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ヤバイ家  作者: 森好子


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7/12

第七話:跳ねる少年

 引っ越してきてから、半年がたった。

 新しい家に胸を躍らせていたころの気持ちは、もう残っていない。


 夜になるたび、どこからともなく聞こえる足音。

 誰もいないはずの廊下で、ふいに鳴るきしみ。

 最初は「気のせいだ」と笑い飛ばしていた母も、今では小さな物音にいちいち肩をすくめるようになっていた。


 ヨシコも同じだった。

 トイレに立つだけで、廊下の暗がりが妙に気になってしまう。

 用事もないのに、居間の電気をつけっぱなしにしてしまう夜が増えた。


 せっかく建てた新居なのに、もう引っ越したい。

 そんな言葉が、母とヨシコの口から、何度こぼれたか分からない。


 ただ一人、森家の大黒柱だけは違っていた。


「お化けやとか幽霊とか、くだらん妄想や」


 ヨシコたちが怖がるたび、父は鼻で笑った。

 眉ひとつ動かさず、テレビのチャンネルを変えながら、いつもと変わらぬ調子で言い放つ。


「ビビりすぎや。ようそんなもんで騒げるな」


 その頑なさが、心強いような、分かってもらえないような、複雑な気持ちをヨシコに残していた。



 そんなある日の夜のことだった。


 その日は父の仕事が早く終わり、晩ごはんのときから、いつもより酒のペースが早かった。

 顔は真っ赤で、ろれつも少し怪しい。


「飲みすぎとちがう?」

 母がそう言うと、父は「こんなん、まだまだや」と笑って、もう一杯注いだ。


 やがて、やっと自分の足で歩ける程度まで酔っぱらった父は、いつもより一時間ほど早く、ふらふらと二階の寝室へと上がっていった。


 そのころ、母とヨシコは一階の居間でテレビを見ていた。

 タマはお気に入りのクッションの上で、腹を上に向けて、のびきっている。

 テレビの明かりと、冷蔵庫の低い唸り。

 いつもと変わらない、夜の空気。


 その穏やかさを、突然、二階からの叫び声が切り裂いた。


「なんやー! うぉー!! 〇×▽──!」


 意味の分からないうなり声と、叫び声が混ざり合って、家じゅうに響き渡る。


 母とヨシコは、思わず顔を見合わせた。


「さすがに飲みすぎたんかな……」


 ヨシコがそうつぶやき、立ち上がる。

 母は慌てて台所に行き、水差しに冷たい水をたっぷり満たし、コップと一緒にお盆にのせて、ヨシコの後を追った。


 ぎしぎしと階段が鳴る。

 父の叫び声はもう聞こえない。

 その静けさが、かえって不気味だった。



 二階の廊下は、しんと静まりかえっていた。

 寝室のドアの前で、ヨシコは一度、ごくりとつばを飲み込む。


「お父さん?」


 ノックしても返事はない。

 ヨシコはそっとドアノブを回し、ゆっくりと扉を開けた。


 見えた光景に、思わず息をのむ。


 ベッドの上に、父が正座していた。

 布団はぐちゃぐちゃに乱れ、枕は床に落ちている。

 父はパジャマ姿のまま、ベッドの中央で背筋だけはまっすぐに伸ばし、しかし目の焦点はどこにも合っていない。


「お父さん、大丈夫?」


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