第6話:工具店へ行こう -その①-
朝食を終えると、ヨモギは帰る支度を始めた。
持ってきた服に着替え、借りた寝間着を畳む。
ようやく腕の痺れも取れてきたところで、扉の向こうからフローラが顔を覗かせた。
「ヨモギちゃん、準備できた?」
「今、帰るところだ」
「うん。その前に工具店へ行こう」
「何でそうなるんだ」
廊下へ出ると、フローラはすでに外出用のワンピースへ着替えていた。
その後ろでは、使用人が二人分の鞄を持って待っている。
「また今度って言っただろ。今日とは言ってない」
「でも、新しい部品が入ったお店があるんでしょ?」
昨夜、眠る前に自分で話したことだった。
ヨモギは口を閉じる。
工具店へ行きたいのは事実だった。
ただし、フローラまで連れていくつもりはない。
「見るだけだからな」
「うん!」
「勝手に触るなよ」
「分かった!」
返事だけはよかった。
ヨモギは信用していなかったが、玄関の前にはすでに車が用意されている。
昨日に続き、今日の予定まで勝手に決められていた。
「帰りに、ヨモギちゃんの枕も見ようね」
「持ってくるとは言ったが、ここに置くとは言ってない!」
「うん!」
フローラは楽しそうに車へ乗り込んだ。
ヨモギも渋々そのあとへ続く。
車は本邸を離れ、大きな建物が並ぶ中心街を抜けていった。
やがて、古い煉瓦造りの店が軒を連ねる細い通りで車が停まった。
店先の看板には、歯車や工具を模した飾りが取りつけられている。
通りを進む職人たちの多くは、工具箱や部品の詰まった袋を抱えていた。
車から降りたフローラが、周囲を見回す。
淡い色のワンピースに、小さな鞄。
髪にも服と同じ色のリボンが結ばれている。
その隣で、ヨモギはパーカーにショートパンツという、いつも通りのラフな格好をしていた。
「ヨモギちゃん、着替えなくてよかったの?」
「部品を買うだけだぞ。何で着替える必要があるんだ」
フローラは、自分の服へ目を落とした。
「私も、もっと動きやすい格好にすればよかったかな?」
「何を着ても、お前は十分もしないうちに汚すだろ」
「そんなに早く汚さないよ?」
ヨモギは返事の代わりに、通りの奥へ向かう。
フローラがすぐに追いかけ、使用人たちも少し距離を空けて二人のあとへ続いた。
何軒もの店先を通り過ぎたところで、ヨモギの足が止まる。
そこは、通りの中でもひときわ古びた店だった。
窓には用途の分からない金属部品が隙間なく並び、入口の看板は片側へ傾いている。
ヨモギがためらいなく扉を開けると、頭上で鈴が鳴った。
開いた扉の向こうは、天井まで届く棚で埋め尽くされている。
棚には大小さまざまな歯車や色とりどりの魔導線、加工前の魔石が所狭しと詰め込まれ、箱へ収まりきらない金属板まで壁へ立てかけられていた。
フローラは、その光景を前に入口で足を止めた。
「すごい……!」
「触るなよ。何に使うか分からない物もあるからな」
「これ、何?」
フローラが早速、棚から突き出ていた棒を指した。
「高圧魔力管の洗浄器具」
「こっちは?」
「歯車の溝を測るやつ」
「じゃあ、これは?」
フローラの手が、別の部品へ伸びる。
「触るなって言っただろ!」
店の奥から、眼鏡を掛けた男性店員が出てきた。
二人の姿を見ると、棚の端に置かれている色鮮やかな箱を示す。
「子ども向けの工作用品なら、こちらですよ」
ヨモギは、必要な部品を迷いなく挙げた。
「六ミリ以下の魔導歯車。低出力の追従核。耐熱銀線を二メートルはあるか?」
店員は眼鏡の位置を直した。
「……何を作るつもりです?」
「小型搬送機」
「設計図は?」
「頭に入ってる」
ヨモギは棚の間へ入り、迷うことなく必要な部品を選び始めた。
歯車の厚みを確かめ、魔導線の被膜を爪で押す。
同じ形の部品が並んでいても、わずかな傷や歪みを見つけるとすぐに箱へ戻した。
フローラはその後ろをついて歩く。
最初は棚を眺めていたが、やがてヨモギの手元を見るようになった。
「その丸いのは?」
「追従核。登録した魔力を追いかける」
「ヨモギちゃんのあとをついてくるの?」
「ちゃんと完成すればな」
「荷物も持ってくれる?」
「そのための搬送機だ」
「お菓子も?」
「重量内なら運べる」
フローラの目が輝いた。
「たくさん載せられるようにしよう!」
「工具を運ぶために作るんだ!」
必要な物は順調に集まっていった。
しかし、一番奥の棚まで確かめたところで、ヨモギの手が止まった。
目的の部品が見当たらない。
ヨモギは店員の方を振り返る。
「三軸姿勢制御環は?」
「その大きさの物は、先月で生産が終わりましたよ。新型は大型機械用だけです」
「取り寄せは」
「製造元にも残っていないでしょうね」
ヨモギは空になった棚を見上げた。
三軸姿勢制御環がなければ、搬送機は曲がるたびに荷台を傾けてしまう。
二軸のものでも平地なら動かせるが、段差や坂道には対応できない。
「別の店には?」
「この一帯で小型のものを扱っていたのは、うちだけです」
ヨモギは抱えていた部品へ目を落とした。
残された方法は、手に入る大型の姿勢制御環に合わせて設計を変えることだった。
だが、本体を大きくすれば、追従核にも今より高い出力が必要になる。
必要な魔石が増えれば、そのぶん機体も重くなっていく。
頭の中で組み上げていた形が、根本から崩れた。
「ヨモギちゃん」
ヨモギは返事をせず、別の構造を探し続けた。
「ヨモギちゃん、これじゃだめ?」
声に顔を上げると、フローラが細い銀色の輪を持って立っていた。
輪の周りには三つの小さな結晶が浮かび、淡い桃色の光を放っている。
「それは舞台用の星環だ。姿勢制御には使えない」
「でも、傾けても結晶は同じ場所にいるよ?」
フローラが輪を傾ける。
三つの結晶はそれぞれ別の方向へ滑り、中心の位置を保った。
ヨモギの目が、銀色の輪へ戻る。
「光を綺麗に見せるための商品ですよ」
店員が説明した。
「役者が動いても、三つの光が同じ高さを保つように作られています。ただし、出力はほとんどありません」
「動かす力が弱いなら、軽くすればいいんじゃない?」
フローラが星環をヨモギへ差し出した。
ヨモギはそれを受け取り、輪の内側に刻まれた術式を目で追う。
制御そのものは簡素だった。
だが、周囲に浮かぶ三つの結晶が別々の方向へ動くことで、輪の傾きを打ち消している。
星環の出力に合わせて、本体そのものを軽くする。
荷台を広げて傾きを抑えるのではなく、追従核の真上へ重心を集めればいい。
頭の中で崩れていた設計が、別の形へ組み直されていく。
「……使えるかもしれない」
「本当?」
「外装を半分以下の重さにする。脚の構造も簡略化して、重心を追従核の真上へ寄せる。荷台の下にこれを入れれば、段差でも水平を保てる」
ヨモギは近くの棚から薄い金属板を取り出し、指で弾いて音を確かめた。
「でも、このままだと星環を固定できない」
「これは?」
声に顔を上げると、フローラが別の箱を持っていた。
中には、舞台衣装へ星環を取りつけるための留め具が入っている。
ヨモギは箱の中とフローラの顔を交互に見た。
「……どこにあった」
「隣に置いてあったよ?」
ヨモギは箱から留め具を一つ取り出し、星環へ当ててみた。
寸法は合っている。
少し加工すれば、本体の骨組みにも接続できそうだった。
「これも買う」
「やった!」
「何でお前が喜ぶんだ」
「一緒に見つけたから」
フローラは箱に残っていた留め具もまとめて籠へ入れると、今度は桃色と緑色の薄い外装板を持ってきた。
「これはいらない」
「外側につけようよ」
「重くなる」
「すごく薄いよ?」
「色をつけても性能は変わらない」
「毎日使うなら、可愛い方がいいよ」
ヨモギは緑色の外装板を持ち上げ、手の中で重さを確かめた。
色はともかく、通常の金属板より軽い。
耐久性も、内側の骨組みを補強すれば補える。
「……緑だけでいい」
「桃色もあった方が可愛いよ?」
「ボクの機械だぞ」
「星環を見つけたのは私だよ?」
二人はそれぞれの外装板を持ったまま、しばらく向かい合った。
最終的に、二枚とも籠へ収まった。




