えた時には、部品の入った袋が五つに増えていた。
そのうち三つを使用人に預け、残りの二つはヨモギが自分で持った。
「次は菓子店だよ」
「まだ行くのか?」
「昨日、約束したでしょ?」
「工具店しか約束してない」
「工具店の近くにあるお店って話もしたよ?」
「お前が勝手に並べてただけだ」
そう言いながらも、ヨモギは車の方へ戻らなかった。
フローラと並び、通りの先へ歩いていく。
菓子店の前まで来ると、焼きたての菓子の甘い匂いが漂ってきた。
硝子越しの棚には、果物の入った透明なゼリーや、小さな花を飾ったケーキ、宝石のような砂糖菓子が色とりどりに並んでいる。
その隣には、何種類ものドーナツが積み上げられていた。
フローラがヨモギを見る。
「ドーナツあるよ?」
「見れば分かる」
「昨日、二つ食べてたよね」
「あれは余ってたからだ」
「他のお菓子も余ってたよ?」
ヨモギは部品の袋を使用人へ預けると、先に店へ入った。
フローラも笑いながら続く。
店内を一周する頃には、フローラの籠は菓子でいっぱいになっていた。
ヨモギは籠から半分ほど取り出し、棚へ戻していく。
「こんなに食べられないだろ」
「みんなで食べれば大丈夫だよ」
「誰と食べるんだ」
「ヨモギちゃん」
「ボクを人数に入れるな」
そう言いながら、ヨモギは戻したばかりのドーナツを一つだけ籠へ入れ直した。
会計を待つ間、フローラの目が冷蔵棚で止まる。
透明なゼリーの中に、星の形に切られた果物が浮かんでいた。
器の中へ、小さな夜空を閉じ込めたように見える。
「綺麗……」
フローラはしばらく眺めていたが、自分の籠にたくさんの菓子が入っていることに気づき、そのまま列へ戻った。
ヨモギは何も言わなかった。
やがて会計を済ませ、二人が店を出ると、ヨモギは使用人から工具店の袋を一つ受け取った。
袋を開き、中身をもう一度確認する。
袋の奥に、買った覚えのない細長い箱が入っていた。
取り出して蓋を開けると、小型の精密締め具が収まっている。
締めつける力を細かく調整できる、新型の工具だった。
店内で見つけたものの、今使っている物でも作業はできるため、棚へ戻したはずだった。
「これ、何だ」
フローラが隣から箱を覗く。
「私が買ったの」
「何で勝手に入れた」
「ヨモギちゃん、三回見てたから」
「見ただけだ」
「星環の留め具を締めるのに使えるでしょ?」
ヨモギは工具の側面に記された数値を確かめた。
今回使う留め具に必要な値は、きちんと対応範囲に収まっている。
「……規格が違ったらどうするつもりだったんだ」
「違った?」
「合ってる」
「よかった!」
フローラは満足そうに笑った。
ヨモギは箱を袋へ戻すと、今度は菓子店の袋を開いた。
中から星形の果物が入ったゼリーを出し、フローラへ差し出す。
「これ」
フローラは両手で受け取った。
「私に?」
「搬送機の試験用だ」
「試験?」
「中身を崩さずに運べるか確かめる。柔らかい物の方が分かりやすい」
「でも、試したあとは食べていいんだよね?」
「壊れてなかったらな」
フローラは容器を光に透かした。
透明なゼリーの中で、星が輝いている。
「ありがとう、ヨモギちゃん」
「試験用だって言ってるだろ」
「うん。試験が終わったら一緒に食べようね」
「何でボクまで食べることになってるんだ」
ヨモギは工具の袋を抱え直した。
耳の先だけが、髪の間で動いていた。
使用人たちが荷物を車へ積み終えると、二人も後部座席へ乗り込んだ。
車が走り出してからも、フローラは膝の上のゼリーを何度も光に透かしていた。
「落とすなよ」
「大丈夫。試験が終わるまで、ちゃんと守るから」
「食べる気しかないだろ」
「ヨモギちゃんは食べないの?」
「食べない」
そう答えながら、ヨモギは足元に置かれた部品の袋へ目を落とした。
どの順番で組み込むか、すでに頭の中で考え始めている。
窓の外では、古い煉瓦造りの店が少しずつ遠ざかっていった。
やがて大きな建物が並ぶ中心街を抜け、見慣れた屋敷の塀が見えてくる。
車は屋敷の正門をくぐり、石畳の車寄せを進んで玄関前で停まった。
扉が開くなり、ヨモギは部品の袋を抱えて車を降りる。
フローラもゼリーを両手で持ち、そのあとを追った。
二人は使用人たちが運ぶ残りの荷物とともに、そのまま作業部屋へ向かった。
買い集めた部品を机いっぱいに広げると、金属板や工具の触れ合う硬い音が次々と響いた。
ヨモギが骨組みを組み、その横でフローラが魔導線へ属性ごとの魔力を流していく。
細い線を光が走り、星環の結晶が一つずつ灯った。
緑と桃色の外装板は、互い違いに取りつけられている。
「やっぱり一色の方がよかった」
「二色の方が可愛いよ」
「機械に可愛さはいらない」
「じゃあ、何で角を丸くしたの?」
フローラは机へ身を寄せ、丸みを帯びた外装を指でなぞった。
「荷物を傷つけないためだ」
「ここの形、猫の耳みたいだよ?」
「部品をつけたらそうなっただけだ!」
言い返しながら、ヨモギは最後の留め具を締める。
組み上がった搬送機には、四本の短い脚と小さな荷台がついていた。
正面から見ると、二枚の固定板が耳のように突き出している。
フローラが星のゼリーを荷台へ載せると、透明な中身が作業灯を受けて揺れた。
ヨモギは追従核に手を置き、自分の魔力を登録する。
手のひらから流れ込んだ魔力が、核の奥に光を灯した。
「起動するぞ」
三つの結晶が同時に光る。
かすかな駆動音とともに、搬送機が四本の脚で立ち上がった。
ヨモギが右へ一歩動く。
搬送機も、少し遅れて右へ進んだ。
続けて左へ回り込むと、四本の脚が次々と向きを変え、荷台を水平に保ったまま追いかけてくる。
「できた!」
フローラが手を叩いた。
「まだだ。段差を試してない」
ヨモギは搬送機の進行方向へ本を置き、小さな段差を作った。
搬送機が前脚を本へ載せる。
四本の脚が高さに合わせて順に曲がり、機体を持ち上げながら段差へ乗り上げた。
後脚が床に残っている間も、荷台はほとんど傾かない。
そのまま本を越えても、ゼリーの中の星は元の位置に浮かんでいた。
「成功だね!」
「当然だ」
ヨモギが得意そうに搬送機を持ち上げる。
その横から、フローラも星環に触れた。
指先から桃色の光が流れ込み、結晶が明るく輝く。
ヨモギの手の中で、搬送機の脚が動き始めた。
そのまま手を離れ、今度はフローラの足元へ向かう。
「おい」
フローラが反対側へ動く。
搬送機も向きを変え、そのあとをついていく。
「ヨモギちゃん、私にもついてくるよ!」
「何でだ。登録したのはボクの魔力だぞ」
「星環に、私の魔力を流したからかな?」
ヨモギが手を伸ばす。
搬送機はこちらへ戻りかけるが、途中で向きを変え、再びフローラの方へ進んでいった。
ヨモギがもう一度呼ぶ。
また途中まで近づき、フローラの足元へ引き返す。
「ボクが作ったんだぞ!」
「星環は私が見つけたよ?」
「追従核の登録を勝手に変えるな!」
「変えてないよ?」
二人の間を、搬送機が何度も往復する。
荷台に載せられたゼリーだけは、少しも揺れていない。
やがて搬送機は、二人のちょうど真ん中で止まった。
片方を選ぶことを諦めたように、四本の脚を折り曲げて床へ座り込む。
ヨモギとフローラは同時に、目の前の搬送機を見下ろした。
「……星環から魔力が逆流して、追従核まで共同登録になってる」
「じゃあ、二人の物だね!」
「違う。あとで直す」
「一緒に使えばいいよ?」
「お前は絶対にお菓子ばかり運ばせるだろ」
「工具も運ぶよ」
「割合は」
「半分ずつ」
フローラは菓子の袋からドーナツの入った小箱を取り出し、搬送機の荷台へ載せた。
ゼリーの横に、箱が一つ増える。
「もう半分がお菓子じゃないか!」
「ヨモギちゃんの分だよ?」
ヨモギの言葉が止まった。
小箱の中には、昨日二つ食べていたものと同じドーナツが入っている。
ヨモギが荷台へ手を伸ばす。
すると、搬送機はヨモギの方へ歩き始めた。
「あっ、私の分も入ってるよ」
フローラが呼び戻すと、搬送機はその場で向きを変えた。
「先にボクへ寄越せ!」
ヨモギが再び呼ぶ。
搬送機はまた方向を変え、ヨモギの方へ戻っていく。
「ヨモギちゃん、呼ばないでよ」
「お前こそ呼ぶな!」
二人が交互に呼ぶたび、搬送機は何度も向きを変えた。
右へ。
左へ。
また右へ。
四本の脚が、次第に速く床を叩き始める。
「ちょっと速くなってない?」
「命令が重なってるんだ! お前は呼ぶな!」
「ヨモギちゃんが呼ばなければいいんじゃない?」
「ボクの搬送機だぞ!」
「二人の物だよ?」
搬送機は、さらに速度を上げた。
二人の間を駆け回る姿が見えなくなり、緑と桃色の残光だけが作業部屋を往復する。
床を叩く音が一つにつながった。
「わああああああ!」
「やばい! 止まれ!」
ボンッ!
搬送機の中央から黒い煙が噴き出した。
勢いを失った機体は床を滑り、ヨモギの足元で止まる。
作業部屋には、シューッという音だけが残った。
「……壊れたね」
「お前が何度も呼ぶからだ!」
「ヨモギちゃんも呼んでたよ?」
「ボクは止めようとしてたんだ!」
「最後まで呼んでたよ?」
ヨモギは口を閉じた。
搬送機の荷台では、星のゼリーが元の形を保っている。
その横に置かれたドーナツの箱も、少しもずれていなかった。
フローラは箱を開け、自分の分を取り出す。
「ちゃんと運べたね!」
「壊れたら意味がないだろ!」
ヨモギは煙が収まるのを待つと、搬送機を持ち上げ、作業机へ戻した。
「今度は、もっと速くしても壊れないようにしようね」
「お前はもう触るな!」
二人の間で、四本の脚を力なく投げ出した搬送機が、弱々しく灯りを点滅させていた。




