3 遊覧船
午後のいつもの座学。
爺様との、今日の講義が終わってから切り出した。
「お祖父さま、アレン様のことですが………魔法が使えないとは、どういう状況ですか?」
「──アレンが自分から言ったのか?」
「はい。理論も制御も勉強している、けれど発動しない、と」
「──そうか。アレンが避暑としてここに来たのは、それもあってだ。アレンはどうにも思い詰め易く、自分を追い込んでしまう。心配した父親が、慕っている私の元なら少しは安らぐのではないかと寄こした。だが………いずれにせよ、焦らずとも幾つか歳を取れば安定はするだろう」
「つまりは、精神的なものが魔法発動を阻害しているという事ですか?」
「───おそらくな、私はそう考えている。王都の医師にも診させ、選別の儀でも何も問題はなかった。魔力に干渉するような外的要因も、全く感知できない」
「それならば、僕の存在は逆効果になっています。アレン様は余計にプレッシャーがかかって、凹みまくってるんです」
「───へこみまく?」
「えーと、落ち込んでおられます!」
「………お前の存在は、良い刺激になるかと思っていたがな」
「逆ですよ、お祖父さまじゃないんです。アレン様は自信を失っているんだから」
「ふむ………ならばテリュース、お前には何か良い案はあるか?」
とりあえず、勉強から離れる。
アレン君の大好きお祖父さまと、仲良く遠出でもして遊べば、ちょっとは気分転換にはなるだろう。
そんな感じで提案した。
「──この時期に遠出か……」
「難しいなら、近場で乗馬とかでもいいと思います。とにかく気分転換させてあげましょう」
「そうか、ちょうど良い子馬がおらぬから、乗馬は難しいかもしれない。だが、お前の言い分には一考の価値がある。何か考えるとしよう」
◇◇◇
それから、4日後。
アレン君と爺様。
そして何故か、俺まで連れられて馬車に乗ってお出かけする事になった。
王都に近く、観光名所と知られる広大な湖があるそうだ。
本日、貴族向けの遊覧船の進水式があり、爺様は当初、招待を辞退するつもりだったらしいが、ちょうど良いかと孫二人を連れて来た。
湖は一望しても端が見えないぐらい広くて、アレン君も笑顔を見せている。
その要因は、ほぼ爺様だとは思うけど。
当の爺様は普段のラフな感じとは違い、ビシッと貴族っぽい服装だ。
立ってるだけでもオーラが違って見えた。
ますます魔王だ。
俺テリュースとしても、この世界では物心付いてから初のお出かけな事もあって、目新しさにキョロキョロしてた。
いよいよ進水式が始まるらしく、会場となっている一帯がざわめき出した。見物客もかなりいる。
「──よく聞け、アレンにテリュース。船に乗船した後、私は主催に挨拶に向かう為、お前達から少し離れる事になる。その間、決して護衛の者から離れてはならない。良いな」
「はい、お祖父さま」
「心得ております、お祖父さま」
「念の為、これを預けておく。それぞれ身に付けておくように。御守りだ」
爺様に手渡されたのは、銀色の石が付いてる腕輪だった。
「魔石付き……ありがとうございます、お祖父さま」
「魔石?」
「テリュースは初見か、それには私の魔力が込めてある」
なるほど。
言われてみれば、確かに爺様の魔力を感じる。
『静寂』が発動したりしないだろうな?
「では船に参ろうか」
「はい!」
「……はい」
進水式が始まって、テープカットの後に真新しい遊覧船が水上に着水した。
歓声の中、招待客が次々と乗船して行く。
船は夕暮れまで遊覧する予定らしい。
船内には食堂にバーカウンター、遊戯室、喫煙室、休憩所など完備されている。
船内を一回りしてから、甲板に出た。
ゆっくりと岸から離れて行く遊覧船の甲板から、湖をぐるりと見渡した。
「すごく広い湖ですね、まだ対岸が見えません」
「私はお祖父さまと一緒なのが嬉しいです!」
「そうか、喜んでくれたならば良いが。私はこれから挨拶に行ってくる為、しばらく離れる。腹が減れば食堂で好きな物を食べると良い」
護衛に付いてきた二人の騎士に声を掛けてから、爺様は颯爽と船内へ歩いて行った。
「もうお昼だね、テリュースはお腹減った?」
「減りました」
「じゃあ、食堂に行こうか。マイク、トム食堂に移動します」
「はい、了解しました。アレン様」
二人の護衛騎士は、公爵家のアレン君付き護衛騎士だそうな。
護衛二人を連れて、俺とアレン君は食堂に向かった。
飲み物はさすがにアルコールはまずいかと、アレン君と同じブドウのジュースにした。
護衛騎士は食べないのかと思って見渡したら、一人は警戒で立ってたけど、もう一人は別のテーブルで急いで食べてた。交代で食べるのかもな?
「……テリュース、ありがとう」
「何がですか?」
「君が、お祖父さまと一緒の外出を提案してくれたって………お祖父さまから、聞いたんだ」
「──アレン様が喜んでくださったなら、良かったです」
「うん、嬉しいよ。君には嫌われたのかと思ってたし……それでさ、そろそろ敬語止めない?様も要らない。僕達は従兄弟なんだし」
なんだこの素直な生き物は?!
アレン君、そんなんで社交界乗り切れるのか!
「えーと、うん。──分かったよ、アレン」
こっちが照れそうになりながら、出てきた料理をパクパク食べる。
一頻り、お互い会話無く食べていたけど。
ふと視線をアレンに向けたら、いつの間にか食事の手は止まってて──青ざめた顔で俯いている。
「アレン、気分が悪いの?」
「ちょっと気持ち悪くなって……」
「船酔いかな、休憩所行く?そこまで酷くないなら、甲板で風に当たれば気分も落ち着くかも」
「うん、……じゃあ甲板に行こうかな」
「分かった。──護衛のお兄さん達、アレンが甲板に行くって!」
「アレン様、背負いましょうか?」
「……大丈夫、歩いて行くよ」
ゆっくりと、アレンの歩調で甲板まで移動した。
まだ日は高くて少し汗ばむけど、湖面を震わせる風はアレンの気分を解した気がする。
船縁に寄り掛かって、遠くを見ていたアレンが振り返った。
「テリュース、ありがとう。だいぶ気分が良くなってきたよ」
「うん、ただの船酔いで良かった。──けど、爺様戻って来るの遅いね」
「そうだね。──お祖父さまは英雄だからね。それなのに当主を父上に譲った後は、社交界にも一切顔を出さなくなったから、此処ぞとばかりに貴族に囲まれてるんじゃないかな」
「へーそうなんだ」
「そうなんだよ!泣く子も黙る『隕石落としのエルンスト』って有名な異名が──────」
その時、船縁に背を向けていたアレンの背後から影が差し、いきなり何かが船の甲板に投げ込まれた。
それが何かと認識する前に、俺はアレンの腕を掴んでいた。
「アレン!」
それが、投網だったと気が付いた時には、アレンと俺は網に絡め取られて湖に引きずり込まれていた。
水面にぶつかった衝撃で、俺は意識を失った。
◇◇◇
「──────ュース…………テリュース……」
揺さぶられて、目が覚めた。
「………アレン?」
「やっと起きたね、テリュース。何処か痛い所あるかい?」
そう言われて、自身の体を見ようとして動けない事に気が付いた。
「………縛られてるみたいなんだけど?」
「そうなんだよね、このロープ頑丈でさ。僕の力じゃ解けそうにないんだ」
「──何で俺だけ縛られてるの?」
「違うよ、僕も目が覚めた時は縛られてたの。僕はこういう時の為に、護身術として縄抜けとか習ってたから抜けられただけでね」
「あ、そうなんだ」
「テリュースは縄抜けとか……」
「できないね」
こんな状況だけど、意外と落ち着いて見えるアレンにはちょっと驚いた。
蓑虫の俺は、仕方なく床から周囲をぐるりと見渡した。
薄暗くてあまり広くはない、石畳の足元に一カ所だけランタンのような灯りが置かれてる。梯子が見えるから、その上に扉でもあるんだろうな。
上の方からは靴音や扉を開閉している音が籠もった感じに響いている。
おそらく、ここは地下室ってとこか。
「───まあ、大人しく待ってれば爺様が来てくれるんじゃない?」
「うん、お祖父さまならきっと………」
バッターン! ドスンッ
上の方から激しく扉を閉める音なんかが響いた。
«状況が変わった、公爵の息子は早く殺せとよ»
«二人網に掛かっててさ、どっちかな?»
«銀髪のガキだ»
«──両方銀色だったけど?»
«じゃあ両方だな»
「───────!!」
上から聞こえてきた会話に、アレンがビクリと肩を震わせた。
「…………ど、どうしよう。僕のせいでテリュースまで……」
「とりあえず、落ち着け」
「無理だよ……僕はテリュースみたいに魔法が使える訳でも無いんだから……。お祖父さま、お願いします。早く来て下さい。……テリュースまで死んでしまう……」
アレンが落ち着いて見えたのは、爺様マジックだったらしいな。
「アレン、お前を縛ってたロープは?」
「……え、ロープ?」
「あそこに火種がある、そのロープに火を付けたらここに持ってこい!俺のロープを焼き切る」
「ええぇ?!」




