第七話:跳ねる少年
引っ越してきてから、半年がたった。
新しい家に胸を躍らせていたころの気持ちは、もう残っていない。
夜になるたび、どこからともなく聞こえる足音。
誰もいないはずの廊下で、ふいに鳴るきしみ。
最初は「気のせいだ」と笑い飛ばしていた母も、今では小さな物音にいちいち肩をすくめるようになっていた。
ヨシコも同じだった。
トイレに立つだけで、廊下の暗がりが妙に気になってしまう。
用事もないのに、居間の電気をつけっぱなしにしてしまう夜が増えた。
せっかく建てた新居なのに、もう引っ越したい。
そんな言葉が、母とヨシコの口から、何度こぼれたか分からない。
ただ一人、森家の大黒柱だけは違っていた。
「お化けやとか幽霊とか、くだらん妄想や」
ヨシコたちが怖がるたび、父は鼻で笑った。
眉ひとつ動かさず、テレビのチャンネルを変えながら、いつもと変わらぬ調子で言い放つ。
「ビビりすぎや。ようそんなもんで騒げるな」
その頑なさが、心強いような、分かってもらえないような、複雑な気持ちをヨシコに残していた。
そんなある日の夜のことだった。
その日は父の仕事が早く終わり、晩ごはんのときから、いつもより酒のペースが早かった。
顔は真っ赤で、ろれつも少し怪しい。
「飲みすぎとちがう?」
母がそう言うと、父は「こんなん、まだまだや」と笑って、もう一杯注いだ。
やがて、やっと自分の足で歩ける程度まで酔っぱらった父は、いつもより一時間ほど早く、ふらふらと二階の寝室へと上がっていった。
そのころ、母とヨシコは一階の居間でテレビを見ていた。
タマはお気に入りのクッションの上で、腹を上に向けて、のびきっている。
テレビの明かりと、冷蔵庫の低い唸り。
いつもと変わらない、夜の空気。
その穏やかさを、突然、二階からの叫び声が切り裂いた。
「なんやー! うぉー!! 〇×▽──!」
意味の分からないうなり声と、叫び声が混ざり合って、家じゅうに響き渡る。
母とヨシコは、思わず顔を見合わせた。
「さすがに飲みすぎたんかな……」
ヨシコがそうつぶやき、立ち上がる。
母は慌てて台所に行き、水差しに冷たい水をたっぷり満たし、コップと一緒にお盆にのせて、ヨシコの後を追った。
ぎしぎしと階段が鳴る。
父の叫び声はもう聞こえない。
その静けさが、かえって不気味だった。
二階の廊下は、しんと静まりかえっていた。
寝室のドアの前で、ヨシコは一度、ごくりとつばを飲み込む。
「お父さん?」
ノックしても返事はない。
ヨシコはそっとドアノブを回し、ゆっくりと扉を開けた。
見えた光景に、思わず息をのむ。
ベッドの上に、父が正座していた。
布団はぐちゃぐちゃに乱れ、枕は床に落ちている。
父はパジャマ姿のまま、ベッドの中央で背筋だけはまっすぐに伸ばし、しかし目の焦点はどこにも合っていない。
「お父さん、大丈夫?」




