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ヤバイ家  作者: 森好子


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3/12

第三話:タオル取って!

 あのころ、女子高生のあいだでは「朝シャン」が常識になりつつあった。

 「朝のシャンプー」が当たり前になり、洗面台で髪が洗えるシャンプードレッサーも大流行していた。


 ヨシコたちの新居にも、シャンプードレッサーとまではいかないが、水道の蛇口がシャワーになっていて伸ばせるタイプの洗面台がついていた。

 夜のうちにシャンプーしてブローまで決めておいても、朝起きると寝癖で髪が爆発してしまうヨシコにとって、洗面台での朝シャンは、朝ごはんを抜いてでも欠かせない作業だった。


 引っ越して数日たった、ある日の朝。

 念願の朝シャンをしようと、ヨシコは脱衣所で洗面台のシャワーと格闘していた。


 まだ朝シャンに慣れていないヨシコは、水量の調節がうまくできない。

 強く出すぎたシャワーがあちこちに飛び散り、脱衣所の床はあっという間に水びたしになった。


 そこへ、廊下から母の声が飛んでくる。


「ヨシコ! 何やってるの。脱衣所が水びたしじゃない。ちゃんと床を拭いておいてよ」


 ちょうどリンスを流し終えて、ほっと一息ついたところだった。

 けれど、リンスが目に入ってしまい、ヨシコは目を開けられない。


「おかあさーん、タオル取って。お願いしまーす」


 すぐ横に手を伸ばせば、タオル掛けにタオルがかかっているのはわかっている。

 それでも、怒った声でまくしたてる母の勢いをそぎたくて、わざと甘えた声を出した。


「甘ったれるんじゃないわよ。自分で取りなさいよ」


 母はすかさずそう言い返す。

 だが、ヨシコも負けていない。


「タオル取ってよ!お願いでごぜえますだぁ」


 最後は志村けん風の口調で責めてみる。

 そのときだった。


 母の目の前で、タオル掛けにかかっていたタオルが、するすると落ちていったのだ。

 母は思わず目をこすった。

 目の前で起きていることが信じられない。

 

 そしてタオルは、

 床に落ちるわけでなく、誰かが持ち上げるように、ヨシコの背中に滑っていった。


「あ、ありがとう。おかあさん」


 ヨシコは、自分の背中からタオルをつかみ取りながら、何も知らない調子で礼を言う。


 母は、しばらく言葉を失った。

 目の前で起こったことを、頭の中で必死に組み立て直している。


「ちょっと。ちょっと……何、今の。なんで? なんでタオルが勝手に動くの?」


 髪を拭きはじめたヨシコが、のんびりと母のほうへ顔を向ける。


「ええ?」


「今、あんたがタオル取ってって言ったらね、勝手にタオルがあんたの背中に移動したのよ。

 誰かがタオルを引っぱって、あんたの背中の上に置いたみたいに見えたんだから」


 真剣な声色だった。冗談を言っている調子ではない。


「もう、おかあさん、脅かしなや。

 それでなくても、こないだここであの男の子を見て、そのあと消えてまうし、

 幽霊見たかもしれへんくて、怖くて眠れへんかったのに」


 ヨシコは、母が素直にタオルを取ったことに照れて、自分を怖がらそうとしていると

 思った。

 だが、母の顔からは笑いが消えている。


「今、本当に動いたの。タオルが。あんたのほうに」


 その静かな必死さに、ヨシコも息をのむ。


ヨシコは、そのとき初めて思った。


あの日見た男の子は、まだこの家にいるのかもしれない、と。



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