第3話:身代金が安すぎる -その④-
オレンジ色の炎が膨れ上がり、吹き飛んだ部品が四方へ散っていく。
「ヨモギちゃん、後ろの車が爆発したよ!」
「ボクは何もしてない! 勝手に突っ込んだんだ!」
もう一台の協会車両は炎の手前で急停止し、それ以上追ってこなかった。
すでに黒い車は、次の角を曲がっていた。
「逃げ切った!」
フローラが両手を上げる。
「ボクにかかれば、これくらい余裕だ」
ヨモギは得意そうに答えた。
その直後、道路脇に置かれていたごみ箱へ車体の側面をぶつける。
ごみ箱が派手な音を立てて転がった。
「今のは?」
「当たり判定がおかしい」
「現実にも当たり判定ってあるの?」
「うるさい」
ヨモギは何事もなかったようにハンドルを握り直す。
二人を乗せた黒い車は、傷だらけの車体をがたがたと揺らしながら、グリフィン家の屋敷へ向かって走り続けた。
屋敷では、大勢の警備員が慌ただしく動き回っていた。
ヨモギとフローラが連れ去られたとの報告を受け、両家の関係者が集まっている。
玄関前には、ヨモギの父レオルと母ヘルガ。
その隣には、フローラの母セラフィナと父アレクサンダーが並んでいた。
その時、正門の方角から激しいエンジン音が聞こえてきた。
門の前に立っていた警備員たちが、一斉に振り返る。
道の向こうから、黒い大型車が速度を落とさないまま迫ってきていた。
「停まれ!」
警備員の一人が制止する。
だが、車は減速しない。
二人の警備員が、轢かれる寸前で左右へ飛び退いた。
次の瞬間、大型車が正門へ突っ込む。
激しい音とともに金属製の門扉が内側へ弾け、黒い車体がそのまま敷地内へ飛び込んできた。
玄関前にいた全員が振り返る。
「どけ!」
レオルの声が響き、進路上にいた警備員たちが慌てて左右へ退いた。
車はそのまま玄関前の噴水へ向かって突き進み、直前で急ブレーキをかけた。
タイヤが石畳を滑り、車体が大きく横を向く。
噴水まで、あと数センチ。
そこでようやく、エンジン音が止まった。
運転席の扉が開く。
サングラスをかけたヨモギが降りてきた。
続いて助手席から、同じくサングラスをかけたフローラが姿を現す。
「ただいま」
その場にいた全員が固まった。
真っ先に駆け出したヘルガが、ヨモギを強く抱きしめる。
セラフィナもフローラのもとへ駆け寄り、その身体を両腕で包み込んだ。
それぞれが娘に怪我がないことを確かめ、ようやく安堵の息を吐く。
「無事だったのね……」
「うん。ヨモギちゃんが助けてくれたの」
「お前も手伝っただろ」
レオルもヨモギたちの前へ歩み寄り、その場に膝をついた。
いつもの威厳は消え、顔には安堵が浮かんでいる。
「よく帰ってきた。二人とも、本当に無事で――」
言葉の途中で、レオルの視線が黒い車へ向いた。
フロント部分には、無数の傷。
側面は大きくへこんでいる。
後部には、工事区画を飛び越えた際についた泥がこびりついていた。
「……この車は?」
「誘拐犯の」
ヨモギが答えた。
「誰が運転してきた?」
「ボク」
「誰が?」
「ボク」
レオルの表情が消えた。
その横で、警備員の一人が通信端末を耳へ当てている。
「総帥。インサイダー協会から連絡です」
「何だ」
「誘拐犯の車両を発見し、停止を命じたものの、そのまま逃走。市街地を暴走したあと、工事区画を飛び越えて行方をくらませたと」
全員の視線が、ヨモギへ集まった。
「……それ、ボクたちだな」
「ヨモギ」
レオルの声が低くなる。
「何で逃げた」
「車を盗んだのがばれると思って」
「協会は誘拐犯の車だと分かって追っていたんだ! 止まれば、その場で保護してもらえただろう!」
「先に言えよ」
「拡声器で止まれと言ったはずだ!」
「言ってたね」
フローラが頷いた。
「あなたも止めなかったのですか?」
セラフィナが尋ねる。
「変装すれば大丈夫だと思って」
フローラはサングラスを少し下げた。
「これで」
アレクサンダーが額へ手を当てる。
「それは変装ではない」
「でも、目元は隠れてるよ?」
「車も服も顔も、そのままだろう!」
「途中からは《光の幻影》も使ったよ」
「協会員の目を欺くために、魔法を使ったのですか?」
セラフィナの声から温度が消えた。
フローラの背筋が伸びる。
「……使いました」
「二人とも、中へ入りなさい」
「でも、誘拐犯は全部倒したぞ」
「それはあとで聞く!」
「ボクが拘束具を外して、スプリンクラーと電源ケーブルを――」
「それもあとだ!」
「フローラが犯人の経営計画を見直してる間に」
「何をしていたの!?」
両家の親たちによる叱責が、玄関前に響き渡った。
二人はそのまま屋敷の中へ連れていかれ、並んで椅子へ座らされた。
向かいには、両家の親たちがいる。
ほどなくして、倉庫へ向かったインサイダー協会員から、犯人たちは全員、命に別状はなく、そのまま逮捕されたとの連絡が入った。
追跡に当たった協会員にも大きな怪我はなく、誘拐事件そのものは無事に解決した。
しかし、それで二人の行動まで許されるわけではない。
無免許で車を運転したこと。
犯人の車を勝手に持ち出したこと。
協会の停止命令を無視したこと。
市街地を猛スピードで走り抜けたこと。
幻術を使って追跡を妨害したこと。
工事区画を車で飛び越えたこと。
協会車両を二台も事故に巻き込み、屋敷の正門まで壊したこと。
その一つひとつが確認されるたび、ヨモギとフローラへの説教は長くなっていった。
「分かりましたか?」
セラフィナが尋ねる。
フローラは素直に頷いた。
「分かりました」
レオルがヨモギを見る。
「お前は?」
「分かった」
「では、何が悪かったか言ってみろ」
「協会に見つかる前に、もっと早く変装しなかったこと」
「何も分かってないだろ!」
レオルの声が、屋敷中へ響き渡った。
隣で、フローラがヨモギの袖を引く。
「ヨモギちゃん」
「何だよ」
「今度は、私が運転してみたい」
「お前、ゲームも下手だろ」
「練習すれば大丈夫だよ」
「じゃあ、次はボクが助手席で教えて――」
「次はありません!」
四人の声が重なった。
ヨモギとフローラは顔を見合わせる。
そのまま、同時に口を閉じた。




